08 転職の儀

レンゲラン城並びにレンゲラン町の適性検査で、二人の新たな適性が発見された。


一般人だったサンの忍者と、弓使いアイリンの賢者である。


二人の転職の儀が、本日執り行われることになっている。


ジョブマスター ゼロスと、お抱えの受付嬢は、その儀式が終わり次第、リンバーグ城、更には港町レーベンに出張して、同様に適性検査を実施する予定だ。


ところで、お気付きの方もいるだろうか?


七日間に渡るレンゲラン城並びにレンゲラン町の適性検査で、ただ一人検査を受けなかった者がいる。


アムルである。


オレは、勇者の候補は、第一がテヘンで、テヘンがダメならアムルではないか、とさえ思っていた。


だから、アムルが検査を受けないと言い出した時は、勇者アムルの可能性だってあるのだから、と懇願した。


しかし、アムルは、


「私なんか、とてもとても勇者の器ではございません」


手を左右にパタパタと振った後、


「それに、万が一、私に何か適性が見つかって、王様の従者でいられなくなることだけは避けたいのです。適性が見つかっても転職する気がないのなら、検査を受ける必要がありません」


そうかたくなに拒否した。


これを忠臣というのだろうか?


それでも検査を受けるだけ受けてくれても良さそうなものを、と思ったが、アムルの純真な瞳を見たら、それ以上何も言えなかった。




さて、今日の午後一番に執り行われる転職の儀についても、例によってアムル講師からいくつかの情報を得ていた。


まず、転職した後に、元の職業に戻れるかであるが、答えはyesである。


例えば、アイリンが賢者に転職した後で、やはり弓使いに戻りたい時は、またジョブマスターによる転職の儀を受ければ、弓使いに戻れる。しかも、以前のレベルの弓使いに。


しかし、問題なのは、新たな職業に転職する際のレベルである。


これは、新たな職業の経験がまだ無いわけだから、基本的にはレベルは1桁台になるという。


たまたま適性が強くても、良くて1桁台後半だという。これでは、即戦力にはならない。


ただし、新たな職業やそれに類似する職業を持った別の者で、レベルを提供してくれる者が現れたら、その者のレベルを引き継ぐことができるらしい。


転職の儀まであと一時間となった時、ふとオレの部屋の扉がノックされた。


入ってきたのは、ダモスである。


ダモスが一人で訪ねてくるとは珍しいなと思いつつ、声を掛ける。


「どうした?」


「王様、この後行われる転職の儀で、私は賢者アイリンへのレベル提供者になろうかと思います」


予想外の言葉だったので、オレは思わずダモスの顔を覗き込んだ。


「パーティーの編成にも関わることですので、私の一存では決められないと思い、こうして王様の許可を頂きに参りました」


ここで、石板の着信音が鳴る。


ダモスのレベル提供の申し出を受け入れますか?


   ①はい     ②いいえ


   制限時間:5分




制限時間5分ということは、軍師キジに相談している時間はないな。


オレは早速質問に入った。


「ダモスよ、お前がレベルを提供したら、お前が今まで積み上げてきたレベルは0になる。分かっておろうな?」


「無論、承知しております」


ダモスの顔は妙にさっぱりしていた。


「アイリンが即戦力の賢者になれば、私のような回復魔導士は、出る幕はありません。私の力では、これから始まる魔王討伐戦では、お役に立てないでしょう」


確かに、アイリンが即戦力の賢者になるためには、レベル提供者が必要だ。だが、だからと言って、国のためにこれまでの個人の努力を無にするという申し出を、有難く受け入れて良いものだろうか?




残り4分。




オレは今一度、ダモスの意向を確認することにした。


「お前の気持ちは本当に嬉しい。もしそなたに、レベルを提供して一片いっぺんの悔いもないというのであれば、その気持ち、有難く頂こう」


オレはそこで一拍おいてから続けた。


「魔王討伐戦は、タウロッソ以外六カ国の連合軍になろう。その中には、既に賢者を抱えている国もある。そなたがレンゲラン国のために自己を犠牲にしてまで、即戦力の賢者を生み出す必要はないかも知れぬぞ。それに、複数のパーティーでの作戦となれば、回復魔導士のお前でも役立つ場面はあろう」


それでもレベル提供者として名乗りを上げるのか、と問うた。


ダモスは、オレの言葉を聞きながら、目をつぶってじっと考えにふけっているようだった。




残り3分




しばらく山の如く微動だにしなかったダモスが、目を開いた。


「王様、私は王様に謝らなければなりません」


「なに?」


「私がレベル提供者を買って出たのは、レンゲラン国のためではありません」


ダモスは、山のように大きな顔を赤らめた。


「これは、私なりのアイリンに対する誠意です」


「ということは、まさかお前、アイリンのことを…」


そこまで言い掛けたが、熊の赤ん坊のように照れて体を丸めているダモスの様子を見れば、それ以上聞くのは野暮やぼというものだった。


だが、アイリンはクバルと結婚している。それが報われない思いだということは、ダモスも充分承知のはず。


これを純愛と言っていいのか、オレには分からない。


ただ、第三者があれこれ口を出すことではないのは確かだ。




残り2分




オレは、改めてダモスに向き直る。


「そなたの気持ちは分かった。もう一度確認するが、いったん手放したレベルは元には戻らない。最後に一分、お前に時間を与えよう。後悔のない選択をするが良い。私はお前の判断に従う」


ダモスは頷くと、再びまぶたを閉じた。


部屋に静寂な空気が流れる。


およそ30秒後。


ダモスはまぶたを開いた。


「王様、私は自己犠牲をするつもりはありません。見返りを求めるつもりもありません。ただ、自分がやりたいことをやるだけなのです。私は、レベル提供者になります」




残り1分。




「分かった」


オレは、ダモスの選択をそのまま採用した。


石板の画面を開くと、①の「はい」をタップして、ダモスのレベル提供の申し出を受け入れた。




それからしばらくして、玉座の間にて転職の儀が執り行われた。


初めにサンが、レベル6の忍者に昇格した。


次いで、アイリンがジョブマスター ゼロスの前に進み出る。


その隣には、レベル提供者のダモスが並んだ。


ゼロスが、アイリンに向かって両手をかざす。


アイリンの全身から、白いオーラのような物が立ち込めた。


ゼロスの両手は、そのオーラに働きかけているように見える。


アイリンの顔からは表情が消え、気を失う寸前のようだった。


ゼロスは、今度は隣のダモスの前に移動し、同じようにダモスに向かって両手をかざす。


ダモスの大柄な体からも、白いオーラのような物が立ち込めた。


ゼロスはそれを吸い取るように、両手に最大限の力を込めた。


吸い取り終わると、ダモスは脱力してその場にしゃがみ込んだ。


ゼロスは両手をかざしたまま、再びアイリンの真正面に立つ。


アイリンに向かって両手を突き出し、今日一番の鬼気迫る表情をした。


ダモスから吸い取ったオーラが、アイリンに向かって一気に流れ込んだ。


アイリンの中で何かが変わっていく様子が、はた目からも分かる気がした。


やがて、ゼロスが両手をゆっくり下ろした。


「よろしいでしょう」


アイリンの顔に、表情と血色が戻った。


アイリンがレベル60の賢者に転職した瞬間だった。


こうして、転職の儀は無事終了した。




数日後。


オレは三階の廊下で、ばったりとクバルと出会った。


「これは王様」


「賢者アイリンの様子はどうだ?」


何気なく近況を聞いたつもりだったが、クバルの表情は今一つ冴えなかった。


「基本的には転職前と変わらないのですが、頭の回転が速くなったせいか、時々難しいことを言うようになりました。特に、口喧嘩になったら太刀打ちできません」


おお、同志よ。気持ちはよく分かるぞ。


妻が強く賢くなることは悪いことではない。だがな…。


「お前の言いたいことは、身に染みて分かる。なにせ、私の妻は弁士だからな」


「王様…」


オレとクバルは、ひしと抱き合った。




それから更に数日後。


ジョブマスター ゼロスが、リンバーグ城と港町レーベンの出張から帰還した。


どちらも目立った収穫は無かったようである。


しかし、その間に、魔物の本拠地であるタウロッソ国攻略の準備が、着々と進められていた。


各国の軍師が集まり、それぞれの持っている情報を共有し、緻密な作戦が練り上げられていったのである。


今日は、軍師キジが、レンゲラン国内にその経過を伝える会議が開かれていた。


参加者は、オレ、キジ、アムル、テヘン、クバル、アイリン、ハジク、ジーグ老師である。


「いよいよ三日後。六カ国連合軍によるタウロッソ攻略作戦が始まります。これはつまり、魔物掃討戦と同義です」


「おーーー」


参加者から思わずどよめきの声が上がった。


遂に、この世界から魔物を殲滅する戦いが始まるのだ。


「タウロッソの要衝となるのは、魔王デスゲイロのいるタウロッソ本城と、その前線となるラザン城、この二つです」


軍師キジは、改めて一同を見渡した。


「まずはラザン城、ここの攻略を全力で目指します。ここが落ちれば、残るはタウロッソ本城のみとなります。ラザン城は、三階層のダンジョンとなっている模様です」


ダンジョンは、以前、オレも戦闘に参加した白銀の洞窟シルバーダンジョンがあったが、普通の野戦とは違う仕様になっている。


ダンジョンに一度に入れるのは、四人パーティー一組。そのパーティーがラスボスを倒す前にダンジョンを離脱した場合、倒した魔物はすべて復活することになっている。


そうでなければ、何度もダンジョンを出入りして、小刻みに敵を倒していけば良いが、そうは問屋がおろさないのである。


「最終的には、第一パーティーがダンジョン内のすべての魔物を倒さなければなりませんが、その前に別のパーティーが順番にラザン城に潜入し、敵の編成やマップの順路など、情報を持ち帰って共有します」


「その情報を持って、第一パーティーが最後に乗り込む、というわけですね」


アムルが、なるほどと頷いた。


キジも頷いてから、


「その六カ国連合軍における第一パーティーのメンバーが決まりましたので、お伝えします」


六カ国全体の第一パーティーということは、この世界最強の四人と言っていい。


「連合軍の第一パーティーは、テヘン、クバル、アイリン、そして剣聖エラクレスです」


「なんと、四人のうち三人が、我が国の戦闘員か。名誉なことだ」


オレは鼻高々と声を上げた。


名前を呼ばれた三人も、嬉しさ半分、驚き半分といった表情をした。


それを見たキジは、片方の口角を上げた。


「他国にしてみれば、この魔物掃討戦で、できるだけ自国の戦力を消耗したくない、と考えている実情があります。貴重な戦闘員は、万が一にも失いたくないのです。ですから、名誉なことかどうかは分かりません」


「なんだ、そういうことか」


魔物討滅の発起人たる我が国が、ていよく祭り上げられているだけというわけか。


オレは、あからさまに落胆の表情を出した。


「我が国だけで第一パーティーを編成という話もありましたが、強力なアタッカーがもう一枚必要だと力説して、剣聖エラクレスを巻き込むことに成功しました」


キジはそう言って笑った。


「なあに、もとより魔物討滅は、我が国が旗を掲げしこと。最後まで我が国が主体となるは、上等ではありませんか」


キジの言葉を聞いて、オレもネガティブな考えを改めた。


「その通りだ。我が国の力で、魔物討滅を成し遂げてみせようぞ」


オレの掛け声に、皆が拳を振り上げて応える。


「この勢いなら、ラザン城攻略も成ったようなものだな」


だが、オレの言葉に、キジの表情が一気に硬くなった。


「そう簡単ではありません。ラザン城を守備するのは、デスゲイロと同じ魔王族のニヒルム。その力はデスゲイロに匹敵すると言われる、まさに魔王の片腕です。知能も非常に高く、アロー砦陽動からのレンゲラン城奇襲作戦を始め、これまでの作戦を立案・指揮したのも、すべて彼だと言われています」


なんだってー。


魔王デスゲイロの前に、そんな強敵がいたんか。


だが、強敵であろうと蹴散らしてみせる。


オレは自分の両の拳を握りしめたが、考えてみれば頑張るのはオレではない。オレはあくまでも見送る側だった。


みんな、頑張ってねー。


と、オレは他人事ひとごとのように、いや訂正、自分の事のように心の中でつぶやいた。


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