第四章 魔王討伐編

01 ドリームチーム

カンナバルの弁士との舌戦の翌日。


オレは、ルイの部屋の前にいた。何をしているのかというと、中に入るのを少々ためらっているのである。


なぜって、そりゃあ、昨日の迫力ある姿を見せられたら、カンナバルの弁士同様、オレもコテンパンにされるんじゃと、二の足を踏むのも無理からぬ話というものである。


だが、あれはあくまでも、弁士という大役を果たすためのやむにやまれぬ姿で、本当のルイは今までのような、優しくて天然で癒し系のままのはずだ。


そう思いたい。いや、そう信じている。


オレは一つ深呼吸をすると、目の前の扉をノックして中に入った。


「あら、王様」


ルイがこちらに顔を向ける。その膝には、シロウサギのムキュがおとなしくちょこんと乗っている。


「王様、この子、芸が出来るようになったんですよお」


ルイはそう言うと、ムキュを床に下ろして、その目の前に手のひらを差し出した。


「お手」


ムキュは鼻をヒクヒクさせながら、自然な動作でルイの手のひらの上に、白いモフモフの手を置いた。


「うわー、お上手」


ルイは歓喜して、ムキュを自分の頬に引き寄せてスリスリした。


その様子を見て、オレはほっと胸を撫で下ろす。


うん、良かった。これぞ、本当のルイだ。


入っていきなり問答を挑まれたらどうしようかと思っていた。


オレは知らぬ間に、ルイの顔をまじまじと見ていたようで、


「王様、私の顔に何か付いています?」


そう聞かれてあたふたした。


「あ、いや、その、昨日と今日でだいぶ雰囲気が違うなと思ったので…」


すると、ルイは顔を赤らめた。


「昨日のことはあまり覚えていないんですよね」


それからしばらくの沈黙の後、聞きにくそうに尋ねた。


「私、怖かったですか?」


「え、いや、そんなことはない。えーと、そうだ、凛々しい感じだった」


我ながら、芝居臭さが隠せてないなと思いつつ、


「だが、ルイのおかげで、危機を回避できた」


オレは、無理に笑顔を作った。


それを見て、ルイがオレに抱きつく。


「私を嫌いにならないでください」


「え、いや…」


オレはうまく言葉にできず、ただルイを強く抱き返した。


きっと、今のルイも、弁士のルイも、どちらも本当のルイなのだ。


そのすべてをひっくるめて抱き締めたいと思った。


気付くと、床に置かれたムキュが、抱き合うオレたちをじっと見ている。


オレはムキュの顔の向きをそっと変えた。


子供は見ちゃダメ。




レンゲラン国とカンナバル国との国別対抗戦の日取りが決まった。


五日後。両国の国境付近の平地で執り行われることが、カンナバルからの書状で伝えられた。


早速、軍議が開かれた。


参加者は、オレと軍師キジ、第一パーティーのテヘン、クバル、アイリン、ダモス。そして、90歳の老剣士ジーグが、軍事顧問という立場で同席した。


「いよいよ決戦が五日後と定まった」


キジが口火を切った。


「この戦いの結果いかんで、カンナバル国を味方に引き入れられるか、領土の半分を失うかが決まる」


それは第一パーティーのメンバーに、要らぬプレッシャーをかけるのではないかとオレは思ったが、キジは意に介さぬ様子で言い切った。


まあ、今さら事実をオブラートに包んでも仕方がないか。


「今日は、その戦いに向けて、情報の共有と作戦の検討を行いたいと思う」


そこでキジは、改めて第一パーティーの四人を見渡した。


「まず、我が国の代表は、ここにいる四人だ」


テヘン、クバル、アイリン、ダモスの四人が、緊張した面持ちで、一斉にコクリとうなずく。


まあ他に選択肢はないだろう。


あのレベル99の剣士が戦闘に少しでも役立てばと、オレはうらめしげにジーグを睨む。


当のジーグは、常に「ほえーーー」と、聞こえるか聞こえないかぐらいの息を吐き続けている。


そして、今日も腰はしっかりと90°に曲がっていた。


「対するカンナバル国の代表だが、数多い戦闘員の中でも傑出した四人がいるので、おそらくその四人が出てくるということで間違いないだろう」


キジはそのまま、その四人の説明に入った。


「まず一人目は、剣聖エラクレス。言わずと知れた、現役最強の剣士である。レベルは88。若き頃よりカンナバル軍を率いて歴戦し、幾多の戦いを勝利に導いてきた。今回のパーティー戦でも、彼が絶対的主柱だ」


それから、キジはジーグの方に向き直った。


「老師は、エラクレスのことはご存知ですか?」


ジーグは、例によって頭を向けて地面を見ながら言った。


「ああ、あの若僧か」


エラクレスも40歳と決して若い方ではないが、御年90歳のジーグから見れば、誰でも若僧ということになろう。


「エラクレスに何か弱点はないですか?」


ジーグはフンフンと頷いてから、


「あいつは器用なヤツだからのお、弱点はないの。ただ、いて言えば、攻撃偏重になりがちで、どちらかと言うと守備があまり強くないの」


何年前の情報か一抹の不安はあるが、一同は有難くメモをとる。




「二人目は、戦士ルンメニ。35歳。レベルは80。カンナバル第二のほこであり、次期剣聖とも謳われている。攻撃も強いが、それ以上に守備が強く、盾役にもなるらしい。老師、彼のことはご存知…」


「そんなヤツは知らん」


それまでの上機嫌な雰囲気から一転、今度は一言ブツリと言った。


別にルンメニに何か遺恨があるとかそういうことではなく、単に興味のないことを聞かれた時の対応らしい。


感情の起伏がいまいちよく分からない。




「三人目は、攻撃魔導士ダガ。36歳。レベルは70。魔法習得のペースが常人より速く、最上級の攻撃魔法もすべて習得しているという。最近レベルも急上昇して、今や世界最高の攻撃魔導士との呼び声も高い」


ダガ…。


どこかで聞いたことがある名だと感じて、思い出した。


そういえば、かつて魔導士の選択があった時に、ルイと一緒に仕官に来ていた男だ。オレがルイを選んだので、他国に仕官したはずと思ってはいたが。


まさか、世界最高の攻撃魔導士になっているとは…。


逃した魚は大きかったか。


しかし、あそこでダガを選んでいたら、ルイとこうした縁になることはなかったはずなので、ダガとは元々対戦する運命だったと思うしかない。




「四人目は、回復魔導士ファフィー。32歳。レベルは70。最上級の回復魔法をすべて習得している。彼女は回復能力が高いだけでなく、その判断力の正確さにも定評がある」


キジは、もうジーグに意見を求めなかった。


おそらく、40歳のエラクレスが、ジーグが知り得るギリギリのラインで、それよりも若い者のことは知る由もないのだろう。もしくは、剣聖レベル以外は興味がないかのどちらかである。


いずれにしても、キジの予想通り、ジーグはすっかり「ほえーーー」モードに移行していた。




「以上が予想される敵の陣容である」


キジのまとめの言葉に、クバルがつい溜め息を漏らした。


「まさに、ドリームチームですね」


カンナバル出身のクバルにとってみれば、身近で知ってきただけに、誰よりもその強さを実感しているようだった。


一方、同じカンナバル出身のテヘンはと言うと、元々最底辺の剣士だったので、彼らとは住む世界が違いすぎて、名前を言われても今一つピンと来ていないというのが本音だった。


「確かに彼らの方がレベルも高く、間違いなく強い。それは素直に認めましょう。しかし、その上で我々は勝ちを見出していくしかない」


キジの言葉に、オレは問わずにはいられなかった。


「それは可能なのか?」


「一つ、我々に有利に働くとしたら情報です。彼らは有名なだけに、我々は情報を持つことができる。対してこちらのチームは無名ですから、相手は情報を持つことができない」


「あまり自慢できる話ではないがな」


オレは自嘲じちょうぎみに笑った。


「他に何かないのか? 秘策のような何か…」


「実際の戦いにおいて、秘策のような都合のいいものは、そうそうありません。勝つための要素を一つ一つ地道に積み重ねていくしかないのです」


オレはキジにそうたしなめられた。


さようでございますか。


そこへ老師ジーグが、自ら言葉を発する。


「若さ。それ以上の武器はありますまい」


確かにレンゲランチームの面々は22~25歳だから、平均しても10歳以上こちらが若いことになる。


だが、体力・攻撃力・防御力・敏捷性といった数値化されたものはレベルに依存しているので、若いから何が有利かと言われても根拠が見当たらない。


そのような曖昧な要素に頼るしかないほど、こちらがすべての面で及んでいないことを表しているとも言える。


「ワシがもう50歳若ければのお」


ジーグが独り言のようにつぶやいた。


いや、そこは普通、10歳かせめて20歳若ければ、という時に使うものだ。


50歳若ければとは、さすがに欲張りすぎというものだろう。




それから四日間、戦闘の作戦が吟味され、練り上げられていった。


そして、遂に対抗戦の当日を迎える。


国境付近の戦闘場に、カンナバルチームの四人が姿を現した。


先頭の男は、精悍な顔つきで、白亜に濃紺の刺繡をあしらった鎧兜を装着している。そのにじみ出るオーラは、知らない者でも彼が剣聖と分かるほどだった。


二番手の男は、体格が良く、白亜に銀の刺繡をあしらった鎧兜を身に着けている。その顔は自信に満ちていた。


三番手の魔導士の男は、薄い黄緑のローブに身をまとい、鋭い目つきでじっと前方を見据えている。


四番手の女魔導士は、鮮やかな黄色のローブに身を包み、うっすら微笑を浮かべている。


いよいよ、ドリームチームとの決戦の幕が上がった。

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