15 弁士

二階の会議の間に、招集が掛かった。


参加者は、オレ、アムル、キジと、第一パーティーのテヘン、クバル、アイリン、ダモスである。


今回も、軍師キジが進行役を務める。


キジは初めに、この世界を構成する七国の現在の情勢を、改めて皆に伝えた。


「魔軍を討伐しようとする勢力が、我がレンゲランとハルホルムの二国。一方、魔軍の本拠地となっているタウロッソを始め、魔軍と共闘しようとする勢力が、ガルガート、アルサリア、セセンの四国。単純に言えば、敵勢力はこちらの二倍です。そして、今もなお中立を保っているのが、大国カンナバル」


分かっていたことだが、改めて劣勢を聞かされて、場の空気が重くなる。


「各国の軍備は整い、いつどこで大きな戦いが始まってもおかしくない状況です。また、中立国カンナバルへの両勢力からの交渉も激しさを増しており、いよいよカンナバルが態度を決める日が間近に迫っている模様です。実際、二日後には、同国より使者が参り、最終交渉が行われる予定です」


「その交渉役は、そなたに任せてよいのだな?」


オレに言われて、自信家のキジにしては珍しく、その顔を曇らせた。


「相手の使者はおそらく有能な弁士でしょうから、こちらも弁士を当てるのが本来は常道です。ですが、我が国に弁士の職にある者がいない以上、仕方ありませんな」


オレからしてみれば、キジ以上に弁が立つ者というのはちょっと想像がつかないが、おのれの弁舌のみを生業なりわいとしている弁士とは、さぞかしその道に秀でているのであろう。


「もし、その交渉が決裂したら、どうなるんですかあ?」


アムルが一人、緊張感のない口調で尋ねる。


「もし、交渉が決裂し、カンナバル国が敵勢力についたら、それはもう、勝ち目のない情勢と言っていいだろう」


キジの返答に、アムルは目を覆うような仕草をした。


「あちゃーーー。それで、もし交渉が成功したら?」


「交渉が成功し、カンナバル国が我が勢力につけば、情勢はほぼ互角となる。そうなれば、すぐにでも用意してある作戦を実行に移すので、後は軍事部門の出番だ。その時は任せたぞ」


キジは、最後はアムルではなく、軍事部門のトップに話を向けた。


これまでだったら、「おう」と、バランの無愛想な低い声が響くところだったが、今は声を返す者がいない。


「その時は任せたぞ、


キジに改めて言われて、テヘンは焦った。


「え、私ですか? あ、はい、分かりました」


強さの面では覚醒したテヘンだったが、その辺りの自覚はまだ足りないようだ。


アムルが、そんなテヘンに向かって、腹を押さえて笑うようなジェスチャーを送った。


「テヘン将軍、しっかりしてくださいよー」


アムルはそう言ってから、ある事を思い出して、ふと真顔になった。


「そういえば、昔からの言い伝えだと、覚醒者が出た時は、その波長のようなものに影響されるのか、眠っていた力を呼び覚まされる者が、続けて出ることもあるらしいですよ」


それを聞いた皆は、一瞬自分のことかと色めき立ったが、


「それは根拠のない言い伝えだ」


キジの冷静な一言で、アムルの灯しかけた火は一気に鎮火した。




最終交渉の当日。


カンナバル国よりの使者一行が、レンゲラン城に到着し、玉座の間に通された。


先頭の弁士の男は、白い内衣の上に、薄い水色の着流しを羽織っていた。


顔には常に微笑をたたえている。


壇上の玉座にはオレが、隣の王妃の座にはルイが着座し、使者一行を出迎えた。


目の前には二つの席が向かい合わせに設置されており、片方に軍師キジが、もう片方にカンナバルの弁士が着席した。


後方の席には、アムル、テヘン、クバル、アイリン、ダモスらと、カンナバルの使者の随行員が座り、事の成り行きを見守った。




「カンナバル国より遠路ご苦労である」


まず、オレが声を掛けた。


「これまで、我が国に度重なる同盟のお誘いを頂き、ありがとうございます。なにぶん、我が国にとっても重要な決断になりますので、今日までお返事できなかったこと、まずはお詫び申し上げます」


カンナバルの弁士がうやうやしく頭を下げる。


自分の弁舌によほど自信があるのか、アウェーの状況でもまったく動じることなく、落ち着き払っている。


「それで、我が勢力と共に、魔物を討伐する意思を固めて頂けたでしょうか?」


交渉役の代表であるキジが、オレから言葉を引き継いだ。


キジは、紺の内衣の上に白の着流しの正装をまとっている。


カンナバルの弁士が、キジの方に向き直った。


「魔物を討伐するだけであれば、我々はすぐにでも喜んで、貴国と手を取り合っていたことでしょう。しかし、今回はわけが違う。貴国と結ぶとなれば、タウロッソ、ガルガート、アルサリア、セセンの四国と対することになる」


なんだか、いきなり話の雲行きが怪しい。


「ですが、強国の貴国が我々の味方について頂ければ、勢力はほぼ互角となります」


キジの言葉に、カンナバルの弁士は少し首をかしげた。


「そうでしょうか? 確かに手前味噌ながら、我がカンナバルは他国を上回る軍力を有しております。それを分かりやすく、1.5国分としましょうか。しかしながら…」


カンナバルの弁士は少し言いにくそうにしたが、きっぱりと言った。


「貴国は復興を遂げたとはいえ、その軍力はまだ他国の水準の半分ほどかと存ずる。つまりは0.5国分。であれば、我々が味方したとして、こちらの勢力はハルホルムを加えても3国分。対して敵勢力は、4国分の軍力に魔軍が加わります。この差は大きいかと思いますが…」


負けが見えている勢力にはつきたくない、と暗に言っている。


「我が国が0.5国分というのは、さすがに言い過ぎでしょう」


キジが不快感を露わにした。


「いや、失礼ながら、客観的に見た結果です。まだ、バラン将軍が存命であれば、少しは違ったかも知れませんが」


「確かにその損失は小さくなかった。だが、代わりに我が国には二人の将軍が誕生しました。テヘンとクバルです」


「さあ、存じ上げませんな」


世界的にはまだ無名の二人の若き将軍の力を見損なっているとはいえ、軍力の分析についてはさすがだと、キジは内心思った。


レンゲラン国の軍力が一度ゼロにされてからの再興である以上、カンナバルの弁士が言ったことが、実は本当のところだ。


ここで強がっても相手に見透かされるだけだと判断し、キジは話の方向性を変えた。


「しかし、情勢が厳しくても、魔物と対抗しなければ、魔物に世界が征服されてしまいます。それでよろしいのですか?」


それを聞いたカンナバルの弁士は、高らかに笑った。


「無論、魔物に征服されていい訳がありません。しかし、今は時が違うということです」


「時…」


「さよう。今、魔軍共闘勢力に対抗しても、勝ち目は薄い。国が滅んでしまっては元も子もないのです。今は、魔軍共闘勢力と手を結びつつ、情勢を整えて、いずれ我が国主導で魔軍を討滅する。それが我が国の結論です」


キジから反論の声は出なかった。


キジは席に腰を下ろしたまま、目を見開き、よく見ると後ろ手で自分の尻をつねっている。


自分の思い通りにいかなかった時のキジの癖である。


もし、オレが隣にいたら、危うく尻をつねられているところだった。


と、そんなことに胸を撫で下ろしている場合ではない。


交渉は完全に失敗したのだ。




「貴国も、まずは存命を考えられるがよろしいでしょう。では、私たちはこれにて…」


論戦が決着し、おもむろに席を立とうとする弁士。そこに、


「お待ちください」


声が高らかに上がり、バンと立ち上がった者がいた。


皆の視線がそこに集まる。


立ち上がったのは、王妃ルイだった。


「え、王妃さま…」


皆からざわつきが起こる。


「え、ルイ? えっ」


オレもただ、ふがふがするしかなかった。


ルイはゆっくりとカンナバルの弁士に向かって歩を進めながら話し出す。


「魔軍共闘勢力につきたいのであれば、そうすればいいでしょう。我が国は誰も止めはしません」


そう言われて、弁士の目つきが変わった。


「あなたは先ほど、軍力を分析されていたようだが、とんだ履き違いをしている。確かに、我が国の兵力はまだ少ないが、魔軍との戦闘に次ぐ戦闘で、戦闘員も兵士も鍛えに鍛え抜かれている。言わば少数精鋭。対して貴国は、兵力は多けれども、長年続いた平和で、その質は脆弱ぜいじゃくになっている。我が国と貴国が戦えば、勝つのは我が国の方だ」


その言葉には、有無を言わさぬ迫力がある。


「他を圧倒するその弁舌。まさか、弁士として覚醒したのはあなたでしたか」


キジが思わずつぶやいた。


えっ、ルイが弁士?


オレは目と耳を疑った。


だが、考えてみれば、思い当たる節が無くもない。


ルイはああ見えて芯が強いところがある。


そして、いざという時はいつも本質を突いたことを言って、オレはぐうのも返せないということがしばしばあった。


弁士の素養は元々あったのである。




目の前のルイは、いつもの癒し系満載の容姿ではなく、凛と背筋を伸ばし、鬼気迫る表情だった。


初めて押されたカンナバルの弁士は、一つから笑いをしてから、態勢の立て直しを図る。


「ははは。貴国が我が国に勝つですと? 我が国には、剣聖と、世界最高と謳われる魔導士がいる。いくら王妃の発言とはいえ、取り返しがつきませぬぞ」


だが、ルイの表情は変わらなかった。


「剣聖にしろ、最高の魔導士にしろ、そう呼ばれているに過ぎないではありませんか。実態が伴っていない。そのことを自覚しているからこそ、あなたは今、動揺している」


「なんだと…」


カンナバルの弁士は、叫び出すすんでのところで、かろうじて冷静さを取り戻す。


「ははあ、私を挑発する作戦ですか。そちらに他に手立てはないですからねえ」


それを聞いたルイは、フッと鼻で笑った。


「私は本当のことを言っているだけですよ。あなたは、なんだかんだと御託ごたくを並べているが、つまるところ、戦うのが怖い、それに尽きるのでしょう? そのような弱腰の国は、長い物に巻かれているのがお似合いです」


弁士のレベルは、完全にルイの方が上だった。


カンナバルの弁士が繋ぎ止めていた冷静さが崩壊する。


「そこまで言うのであれば、我が国と、四人対四人の対抗戦を受けられよ。いや、今さら受けぬとは言わせぬぞ」


対抗戦とは、その国を代表する四人の戦闘員のパーティー戦である。直接的な戦争で互いに国力を損ねることなく、国同士の雌雄を決するために度々用いられてきた手法である。


「無論、受けて立ちましょう。我が国が勝ったら、同盟を受けてもらえますね?」


「いいでしょう。それで、もしそちらが負けたら?」


「リンバーグ城を含め、レンゲラン国の南半分をお譲りします」


カンナバルの弁士の顔に喜色が戻った。


「その言葉に偽りはありませんな?」


ルイではなく、オレに返答を求める。


えっ、国の半分…。


そう思ったが、ここまで来たら、この船に乗るしかない。


「我が国の弁士のげんは、我が国の言だ。それは、そちらも同じであろう」


「分かりました。期日と場所は追って伝えます」


カンナバルの弁士は鼻息も荒く、レンゲラン城を後にした。




こうして、ルイの活躍により、カンナバル国が敵方につくという最悪の危機は、いったん免れた。


だが、来たる国別対抗戦には、是が非でも勝たなければならない。


そしてもう一つ。


我が妻が弁士に覚醒した。


弁士が誕生し、国としては喜ぶべきことなのだが、これでオレが夫婦間で言い合いに勝つことは皆無となった。


さっきの様子を見ていると、決して彼女の逆鱗げきりんに触れてはいけないと思う。


果たして、オレにとっては幸せなことなのだろうか?

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