11 後継者

「バラン将軍死す」の報は、ほどなく前線基地のアロー砦にももたらされた。


一同絶句するのみで、言葉を発する者がいない。


行動を共にしてきたテヘン、クバル、ダモス、ハジクはもちろんだが、民間の兵士の中でも、バラン将軍を慕う者は多かった。


「弔い合戦をしましょう」


兵士の誰からともなく、声が上がる。


その声はまたたく間に熱となって、周りの兵士に伝わっていく。


アロー砦の副将、バラン亡き後は実質的な主将となったクバルが、目を閉じた。


思いがけないことが起こった時に、自分の判断が出来なければ、将たる資格はない。


クバルはバランが残した言葉を思い出しつつ、考えを巡らす。


しばらくして目を開いた。


「お前たちの気持ちは分かる。そうしたい思いはオレも同じだ。だが、この砦を出て白兵戦を仕掛ければ、数的にこちらが不利だ。専守防衛が当初の任務であり、かつ現時点においても最善の策である」


クッという押し殺した声とともに、兵士のすすり泣く声が聞こえた。


将帥とは、華やかなものではなく、存外切ないものなのかも知れない。


クバルは泣き声を背に、胸を張り続ける他なかった。


やがて、布陣していた魔軍が、撤退を始めた。


こちらが陽動作戦だったということを証明するように、一度も交戦することなく兵を引き揚げた。


レンゲラン軍も追い打ちをかけることなく、アロー砦の城壁の上から、その様子をただじっと見守った。




飛行部隊によるレンゲラン城急襲の作戦が失敗し、当面は敵軍からの攻撃の恐れが減ったということで、一部の兵をアロー砦に残し、主力部隊はレンゲラン城に帰還した。


レンゲラン城には半旗が掲げられ、深い悲しみが国全体を包んだ。


バランの存在の大きさは生前から確固としたものだったが、失ってみると、それが計り知れないものだったことを皆が感じていた。


まるで、国にぽっかりと大きな穴が開いたようだった。




オレの部屋に勝手に集ったアムルとテヘンは、バランとの思い出話に花を咲かせていた。


「テヘン、将軍にまったく歯が立っていなかったからなあ」


「北の山の洞窟で、最初に会った時だろう。今だってきっと一騎打ちをしたら、似たようなもんさ」


「あの時の将軍は、ほんと怖かったからねえ」


「鉄仮面を取った時の表情は、今思い出してもぞっとするよ」


「あの時に比べると、最近はだいぶ接しやすくなったのになあ」


まるで、思い出話をすることで、その大きな穴から目を背けているようでもあった。


「テヘン将軍とお呼びできるのは、いつになるのでしょうか?」


アムルがわざとおどけた様子で言ったが、実際、戦闘の主柱となるバランの後継の候補としては、剣士のクバルかテヘンである。


「もうテヘン将軍と呼んでもらっても構わないのだよ」


テヘンも大袈裟に胸を反らして答えたが、その目は不安の色でいっぱいだった。


それを聞いて笑ったアムルの目も、ぐじゅぐじゅを通り越して、泣き腫らして赤く膨れ上がっていた。


それでも二人とも、一人でいるよりは気が紛れて用を満たしたのか、同時に席を立った。


アムルは去り際、オレに声を掛けた。


「王様、国葬は予定通り、明後日執り行います」


「分かった」


オレもどこかうわの空で返事をした。




バランの国葬は、表向きには三日後と公表された。


しかし、国内と同盟国ハルホルムにだけは、二日後と伝えられた。


死者をいたむという感情を持ち合わせていない魔物に、国葬の隙を突いて攻め込まれないようにするためである。


レンゲラン城の二階の大広間で、国葬は内々にしめやかに行われた。


白いひつぎに眠るバランの元を、一人一人が最後の別れに訪れて、花や思い出の品を棺の中に納めていった。


列の最後に、アムルはバランがかつて身に着けていた鉄仮面を、王妃ルイはバランとともにこの世を去った愛馬ロークのたてがみを、そしてオレはバランが愛用していた槍の穂先を、そっとバランの胸の上に納めた。




続いて、友人代表の弔辞となった。


そういえば、バランの一番の友人とは誰だろうか。


アムルだろうか、テヘンだろうか。


そんなことを思っていると、登壇したのは軍師キジだった。


バランとの確執を知る者からは、どよめきが少し起こった。


キジはまず、バランの棺に向かって深々と頭を下げた。


「将軍。私が友人代表と聞いたら、あなたはどう思われるでしょうか。確かに、あなたと私はよく意見を戦わせました。そして、お互いの信念のもと、譲らなかった。だから、あなたと私はこの国で一番仲が悪いと思っている者も、中にはいることでしょう」


場内からかすかに笑い声が漏れた。


「しかし、私はあなたが何者であるかを、誰よりも知っていると自負しております。あなたは紛れもなく、英雄だった。この国の、そして私の英雄でした。あなたも心の奥底では、私のことを理解してくれていたと固く信じております。


また、私はあなたがいなくなった損失を、誰よりも感じている者です。私が立てる策に、あなたがいないことは考えも及びません。これから私はどんな策を立てれば良いのか、今はただ途方に暮れております」


そこでキジは一瞬まぶたを閉じた。


「しかし私たちには、あなたが命を懸けて守ったこの国を、あなたに代わって盛り立てていく責務があります。どうか微力な我々を、天から加護し、叱咤しったしてください。あなたの凛とした、通るその声で、我々はまた奮い立つことができます。我々は、あなたが安心してお休みになれるように、微力の限りを尽くしていく所存です」


キジがまた深々と一礼して降壇した。




最後に、国王たるオレが、弔辞を兼ねて挨拶に立った。


「私がこの城にレンゲラン国復興の旗を掲げて以来、幾月日が流れた。今や、レンゲランは一国の形を成し、発展した姿を見せるに至った。


バラン将軍、そなたは早々より我が軍の先頭に立ち、数々の功をしてきた。その功績は他の追随を許さない。もし、君がいなければ、レンゲラン国の復興はあり得なかったと断言できる。


ここで私はそなたに、レンゲラン国大将軍の称号を授けるものとする。このような物でそなたの功績を称えきれるものではないが、しかと受け取って欲しい」


アムルが、大将軍に与えられる深紅のマントを、棺の最後に納めた。




それを見届けたオレが言葉を続ける。


「そなたを亡くした喪失は、筆舌には尽くしがたいが、私たちは前に進んでいくよりない。


レンゲラン国の更なる発展と、この世界の平和。それが、君が最後に残した遺訓である。私は、自らの生涯をかけて、この遺訓を達成しゆくことをここに誓う。


我と我が国の者は皆、君の遺志を継ぐ後継者なのだ。


バラン大将軍。君もまた、君が目指した世界に向けて、これからも我らの胸中で共に進もう」




バランの棺のふたが閉められた。


棺は皆の手で城の外へ運ばれ、町の一角の墓地に静かに葬られた。

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