07 転職者誕生

レンゲランの町の一角に、ジョブマスター ゼロスのために、建物が新築された。


外観は白亜の神殿風だが、中は入口に受付、奥に応接室と、転職会社の事務所といった風情である。


受付には、ゼロスが連れて来た若い女性が受付嬢として立ち、ゼロス自身は奥の応接室に陣取った。


髪はロマンスグレー。端正ながら少し苦み走った顔立ちのナイスミドルである。


今日は応接室に一人籠り、部屋の調度品の位置をいろいろ変えてみてはソファーで寝そべり、まったりとした時間を満喫している。


今日は来客の見込みはないが、明日から火を噴くような忙しさになる予定となっている。




先日の勇者は偽物の詐欺師だったが、今度のゼロスは既に世界で名の知れたジョブマスターとのことで、ゼロスの仕事場となる転職所は、国家予算での建築を許可した。


そして、今日はオレ自身、アムル講師を自室にお迎えして、この世界での転職について、有難い講義を受けているところである。


「まず、専門職(ジョブ)に就くためには、その職の適性を持っていることが必要条件となります。例えば、戦士になるには戦士の適性が必要です。ですが、それがそもそも難しい」


「そうなんだ」


「我が国の専門職の戦闘員は現在、剣士や回復魔導士など、見習いを含めても十数名。私の従者や、キジさんの軍師は、一般的な職業名に過ぎないので、専門職ではありません。国の人口と比較しても、まず適性を持つこと自体が貴重であることは、お分かり頂けると思います」


「で、転職というのは?」


「転職は、現在既にジョブを持っている戦闘員の中で、まだ見つかっていない隠れた適性が発見された場合、その職に変更できるというものです」


何だって? それじゃあ、そもそも転職の可能性がある者は十数名だけで、その中であるか分からない別の適性を持つ者が該当者で、その職がたまたま勇者なんていう確率は、ほぼ奇跡に等しいじゃないか。


ジョブマスターが来たことで、転職による勇者をゲットしたようなものだと思い込んでいたオレは、手足をジタバタさせてわめいた。


「そんなのやだー」


「やだーと言われましても…。ただ、現在ジョブが現れていない一般人の中でも、稀に適性が見つかることがあるようです」


それを聞いた途端、オレは駄々をやめた。


「まことか?」


「はい。私たちは成人の18歳の時に、全員強制的に適性検査を受けております。ただ、ジョブマスターの能力が高ければ高いほど、埋もれた適性を発見する確率は高まりますので」


「それじゃあ、オレやアムルが実は勇者だったという可能性もあるのだな?」


「それは可能性としてはあるかも知れませんが、稀にあるというだけですので、あまり期待をされ過ぎない方が…」


舞い上がったオレは、アムルの後半の言葉はもう聞こえていなかった。


そして、オレは最高にクールな考えを思い付いた。


「そうだ。国民全員に改めて適性検査を実施しよう。もしかしたら一般市民にも、隠れた人材がいるやも知れぬぞ」


すぐさまジョブマスター ゼロスの了解を取り、こうして明日から、国王肝入りの総適性検査が実施される運びとなった。


検査の日程は、初めに、レンゲラン城並びにレンゲラン町の住人を対象に七日間行われる。


次いで、ゼロスが出張し、リンバーグ城並びにリンバーグ町で五日間、港町レーベンで三日間。


合計十五日間の一大プロジェクトである。




適性検査初日。


今日からレンゲランを対象にした検査が始まる。


既にアムルが18歳以上の対象者全員に整理番号を配布しており、どの日のどの時間にゼロスの転職所を訪れるかも記載してある。


レンゲランの住民は、その時刻の少し前に、転職所の前にできた列に並んだ。


転職所の中では、受付嬢が整理番号を受け取り、それを専用の書類に添付して本人に返す。


住民はそれを持って、奥の応接室に入っていく。


そこでゼロスは手際よく検査を行い、その所見を預かった専用の書類に記載した。


こうして、策定されたスケジュール通り、淀みなく流れ作業で検査が行われていった。


そして今日は、一般市民だけでなく、スケジュールの最後に二人の戦闘員の検査も予定されていた。


テヘンとクバルの両将軍である。


二人の検査が行われる頃を見計らって、アムルがオレの執務室を訪ねてきた。


「そろそろ、テヘンとクバルの番ですね」


「そうだな」


「まあ、テヘンはどうせ、転職の対象外ですよ。そんな器用なタイプじゃないですから」


アムルはそう言って、大きく口を開けて笑う。


「いや、そうかな。オレはテヘンは勇者の候補だと思う」


「テヘンが勇者ですかあ?」


アムルは一瞬ぽかんと顔を投げ出したが、


「正義感が強くて、優しくてお人好し…。確かにそうかもですね」


妙に納得した表情になった。


「それに、クバルも転職の可能性は大いにありますよね」


「うむ、あの器用な男なら、どんな職種でもこなせそうだわ」


「これは初日から期待が持てますね」


アムルは、ウシシシと笑った。


そこへ、転職所から今日の検査結果が届いた。


部下の内務官から報告書を受け取ったアムルが、書類に目を通してから、オレの顔を覗き込んだ。


「王様、初日の結果ですが、転職可能者は、ゼロ。無しでございます」


そうかあ。一般市民に該当者がいなかったのは仕方がないとして、テヘンかクバルのどちらかは該当すると思っていたが…。


現実は予想以上に厳しいようだ。




適性検査二日目。


今日は、一般市民に加えて、戦闘員ではジーグ老師が対象者となっていた。


ジーグでは、正直期待できまい。


もし仮に剣士以外の適性があったとしても、御年90歳の彼には宝の持ち腐れ以外の何物でもない。


その日の夕方、アムルが転職所からの報告を読み上げる。


「本日も、適性発見者は無しでございます」


そう言って肩を落としたが、まあ今日は仕方あるまい。




適性検査三日目。


今日の現役戦闘員枠は、盗賊のハジクだった。


意外性のあるキャラクターだし、三日目ということもあり、そろそろと期待したが、結果は今日も該当者無しだった。


これで、三日間で収穫ゼロ。


さすがにマズイんじゃないかと思ってゼロスに伺いを立ててみたら、「まあ、こんなもんでしょう」との返答が返ってきた。


この世界の転職は、そんなに厳しいのか。


現代世界で言えば、プロ野球選手がプロサッカー選手になるようなものなのか?


現代でも、プロの世界で二刀流をこなせるのは滅多にいないわけだから、確かにこんなものなのかも知れない。




適性検査四日目。


七日間のうちの中日である。


今日は、現役戦闘員の枠はないのだが、ここら辺りで一つ、結果を出しておきたいところだ。


恒例となったその日の結果報告の読み上げの際、アムルの目が輝いた。


「王様、本日は、一人の適性発見者が出ましたー」


今日もダメかと半ばうな垂れていたオレは、思わず顔を上げた。


「本当か?」


「はい。サンという女性。適性の職種は、忍者です」


サン…。覚えている。


バラン将軍に助けられた恩を返すべく、レンゲラン城から夜中こっそり抜け出し、食糧を届けていた女性だ。


あの時の城門を女手一つで開けた手際の見事さは、ただ者ではないと思っていた。


やはり、くノ一の素養は、あの時からあったようだ。


「それで、もう忍者にはなったのか?」


「いえ、転職の儀式は、町ごと検査後にまとめて行う予定です」


そうか。それにしても、該当者が現れてくれて良かった。


これで、後半の三日間にも希望が持てる。




適性検査五日目。


今日も現役戦闘員の枠はなかったが、軍師キジが検査対象者に入っていた。


「軍師殿は今までの活躍ぶりからして、可能性大かと思いますが」


アムルが鼻息を荒くして言った。


「やはりそう思うか。勇者というタイプではないから、さしずめ賢者辺りか」


オレも呼応して話を進める。


昨日から流れが変わって、二日連続で該当者発見か。


夕方、アムルの元に報告書が届き、オレはじっとアムルの顔を見つめる。


「王様、本日は、適性発見者無しでございます」


ぐはーーー。


オレとアムルは、同時に溜め息を漏らした。


キジでもダメだったか。


しかし、逆に言えば、特別な適性を持たなくても、一つの道に秀でればあれだけの活躍ができる。


一般人の可能性を示した結果とも言えた。




適性検査六日目。


今日は久しぶりに戦闘員の枠から、ルイが登場する。


ルイは、戦闘員としては回復魔導士である。加えて過日、弁士としての能力を覚醒させた。こちらは軍師と同じく、戦闘には関係ない一般職である。


いずれにしても、ルイは既に回復魔導士と弁士という二つの顔を持っている。


これに更に、オレの知らない新しいルイの顔を、見たいような見たくないような複雑な心境だ。


いつも以上に落ち着かない面持ちで、オレはアムルの結果報告を聞く。


「王様、本日も、適性発見者無しでございます」


アムルの言葉を聞いて、なんだか少しほっとしている自分がいる。




適性検査七日目。


レンゲラン城並びにレンゲラン町の検査は、今日が最終日となる。


これまでの成果は、忍者の適性が発見されたサン一人だから、なんとか今日もう一人ぐらいは見つかって欲しいところだ。


今日は、一般人の最後として、オレが検査を受ける。そして、その後に、現役戦闘員として残っているダモスとアイリンが締めくくる手はずとなっている。


午後の定刻。オレが転職所を訪れると、既に他の一般市民の検査は終わっていた。


国王たるオレを順番待ちの列に並ばせるわけにはいかないと、時間を調整してあったのだろう。


試しに受付嬢に聞いてみると、今日もまだ該当者は現れていないと言う。


そうか、そうか。やはり最後は、主役がすべてをかっさらっていくように出来ているんだな。


しかし、ここに来て、遊び人のような際物きわものの適性が見つかるなんてオチはご勘弁頂きたい。そんなフラグを立てつつ、オレは奥の応接室に入った。


「これは王様」


ゼロスが笑みを浮かべてオレを迎え入れた。


「思ったよりも適性を発見するのは難しいことなのだのう」


オレは早々、軽く愚痴をこぼす。


「まあ、砂漠でオアシスを見つけるようなものです」


ゼロスは笑みをたたえたまま応えた。


「では、早速ですが王様、見させていただきます」


このまま話に付き合っていると、罪のない自分に火の粉が飛んでくるのではと思ったのか、ゼロスは立ち上がってオレに歩み寄った。


「ああ、頼む」


ゼロスはまず、現代の聴診器のような道具をオレの額に当て、ふむふむと音か波長のようなものを聞き取っているようだった。


それから、


「王様、目を大きく見開いてください」


そう言って、左目、右目の順番でじっとオレの目の中を覗き込んだ。


「はい、よろしゅうございます」


すぐに元の自分の席に腰を下ろした。


えっ、もう終わりなの? ものの1分も経っていない。


もっとよく見て見てと、オレは心の中でアピールしたが、ゼロスはシュッシュッと専用の書類に所見を書き流すと、受付嬢宛ての箱にその書類を入れた。


「では、結果は受付でお聞きください」


はい。


オレが受付に戻ると、受付嬢が既に例の書類を手に持って、それをこちらに向けて見せてくれた。


「王様、新しい適性は、無しでございまーす」


何のためらいもない明るい声で発表された。


ガーーーーン。


これは思っていたよりも、ショックを受けるのお。


あからさまに落ち込んでいるオレを見て、受付嬢が声を掛けてくれた。


「王様が他の職業になられたら、私たちは困ってしまうではありませんか」


「そうですよ、このの言う通りです」


「王様は王様以外の何者でもありません」


その場にいたダモスとアイリンも、便乗して盛り立てる。


オレは結局、王様以外になれなかったか。


ここで勇者か、せめて別の戦闘員になって、最後に魔王デスゲイロと直接対決する、そんな流れかと思ったんだけどなあ。




「では、次の方どうぞ」


オレの悲嘆劇にいつまでも付き合っていられないとばかりに、受付嬢は笑顔でダモスを奥に促した。


待つことしばし。


ダモスの結果が出た。


新適性の発見は無し。


「私はまあ、こんなものです」


ダモスは書類を見つめながら頭を掻いた。


「では、最後の方どうぞ」


残っていたアイリンが呼ばれた。


同じく、結果が出るまで、そう時間は掛からなかった。


奥の応接室から出てきたアイリンが、受付の前に立った。


受付のお姉さんが、鈴でも鳴らす勢いで声高らかに言った。


「アイリンさん、おめでとうございまーす。新しい適性発見です」


「なに、まことか」


アイリンより先に、オレが声を発していた。


「して、職種は?」


「賢者です」


アイリンが賢者とは、思いもしない組み合わせだった。


勇者ではなかったが、我が国初の賢者が誕生したのである。

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