13 老師の指導

レベル99の剣士が完全なお爺ちゃんで戦闘の役にまったく立たない、という事実はオレにかなりのショックを与えたが、軍師キジはなぜか彼を厚遇した。


あれだけ使用の許可に厳正だった三階の一室も、彼にはすぐ認めた。


「どうせ一階との階段の昇り降りが大変なのだから、一階に住まわせておけばいいのではないか?」


と、オレは言ったが、


「こういう時のために、三階の部屋は空けておいたのです。老師の身の周りの世話をするために、専属の従者も付けましょう」


キジは珍しく柔らかな笑みまで浮かべて、いきなはからいをした。


「剣もまともに握れぬ男を、なぜそのように厚遇するのか?」


と聞くと、こう答えた。


「レベル99に達するというのは、並みの人間には出来ません。それだけでも賞賛に値します」


現実主義のお前にしては、ずいぶん甘ったるいことを言うのお。とんだ穀潰ごくつぶしにならなければよいが。


オレは心の中でつぶやいた。


オレの中ではどうしても、彼のためにレベル60の賢者をのがしたという思いがある。


別にジーグが悪いわけではないのだが、それでついつい彼に対しては、やさぐれた態度をとってしまうのである。




ジーグが来てからもう一人、機嫌の良い男がいた。


アムルである。


アムルは、ジーグを認めているとかそういう事とは関係なく、ただ自分の都合で勝手に上機嫌になっている。


ジーグを登用してから数日後に、アムルがオレの執務室を訪れた。


「老師の特訓、かなり厳しいみたいですよ。テヘンなんか、毎日へとへとになっています」


そう言って、嬉しそうに笑った。


老剣士ジーグは、登用の翌日から、若手への指導ということで、クバル、テヘン、アイリン、ダモスの四人の戦闘員に特訓を課していた。


どうやらアムルは、若手の仲間内の中で、非戦闘員の自分だけが免れて、あとのメンバーがしごかれている状況が、ことほか楽しいようだった。


「初めはハジクさんも参加していたようですが、最近はめっきり休んでいるようです。まあ、ハジクさんは若手でもないですし、根が盗賊なので、厳しい訓練を真面目にこなすタチではないんでしょうね」


聞きもしないのに、今日のアムルはいつも以上によくしゃべる。


「それで、効果は出ているのか?」


ずっと黙っていたオレが急に口を開いたので、アムルは一瞬ぽかんとなった。


「いや、どうでしょう?」


アムルにとっては、そこは興味の範囲外のようだった。


「ご心配であれば、訓練の様子を視察なさいますか?」


「そうだな」


オレが同意すると、


「では早速、明日王様の視察が入ることを、老師に伝えて参ります」


そう言って、アムルはニヤニヤしながら部屋を出て行った。さしずめ、オレの付き添いとして、テヘンたちがしごかれている現場を公然と見れることを想像して、にやけているのだろう。




翌日、上機嫌なアムルに連れられて、オレは一階の訓練場に顔を出した。


オレたちが行くと、ちょうどテヘンとクバルが立ち合いをし、それをジーグが見ているところだった。


見ていると言っても、テヘンとクバルの方に頭を向けているというのが正しい表現で、90°に曲がった腰のために、どう見てもジーグの視線は地面に向かっているとしか思えない。


「おい、あれで二人の様子が見えているのか?」


オレがアムルに耳打ちすると、


「達人ともなると、気の動きで察したり、心の眼で見えるものです」


自分のことのように、ジーグの肩を持った。


隣では、アイリンとダモスが、同じく近接戦の訓練をしていた。


「ダモスは回復魔導士だから、この訓練はあまり必要ないのではないか?」


「戦える回復魔導士、いいではありませんか」


今回もアムルはジーグを否定するような答え方はしなかった。


はいはい。




テヘンとクバルの立ち合いが終わると、あの動きは違うとか、ここはこうすべきだったとか、それらしいことをジーグが二人に伝えているようであった。


まあ、我が国の戦闘員はまだ数が少ないので、一人一人の戦闘技術が上がってくれれば、それに越したことはないのだが。


「こういった立ち合い指導の他に、筋力トレーニングや、戦闘理論の講義も行っているそうです」


待っている間、アムルがオレに説明をした。


テヘンとクバルへの指導がひと段落したところで、アムルがジーグのもとに駆け寄った。


耳元で声を掛けているのだが、ジーグは耳も遠いので、アムルの結構大きな声が聞こえてくる。


「老師様、王様がちょっとお尋ねになりたいことがあるそうです。ですが、訓練の邪魔になるのであれば、我々は退散しますが」


おいおい、聞こえているぞ。


なにを、王たるオレよりも、ジーグの方を立てておるか。


「構いませんぞえ」


耳が遠い分、ジーグ自身の声も案外大きい。


アムルがオレのもとに戻ってきた。


「王様、意見を聞くから老師に時間を作るように命じて来ました」


うそつけ。命じてなどいなかったではないか。退散とかなんとか…。




オレとアムルが、先に二階の会議の間に入った。


それからずいぶんと待たされて、ジーグが従者に付き添われて中に入ってきた。


一階から二階に上がってくるだけで、ぜえぜえと肩で息をしている。


「老師様、大丈夫でございますか?」


アムルが声を掛けると、ジーグは「大事ない」と答えた。


どっちが王様じゃい。


ジーグの目線は相変わらず下に向いていたが、その心眼とやらで見られているかも知れないと思い、オレはジーグに向かって一応愛想笑いをした。


「老師、忙しいところ、時間を作ってもらってすまぬ。ところで、今訓練してもらっている若者の中で、見込みのある者はおりますかな?」


ジーグは、「ふーーーん」と、どこから出しているか分からない声を上げてから、笑い出した。


「それはなんとも分かりませぬ。相手次第ですからの」


だが、少ししてから、ジーグがこちらに向かって顔を上げようと震え出した。


無理に上に力を入れているので、両目が見開かれて顔が怖い。


「じゃが、いないこともない」


それを聞いて、オレは体を前に乗り出した。


「ほお、誰ですか?」


だが、彼なりに楽な姿勢に戻ったジーグは、それにはすぐ答えず、質問返しをしてきた。


「王様に一つお聞きしよう。強い者の条件とは、一体何でしょう?」


オレはいきなり飛んできた核心の質問に面食らった。だが、いくつか答えを返した。


「強靭な筋力。それから動体視力。いや、はがねのような精神力かな」


ジーグは、その一つ一つに首を横に振った。


「それらも大事かも知れませんが、それらは小さな要素に過ぎません。強くなるために、絶対不可欠なもの。それは…」




「……………」




「優しさです」


溜めに溜めてから、ジーグは言い放った。




優しさ。意外なキーワードが出てきた。


強さと優しさとは、相反するものなのではないか。


すると、本当にオレの表情を見て取ったのか、ジーグが声を掛けてくる。


「意外ですかな?」


オレが黙ってうなずくと、ジーグはうんうんと頭を振りながら話し出した。


「この世には、一見相反するように見えて、実は表裏一体の物がある。例えば、成功と失敗。あるいは長所と短所。それらは、一つの物を両面から見ているに過ぎない。強さと優しさは、元々は同じ一つの物なのじゃ」


ジーグはそこまでを一続きに滑らかにしゃべり、何度かふがふがした後、また滑らかイケメンボイスに戻る。


「強さを求めようとする者は多いが、優しさを求めようとする者は少ない。じゃが、優しい者でなければ、真に強くはなれぬ」


そこでジーグの時間限定の、滑らかイケメンボイスは終了した。


あとは、ほえーーーと、何のためかよく分からない溜め息を漏らしているばかりである。


オレには、言っている意味が分かるようでよく分からなかったが、隣のアムルはしきりに盛大な拍手を送っていた。


「では、老師も若い頃は、さぞかし優しかったんでしょうね」


アムルが再びジーグに話を向ける。


「一体、どんなふうに優しかったんですか?」


今回はオレも話に乗ってみた。


「ふーーーん、そりゃあ、若い頃は、ジーグさんは優しいねえって、みんなから言われたもんじゃ」


まったく具体性のない話に、先ほどの名言っぽい台詞の真価も疑わしいものだと思い始めるオレ。


だが、しばらくして、ジーグの言葉の真偽が実証されることとなる。


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