08 至難の選択

ハドウ関攻略に失敗した翌日。


軍師キジが招集を呼びかけた会議は紛糾した。


「ということは、バラン将軍がそこで敵将カグマを討ち取っていれば、状況は大きく違ったと?」


キジは更に畳みかけた。


「しかも、討ち取れる機会が充分あったにもかかわらず、みすみすその好機を見逃したということですか?」


キジの質問に、棟梁役を務めたハジクが言いにくそうに答えた。


「まあ、そういうことに、その、なりますかねえ」


キジはバランに向き直った。


「どういうことでしょう? 将軍。私は、敵将を見つけ次第、即討ち取るように作戦を伝えておいたはずですが」


バランはキジをギロリと睨んだ。


「寝首を搔くような真似をオレにしろと言うのか?」


「それがなんです? 敵を討つのにそれほど好都合なことはないではありませんか」


「ふん、戦いに身を投じたことのない人間の言う言葉だな」


「戦いにおいて綺麗事を言っても始まりますまい」


「綺麗事を言っているわけではない。戦場では命のやり取りをしていると言っているのだ」


二人の間で、見えない火花がバチバチと散っていた。




この会議の参加者は、オレと作戦に加わった八名だったが、キジとバラン以外はとても口を挟める雰囲気ではなかった。


だが、オレが王として仲裁に乗り出す。


「まあ、バランも悪気があったわけではなし。あやまちをそこまで責めんでもいいのではないか?」


「私は過ちなど犯しておりません」


「過ちなどではありません。軍務違反です」


はい、すいません。


二人から同時にぴしゃりと言われて、オレはすごすごと引き下がった。


再び二人のバトルが始まる。


「どんなに言い訳をしようと、作戦を遂行できなかったという事実は変わりません」


「オレがいつ言い訳をした?」


「この際、あなたの主義やら、戦いの美学やらはどうでもいいのです。作戦通りに行動したかどうか。それだけが私の関心事です」


「お前の関心事の方がどうでもいいわ。戦いはすべて頭の中どおりには動かん。現場にいない人間が偉そうなことを言うでないわ」


オレの頭の中には、「事件は現場で…」的なフレーズがおのずと浮かんだ。


もし、このてついた空気に一風の温もりを届けることができたら、オレは喜んでその言葉を口にしていただろう。だが、それを叫んだところでこの世界では誰の共感も得られないと思い、オレは思いとどまった。


しかし、この空気を変えようとしていた勇者がもう一人いた。


アムルである。


アムルは、一つ深呼吸をすると、意を決して言った。


「ハドウ関だけに、はー、どうしましょう、っていう感じですね」


「………」


「………」











遅ればせながら、オレとテヘンが笑い声をあげたが、長続きはしなかった。


アムルは顔を真っ赤にしてうつむき、部屋はまた元の静寂に包まれた。


すまん、アムル。さすがに拾い切れなかった。


オレのアンチエイジング以来の黒歴史になってしまったかも知れないが、お前の雄姿をオレは忘れない。


この刺々とげとげしい空気を変えようとしたお前の思いと行動を、オレは心の中だけだが賞賛する。


それでも、アムルの駄洒落だじゃれは、二人の興奮を一時的に冷ます効果はあったようだ。


キジはいつもの冷静さを幾分取り戻し、客観的事実を基に話し始めた。


「今日入ったばかりの情報によれば、中立国の一つセセンが、魔軍側の勢力についたようでございます。もしかしたら、ハドウ関攻略の失敗が影響しているかも知れません」


キジはことさら残念そうな顔をした。


「これで、魔軍共闘勢力が四か国、魔軍対抗勢力が二か国、中立国が一か国となり、かなり不利な情勢になりました。残された手段は、最後の中立国であり大国でもあるカンナバルを味方に引き入れる以外にありません。それにつきましては、これより早急に策を講じます」


そして、キジは姿勢を正して、オレの方に向き直った。


「王様、作戦に従わない者が出てくれば、今後いかなる作戦を立てても無益になります。それがいかに将軍であっても、罰を下すべきです。バラン将軍の将軍位剝奪と、第二パーティーへの降格を進言します」


それを聞いた皆の顔が青ざめた。バランは表情は変えなかったが、目だけでキジを睨みつけた。


「いや軍師、それはさすがにやりすぎというものじゃないか」


オレは焦ってキジをなだめようとしたが、キジは更に語を継いだ。


「信賞必罰という言葉がございます。地位に関係なく、功をなした者を賞し、罪を犯した者を罰する。それが国のいしずえとなるのです」


「それはそうかも知れぬが、しかしなあ…」


オレが言い淀んでいると、今度はバランが居住まいを正す。


「王様、現場も知らず、頭の中だけで戦争ごっこをしているような者の指図を受けることは、もはや我慢がなりませぬ。キジの軍師解任を要求します」


ひえーー、そんなの困るーー。


キジはバランの将軍位剥奪と降格、バランはキジの軍師解任を同時に求めてきた。


その時、石板の着信音が鳴る。


まさか、そのどちらかを選べというんじゃないだろうな。


オレは皆の視線を気にしながら、恐る恐る石板の画面を開いた。


すると、想像よりも更に上を行く選択が届いていた。




二人のうち、どちらかと別れることになります。どちらと別れますか?


   ①バラン      ②キジ


   制限時間:3時間




別れるってどういうこと?


二人のうち、どちらかを手放さないといけないということか。


そんな…。


オレは頭が真っ白になった


「二人とも、これまで我が国に多大な貢献をして来てくれた。どちらの要求も却下する」


ひとまずその場を収めると、オレは自分の部屋に駆け込んだ。


間違いであってくれ、と思ってもう一度石板の画面を開き直してみたが、やはり同じ選択が表示されていた。


バランを失うことは考えられないし、キジも唯一無二の存在だ。


こんなの選べるわけがない…。


もし、制限時間内にどちらも選ばなかったら、どうなるのだろう?


オレはヘルプの存在に思い当たり、そのリンクに飛んだ。


「制限時間内に選択が行われなかった場合」の項目があった。


タップする。




制限時間内に選択が行われなかった場合


①「やり直し」が残っている場合は、その1回を消費します。

②「やり直し」が残っていない場合は、ゲームオーバーとなり、現実世界に戻る権利を失います。




つまり、オレは②に該当する。


溜め息をつくしかなかった。


選択が出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。


残り1時間。


残り30分。


残り3分。


オレは涙目になりながら、震える手で、片方の名前をタップした。

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