10 別離

レンゲラン城に急行するバランの目に、城の塔の周りを飛び回る二匹のドラゴンの姿が映った。


「ファイヤードラゴンとサンダードラゴンか」


城の塔に向かって、赤いドラゴンは炎を吐き、黄色のドラゴンは雷を落としている。


視線を下げていくと、城壁の前にはいくつもの魔物の影があった。


レンゲラン城が魔物の襲撃を受けているのは明白である。


バランは愛馬ロークの脚を更に速めた。




城の前に到着すると、バランは挨拶代わりに、近くにいた初級魔物を二体、槍で串刺しにした。


それから、中級魔物のデビルフライにスキルを発動する。


大旋風突撃ラッシュストーム!」


ける隙を与えず、一撃で葬った。


突然現れた手強い相手に、魔物たちは慌てて一斉に飛び上がる。


その上がりっぱなを、アイリンの弓矢が矢継ぎ早に襲った。


体力の低い魔物は一撃で射落とされ、ダメージを負って体力が減った魔物は、バランが騎上から槍を突き上げ、片っ端から仕留めていった。


なんとしてもレンゲラン城を守ってみせると意を決したバラン将軍は、まさに鬼神の立ち回りであった。


この初動の攻撃で、50体近くいた魔物は、その2/3ほどまでに数を減らした。




空中で大混乱に陥る魔軍の中で、ただ一体、空にも飛び上がらず、地上で冷静に状況を見つめている人型の魔物がいた。


その部隊の大将であろう魔物に、バランが騎馬を近付けていく。


相手の顔が見てとれる位置まで来て、バランがロークの脚を止めた。


その顔に見覚えがあった。


かつてレンゲラン国が栄えた時代に、軍の中心に騎兵隊があった。それを束ねる四人の騎兵長の一角がバランだったが、目の前の男もその一人、筆頭騎兵長のキグスであった。


「キグスか? ずいぶん変わり果てた姿になったものだな」


バランに声を掛けられたキグスは、両肩から生えた大きな翼を、ピクピクと嬉しそうに動かしてみせた。


「オレが手に入れた新しい力だ」


その顔は土気つちけ色に染まり、目は赤くランランと輝いていた。


もはや、人名で呼ぶのもはばかられる姿だ。


「人の姿を失ってでも手に入れた力か」


「強さを追い求めた結果だ。今のオレは、飛行能力を手に入れただけでなく、すべての力が昔のオレを凌駕している」


魔物と化したキグスは、不敵に笑った。


「お前こそ、いつまでレンゲランのような弱小国にしがみついている? デスゲイロ様に一度滅ぼされて、すべてを無くした国だぞ」


バランはキグスを正面から見据え、毅然と言った。


「人間はお前が思っているよりしぶといのだよ。レンゲラン国は復興し、今はそこそこの強さを持っている。そしてオレも、昔のオレよりは強くなったぜ」


バランはそこでやにわにロークから飛び降り、提案した。


「オレは馬を降りて戦う。その代わり、お前は空を飛ばずに戦え。地上で正々堂々と一騎打ちといこうじゃないか」


キグスは笑みをたたえた。


「今のオレに勝とうというのか? いいだろう。受けて立ってやる」


キグスが片手を上げて合図をすると、上空にいた魔物たちが、二人から少し距離を置いた所まで引いた。


それを見届けて、バランが槍を中段に構える。


キグスが、手にしていた方天戟ほうてんげき(槍の先端の左右に三日月状の刃が付いている長柄ながえの武器)を上段に構えた。




「では、オレから行かせてもらうぞ」


キグスが方天戟を振り回し、力いっぱいバランに振り掛かった。


バランはそれを槍で受け止めたが、その勢いでバランの巨体が後ろに押された。


それに手応えを感じたか、キグスは攻撃の手を緩めず、右から左から斬り掛かり、時には意表をついて突きも繰り出した。


バランは、左右正面と切れ間なく続く猛攻に防戦一方となり、じりじりと後退を余儀なくされる。


「どうした、攻めて来んのか?」


キグスが初めて攻撃の手を止め、一瞬余裕を見せた。


その隙を狙って、今度はバランが鋭い槍の突きを繰り出す。


それをかわしたキグスの体目掛けて、シュン、シュン、シュンと風を切って、バランの槍が目にも止まらぬ速さで何度も繰り出される。


今度はキグスがじりじりと後退し、二人は戦いが始まった位置に戻った。




「さすがに一方的では終わらなかったか。では、これならどうだ」


キグスはスキルを発動した。


暗黒旋風斬ダークストリーム!」


踏み込んで間合いを詰めると、方天戟を水平にぎ払う。


その方天戟から、黒い煙のような物が立ち込めた。


バランは戟の軌道を読み、充分かわせる位置まで身を引いた。


だが、発した黒い煙がバランの体にまとわりつくと、蜘蛛の糸に絡められたように、体の動きが次第ににぶくなった。


バランはその斬撃をかわし切れず、左腕を負傷した。


左腕をだらりとさせたバランを見て、キグスがかさにかって攻め立てた。


所々切り傷を負いながらも、片腕でなんとかキグスの攻勢を耐え忍んだバランは、反転、スキルを発動した。


高速三段突きトリプルスラスト!」


踏み込んでいた分、キグスも対応が遅れた。


かわし切れないと悟ったキグスは、大きな翼をはためかせて、ぶわりと宙に舞う。


バランの三本の突きは、キグスの足元のくうを切った。


「約定をたがえたか」


バランが睨みつけると、キグスは中空に浮かんだまま笑った。


「誰もお前の条件を飲んだとは言っていない。使える物は使わないとな」


翼をこれ見よがしに二つ三つ羽ばたかせると、目を見開いて吠えた。


「これで決着をつけてやる。今度は急所を外さぬぞ」


キグスは中空で突きの体勢をとる。


暗黒旋風斬ダークストリーム!」


翼で勢いをつけると、方天戟とともにバランに向かって突進する。


方天戟の周りから、また黒い煙が立ち込めた。その切っ先は、バランの心臓に真っ直ぐ向いていた。


バランは、黒い煙に体の自由を奪われる前に、自らもスキルを発動させた。


高速三段突きトリプルスラスト!」


黒い煙がバランを包み込み、二人の体が交錯した。




キグスの方天戟がバランの腹をえぐり、バランの槍がキグスの胸を貫いた。


キグスは苦しそうに顔を歪めると、バランに何かを話しかけようとしたが、体全体が黒い煙となって消え去った。


バランは、腹に突き立てられた方天戟を、力を込めて抜き取った。


「ぐふう」


大量の出血をして、膝を突き、そのままうずくまる。


腰に巻いていた道具袋から回復薬を取り出そうとしたその時だった。


「将軍、後ろ」


アイリンの声が響くと同時に、バランは背中に強い衝撃を受けた。


いつの間にか舞い戻っていたレッドドラゴンが、二本の大きな後ろ足を揃えて、バランを蹴り飛ばしたのである。


バランは前につんのめり、道具袋の中身は四散した。


そのまま地上に舞い降りたレッドドラゴンは、バランにとどめを刺そうと、炎のブレスを吐く構えを見せた。


喉袋にブレスが溜まった瞬間、横から愛馬ロークが我が身をかえりみず、レッドドラゴンに体当たりを浴びせた。


慌てて飛び立とうとするレッドドラゴンの翼を、ロークは強く踏み付けた。


飛翔を阻止されたレッドドラゴンは、体をひねり、ロークの首筋に噛み付いた。


ロークはもんどりうって地面に倒れる。


バランは最後の力を振り絞って、ロークが捨て身で地上に繋ぎ止めてくれたレッドドラゴンとの距離を詰めた。


残っていた2回のスキルを連続で発動させて、レッドドラゴンを仕留めた。




だが、今度は正面から、サンダードラゴンが後ろ足の鋭いかぎ爪を剥き出しにしながら、バラン目掛けて滑空してきた。


バランはその突進をまともに食らった。


が、体に突き刺さったかぎ爪をもろともせず、その両足ごと羽交い絞めにする。


「アイリン、撃て」


動きの止まったサンダードラゴンに、ズンと弓矢が一本突き刺さる。


その直後、立て続けに10本もの矢がサンダードラゴンを射抜いた。


断末魔の叫びをあげてサンダードラゴンが消え去ると、バランは力尽きてその場に倒れ込んだ。




部隊長のキグスと、主力の二体のドラゴンを失った魔軍は、一斉に退却を始める。


それを見届けると、距離をとっていたアイリンは、バランの元に駆け出した。


城壁の上から一部始終を見ていたオレも、すぐに城門を開けさせ、誰よりも先にバランの元に駆け付けた。


抱き上げると、バランはほとんど息をしていなかった。


散らばった回復薬を取りに行こうと、オレがバランをそっと地面に寝かせようとした時だった。


オレの腕をぐっと掴み、バランが目を開いた。


将軍に似合わないかすれた声で、オレに語りかける。


「王様…、初め王様に失礼な態度をとったわたくしですが、これまで王様に仕えさせて頂き、わたくしは幸せでした…」


な、なにを最期のようなことを言っている。


オレはすぐには言葉を発せなかった。やっと声を絞り出す。


「回復薬をとってくる。今は喋るな」


だが、バランは行こうとするオレの腕を、更に強く掴んだ。


「レンゲラン国の更なる発展と、この世界の平和を、頼みましたぞ」


ルイが城門から、アイリンが回復薬を手に、こちらに駆け寄って来る。


「待て。ルイとアイリンがすぐ駆け付ける。もう少し辛抱してくれ」


ルイが回復魔法を、アイリンが回復薬を、バランに向かって同時に行使した。


だが、既に息を引き取ったバランに、その効果が現れることはなかった。


「すまん、バラン。オレはお前となら一度別れても、またいつか会える絆があると思っていた。それで、お前を選んだ。こんな別れになるとは思っていなかったんだ」


オレは嗚咽おえつし、何度もバランに謝った。


「やり直し」を使い切ってしまったオレに、バランを取り戻す術はもうなかった。

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