05 遅れて来た勇者

いよいよ魔王討伐の環境が整い始め、その機運が高まってきた。


これまでもそれを忘れたことはなかったが、国を立て直すことや降り掛かる様々な問題に対処することに精一杯で、今まではそれどころではなかったというのが正直なところ。


それがようやく、声を大にして魔王討伐を標榜できるところまで来たと思うと、感慨深いものがある。


そして、魔王討伐が現実味を帯びてきて初めて、オレはあることに気が付いた。


そういや「勇者」がまだだなと。


魔王討伐と言えば勇者、勇者と言えば魔王討伐、そう相場が決まっている。


そもそも、王様の最後の仕事としては、「勇者とその仲間たちよ、見事魔王を打ち倒して参れ」とその背中を見送り、勇者パーティーが凱旋して来たらそれを出迎え、フィナーレに突入する。


その仕上げの工程をしようにも、肝心の勇者がいない。


これはどういうことかいな?


もしかしたら、この世界の魔王討伐に勇者は必要ないんじゃないか、と思い当たる。


そこで、物知りのアムル博士にご登場願った。


「魔王討伐に勇者が必要か」というオレの問いは、アムルを呆れさせるに充分だったようだ。


「またそんな常識のようなことをお尋ねになって」


だが、この頃には、オレはアムルのへの字口には免疫が出来ていた。


「その常識を疑うところから、大発見は始まるのではないか」


何かもっともらしい理由を添えつつ、ささ、教えてくだされ、と教えを乞う。


「仕方ありませんね」と、アムルは前置きしてから話し始めた。


「魔王デスゲイロを筆頭に、魔物の頂点に魔王族という種族が君臨しています。一つの時代に一体か二体と、数はごくわずかですが、他の魔物とは比べ物にならない力を有しています」


「ふむ」


「そして、魔王族には共通の固有スキルがあります。それが、『魔王の波動』です。」


「マオウのハドウ?」


「そうです。魔王の波動は、魔王族の体から相手に向かって粒子のシャワーのようなものが常時発生しており、魔王族の攻撃には常にバフ(数値上昇)が掛かり、魔王族に対する攻撃には常にデバフ(数値下降)が掛かるという、厄介極まりないものです」


「それは強いじゃない」


「勇者は、その魔王の波動を無効化する固有スキルを持つ、唯一の存在です。ですから、魔王族は勇者を目のかたきにするのです」


「なるほど。であれば、やっぱり魔王討伐に勇者はいた方がいいわけね」


アムルは、もちろんです、という顔でうなずく。


「じゃあ、なんで勇者が現れないのさ?」


「それは、私に聞かれましても…」


オレの無理難題にアムルはそう言い掛けたが、王の質問に応えようと必死に頭を絞ったらしく、


い行いを積めばよいのではないでしょうか」


そのような対策を導いた。


軍師キジがそこにいたら、


「そのような根拠のない方策は却下です」


と、バッサリと切り捨てていただろうが、今のオレはわらにもすがりたいところだった。


アムルの言葉をそのまま信じたわけではないが、


「それならお安い御用だ」


と、実行に移した。




さて、善い行いといえば、まずはやはりトイレ掃除か。


オレは一階に降りていき、用具を手に取って、石で出来た便器をゴシゴシこすり始めた。


すると、すぐさま使用人たちが駆けつけて来て、オレから掃除用具を取り上げようとする。


「王様、何をされているのですか。そのようなこと、私たちがやりますので」


あ、こらー。オレが自らやるというのだから、いいのだ。


オレは用具を取られまいと抵抗しながら、一つの便器を磨き終える。


むやみに王に手出しをするわけにはいかないので、使用人たちは作戦を変えた。


他の便器をオレに先回りして、手分けして磨き始めたのである。


オレも負けじと空いている便器を見つけてこすり、何とか3つの善行を積むことが出来た。


だが、これでは効率が悪い。しかも、明日以降、オレの割り当てが確保できるという保証もない。


これは何か別の善行を考えなければならないぞ、と思いつつ三階に戻ろうとすると、ちょうどジーグ老師が専属の従者に付き添われながら、階段をぜえぜえ息を切らせて降りているところだった。


これだ!


「老師、一階のトイレに行くのですな。それなら、おっしゃっていただければ良いのに。私の背中など、いつでも貸しましょうぞ」


オレは言うが早いか、従者の付き添いの手を振りほどくと、ジーグをひょいと背中にかつぎ、猛ダッシュで階段を駆け下りた。


ふん、ふんと、背中で苦しそうな息を漏らすジーグをよそに、オレは一階のトイレの前に着くと、扉を開けてジーグを中に押し込んだ。


一分後。用を足したジーグを再び背中にしょい込むと、猫の如く軽快に階段を駆け上がる。


三階の部屋まで送り届けると、ジーグを部屋の中に放り投げた。


往復は別々でカウントしても良かろう。よし、これで善行プラス2だ。


味を占めたオレは、またジーグが外に出てこないか、しばらく廊下で見張った。


しかし、一時間待っても出て来る気配はなかった。


オレは痺れを切らして、ジーグの部屋の中に乗り込む。


歳も歳だから、尿意も近かろう。


「老師、トイレに行きますぞ」


オレはジーグの返事も待たずに、勝手な個人タクシーを再開した。


颯爽と一階に駆け下り、ジーグをトイレに押し込み、また引っかついで三階に駆け上がり、ジーグを部屋の中に放り投げる。


善行の荒稼ぎのすべを、オレは見つけてしまった。


一時間おきにそれをやったので、一日で20善行を積むことができた。


五日間継続すると、目標にしていた100善行を突破した。




100善行を突破した次の日。


そのご利益りやくは、本当にあらわれた。


アムルが何かを叫びながら、オレの部屋に転がり込んできた。


「お、王様。遂に待望の勇者が、仕官して参りました」


「誠か!」


オレは一つ飛び上がると、即座に玉座の間に駆け付ける。


まるで待ち焦がれていた恋人に会うかのような高揚感。


オレは一つ深呼吸すると、既に面接会場と化している感のある玉座の間の扉を開け、黄金の玉座に着席した。


正面に一人の青年男子が座っている。


防具は身に付けておらず、軽装だが、勇者と言われればうなずける凛々しい顔立ちをしている。


「名は何と申す?」


「ロキと申します」


「勇者とな?」


「左様でございます」


うやうやしく頭を下げるロキに、オレは目を細めた。


「勇者ということは、魔王の波動を無効化するスキルも持っているのであろうな?」


「無論です」


おうおう、とオレはしきりにうなずき、にやけた。


ラストピースがはまるとはこの事だ。


オレがすっかり満足して、それきり質問をしなくなったので、アムルが質問を引き継いだ。


「年齢とレベルをお聞かせください」


「35歳。レベル68」


「何かこれまでの武勇伝のようなものはありますか?」


「現魔王デスゲイロの前の魔王、サタミランの世では、サタミランを含め二体の魔王族を葬りました」


うんうん、アムル。もう聞かなくてもよいぞ。


これは採用するに決まっている。


その証拠に、石板も選択を迫ってこないではないか。


「そなたから何か聞きたいことはあるか?」


オレから水を向けられた勇者ロキは、「では一つ」と口を開いた。


「報酬はどうなりますでしょうか?」


「おう、そうであったな。希望はあるか?」


勇者ロキは即座に答えた。


「では、月の初めに米1粒を頂きましょう。翌日には倍の2粒、その翌日はまた倍の4粒。そうやって月末まで前日の倍の米を頂きとう存じます。月が改まったら、また1粒からで結構です」


オレはとりあえず、10日目ぐらいまでの米の数を暗算して微笑んだ。


「なんだ、そのようなものでよいのか。お安い御用だ」


だが、内政担当のアムルが、慌てて止めに入る。


「お、王様。それでは、月末には莫大な米の量となります。数か月も支払えば、国中の米が枯渇してしまいます」


「え、そうなのか?」


「勇者殿、それはさすがにお支払いできません。他の条件をお出し下さい」


アムルが言うと、ロキは破顔一笑した。


「ははは、冗談ですよ。では、この国で一番俸給をもらっている方の倍の額を頂きましょうか」


「今、我が国で一番俸給を手にしているのは…」


オレが目を泳がせていると、アムルが答えた。


「軍師殿です」


ああ、そうであった。たしか、軍師キジも、当時の最高額だったバラン将軍の倍の俸給を要求してきおったな。


初めは何だコイツと思ったが、その後の活躍は改めて言わずもがなだ。


おのれの力に自負がある者は、自身を評価する相手に仕えたいと思うものなのかも知れない。


「結構な額です」


アムルがささやいたのを、ロキは聞き逃さなかった。


「勇者は、稀少な魔王族との闘いに一番の需要があります。逆に言うと、それ以外で呼ばれることがあまりない。ゆえに、魔王討伐に向けた勇者の報酬は、どうしても高くなってしまうのです」


そう言って、手を後ろに回して頭を掻いた。


なるほど、清廉のイメージがある勇者がお金の話とは少し意外だったが、そういった懐事情があったのか。


もう魔王討伐の最終局面に入っている。


今は、お金を渋っている時ではない。


幸いにも、今のレンゲラン国には、それを支払うだけの余裕が出来ていた。


「分かった。その条件で採用しよう」


「ありがたき幸せ」


勇者ロキは満面の笑みを浮かべた。


「それともう一つ。私の住まいですが、レンゲラン国にはVIPが住む特別な10の部屋があると聞きましたが…」


「おう、そのようなことまでご存知か。そなたは、当然第一パーティーに組み込まれるだろうから、そこに住むことになるだろう。第一パーティーの編成は、明日にでも決まる。あ、えーと、今日住む場所についても、アムル、たしか部屋はまだ一つ空いていたな?」


「城の三階に現在部屋を持っているのは、王様、ルイ王妃、第一パーティーのテヘン、クバル、アイリン、ダモス。そして、軍師殿、ジーグ老師と私ですので、まだ一つ残っております」


アムルは指を折りながら確認した。


「うむ、そのような次第だから、心配無用だ」


オレが太鼓判を押すと、ロキは目尻を下げた。


「安心しました。それでは、魔王討伐の日まで、そこでゆっくり羽を休ませて頂くとしましょう」


勇者ロキは、アムルに付き添われて、三階の部屋へと向かって行った。


オレはその背中を見送りながら、魔王討伐の日がいよいよ間近に迫ったことを感じた。




翌日。


朝食を食べ終わると、早速軍師キジがオレの執務室を訪れた。


無論、第一パーティーの編成と、三階の部屋の所有者を協議するためである。


今回は、そこにアムルも押しかけていた。


どうやら、昨日のロキの態度が少し気になるようだった。


アムルが早速、口をとがらせる。


「あのロキという勇者、ちょっと胡散うさん臭くないですかね? 初めの要求が、高額の報酬とVIPの部屋とは」


だが、オレの考えは違った。


「自分の生活に関わることだから、別に目くじらを立てることはないのではないか。それに…」


と、オレはキジから見えないように、キジの方を指差した。


アムルはオレの言いたいことを察したようで、


「ああ、たしかに軍師殿も、登場した時はかなり怪しい様子で、高額の報酬もいきなり要求してきましたね」


思い出したという風に、両手をぽんと叩いた。


開けっ広げに言われたキジは、少々憮然ぶぜんとした表情をしたが、すぐに冷静な顔に戻って口を開いた。


「この時期に勇者を得られたことは至極上々です。多少のことには目をつぶる必要がありますな」


さすがに自分がしてきた事と同じ事を否定するわけにはいかないようで、キジはまずロキの肩を持った。


「ですが、三階の部屋につきましては、一つは来賓用に空けておきたいのです。実際、明日、魔軍対抗勢力に加わったばかりのアルサリア国の軍師が来訪し、一泊していく予定です」


「そうであったか。では、第一パーティーの枠を一つ空けるしかないか」


だが、キジはここで小首を傾げた。


「テヘン、クバルの両将軍と、回復役のダモスは外すわけにはいかないでしょうから、交替するとすればアイリンです。ですが、アイリンもこれまで我が国に多大な貢献をしてきているわけですから、勇者の肩書きがあるとはいえ、まだ何の実績もないロキと交替させるのはいかがなものでしょうか?」


「ふむう、たしかにそうだ」


そこで、オレはあることを思い付いた。


「何の実績もないと言えば、ジーグがいるではないか。彼と交替させれば良い」


我ながら妙案だと思ったが、キジは首を横に振った。


「いいえ、老師はレベル99という稀有けうな存在です。今は戦闘に立てなくても、これまでの偉業に敬意を示さなければなりません。それに、実績というなら、テヘンを覚醒させてくれたではありませんか」


キジはいつでもジーグを擁護する態度をとる。


「では、どうしたら良いのだ?」


困り顔のオレに、キジが一つの提案をした。


「勇者ロキには、仮に一週間第一パーティーに入って、魔物と闘ってもらいましょう。そこで実力を示せば、アイリンを始め、他の者も納得するはずです。それまでの期間は、ロキには一階に住んでもらうのです。大丈夫、一階で一番広い部屋を用意しておきます」


「それで、それをロキに伝えるのは…」


キジとアムルが同時に片手を前に出し、王様どうぞの仕草をした。


「むしろ王様でなければ、かの者も言うことを聞きますまい」


オレは小さく溜め息をつく。


昨日の様子だと、オレの言葉でも、果たして素直に言うことを聞いてくれるだろうか。損な役が回ってきたもんだ。


と、そこで、久しぶりに石板の着信が鳴る。




第一パーティーとして、どちらを選びますか?


   ①勇者ロキ     ②アイリン


   制限時間:24時間




制限時間が24時間ということは、一週間仮に第一パーティーに入って、という悠長なことは言っていられないようだ。


これはまた難題だ。


オレは頭を抱えながら、勇者ロキのもとに向かった。

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