12 極上の選択

国葬から一週間が経った。


バランがいないという事実に、ようやく少し免疫が出来てきたが、まだ何かの拍子にバランの名を呼んでしまいそうになる時がある。


静まり返っていた周りにも、少し動きが出てきた。


その日の午前に、軍師キジがオレの執務室を訪ねてきた。


「王様、バラン大将軍の代わりとして第一パーティーに入るメンバーの件ですが、候補としては、剣士テヘンか盗賊ハジクのどちらかになります」


「そういえばそうだな」


と、オレは間の抜けた返事をした。


やはりまだ、バラン=不動のエースという意識がどこかにあり、現時点で第一パーティーが三人になっていたことを、言われるまで気付かなかった。


「二人ともレベルは40で、同等です。盗賊ハジクには、敏捷性の高さと、敵の隠し持っているアイテムを盗むというスキルがあります。また、ハジクはまだ獲得していないようですが、上位の盗賊には、敵の弱点を見抜く、というスキルを有している者もいるそうです」


「ふむ」


「一方で、剣士は言わずもがな、強力な武器と防具を装備することができ、攻撃系のスキルも、レベルが上がるにつれて様々覚えていくはずです。今後、強い敵と対抗するには、やはり剣士の方が伸び代が大きいと言えましょう」


「すると、テヘンで決まりか」


しかしキジは、オレの言葉に首をかしげた。


「伸び代があれば、という話です。ですが、テヘンにそれがあるかと言えば、私は甚だ疑問を持っています。スキルもテヘンのレベルなら三つは覚えていていいはずですが、いまだに一つとか」


キジに毒舌が戻ってきた。まあ、その方がコイツらしいとも言える。


「テヘンなら大丈夫だ」と、オレも胸を張って安請け合いできないところがある。なにせ、テヘンは優しすぎて、剣士には向いていないのだ。


オレが困った顔をしていると、キジの方から結論をつけた。


「今回はテヘンを昇格とし、ハジクが敵の弱点を見抜くスキルを身に着けたら、その時点でまた再考する、というのはいかがでしょう?」


オレは納得した。


「うむ。それが良い」




その日の午後、静けさを破って、石板の着信が鳴った。


それはまさに、バランロスをいつまでも引きずっているオレの目を覚ますような、センセーショナルな選択だった。


次のどちらかの人材が手に入ります。どちらにしますか?


   ①賢者 レベル60      ②剣士 レベル99


   制限時間:5分




画面を見た瞬間、オレは自分の目を疑った。


まず、レベル60の賢者というのも相当凄い。賢者とは、攻撃系も回復系もすべての魔法を使いこなす、魔導師系の最上位の職種である。それがレベル60ということは、ほぼすべての魔法が使えると思っていい。


これは、必須級に欲しい人材だ。


だが、その隣の剣士。剣士自体は、既に我が国にテヘンとクバルがいるので、職種カブリはしている。だが、衝撃なのはそのレベル。レベル99とは、ちょっと想像がつかない領域だ。


そこに到達するのがどれほど凄いかと言うと、カンナバル国に剣聖と謳われし男がいる。


以前クバルに聞いた話によれば、その男のレベルは88だというから、剣聖をはるかに上回るレベルということになる。


それはつまり、世界随一の剣士であり、間違いなく世界最高のアタッカーということになろう。




残り4分。




制限時間が短いということは、これだけの情報から判断しろということだろう。


今回の選択の肝は、レベル99の剣士をどう見るかだ。


一つ明らかに気掛かりなことは、なぜ現役の剣聖を上回るレベルを持ちながら、この者は剣聖と謳われないのか。


何か訳アリの可能性がある。


存在そのものを隠さなければいけない過去を持つとか、腕は立つが性格が物凄ーーく特殊とか。


だが、どんな訳があろうとも、レベル99を覆すような訳などなかろう。


バランの抜けた穴を補って余りある戦力になりそうだ。




残り3分。




一方で、レベル60の賢者。


これはこれで、先ほどの繰り返しになるが、本当に凄い。そう繰り返してしまうほど、実際は欲しい逸材なのだ。


攻撃系、回復系、補助系すべての魔法が使えるということは、どのような場面でも、その状況に応じた対応が出来るということだ。


こんなにユーティリティ(実用性)の高いキャラクターはいないだろう。


だが、すべてに対応できるといっても、魔法が使えるスキルポイントには限りがある。


レベルが高ければそれも多いはずだが、無尽蔵ということはないだろう。


四人パーティーの中で魔導士一人という編成を組んだ場合は、ほとんど魔導士が回復役を一手に担うことになる。


つまり、賢者でも回復魔法しか使わないのであれば、それは回復魔導士でいいんじゃね、ということになる


パーティーの中でどのような役割を求めるかによって、その存在価値は大きく変わる。


しかし今は、どのようなパーティー構成にすれば賢者という職種が活きるか、というようなところまで考えている余裕はない。




残り2分




いよいよ時間が少なくなってきた。


これまでの思考を整理すると、多少のリスクをおかしてもレベル99の剣士を取りに行くか、安全牌のレベル60の賢者を取るか、という選択になりそうだ。


もちろん、レベル60の賢者が安全牌である保証はないのだが、この二択で存在しているということは、そういうバランスだと考えて良さそうだ。


まあ、結局はどちらが欲しいか、というところに立ち戻るのだが。


ただ、どちらも本音では欲しい以上、どちらが欲しいかと考え始めると、急に思考が鈍る気がした。


そこで、オレは、どちらをのがしたら痛いか、という視点で考えてみることにした。


レベル60の賢者を逃したら、それはそれでめちゃくちゃ痛い。だが、その時は、回復魔導士と物理攻撃系3人でパーティーを組めばいい。


レベル99の剣士を逃したら、せっかくのバランに代わる攻撃の大黒柱を逃すことになる。これは、目が当てられないほど痛い。


オレの考えは、ほぼレベル99の剣士に決まった。




残り時間1分。




オレは最後に、レベル99の剣士が抱えるリスクを、もう一度考えてみた。


何かいわく付きの過去を持っていた場合は…。


ハジクなどは、平気で人の物を盗み、人を陥れる盗賊の棟梁だった。そんな者でも、オレは許し、認めている。


だから、問題ない。


性格が物凄く特殊だった場合…。


軍師キジは、人一倍口と性格が悪い。それでも、今は我が幕下で活躍している。


だから、問題ない。




オレは、②のレベル99の剣士をタップした。




「王様、仕官者が参りました。職種は…」


アムルが部屋に駆け込んできた。


「剣士だな」


オレは思わず先走る。


「二階の玉座の間に待たせてあるのだな。すぐ行く」


「は、はい」


台詞をすべて取られて、アムルはもじもじと口ごもった。


オレは既に玉座の間に向けて駆け出していた。


アムルには悪いが、一刻も早くレベル99の剣士をこの目で見たかったのである。




玉座の間の前に着くと、オレは一つ深呼吸をして、前から入室し玉座に腰かけた。


目の前の椅子に、一人の男が座り、深々と頭を下げている。


その頭は禿げて、体は小さかった。


いや、大丈夫だ。ハゲでチビでも強ければそれでいい。


おもてを上げい」


オレが声を掛けたが、その者は恐縮しているのか、頭を上げない。


「苦しゅうない。おもてを上げい」


オレは再度、同じ言葉を掛けた。


「いえ、王様。その者は、それで頭を上げた状態でございます」


遅れて来たアムルが、オレに説明した。


なに?


改めてその者をよく見ると、小さく見えるのは、腰が90°に曲がっているからだった。


それでも、何度も頭を上げるように言われたので、無理して体を起こそうとしている。


フルフルと震えながら、長い時間をかけて顔を上げると、こちらに向かってにこりと笑った。


歯がほとんど抜けた口は皺々しわしわで、眉毛が白髪になっている。


完全に爺さんではないか。


「名前と歳は?」


アムルが司会をする前に、オレは聞いていた。


「名はジーグ、歳は90でございます」


「90!」


オレは、呆けたように鸚鵡おうむ返しをするしかなかった。


やっちまったかー。


表向きのオレは冷静さを装っていたが、心の中では頭を抱えて雄叫びを上げていた。


「剣士。レベル99でございます」


爺さんは聞きもしないのに、誇らしげに言った。


そんなの分かっとるわい。


「それで、剣は今でも振れるのであろうな」


オレは恐る恐る聞いてみた。


ジーグは、ほえーーと、ため息をついて少し考えていたが、


「どうですじゃろ? この二年、いや三年か。剣を握ったことはありませんからなあ」


そう言って、何がおかしいのか、高笑いした。


笑っとる場合か。


「でしたら、訓練場に人型の巻きわらがありますので、そこで試してもらいましょうか?」


アムルの提案に、オレはすぐ同意した。


「そうしよう」


オレは爺さんを背負うと、一階の訓練場まで猛ダッシュした。


「王様自ら、そのようなことをされて…」


驚いたアムルの声も、一瞬にして置き去りにした。


走る衝撃が伝わるたびに、背中のジーグは、ふん、ふんと声を漏らしたが、オレは構わず加速した。


訓練場の巻き藁の前にジーグを放り出すと、さあやれ、すぐやれ、とっととやれと言わんばかりにかした。


こういった達人の域に達している者は、剣を握った途端にシャキッとし、人が変わったように動くものだ。


オレはそこに一縷いちるの望みをかけて見守った。




剣を渡されたジーグは、オレの猛ダッシュの影響からか、しばらくフラフラとしていたが、ようやく本腰を入れて両手で剣を握った。


渡した剣はごく普通の剣で、素人のオレでも片手で軽々と持ち上げられる代物だったが、ジーグが、ふん、ふんと掛け声をかけても、その切っ先は地面に触れたまま、一向に持ち上がって来ない。


それでも、一分ほど掛かって、ようやく剣先が空中に浮いた。


だが、持ち上げるのが精一杯で、振りかぶれるのかと心配になる。


すると、ジーグは器用に体重移動をしながら、その剣先を右に左に小刻みに揺らし始めた。


それも時間が掛かって、ようやく大きな振りになっていく。


その振りの前に向かう反動を利用して、ジーグは剣とともにフワリと宙に舞った。


静かに放物線を描きながら、巻き藁に向かって飛んでいく。


頂点を超えて、後は惰性で降りていくその流れで、巻き藁の胴を音もなくさらりと切り落とした。


着地すると、重くてこれ以上持っていられないとばかりに剣を放り投げ、倒れ込んだ。


横になりながら、ぜいぜいと肩で息をする。




その無様な姿は、切れ味の見事さを忘れさせるに充分であった。


戦闘で役に立たんじゃないか。


もしそこにアムルがいなければ、オレはジーグの胸ぐらを掴んで、叫んでいただろう。


オレのレベル60の賢者を返せと。


一体、何を血迷って仕官して来たのか。このクソジジイ…。


いや、それはさすがに言葉が汚すぎる。実際に言葉を発していないにしても、王たるオレが使う言葉ではない。


一体、何をしに来たのか。この脱糞老人。


オレは、問わずにはいられなかった。


「ダップ、いやジーグよ。その様子では戦闘には出れぬな?」


ジーグはゆっくり起き上がり、頭をこちらに向け地面を見つめたまま、また笑った。


「ははは。それは無理ですわい」


オレは震えそうになる声を抑えて尋ねた。


「ならば、お前は何ができるというのか?」


「そうですなあ」


ジーグはしばらくフルフルと体を震わせてから言った。


「若手の指導ですかの」


「シドー」


オレとアムルは同時に口を突き出して、呆けたように鸚鵡おうむ返しをするしかなかった。

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