06 勇者の処遇

三階の一番端の部屋が、勇者ロキの仮住まいになっている。


部屋の扉をノックすると、ロキがひょっこり顔を出した。


「これは王様」


社交辞令なのか本気なのか、深々と頭を下げると、中に招き入れ椅子を勧めてくれた。


部屋には既にたくさんの荷物が運び込まれていたが、すぐにでも第一パーティーの部屋に移動になるかも知れないと伝えてあったので、まだどれも荷解にほどきされていない状態のままになっている。


「いかがなされました?」


その言葉を受けて、オレはようやく重たい口を開いた。


「いや、その、三階の十の部屋のうち一つを、他国の賓客のために、明日までに空けなくてはならなくなってな」


「この部屋を空けたいということですか」


おや、思ったよりも飲み込みが早い。これは、案外スムーズに事が進むかも。


勇者ロキが言うことを聞かないと思ったのは、取り越し苦労だったか。


「私に第一パーティーの部屋に移動しろということですね。そんなこともあろうかと、ご覧の通り、荷物はまだ解かずにおきました」


ダメだ。やっぱり分かっていない。


結局ロキに説明しなければならないことを悟り、オレは小さく溜め息を漏らした。


「その、第一パーティーのことなのだが…」


「はい」


自分が一旦ではあるが、三階のメンバーから外され、一階に住まわされるとはつゆとも思っていないロキは、まっすぐな目をこちらに向けてきた。


「そなたは勇者とはいえ、我が国ではまだ実績を持たない。オレは構わんのだが、配下の者の中にはそれを快く思わない者もいる」


「はあ」


ロキの態度が明らかに少し変わった。


それを説得するのがあなたの役目でしょ、と言わんばかりの表情をしている。


「そこでだ、ひとまず一週間、第一パーティーに加わって、実績を出してもらいたい。そうすれば、皆納得して、そなたを迎え入れることだろう」


オレは、ロキの顔色をうかがいながら、遂に核心部分に触れた。


「その間、第一パーティーに正式に加入が決まるまでは、申し訳ないが、一階の一番広い部屋で寝泊まりしてもらいたいのだ」


それを聞いたロキの顔がみるみる険しくなった。


「勇者であるこの私に、下層で暮らせと言うのですか? 聞くところによると、この三階には、剣もまともに握れない老人や、戦闘の経験がない文官もいるというではありませんか」


おお、どこからそんな情報を…。


「そんな老人よりも私の方が下だと言うのですか? 文官よりも私の価値の方が低いと?」


「いや、上だとか下だとか、高いとか低いという話をしているのではないのだ」


「いいえ、この国の者は、勇者の力をないがしろにしている」


「一週間でも無理か?」


「到底受け入れられませんな」


ほらー、やっぱりーー。


勇者の機嫌を損ねてしまったではないか。


だから、オレは嫌だったのだ。


この役をけしかけたキジとアムルを、帰ってとっちめてやらねばなるまい。


「分かった、ロキよ。もう一度よく考えてくる」


オレはそう言い残して、自分の部屋へと飛んで帰った。




オレが部屋に戻ってしばらくすると、キジとアムルが様子を伺いに、雁首がんくび揃えてやって来た。


「首尾はどうでした?」


アムルが首を伸ばしながら尋ねる。


「どうしたもこうしたもないわ」


オレは、ロキとのやり取りで溜まった鬱憤うっぷんを、ムキーーーと、アムルにすべてぶちまけた。


事の次第を伝えると、アムルは「困りましたねえ」と、両手を上に持ち上げた。


キジは「そういう反応もあり得ましょうな」と、澄ました顔で言う。


「では、どうすればいいのだ?」


オレがすねたように言うと、


「今回の件は策略でどうにかなるという問題ではありません。要は、王様がロキを説得するか、王様の専権でロキを第一パーティーに昇格させるか、そのいずれかでございます」


それは分かっている。だが、今までのように、目の覚めるような作戦とかはないものかね。


「まあ、弁士であるルイ王妃に説得をお願いするという手はあるかと思いますが」


あるではないか。とっておきの策が。


そうか、その手があったか。さすが、伊達だてに軍師を名乗ってないのお。


オレは早速、二人を追い帰すと、ルイの部屋を訪れた。


あまり弁士のルイを発動させたくないところだが、ここは背に腹は代えられない。


「ルイーー」


甘えた声を出しつつ、事情を説明する。


「仕方ありませんね。うまくいくかは分かりませんけどね」


覚醒前のルイは自信なさげだが、ひとたび覚醒したら勝利確定だろう。


「じゃあ、その間、ムキュの相手をお願いします」


片手に余る大きさに育ってきたムキュを両手に抱えながら、オレに優しく手渡す。


ムキュが、じっとオレの顔を見た。


おー、おー、いくらでも相手してやるぞ。


「では、行って来ます」


「行ってらっしゃーい」


妻を仕事に送り出す主夫のようなスタンスで、オレはルイに手を振る。


今回覚醒したルイの姿をこの目で見なくて済むのは、何気に嬉しい。




オレがムキュを無心にかまっていると、ルイがほどなくして帰ってきた。


「あれ、ずいぶん早いね」


そう声を掛けると、ルイははにかんだような顔をした。


「それが、王妃様には話すことは何もないと、取り合ってもらえなかったんです」


論戦にすらならず、不発に終わったということか。


ルイの弁士モードが発動しなかったことについて、落胆と安堵が入り混じった複雑な心境になる。


だが、それでオレは悟った。


石板の選択が来ているということは、オレが決断しなければならぬのだ。


他人に頼って解決できる問題ではなさそうだ。


「分かった。苦労をかけてすまなかったね」


オレはムキュを本来の持ち主のもとに返して、ルイの部屋を出た。


さて、困ったことになったぞ。どう決断するべきか。


オレはいったん、一階の王族専用のトイレで用を足し、悶々もんもんと考え込みながら三階への階段を上っていた。


と、そこに、ジーグ老師が従者に付き添われながら、階段を一段一段えっちらおっちら降りてきた。


オレの姿を見ると、ジーグも従者も、またオレに勝手に引き回されると思ったのか、身構えた。


だが、善行を積むためのスペシャルサービス期間は終わったのだ。


トイレに行きたいのであれば、自分の足で行くが良かろう。


そう思いつつ、ジーグの横をすれ違おうとすると、


「王様」


向こうから呼び止められて、少し驚いた。


「何かお困りの顔つきをされてますの」


顔つきをされてますのって、会ってからずっと例の如く腰を90°に曲げて、真下を向いているじゃないか。


やはりこの男、ただ者ではない。


「あ、いや、その…」


オレが口籠ってばかりいると、


「さしずめ、あの勇者のことでござろう?」


図星である。


「ええ、あの勇者のことを信用して、第一パーティーに取り立てていいかが分からなくて…」


ついジーグに向かって本音をこぼしていた。


ジーグは無言のまま頭頂部を向けて近づいて来て、


「人を信用するかどうかは…」


すれ違い様、一言ごにょりと言った。


「…を見なされ」


オレはその言葉の真意をもっと聞きたかったが、名言モードのジーグは持続時間がことほか短い。


オレが声を掛けようとした時には、既にほえーーモードに移行していた。こうなってしまっては、最早もはやまともな会話は期待できない。


オレはその日、ジーグの言葉と自分の考えを吟味しながら、様々思考した。


そして翌日、再び勇者ロキのもとを訪れた。




ロキの部屋の前で、オレは石板の画面を確認した。


第一パーティーとして、どちらを選びますか?


   ①勇者ロキ     ②アイリン


   制限時間:55分


残り時間は、分のカウントに入っていた。


この場で決断を下す必要があるだろう。


オレは意を決して、ロキの部屋の中に入った。


「これは王様。用がおありなら私が伺いますのに」


ロキは、半分は王への敬意、半分は何度も部屋に来られては迷惑、といった表情をした。


「それで、私への処遇の結論は出ましたでしょうか?」


ロキは早速本題を求めた。


オレは軽く頷いて、


「だが、その前に少し、そなたに尋ねたい」


「何でしょう?」


「そなたの願いは?」


「それは無論、魔王討伐です」


「そなたが今、一番望むものは?」


「勇者たる私が万全の体調を整えるために、今は休養ですかね」


「もし、そなたを今、第一パーティーに迎えたとすると、そなたをねたみ、心無い言葉を向ける者もいるかも知れない。それは構わぬか?」


「勇者を誹謗中傷するなど、あってはならぬことです。そんな者がいたら、国を挙げて取り締まってもらわねば困ります」


「ふむ」


高額の報酬を要求し、相手が王であっても自分の意見を曲げずに貫く。


これは、軍師キジと共通している。


だが、キジには自分がどう思われようと、国のためにすべきことを為す、という覚悟があった。


勇者ロキにそれがあるだろうか? いや、感じられない。


オレは、ここで今一度、ジーグ老師の言葉を思い起こした。


『人を信用するかどうかは、その者の心がどちらに向いているか、を見なされ』


勇者ロキのこれまでの言動を見ると、願いは魔王討伐と言っているが、その欲するところはすべて自分にベクトルが向いている。


そのような男を信用できるか? 答えは否だ。


「こちらの要望としては変わらない。ひとまず一週間、第一パーティーに加わって、実績を出してもらう。第一パーティーへの正式な加入が認められるまでは、一階の部屋で寝泊まりしてもらう。それが嫌なら…」


「嫌なら何です?」


ロキは憮然ぶぜんとして言った。


「我が国では、そなたを受け入れられぬ」


ロキの顔が歪んだ。


「ほお、勇者のスキル無しで、どうやって魔王を倒すというんです?」


「魔王の波動を解除できなくても、倒せる手立てはあろう」


「こんな侮辱は初めてだ。私は二度とこの国には来ませんぞ」


「構わぬ」


オレは石板の画面を呼び出すと、②のアイリンを選択した。


「後悔しますぞ」


ロキはそう言い残して、レンゲラン城を去って行った。


せっかく来た勇者を追い出してしまった。


オレの選択は正しかったのだろうか?


国内の評価も、賛否両論真っ二つに分かれた。


だが、数日後、思わぬ形でその結論が明らかとなった。


同盟国ハルホルムの王から、とある文書が回ってきたのである。


文書にはこうあった。


「最近、勇者を名乗る詐欺師が各国を渡り歩いているとのこと。自らを勇者と名乗り、魔王討伐までの間、高額な報酬と贅沢な暮らしを要求してくるという。魔王討伐の機運が高まってくると、勇者が欲しいという欲求をいて、そのようなやからが横行する場合がある。注意されたし」


おお、あれはまさに勇者詐欺であったか。


危うく引っ掛かるところだった。


しかし、結局本物の勇者は、まだ姿を現していないということになるな。


胸を撫で下ろしたオレのもとに、アムルが転がり込んできた。


「お、王様、大変です。今度はジョブマスターが我が国にやって参りました」


「ジョブマスター?」


そんな反応のオレに、アムルがまた口をとがらせる。


「さすがにジョブマスターはご存知でしょう? 転職を可能にする稀少職種ですよ。これで、我が国でも転職が可能になるんです」


転職とは、剣士が戦士になったりするというアレか。


「まさか、今度はジョブマスター詐欺ではなかろうな?」


「いえ、今回訪れたのは、セロスという世界的に有名なジョブマスターです」


オレはここで、あることに思い当たった。


そうか、そうか。転職で勇者が現れるという寸法か。


それで今まで勇者が登場しなかった理由が飲み込める。


しかも、幸せの青い鳥ではないが、勇者はどこか遠くではなく、レンゲラン国内の身近な中にいたのだ。


さあ、誰が本物の勇者だ。


オレの期待はいやが上にも高まった。

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