04 反転攻勢

カンナバルのドリームチームに劇的な勝利を果たした翌日。


レンゲラン国はまさにお祭りムードであった。


朝から花火が鳴り響き、町の酒場は早くに満席となった。


来客たちは、新聞や噂で伝え聞いた昨日の戦いの模様を、事細かに語り合い、我が国の英雄たる四人を大いにたたえた。


町の他の店も、こぞって戦勝の特価セールを行い、活気を呈していた。


中でもパン屋は、四人の姿を形取かたどった新作のパンを大々的に売り出した。


それは、剣を持っているとか、弓を構えているとか、体型がずんぐりむっくりしているとか、言われれば辛うじて誰か分かる程度のクオリティーだったが、それでも飛ぶように売れた。


また、子供たちは、ヒーローごっこの遊びに、早速四人のスキルを取り入れた。


近接超打撃ソードストライク!」や「剣の舞いサーベルダンス!」と叫びながら、後はプシューーーと、擬音と手で表現した衝撃波や斬撃を、互いに絡ませ合うのである。




レンゲラン城内でも、祝勝の宴が催されていた。


四人の戦士たちは、あちこちで酒を勧められ、皆真っ赤な顔をしている。


かく言うオレも、既にほろ酔いである。


だが、一番酔っていたのはやはり、何もしていないアムルだった。


既に例のごとく、骨の無いイカ状態になっており、まずは仲良しのテヘンに絡みついていた。


「テヘン将軍、テヘン将軍」


アムルが連呼しながら、テヘンに抱きつく。


「もう分かった、分かったから」


テヘンは必死にアムルを押しのけようとするが、アムルイカの粘着攻撃は、剣聖エラクレスや戦士ルンメニを破ったテヘンでも、そう簡単に解くことはできない。


かつては、港町レーベンの代表を招いた際の宴でオレが、また、結婚報告のためにアイリンと一緒に来るはずだったクバルが、アムルイカの被害に遭っている。


これで三人目か…。


オレはテヘンを気の毒に思いながら、他人事ひとごとなので笑って見ていた。


一通り絡んで満足したのか、続いてアムルは隣のクバルに声を掛けた。


「おう、これは剣聖を打ち取ったクバル将軍ではありませんか」


クバルは一度被害に遭っているだけに、その対処法が身に着いていた。


とにかく接近されたら終わりなので、クバルはまるで戦闘の時のように、軽やかなステップを踏んでアムルと一定の距離を保っている。


これは手強いと思ったのか、アムルはクバルに近付くのを諦めて、その横にいたアイリンに向かっていく。


それを阻止しようと、クバルがアイリンの前に立ちはだかったところで、クバルは遂にアムルに捕まった。


ああ、クバルよ、お前もか。しかも、二度目の被弾。


我が国が誇るダブル剣士も形無かたなしだな。恐るべし、アムルイカの攻撃力。


アムルは最後に、ダモスに近寄る。


「やあ、ダモスっち。今回の勝利の立役者は、実は君じゃないかと私は思っているのだよ」


「ダモスっち?」


今までにない呼び方をされたダモスはそれであたふたして、その後の誉め言葉があまり入ってこなかった。


「初めに相手のペースを乱したのも君だし、ルンメニの一撃を耐えたのも大きかったよね」


アムルはそう言って、ダモスの広い肩をバンバン叩いた。


そして、そのまま手をまわして肩を組むと、


「これからはボクのことも、アムルっちって呼んで構わないよ」


変な仲間入りをさせられたダモスは、


「あ、ありがとう」


と、小さく答えるのが精一杯だった。




今回の四人の英雄をすっかり食い尽くしたアムルの向こうから、千鳥足のジーグ老子がフラフラと近づいて来た。


「おっ」


それに気づいたアムルも、ジーグに向かって近づいていく。


腰を90°に曲げて、足を震わせながら頭を向けているジーグと、近距離でアムルが対峙した。


さすがのアムルも、ジーグに何と声を掛けたら良いのか即断できなかったようで、しばしの沈黙が二人の間で流れる。


それは、テヘン対エラクレスにも負けない、緊張感のある間合いだった。


二人の巨頭が出会ってしまった。これからどのような展開になるのかと、皆が固唾かたずを飲んで見守る。


「いやー、老子。いつもながら、お辞儀をしているような見事な腰の曲がりっぷりですねー」


その言葉を皮切りに、アムルイカはなんとかジーグに絡み付こうとする。


「ほえーーーーーーーーー」


ジーグは常人では到底真似できそうにないぐにゃぐにゃな足取りで、そのすべてをかわし続ける。


それは、アムルの動きをすべて見切っているのか、単にぐにゃぐにゃはぐにゃぐにゃを捕らえられないものなのか、その真相は分からなかった。


いずれにしても、ジーグはアムルに指一本触れさせることなく、無傷でその場を通過した。


それで、アムルもすっかり酔いが覚めたようで、アムルイカの進軍も遂に止まった。




そこへ、一人まったく酔っていない男が入ってきた。


軍師キジである。


キジは、カンナバルが味方についた時のための反転攻勢の策を用意してあり、実は今日も皆がお祭り騒ぎをしている中で、カンナバル・ハルホルム両国の軍師と共に、会議の間で打ち合わせをしていたのである。


「今日は皆と共に勝利を祝い、明日打ち合わせをすれば良いではないか」


オレはそう言ったが、


「一日の差で勝敗は分かれるものです」


キジは自ら今日の打ち合わせを段取りした。


キジはオレの隣に寄って報告した。


「共同作戦の共有・承認が終わりました。明日、行軍を開始します」


お仕事、お疲れ様です。


ほろ酔いのオレは心の中で敬礼をしながら、一つ大きく頷いた。


「アムル、明日の軍事行動までに用意してもらいたい物を書き出しておいた。早速頼む」


ちょうど折よく酔いが覚めていたアムルは、「はい」と真顔で答えた。


「やあ、アムルっち。これから町の酒場に繰り出して、はしご酒はどうだい?」


ダモスがそれまでのノリでアムルに話しかける。


「ダモス、何だい、その変ちくりんな呼び方は。私は仕事があるので失礼する」


顔を赤くしながらぽかんとして、一人取り残されたダモス。


酔ったアムルの言葉を真に受けるなど、まだまだ修行が足らんのお。




翌日。


劣勢を強いられてきた魔軍共闘勢力に対して、反転攻勢の軍がレンゲラン城から打って出た。


まずは、魔軍本拠地のタウロッソとの国境にあるアロー砦に一軍が向かう。


率いるのは、なんとアムル。


アムルは馬上でガクガクと前後に大きく揺れていた。


二日酔いのためではない。


慣れない重い鎧兜のせいで、重心が定まらないのである。


周りには、必要以上に多い軍旗が翻っている。


つまりは、こちらは陽動軍。


以前、魔軍にされた作戦を、今度はこちらがやってやろうというのだ。


この陽動軍の大将は、本来、盗賊のハジクである。


だが、戦わないのであれば、一度大将というものをやってみたいとアムルが言い出し、ハジクもそれを面白がって、アロー砦に向かう行軍中だけそれを認めた。


アムルは一応、参謀という肩書を持っての初めての従軍であるが、砦にひたすら籠って守りを固めるだけなので、アムルの策略は発動する機会がないはずである。


アロー砦に到着すると、城壁の上に持ち込んだ旗を林立させて、多くの兵がいるように見せかけた。


そして、狙い通り、魔軍の主力をこの方面に釘付くぎづけにすることに成功したのである。




一方、ハジクとアムルの陽動軍が出発して間もなく、もう一軍がレンゲラン城を出発する。


こちらが本軍。


テヘン、クバル、アイリン、ダモスの第一パーティーに、この軍の統帥権を持つ軍師キジ。そして、民間兵の精鋭もこちらに組み込まれた。


レンゲラン城の留守を預かるのは、オレとルイ、そして出陣もままならない老子ジーグである。


本軍は、いったんカンナバル領内に入り、そこから目指す先は敵国ガルガート。


かつて、ハドウ関攻略作戦を実行した国である。


同盟国ハルホルムからガルガートに向かうルートには難攻不落のハドウ関がある。


しかし、長らく戦争がなかったカンナバルとの国境には、さしたる要衝は設けられていなかった。


時を同じくして出陣したカンナバル軍、ハルホルム軍と共に、カンナバルのルートを通って、三国の軍はやすやすとガルガート領内に侵入した。


ガルガート本城までには、二つの小さな城があった。


ガルガート軍は、この二つの城に籠城し、援軍を待つ作戦に出た。


しかし、魔軍共闘勢力の主力となる魔軍は、アロー砦に引き付けられている。


共闘勢力側のアルサリア国とセセン国にしても、自国の利益を考えて同勢力についているだけで、打てば響くようにすぐさまガルガート国に援軍を送るような、強固な間柄ではなかった。


援軍が来ぬ状態で、三方向より三国の軍に一気に攻め立てられれば、守軍が有利な籠城戦とはいえ、持ちこたえられるはずもなかった。


二つの城は次々と陥落し、レンゲラン、カンナバル、ハルホルムの三軍は、ガルガート本城に押し寄せた。


その包囲網を見て、ガルガート国王は即座に停戦を申し出た。


国土の保証と引き換えに、ガルガート国が魔軍対抗勢力に加わった。


これで、魔軍対抗勢力4か国、魔軍共闘勢力3か国と、遂にその勢力図が逆転したのである。




こうなると、最近まで中立を保ち、日和見ひよりみで優勢だった魔軍共闘勢力についただけのセセン国は、にわかに浮足立った。


その機を逃さず、カンナバルの弁士が交渉に入った。


セセン国は、むしろそれを待っていたかのように、あっさりと魔軍対抗勢力に鞍替えした。


そして、五国で残るアルサリア国に宣戦布告すると、アルサリア国王は戦わずして白旗を上げた。


こうして、魔軍に占拠されたタウロッソ国以外の六国が、魔軍対抗勢力に塗り替わった。


ここに至ってようやく人類は、魔王を討伐し、この世界から魔物を駆逐するという本来の目的のもとに、結束したのである。


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