09 魔王の片腕

レンゲラン城内が慌ただしくなった。


国外の人間の出入りも朝から盛んだ。


いよいよニヒルム率いるラザン城攻略の火ぶたが切って落とされたのだ。


二階の会議の間には、オレ、アムル、軍師キジ、連合軍第一パーティーのテヘン、クバル、アイリンなど、主要なメンバーが勢揃いしている。


既に各国から集められた先遣隊のパーティーの第一陣が、ラザン城での戦闘に突入しているとのこと。


追って様々な情報が入ってくるだろう。


ある程度情報が集まり次第、剣聖エラクレスも、カンナバル国よりこちらに合流する予定だ。


ここで盗賊ハジクが、先んじて出発の挨拶を行う。


彼は、先遣隊第五陣のパーティーの一員として参加することになっている。


「では王様、行って参ります」


「うむ、くれぐれも気を付けて行って来てくれ。いのちだいじに、だ」


オレはうっかり、こういった時の常套句の現代ネタを口走ってしまったが、今回は大丈夫、自然な範疇はんちゅうに収まっている。


皆にはむしろ、部下の命を第一に思う慈悲深き王様、と映ったようだ。


ハジク本人も、少し声を上ずらせながら、


「その君命、しかと承りました。情報収集は私の得意分野。誰よりも多くの情報を集め、ここにお持ちしましょうぞ」


そう言って、胸を張った。


ハジクは皆のエールに送られながら、会議の間を後にした。


それを見ていたジーグ老師が、ふと声を上げる。


「ん、ワシは行かなくていいのかの?」


それに対して軍師キジが、またいつものように笑顔でフォローする。


「今回は六国による連合軍です。戦闘員も数多くいます。老師がお出ましになるまでもありません」


「ほえーー、そうかの」


キジはいつも、ジーグにだけは甘い顔をする。本来なら、お前の毒舌で言ってやればいいのだ。


爺さん、あなたは剣もまともに振れないではないか、と。


どうもジーグに関してだけは、オレとキジで、毒舌とフォローの関係が逆転するようだ。


あ、そしてこの流れだと、アレが来るぞ。毎度のアレが。


「ワシがあと50年若ければのお」


ほらほら、やっぱり。




しかし、ジーグプレゼンツ(提供)のまったりモードは、そこまでだった。


情報が入り出すと、先遣隊苦戦の情勢が鮮明になる。


その理由は、遭遇する魔物の群れの組み合わせが、しっかり考えられているというのだ。


物理攻撃系の群れにきっちり回復役がいたり、体力の低い魔法系の群れには攻撃を受け止める盾役がついていたり。


普通、魔物の群れというのは、寄せ集めのような形で出現するものだが、そのような甘えは一切ない。


組み合わせ次第で難易度が大きく変わることは、魔物管理所から脱走した魔物四体が、当時バラン将軍率いる第一パーティーを全滅させた事例からも分かる。




昼過ぎ。


先遣隊に出たハジクが、ボロボロになって帰って来た。


「いやー、魔物の群れの編成が最適化されているせいで、一々強くて大変です」


そう言って、床にへたり込んだ。


そのハジクに、ルイが回復魔法を三連続でかけて体力を全快した。


「おかげで、なかなか先に進めません」


体力が戻ったハジクは、頭を掻きながら椅子に座り直す。


「ご苦労だったな」


オレがねぎらいの言葉を掛ける。


「いえ、二時間後にまた出撃です」


ハジクも皆も苦笑した。


「こんなに真面目に働くのは、生まれて初めてですよ」


真面目に汗水垂らすのが嫌になって、また盗賊の本性が鎌首をもたげないか一瞬心配したが、ハジクのサッパリした表情を見ると、それは余計なお世話のようだった。


ハジクは、自分が得た情報を伝え、反対にこれまで集まった情報を仕入れると、武器や防具を新調し、またラザン城へと赴いた。


「これは、時間が掛かりますな」


ハジクの背中を見送りながら、軍師キジがぽつりつぶやいた。




キジの言葉通り、先遣隊の戦いは、それから七日間にも及んだ。


何度弾き返されても、先遣隊のパーティーは、次々とラザン城に突入した。


情報を結集し、前のパーティーよりも少しでも先に進むことを目指した。


それは、薄紙をいでいくような、地道な戦いだった。


初めは自国のために戦力を温存していた各国も、それでは先に進まないことが分かって、途中からは出し惜しみなく戦闘員を投入するようになった。


そして、長い戦いの末、ようやく魔王族ニヒルムがいる、王の間の手前まで辿り着いた。


ニヒルムには戦いは挑まない。魔王族ともなれば、一度戦闘に入ったら、そこから逃げ出すことはほぼ不可能だからである。


ここからは第一パーティーの出番だ。


レンゲラン城の会議の間には、既にカンナバル国より剣聖エラクレスが合流していた。


テヘン、クバル、アイリン、エラクレスの四人は、魔物の編成をまとめたメモを持ち、それを徹底的に頭に叩き込んだ。


ラザン城の正確なルート入りのマップは、賢者アイリンが預かった。


これで準備万端整った。


いよいよ第一パーティーの出陣である。


「さあ、行くぞ」


と誰かが声を掛けると思い、四人はそれぞれの顔を見合わせてモジモジした。


「そういえば、第一パーティーのリーダーを決めていなかったな」


エラクレスが苦笑する。


「リーダーなんて必要ですか?」


「戦闘中、何か判断を下さなければいけない時のために、いた方がいいだろう」


テヘンの問いに、エラクレスが答えた。


クバルが発案する。


「レンゲラン国の序列ではテヘン将軍が第一位ですから、テヘン将軍か剣聖かのどちらかです」


アイリンも横でうんうんと頷く。


「それでしたら名声的にも、剣聖で決まりです」


テヘンはあっさり身を引いた。


それを聞いたエラクレスが首を横に振った。


「いや、ここにはレンゲラン国の戦闘員が三人いる。それぞれの特徴や動きを知っている者の方が、リーダーにふさわしい。それに、私はパーティー戦でお前たちに負けているのだ」


「ええ、私ですかあ」


剣聖を差し置いてリーダーになることに大いに引け目を感じているテヘンに、アムルが声を掛けた。


「テヘン将軍、テヘンリーダー。出発にあたって何か気の利いたお言葉を」


元来、照れ屋のテヘンは、顔を赤くしながら、ボソリと言った。


「皆の努力、皆の気持ちを引き継いで、出陣しましょう」


「了解」


「はい」


クバルとアイリンが同時に返事をした。


「承知した」


ワンテンポ遅れて、エラクレスが応えた。




オレたちが、第一パーティーを城門まで見送ると、いよいよニヒルムとの直接対決が始まることを聞きつけた城や町の住人も、エールを送りに駆け付けた。


その中に、アイリンにレベルを提供したダモスの姿もあった。


それを見つけてアイリンがダモスのもとに駆け寄る。


「ダモス、今回のことは何とお礼を言ったらいいのか…」


ダモスは、白と緑を基調とした賢者のローブを身にまとったアイリンを、誇らしげに見た。


「いいんだ。オレは自分のするべきことをしたまで。君は皆のために、その力を存分に発揮して来てくれ」


アイリンは、こくりと頷いた。


山のようにいかつい体つきのダモスが、今日はなんだか少しスマートに見えた。


第一線を退いて、ハードな筋トレワークをしなくなったこともあるだろうが、そればかりが原因ではないだろう。




ラザン城までの行程は、既に魔物は狩り尽くされていた。


第一パーティーの四人は、馬車で悠々とラザン城の城壁前に到着した。


ラザン城は、外から見る限りでは、レンゲラン城やリンバーグ城とほぼ同じ造りをしていた。


かつては城下町もあり、人々の活気ある声が城壁の外まで聞こえていたはずだが、今はしんと静まり返っていて、物音一つしない。


同じ造りの城ではあったが、まがまがしい魔物の気配が満ちあふれていることは、一目で分かった。


テヘンは振り返り、クバル、アイリン、エラクレスと視線を合わせた。


「入ります」


三人は、テヘンの目を見て同時に頷いた。


城壁の門は開かれおり、中に入るとダンジョンに突入した。


早速、魔物が襲い掛かる。


強力なアタッカーであるキラーソルジャー3体と、回復役のゴールデンヒーラー1体という群れ。


このダンジョンでは、よく遭遇するタイプの編成らしい。


これに対しては、こちらのアタッカーであるテヘン、クバル、エラクレスの三人で、とにもかくにもまずゴールデンヒーラーを先に倒す。


その間に、キラーソルジャーからある程度ダメージを食らうのは承知の上。


ダメージを受けた分は、賢者アイリンの魔法で回復させる。




次いで現れたのが、馬型のサンダーホース2体と、鳥型のハヤブサデビル2体という相手。


4体すべてが俊敏性が高い、いわゆる速攻パーティーというやつである。


しかし、これも情報は既に入っていて、対策は出来ている。


アタッカー三人は序盤は防御に徹し、その間にアイリンが防御力アップの補助魔法を味方全体に掛ける。


相手は俊敏性に特化していて、攻撃力はそこまで高くないので、防御力を上げてしまえば、いくら相手に先手を取られたところで怖くないという訳である。




しばらくして登場したのが、ボスタートル、メタルアーマー、ゴーレム、ヘルウィザードの四体。


前の三体が体力・防御力に秀でているので、いわゆる耐久パーティーという部類になる。


その三体で相手の攻撃を受け止めている間に、ヘルウィザードが強力な攻撃魔法を繰り出す、という戦闘スタイルである。


これは、狙う相手を間違えるとドツボにはまる。


ゴーレムが味方への攻撃を肩代わりするスキルを持っているので、ゴーレムの動きを麻痺付与などの魔法で止めつつ、ヘルウィザードを倒しに行く。


攻撃面での脅威となるヘルウィザードを倒してさえしまえば、後は時間が掛かるが少しずつ体力を削っていけばよい。




先遣隊が集めた詳細な情報のおかげで、戦う前に戦闘のイメージが出来ているので、上級魔物ばかりの高難易度ダンジョンだが、安心して先に進めた。


それは、フロアボス戦も同じで、1階と2階のフロアボスも、危なげなく討ち果たした。


四人は、最上階の3階へと進んだ。


この階の奥に、魔王族ニヒルムが待ち構えているはずである。


「ここまでは順調。この分だと、ニヒルム戦までは問題なさそうですね」


少し余裕が出てきたアイリンが、最後列から声を掛けた。


クバルも話を広げる。


「そういえば、エラクレスさんは、魔王族との戦いの経験はあるんですか?」


「ある。前の魔王の時代に、二度戦い、二度勝った」


「おーーー」


三人から同時に歓声が上がった。


「オレがまだ若かりし時だ。まあ、パーティーの他のメンバーが強くて、勝てたようなものだが…」


エラクレスは爽やかに苦笑いした。


「やっぱり、魔王族は強いですか?」


テヘンが率直に聞く。


「強い。個の力としては、やはりダントツの強さと言っていい。ただ、魔王族の魔物は、自分の力を誇示しているので、基本的に単独行動だ。人間の力を見くびっているので、そこに付け入る隙がある」


「なるほど」


「時には、一体の魔王族よりも、その直前で出現する魔物のパーティーの方が厄介なこともあるくらいだ」


「なーんだ、じゃあ、今回のダンジョン戦は楽勝かも知れませんね」


クバルが少し拍子抜けな声を出す。


「いや、今回の魔王族がどれだけの実力かは、実際に戦ってみないと分からない。それに、今回はパーティーに勇者がいない。魔王の波動を解除できないことがどれだけ影響するかは未知数だ」


エラクレスは若い三人のメンバーに、しっかりくぎを刺した。


緩みかけていた雰囲気が、またピリリと引き締まる。




ダンジョン内には、様々なトラップも仕掛けられていた。


開けると猛毒を吹き出す偽の宝箱や、幾重にも複雑に張り巡らされた落とし穴など。


だが、それらもアイリンが作成されたマップを見ながら正しい順路を指示し、難なく回避していった。


第一パーティーの四人は、三階のステージも的確に敵を倒していき、遂にニヒルムがいる王の間の門前に到達した。


皆のスキルポイントの消費も必要最低限に抑えられたので、まだまだ充分に残っている。


ニヒルムと戦う準備は万全だ。


先頭のテヘンは、他の三人の気合充分な顔を確認すると、前に向き直った。


「それでは、行きます!」


王の間の門の扉を勢いよく開け放った。




中は、黒い闇のオーラが充満していた。


部屋の先に視線を走らせていくと、手前に三体の最上級の魔物がいた。


ゴーレムキング、アルティメットソルジャー、マスターウィザード。


それぞれ盾役、アタッカー、魔法担当と、見るからに役割は明瞭である。


そして、その三体の後方で、一段高くなった玉座に鎮座しているのは、色黒の魔人で、頭の左右に大きな角が突き出ている。


その姿は魔王族ニヒルムに間違いなかった。


「単独行動ではなかったですね…」


クバルの言葉に、エラクレスは苦笑する。


ニヒルムが冷たい視線を投げかけながら、玉座から立ち上がる。


「やはり来たな、人間ども」


ニヒルムは少し悲しい表情をした。


「人間は、個々の力では魔王族に遠く及ばない弱い存在だ。だが、それが団結した時には、魔物にはない力を発揮する。何度も失敗しながら挑戦を重ね、得た成果を種族間で共有し、今こうして人間たちの代表が、私が用意した魔物や罠をすべて突破して、ここに辿り着いた」


ニヒルムは一つ溜め息をついて、首を軽く横に振った。


「かつての魔王族は、人間のこの力を見くびっていた。それで、弱いはずの人間に滅ぼされてきた。だが、私は人間の力をあなどるべきでないと、常々デスゲイロ様にも申し上げている。私は、お前たちの力を認識している。が、ゆえに、全力でお前たちをここで叩き潰す」


「まったく人間の力を見くびっていませんね…」


テヘンの言葉に、剣聖エラクレスは、もはや苦笑が張り付いたような顔で呟いた。


「このような魔王族もいたのか…」


魔王族の弱点を超越したニヒルムとの戦いが、いよいよ始まる。

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