10 死闘 前編

魔王族にありがちな、人間の力を見くびって高笑いをするような隙を一切見せないニヒルム。


盾役のゴーレムキング、アタッカーのアルティメットソルジャー、魔法担当のマスターウィザード。最上級の魔物三体を従えて、万全の態勢で待ち構えている。


第一パーティーの四人は、戦闘が始まるまでのわずかな時間で、戦略を確認した。


ここはやはり、味方をかばうスキルを持つゴーレムキングの動きをアイリンの魔法で止めてから、まずマスターウィザードを最初に倒しに行く。


次いでアルティメットソルジャー、ゴーレムキング。


最後にニヒルムの順番だ。




四人はターゲットの順番を確認し終えると、力強く一歩前に踏み出した。


戦闘シーンに突入する。


と同時に、自分たちに向かって吹き付ける強い向かい風を感じた。


「これが、魔王の波動?」


初体験の若い三人が一斉に声を上げた。


一人経験済みのエラクレスが、しきりに頷きながら注意を与える。


「相手の攻撃にはすべてバフ(数値上昇)がかかり、こちらの攻撃には、与ダメージ減や成功率減などの様々なデバフ(数値下降)がかかる。影響は広範囲に渡るが、それぞれの効果はさほど大きくはない。あまり気にし過ぎないことが重要だ」


「なるほど」


テヘンが納得したように言った。


「初めから、相手はバフ後の力、こちらはデバフ後の力だと思えばいいわけですね」


「そういうことだ」




第1ターン。


初めての魔王の波動により、少々浮き足立ちかけた第一パーティーだったが、エラクレスの経験値からの助言により、すぐに落ち着きを取り戻して、打ち合わせ通りの戦略を展開する。


テヘン、クバル、エラクレスのアタッカー三人は、このターンは防御に徹した。


初めに動いたのは、アルティメットソルジャー。


自慢の攻撃力で剣を鋭く振り下ろしたが、防御姿勢のエラクレスにはあまりダメージを与えられなかった。


ゴーレムキングも、もちろん防御姿勢。


おそらくマスターウィザードをかばっているはずだ。


次いで手番が回ったマスターウィザードは、回復魔法の必要がないため、味方全体に俊敏性アップの魔法をかけた。


次のニヒルムは、ゲージが溜まったきり、動きを見せない。


おそらくは、予定していた行動の必要が無かったのでキャンセルしたようだが、それが何の行動だったかは分からない。


なんだかかえって不気味である。


最後にターンが回ったアイリンは、ゴーレムキングに麻痺付与の魔法を唱える。


敵単体への麻痺濃度を高めた魔法なので、魔法耐性が低めのゴーレムキングなら、かかる可能性は大だ。


しかし、麻痺付与は失敗した。


「これは、魔王の波動の影響!?」


アイリンは悔しがる。


「どうします?」


不安げな表情で皆に聞いた。


それに対してテヘンが、冷静な声で応える。


「アイリン、もう一度だ。今はたまたま効かなかっただけ。次は効く。次のターンも同じ作戦で行こう」


アイリンは「はい」と頷いた。




第2ターン。


今回も同じ作戦なので、テヘン、クバル、エラクレスのアタッカー三人は防御姿勢。


今回、最初に動いたのは、マスターウィザード。


第1ターンに続いて、今度は味方全体に防御力アップの魔法をかける。


続くゴーレムキングは防御。


次に手番が回ったアルティメットソルジャーが、大きく剣を振りかぶる。


今度の狙いは、唯一防御姿勢を取っていないアイリンだった。


アイリンは大ダメージを覚悟した。


そのアイリンへの斬撃を、テヘンが防御姿勢のまま身代わりに受け止める。


ゴーレムキングのように毎回発現ではないが、剣士の固有能力で、防御姿勢の時に一定確率で味方への攻撃を肩代わりできる。


テヘンは剣士の中でも、その確率が少し高いようだった。


「ありがとう、テヘン」


何でもないさ、というように、テヘンが小さく笑う。


助けてもらったアイリンにターンが回った。


願いを込めて、ゴーレムキングに麻痺付与の魔法を唱える。


次の瞬間、小刻みに体を揺らしていたゴーレムキングの動きが止まった。


「かかったー」


茶系の明るい髪を揺らして、アイリンが飛び跳ねる。


よし、次のターンで攻撃に転じて、一気にマスターウィザードを仕留める。


アタッカー三人は、心の中で同じことを誓う。


最後に、ニヒルムの手番となった。


ニヒルムは、冷静な表情で叫んだ。


「絶無の放射」


ニヒルムの体が一瞬明滅したかと思うと、仄暗ほのぐらい光のような物が放出された。


すると、動きが完全に止まっていたはずのゴーレムキングの体が、また小刻みに揺れ始めた。


「解除された?」


飛び跳ねていたアイリンの動きが止まった。


いや、これは麻痺を付与されたわけではなく、精神的ショックでということである。


エラクレスも悔しそうに顔を歪める。


「味方全体に掛けられた状態異常を一気に解除する、魔王族特有のスキルだ」


「えー、これじゃあ、打つ手無いんじゃないですかあ」


普段は強気なアイリンも、泣き出しそうな声を上げる。


確かに、一番体力が低いマスターウィザードをゴーレムキングが守り、ゴーレムキングに対する状態異常をニヒルムが守る。


完璧なチームワークと言っていい。


四人はしわの寄った額を突き合わせ、次のゲージが溜まるわずかな時間で、緊急作戦会議を開く。


「ターゲットを、マスターウィザードからアルティメットソルジャーに変更するのはどうだろう?」


テヘンが声をひそめて提案する。


「そうか、その手があったか」


クバルの顔に希望の光が差した。それならば、ゴーレムキングの守りも避けられる。


その若い二人に、エラクレスが苦い顔のまま言った。


「なんだ、お前たちは知らんのか。普通のゴーレムは味方一体をかばうが、ゴーレムキングは二体同時にかばうことができる」


テヘンとクバルの頭に、間違いなくガーーーンと巨石が落ちた。


「そういう大事なことは先に言ってくださいよー」


クバルも泣き声になった。


マスターウィザードとアルティメットソルジャーは守られている。


ゴーレムキングとニヒルムは、こちらの攻撃を総結集しても、1ターンで倒せるはずがない。


そして、膠着こうちゃくしている間に、マスターウィザードが着々と味方全体のステータスを上げていく。


「それじゃあ、これって…」


四人の頭の中に同じことが浮かんだ。


「2ターン目にして、既に詰んでいる」




第3ターン。


間もなく敵味方の誰かのゲージが溜まる頃だ。


その時、とっさにクバルが突拍子もないことを聞いた。


「アイリン、敵に敏捷性アップの魔法をかけられるか?」


「え、敵に? 選択肢はたしかあったと思うけど、でも、どうして?」


クバルは、絶対敵に聞かれてはならないとばかりに、皆を近づけて言った。


「こちらが麻痺を付与した直後に解除されるから困る、ダメージを与えた直後に回復されるから困るんだ。だったら、こちらが完全に後出しになればいい」


つまり、敵の敏捷性を吊り上げて、敵のターンを先に回させてから、こちら四人が攻めればいい、と言うのである。


「それは妙案かも」


アイリンは賛同したが、エラクレスが懸念を口にする。


「だが、敵全体に先行を許すということは、こちらの誰かが先に倒されるリスクも高まる…」


「しかし、現状を打破するためには、何か奇策にも近い手が必要かと思います」


クバルの言葉に、エラクレスはテヘンに顔を向けた。


「どうする、リーダー」


テヘンは選択を迫られた。


しかも、迷っている時間はない。


今すぐにでも、敵の攻撃が始まりそうなタイミングだ。


「ここは、クバルの策に賭けてみましょう」


そう言い終わると同時に、アルティメットソルジャーが四人のかたまりの中に飛び込んできた。


攻撃陣三人は、とっさに防御姿勢をとる。


アイリンへの斬撃を、テヘンとクバルが二人で完全に受け止める。


続くマスターウィザードは、味方全体に攻撃力アップの魔法を唱えた。


そして、アイリンの手番となる。


アイリンは、ルーティンとして右手に持った杖を掲げる。


念を込めると、杖の上部に魔力が溜まっていく。


俊敏性アップの魔法を味方全体にかけようと杖を振りかざした。


その時、隣にいたクバルが不意に大きなくしゃみをする。


ぐんと突き出したクバルの尻に押されて、アイリンがよろめき、悲鳴と共に俊敏性アップの魔法が魔物の群れにかけられる。


かけられた当の魔物たちも、ニヒルムも含めて思わずぽかんとするしかなかった。


「ちょっとお、クバル、何やってんのよ。相手にバフをかけちゃったじゃない」


「だって、我慢してたんだよ。生理現象は仕方ないじゃないか」


もちろん、これは敵に怪しまれないための小芝居である。


だが、クバルとアイリンは夫婦ということもあり、普段からそんなやり取りをしているんじゃないかと思うほど、芝居は様になっていた。


「だからって、お尻で小突くなんて最低」


「だから、わざとじゃないんだって」


アイリンが大袈裟に天を仰ぐと、クバルは両手を広げて肩をすぼめた。


調子に乗って身振りがだんだん大きくなっていく二人を、テヘンとエラクレスはヒヤヒヤしながら見つめた。


もうそれ以上やるな、バレるぞ。


エラクレスは心の中で叫んでいた。


魔物たちにこちらの作戦がバレているかどうかは、次のニヒルムの態度で分かるはずである。


そのニヒルムのターンとなる。


ニヒルムは、第1・第2ターンの時と同様、ゴーレムキングへのフォローの態勢を取っていたが、その必要がまったくないことを確認すると、口を開いた。


「どうした、人間ども。何をしておる? お前たちの力はこんなものではないはずだ」


相変わらず悲しげな慎重な顔つきをしていたニヒルムだが、少し余裕が出てきたのか、途中から笑いを含むようになった。


「まあ、それだけわれが構築した態勢が完璧ということか。ほれ、何か手を打たなければ、こちらは更に万全になってしまうぞ。フハハハハ」


しめた。だいぶ芝居がかっていたが、ヤツらにはバレていない。ニヒルムにも少し隙が出てきたようだ。


テヘンは悔しそうな顔を作りながら、心の中で思った。


次のターンで反撃に出る!

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