02 決戦 前編

レンゲラン国とカンナバル国の国境付近の戦闘場に、八人の戦闘員が集結した。


戦闘場といっても、周りに建物がない、だだっ広い野原である。


西側に姿を現したのは、カンナバル国代表の四人。


エラクレス(剣聖 lev88)、ルンメニ(戦士 lev80)、ダガ(攻撃魔導士 lev70)、ファフィー(回復魔導士 lev70)。


東側から歩を進めるのは、レンゲラン国代表の四人。


テヘン(剣士 lev62)、クバル(剣士 lev60)、アイリン(弓使い lev55)、ダモス(回復魔導士 lev52)。


そして、そこから充分に距離を置き、真横から見える位置にVIP席が設けられた。


我が国からは、オレ、軍師キジ、アムル、各町の代表が列席した。


カンナバル国からも、国王に、軍師や大臣とおぼしき人物、先日の弁士の姿もあった。


それぞれの陣営には、要職の護衛も兼ねて、他の戦闘員たちも控えていた。


カンナバル側には、控えに置いておくには勿体ないような、見るからに強そうな戦闘員たちがゴロゴロいた。


対してこちらの陣営の控えはと言うと、盗賊のハジクと、腰が90°に曲がったジーグ老師のみである。


この陣営の様子を見ても、二国の差は歴然だった。




さすがのジーグも、世紀の決戦を前に少し興奮しているのか、「ほえーーー」の声がいつもよりやや大きかった。


「ワシがもう50歳若ければのお」


以前と同じ言葉を口にする。


うん、それは前聞いたから。


あまり、要らぬ声を出して、この席に注目を集めないでもらえるかな。隣のカンナバル陣営と比べて、みすぼらしさが目立つので。


オレは相変わらず、ジーグには厳しいのだ。


その様子を、遠くから剣聖エラクレスが目ざとく見つけた。


「おや、ジーグ老師がレンゲラン国側にいるとは…」


それを隣で聞いた戦士ルンメニが、伸び上がりながら一言聞いた。


「厄介か?」


エラクレスがフッと小さく笑う。


「オレが若い頃は、剣の手ほどきを受けたものだが、今はご覧の通りのご老体だ。脅威となるものではない」


そして、すらりと剣を抜くと、その刀身を見つめた。


「私が成長した姿を見せるのも、恩返しになるというものだ」


どうやらジーグの存在は、敵の士気を幾分高めたようである。




定刻となり、互いの勝利後の条件が改めて確認された。


レンゲラン国が勝てば、カンナバル国は同盟国として、魔軍対抗勢力に加わる。


カンナバル国が勝てば、レンゲラン国の南半分を割譲する。


それを明記した文書が、国王間で交わされる。


続いて、この戦闘でのルールが確認された。


ルールは二つ。


一つは、アイテムの所持は認めないこと。


もう一つは、戦闘に参加する者は皆、不殺ころさずの腕輪を付けること。


不殺ころさずの腕輪とは、敵に致死のダメージを与えることになった時に、それを一歩手前の瀕死のダメージまで自動でセーブし、代わりに相手に目印となるデスマークを付与するという、こういった対抗戦のために開発された代物しろものである。


そして、各陣営には、控えの回復魔導士が医療班として待機した。


レンゲラン国でその役に当たるのは、ルイである。


ルイは、王妃であり、弁士であり、回復魔導士でもある。


カンナバル国の弁士は、医療班のゼッケンを付けたルイを、不思議そうな顔で見ていた。




準備万端整った。


いよいよ両国の代表四人が、横一列に整列して対峙した。


レンゲラン代表の四人を見て、カンナバル国のパーティーとVIP席にどよめきが起こる。


それは、一目、レンゲラン国のパーティーに回復要員がいないからである。


白亜の鎧兜を身に着けている二人は、おそらく剣士。弓を持っているのは弓使いで間違いなかろう。そして、重厚な鎧を身にまとい、剣を手にしている小太りの男は、どう見てもタンク系の戦士である。


回復要員を持たないパーティーは、全員がアタッカーで、倒されるよりも先に相手を倒すという、言ってみれば玉砕覚悟の捨て身の編成である。


自分たちよりも実力に劣るレンゲラン国のパーティーが、捨て身の作戦を用いてきた。カンナバル陣営はそう思った。


カンナバル国のパーティー四人は、その場で頭を突き合わせて対応策を相談した。




そして遂に、両パーティーが戦闘態勢に入った。


カンナバル側は、剣聖エラクレスと戦士ルンメニが前衛、ダガとファフィーの二人の魔導士が後衛という隊形を組んだ。


レンゲラン側は、テヘンとクバルのダブル剣士が前衛、アイリンとダモスが後衛で布陣した。


いよいよ、戦闘の火蓋が切って落とされた。




第1ターン。


最初にターンが回ったのは、カンナバル攻撃魔導士のダガ。どんな強力な攻撃魔法が繰り出されるのかと思いきや、ダガの選択は防御だった。


次に動き出したのは、剣聖エラクレス。スキルを発動させると、刀剣が白い光をまとった。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


白い光が尾を引きながら、クバルの斜め頭上から閃光のように降り注ぐ。


初めから防御姿勢を取っていたクバルは、剣で受け止めるも、そのまま押し切られダメージを食らう。


防御による軽減のため、今回は体力を半分ほど失っただけで済んだが、防御をしていなければ、8割近いダメージを負っていたかも知れない。


クバルは改めて剣聖の攻撃力の凄まじさを知った。


続く戦士ルンメニ防御。


回復魔導士ファフィー防御。


テヘン防御。


アイリン防御。


最後にターンが回ったダモスが、味方全員に俊敏性アップの上級魔法をかけた。


つまり、第1ターンは、カンナバル側が剣聖エラクレス、レンゲラン側がダモスだけが行動し、他の6人はすべて防御を選択したことになる。


これは、レンゲラン国が用意した作戦だった。


まず、こちらに回復要員がいないとカンナバル側に思わせる。


四人アタッカーの玉砕戦法は、行動順に左右されるなどのギャンブル要素があるが、はまれば火力を一人に集中して、先に相手の人数を減らすことが可能な作戦である。


カンナバル側は、その危険を避けるために、第1ターンはエラクレス以外、防御を固めることにした。


相手の特攻を受け止めて持久戦に持ち込めば、回復能力がある自軍に負ける要素はないと思ったのである。


だが、そう思わせたのが、実はレンゲラン側の思うつぼ


こちらも念のため防御姿勢を取りつつ、ダモスの俊敏性アップの補助魔法によって、毎回のターンで先行できる可能性が高い状況を、まんまと作り出したのである。


ダモスが魔導士であることを知ったカンナバル陣営はくやしがった。


「あいつが魔導士とは思えなかった。くそ、小細工をろうしおって。次は普段通りで行くぞ」


剣聖エラクレスが仲間に声を掛けた。




第2ターン。


前のターンで作戦にはめられたことを知ったカンナバルのパーティーは、今度は持ち前の戦闘力で攻め倒してやろうと息巻いた。


だが、そこまでがレンゲラン国の狙いだった。


防御姿勢を解いた相手に対して、俊敏性が上がったレンゲランの攻撃陣が波状攻撃を見せる。


まず、アイリンが新たなスキルを発動させた。


凍結鈍弾射アイスシュート!」


アイリンから放たれた矢は、剣聖エラクレスにダメージを与えると共に、凍結によって動きを鈍化する効果を付与した。


次にテヘンが、動きの鈍ったエラクレスに、充分距離を詰めてスキルを解放する。


近接超打撃ソードストライク!」


さすがのエラクレスも、テヘンのスキルをまともに受けて大きく体力を減らした。


まだ瀕死状態とまではいかないが、もし相手の回復魔導士よりも先にクバルの手番が回れば、一気に剣聖を沈めることも夢ではない。


果たして、次にターンが回ったのは、クバルだった。


クバルは剣を握り締め、エラクレスの正面に立つ。


エラクレスは、凍結で体が自由にならない中でも、凄まじい覇気でクバルを睨み返した。


クバルはそれに気押されて、一瞬剣を手からこぼしそうになる。


思い直して一歩踏み込み、スキルを発動させる。


剣撃超嵐雨ソードレイン!」


だが、クバルの動きは精彩を欠いていた。


動きの鈍ったエラクレスにも、初手の剣撃をかわされ、スキルは不発に終わる。


エラクレスを仕留める千載一遇のチャンスをのがしてしまった。


「クバル…」


アイリンとダモスが心配の声を上げた。


次に行動権を得たファフィーが、すぐさまエラクレスの体力を全回復した。


エラクレスが一つ安堵の溜め息をつく。


続いてダモスが、前のターンでダメージを受けたクバルの体力を全回復した。


ここから、カンナバル側の反撃が始まった。


攻撃魔導士ダガが、レンゲランパーティー全体に、雷系の最上級魔法を唱えた。


間髪入れず、戦士ルンメニが、アイリンに向かってスキルで斬り付けた。


アイリンは大ダメージを食らったが、なんとか持ちこたえた。


剣聖エラクレスは、ゲージの増加も凍結で鈍らされていたため、そのターンでゲージが溜まることはなかった。


実はレンゲラン国の三人の攻撃陣の中で、アイリンが一番魔法耐性が強かった。ダガの魔法によるダメージ量は、テヘンやクバルの方が大きかったので、戦士ルンメニがそちらを狙っていたら、もしかしたら危なかった。


軍師キジの言う通り、相手がその辺りの情報を持っていないことも幸いした。




第3ターン。


先行したダモスが、味方全体への回復魔法を唱えた。


さすがに、味方全体を一気に全回復する最上級魔法は覚えていなかったので、テヘンとクバルの体力は満タンになったが、前のターンで大ダメージを負ったアイリンは、8割ほどの回復にとどまった。


第2ターン同様、俊敏性を底上げしたレンゲラン側が前半攻め、後半カンナバル側が反撃する、という展開が予想された。


先ほど、剣聖エラクレスを失う寸前だった反省のもと、今回は戦士ルンメニが、攻撃ができない代わりに、エラクレスへの攻撃を守備力が高い自分が身代わりで受ける防御姿勢を、初めからひそかに取っていた。


攻撃面では、ダガの攻撃魔法とエラクレスの破壊力で、相手一人を充分倒せるとの公算である。


レンゲラン国の攻勢が始まった。


今回も先陣を切ったのはアイリン。


火焔華弾射ブレイズシュート!」


狙った先は、今度はエラクレスではなく、攻撃魔導士ダガだった。


標的を変えられたことで、戦士ルンメニの防御策は無効となった。


ダガに射撃のダメージと、火焔による追加ダメージが入る。


続いてテヘンが叫んだ。


近接超打撃ソードストライク!」


テヘンのスキルは、安定して相手に大ダメージを与える。


ダガの体力がかなり削られたところで、クバルの手番となった。


相手は違うが、先ほどと同じ状況である。


クバルは一つ息を整えると、先ほどよりも確実性の高いスキルを選択した。


剣の舞いサーベルダンス!」


高速に剣を回転させたまま、ダガ目掛けて正面から突っ込む。


ダガはそれをけ切れず、体力をすべて奪われる。


不殺ころさずの腕輪が発動して一命を取り留め、医療班が回復魔法を施した。


戦闘から離脱となったダガは、悔しさを顔ににじませながら戦闘場を降りた。




レンゲラン国が先に一人を倒し、レンゲラン陣営には歓喜が、カンナバル陣営にはどよめきが起こった。


戦士ルンメニが防御に回ったため、このターンのカンナバル側の攻撃は、実質剣聖エラクレス一枚である。


エラクレスは、第1ターンで見事に出し抜かれ、今また味方の一人を先に落とされて、怒り心頭に発していた。


「ゆ、許さんぞ」


自分にターンが回ると、剣をギリリと握り締める。


体力が幾分削られているアイリン目掛けて、スキルを発動した。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


光をまとったエラクレスの剣が、白い残像をくっきりと残したままアイリンに襲い掛かる。


常人であれば一撃で削り切れるはずのない体力を残していたアイリンだったが、気付くとその一閃でアイリンは地に倒れ、デスマークを付与されていた。


今度は、カンナバル側から歓喜の声が上がる。


その歓喜の中、ターンの最後に、ファフィーが味方三人に俊敏性アップの補助魔法を唱えた。


これで、人数は三人対三人。俊敏性は互角。


パーティーの編成も、アタッカー二人と回復魔導士という同じ構図になった。

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