09 魔軍再来

いつもと変わらないように、一日が始まった。


朝起きて、朝食を食べ、政務を行い、昼食を食べる。


だが、オレは昨日、重大な選択を迫られた。


その結果がどう遂行されるのか、気が気でならなかった。




昼過ぎ。


昨日に引き続き、会議が開かれた。


一つ目の議題は、カンナバル国をどうやって動かすか、についてである。


まず初めに、カンナバルはなぜ中立を保っているのか、同国の出身であるクバルとテヘンに意見が求められた。


二人はほぼ同じ意見を口にした。


「カンナバル国は、物的資源、人的資源ともに潤沢です。他国に頼らずとも勢力として成り立つ。それが一番の要因かと思います」


「近年平和が続いたとはいえ、カンナバルは軍も最強です。戦闘員の数と質は、我が国の比ではありません。我最強なり、という自負があるゆえ、昔から他国との連携は積極的な方ではありませんでした」


それを聞いたキジが、繰り返しうなずいた。


「私の見立てとほぼ同じだ。そういった国を動かすには、利害関係で迫るよりも、戦う大義を前面に押し出して説得するのがよろしかろうな。あとは、それを語る有能な弁士が欲しいところだ」


「弁士?」


聴き慣れない職種に、オレは疑問の声を発していた。


「弁士とは、主に外交面で、巧みな話術と機転によって、他国やその使者を説き伏せる者のことです。いわば、弁舌の専門家といったところです」


キジの説明に対して、バランが乾いた笑い声をあげた。


「そのような者を用いずとも、軽妙な舌を持っているおぬしが、その役をやればよいではないか。それとも、自らに直接責任が問われる役は出来ぬと申すか?」


明らかにとげのある言いぶりだったが、まともに受け止めると会議の進行が阻害されると思ったのか、キジは今日は軽く受け流した。


「私も議論は苦手な方ではありませんが、弁士はおのれの弁舌を極めることに特化した修練を日々行っている者です。カンナバルほどの大国であれば、優秀な弁士を抱えているでしょうから、それに対抗するためには、こちらも相応の専門家が必要と考えたまでです」




キジは、バランの反応が無いことを確認すると、次の議題に移った。


「我々がガルガート国ハドウ関に攻撃を仕掛けて以来、敵勢力の動きも活発化しているようです。特に、魔軍本拠地のタウロッソ国が活性化していることから、再び魔軍が襲来してくる可能性が高いと思われます。また、それに呼応して、魔軍共闘勢力に属する国からの侵攻もあるかも知れません」


一堂に緊張の色が走る。


「ですから、こちらも早急に防備体制を敷く必要があります。我が国は、タウロッソ、ハルホルム、カンナバルの三国と国境を接していますが、同盟国ハルホルムと中立国カンナバル経由で攻められることは想定しなくてよいでしょう。よって、タウロッソとの国境にあるアロー砦が、最大の防衛拠点になります。ここに、わが軍の大半を集中させるべきです」


それからキジは、具体的にアロー砦に派遣する人員の名を挙げた。


それによると、専門職は、バラン(騎士)、クバル(剣士)、アイリン(弓使い)、ダモス(回復魔導士)、テヘン(剣士)、ハジク(盗賊)の六人。


そして、レンゲラン城に配属されている一般職の民間兵全部である。


つまり、レンゲラン城内に残るのは、王であるオレ、王妃ルイ、軍師キジ、内政官アムルと、内政に関わる役人、使用人のみとなる。


「さすがに、この城が手薄になりすぎないか。万一のルートで敵に攻め込まれた場合、とても守り切れない」


オレが不安を口にしたが、キジは平然と言った。


「万一のことを考えるよりは、今必要な所にしっかり手を入れるべきです。それに、ハルホルム・カンナバル経由で敵が攻めてきた場合は、そこを通過する間に情報が入ります。その情報を察知してから、アロー砦から兵を呼び戻すなり、南のリンバーグ城の民間兵をこちらに回すなり、手を打つことはいくらでも可能です」


「なるほど。それならば安心だ。そのように実行しよう」


オレが決裁を下すと、今日の会議は散会となった。




席を立とうとするバランの元に、キジが歩み寄り言った。


「バラン将軍、今度のあなたの任務は、アロー砦の専守防衛です。もし、その任務を破って、また勝手な行動をとるようなことがあれば、今度は軍師たる私の権限であなたを処罰します。よく覚えておいてください」


バランは、キジの顔を真っ直ぐ睨んでいたが、思ったよりも穏やかな口調で答えた。


「勝手にするがよい」


そして、今度はバランがキジに問うた。


「お前こそ、もしもの時は身をていして王様をお守りする覚悟はあるんだろうな?」


キジも真っ直ぐバランを見返したまま、片側の口角だけを吊り上げた。


「さあ、どうでしょうか」


それきり二人は言葉を交わさず、互いに背を向けると、それぞれ部屋を後にした。




アロー砦。


タウロッソ国との国境に設置された前線基地であり、魔物の侵攻を阻むための防衛拠点でもある。


砦の周りは、ぐるりと深い空堀からぼりに囲まれている。


空堀は相手側が急な傾斜でえぐられているため、大型の魔物でもそこに一歩踏み出せば転倒を免れない。


そこを城壁の上に設置された連弩(連射機能を備えた横弓)で狙い撃ちにする算段である。


また、城壁の下部には、数カ所出撃用の扉があり、そこから空堀に侵入した魔物を直接襲撃することも出来た。


正面の門は跳ね橋式になっており、こちらからタウロッソ領に侵攻する際は、跳ね橋を空堀の上に下ろして通行した。




これまでタウロッソ領に侵攻する前線基地としては何度も使ってきた。魔物が個々に襲撃して来ることもあった。


だが、魔物の大規模な軍団をここで迎撃するのは、これが初めてになる。


その日の夕刻。アロー砦に到着したバラン将軍は、連弩などの防衛設備を一通り見て回った。


自分の目ですべてを確認し終えた後、城壁に登って茜色に染まるタウロッソ領をじっと見据えた。


「魔物どもよ、さあ、来るなら来い」


その立ち姿は気迫に満ちていた。




同日同刻。


レンゲラン城では、軍師キジも屋上の展望台に登り、夕空を見上げていた。


ふと、アロー砦の方角に、黒い雲が湧き出ているのを見た。


それは、魔軍襲来を暗示しているようでもあった。


一瞬、不吉な予兆か、という思いが頭をよぎったが、そこは合理的思考のキジのこと。


単なる自然現象だ。


そう思い直して、レンゲラン城内へと戻った。




翌日。


キジの予測どおり、アロー砦に魔軍が襲来した。


その数はざっと二百。


かつてレンゲラン城を襲撃した魔軍のおよそ二倍の数である。


「これだけ集まると、さすがに壮観だのう」


大将のバランは、城壁の上に立ち、圧倒的多数の敵を前にして、なお悠然と腕組みをしている。


「この砦の防衛設備を試してみたいような、試したくないような、微妙な気持ちです」


隣で副将の剣士クバルが、少し虚勢を張りつつ、本音を漏らした。


「それにしても、軍師殿はなぜこうも先のことを見通せるのですかね? 私なんかはとてもこの襲来を予測できませんでした」


クバルはそう言ってから少し後悔した。キジの話などして、バラン将軍の気を損ねてしまうのは得策ではない。


だが、バランはフッと小さく笑った。


「ヤツはヤツで、情報を集めて、必死に頭を振り絞っているのだろう。それでも、オレとは今後も気が合うということは、あり得ないだろうがな」


「そんな…」


クバルは苦笑いをした。


しばしの沈黙の後、クバルが話題を変えるべく、また口を開いた。


「しかし、敵は攻めて来ませんね」


確かに、大勢力で押し寄せた魔軍だったが、空堀の手前の連弩が届かない距離に布陣したまま、一向に前進して来る気配がない。


バランは、その布陣の中央先頭をじっと見据えていた。


そこには、騎乗した人型の魔物がいる。


クバルもその視線の先に気付いた。


「あれが、魔軍の大将でしょうか? そういえば今回は人型の魔物が多いようですし、前回と違って、今回は統率が取れているのかも知れませんね」


バランは半分うなずきながらも、小首を傾げた。


「それもあるだろうが、どこか変だ。戦の前は普通、空気がビリビリ震えるような緊張感が伝わってくるものだが、それがまったく感じられない」


それは経験のなせる技なのか、クバルにはよく分からなかった。


改めて魔軍の編成を見渡して、クバルが声を漏らした。


「そういえば、飛行タイプの魔物が一匹もいませんね。飛ばれて来たら、結構厄介だなと思っていたのですが」


その言葉を聞いたバランの目が見開かれていく。


魔軍の中には上級の魔物もちらほら見られるため、ドラゴン系や翼の生えた魔族系の魔物がいてもおかしくなかった。だが、それらは一切見当たらない。


バランは、レンゲラン城の方を振り向いた。


無論、ここからレンゲラン城の様子を確認することは出来ない。しかし、レンゲラン城の方角の空に、黒い雲が湧いていた。


「こっちは陽動かも知れん」


えっ、とクバルが言うよりも速く、バランは行動に移していた。


「クバル、こちらの守りはお前に任せた」


即座に階下に降りていこうとする。


「将軍、どちらへ?」


クバルが慌てて叫ぶ。


「知れたことよ。レンゲラン城が心配だ」


「しかし、軍師はこの砦の専守防衛を命じられました。その命に背けば、あなたは今度こそ軍師に罰せられてしまいます」


降りかけていた足を止めて、バランはクバルに向き直った。


「では、お前に聞こう。ここにとどまり、レンゲラン城の救出に向かわないことを、お前は正しいと思うか?」


「そ、それは…」


クバルは言葉に詰まった。


バランが静かに言った。


「命令に従うことは極めて重要だ。だが、戦場では時として思いがけないことが起こる。その時に、自分の判断が出来なければ、将たる資格はない。これでオレを罰するようであれば、ヤツもそれまでの男ということよ」


バランは去り際、もう一言声を掛けた。


「すまんが、アイリンを借りていく」




アロー砦からレンゲラン城に向かって、二騎の騎馬が飛び出した。


先を行くバランが、後ろのアイリンに向かって叫ぶ。


「オレは先に行く。お前は、お前の最大のペースでついて来い。もしレンゲラン城が敵の飛行部隊に襲われていたとしたら、お前の弓矢が頼りだ。」


「はい!」


アイリンは必死にバランの背中を追った。




「王様!」


レンゲラン城のオレの元に、急報が届く。


「すぐに展望台へお越しください。空から魔物の群れが、こちらに向かって来ます」


「なに?」


オレはすぐさま展望台へ駆け上がった。


空に浮かんでいた黒い雲が、あっという間に魔物の形となって、目の前に現れた。


翼の生えた人型の魔物を先頭に、50体ほどの魔物が、バサバサバサバサとレンゲラン城の城壁の前に舞い降りた。


後ろには数体のドラゴンもいる。


そこへ軍師キジも展望台に駆け付けた。


左右から、二体のドラゴンが舞い上がった。


そのうちの赤いドラゴンが、こちらに向かって炎のブレスを吐き掛ける。


とっさにキジがオレの袖を掴み、城内の階段の方に一緒に飛び退いた。


すんでのところで、オレたちはその炎をかわす。


今度はもう一体のドラゴンが、レンゲラン本城に向かって、雷を二つ立て続けに落とす。


それをまともに受けて、城全体がグラグラと揺れた。


「空からの襲来か」


オレが声を絞り出す。


さすがのキジも顔が青褪あおざめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る