07 奇襲作戦 後編

人員の確認が終わった部隊長は、次に馬車の視認に移った。


六人が乗って来た一台目と二台目の馬車の扉を開け、中に誰もいないことを確認した。


三台目の馬車は、荷台に城壁修復に必要な備品が積まれていた。


左官用のこてや、はしご等の工具類の他、六つのかめが並べられている。


それを見た部隊長は、「甕のふたをすべて開けてくれ」と、ハジクに命じる。


ハジクは皆に蓋を開けるよう指示を出しつつ、説明した。


水甕みずがめが二つ、小石や砂利を詰めた甕が二つ、石灰の入った甕が二つ、計六つでございます」


部隊長はまず水の入った甕を底まで覗き込む。続いて、砂利の詰まった甕の前に立つ。


そこで、やおら携えていた剣を引き抜くと、それを逆さまにして、砂利の甕の中央にザクリと奥まで差し入れた。


そして、隣の砂利の甕、次に石灰の入った二つの甕と、立て続けに剣を抜き差ししていった。


最後に、引き抜いた剣の刀身に血糊ちのりが付いていないことを確認すると、笑顔で声を掛けた。


「すまぬな。これも役目だ。悪く思わんでくれ」


「えー、えー、それはもう」


ハジクも笑顔で何度も頷いた。


「よし。これで検分は終わった。存分に作業をするがよい」


部隊長が立ち去ると、後ろに控えていた兵士たちも、それぞれの持ち場に戻った。その中の数名が、遠巻きに形だけの監視を行っているようだ。


ハジクは兵の目も意に介さずといった様子で、


「よーし、おめえら。まずは荷物を下ろしちまうぜ」


そう声を掛けると、荷台に積んであった工具や甕を、六人で寄ってたかって地面に下ろした。


それからやる事がなくなってしまわないように、のらりくらりと修復作業を行った。




やがて、辺りが夕闇に沈み始める。


それでもなかなか作業の手を止めない六人に、部隊長がしびれをきらして近付いてきた。


「作業はあとどれくらい掛かりそうだ?」


「あと半日ほどかと」


「そうか、今日はもう暗くなってきた。あとは明日にせい」


「へい」


部隊長は、集まってきた六人の顔を確認する。


「棟梁、若い男、美男、美女、力持ちの男、例の男と。よし、問題ない」


そこで、ハジクが荷物を指差して言った。


「部隊長様。あの荷物はこのままでよろしいでしょうか?」


見ると、小石や砂利はあちこちにばらまかれ、水に溶いた石灰を溜めた器も二か所や三か所ではなく散在している。


明らかに片付けが大変という状況だった。


ハドウ関の守兵たちにとっては、普段であれば、日が傾きかけたらもう当直を残して、多くの者が仕事御免で自由時間となる。


今日は残業もいいところだ。


それに、宿舎からは夕飯の良い臭いもしてきている。


「分かった。それはそのままでよい。明日は日の出以降で来るがよい。」


気もそぞろに、ハジクたちを帰そうとする。


「へへー」


ハジクは身をかがめて謝意を示した。


六人を乗せて、馬車がハドウ関を後にする。


彼らが門をくぐると、即座に門が閉ざされた。


関から充分距離が離れた場所まで来ると、馬車の中から明るい笑い声が聞こえた。


「うまくいきましたね」


笑いながら手を叩いてはしゃいでいるのはアムルだった。


それを一台目の馬車に同乗しているハジクとバランが、顔をほころばせて見ている。


二台目の馬車には、クバル、アイリン、ダモスが乗っていた。


つまり、テヘンがいない。




からくりはこうだった。


荷台に積んであった水甕みずがめの一つが、実はかなりの上げ底になっていた。だが、光による目の錯覚で、真上から覗くと底まで水が入っているように見える。


その下に空いた大きなスペースに、アムルが忍び込んでいた。


そして、ハドウ関内に入った後、荷物を一斉に下ろすわちゃわちゃに乗じて、テヘンとアムルが入れ替わった。


夕方、薄暗くなりつつあった中では、テヘンと似たような風貌のアムルを、部隊長は見抜けなかったのである。


では初めから、テヘンが甕の中に入っていればいいと思うかも知れない。


だが、アムルのあまりに色白でひ弱な体型は、どうやっても石工いしくには見えない可能性があった。


テヘンも剣士としては華奢きゃしゃな方だが、さすがに戦闘員だけあって、筋肉の付き方が違う。


そこで、途中で入れ替わるという作戦に至ったのである。




かくして、ハドウ関内に放置された水甕の一つに、今テヘンが潜り込んでいる。


外からは分からないように、小さな点の集まりの形で三方向に開けた空気穴兼覗き穴から、テヘンは外の様子を探っている。


守兵たちが寝静まるのを、息をひそめて待っていた。


夜もすっかり更けて、辺りが静寂に包まれた頃、上げ底のふたがすっと音もなく持ち上がった。


上に入った水がこぼれないように、慎重に隣の甕にそれを置く。


開いた口から、テヘンが身軽にストンと甕の外に躍り出た。


素早く辺りを見回す。


甕の中から様子を探っていたので、状況はほぼ把握している。


宿舎の方にも、鉄の城門にも、人影はなかった。


城壁の上に、当直の兵が二人いるはずだ。


テヘンはすっと上を見上げると、足音を消して、まず左の階段を登っていった。


関上に一人の兵士がこちらに背中を向けて、ぼんやりと外の景色を眺めている。


テヘンは、左手で兵士の口を塞ぐと、右手に持った短刀のつかで、思い切り兵士のみぞおちを突いた。


兵士がぐんなりと、テヘンにもたれかかって気絶する。


テヘンはそれを静かに横たえると、左の階段を降り、今度は右の階段を登っていった。


こちらの兵士は、呑気に寝転がって星を数えている。


テヘンはそこに急に覆いかぶさると、先ほどと同じように、左手で相手の口を塞ぎ、鋭い突きで一瞬にして兵士を気絶させた。


そして、階段を降り、鉄の城門の前でかんぬきと門の下に油を垂らす。


かつて、バランに会うためにレンゲラン城を抜け出したサンが用いた手法である。


手際よくかんぬきを抜き取ると、鉄の門の片側を力いっぱい引く。


レンゲラン城よりも巨大な門だったので、一人の力では厳しかったが、関上の兵士が倒れたのを確認し、ハジクたち五人が既に門の外に忍び寄っていた。


門の外から五人が一斉に押すと、造作もなく門は開いた。


ハジク、バラン、テヘン、クバル、アイリン、ダモスの六人が、難攻不落と謳われたハドウ関内への侵入に成功する。


アムルは一人、関から少し離れた場所に、退却用の馬車二台を用意させていた。




関内に入った六人は宿舎を目指した。狙うは、守将カグマの首である。


ハドウ関には50人の兵が詰めているので、総力戦となれば50対6はさすがに不利だ。


だが、守将を討ち取れば敵は統率がとれず、ハドウ関制圧が現実的となる。


作戦はここまでは順調。


侵入者たちにそれなりの高揚感はあったが、一人不機嫌な男がいた。バランである。


「このような手、卑怯ではないか」


正々堂々を旨とするバランがこぼした愚痴を、隣のハジクが拾い上げる。


「これが戦略というものです。こうでもしなければ、この関は破れません」


「ふん、小賢こざかしいわ」


ハジクはこれ以上言っても不毛だと悟り、口をつぐんだ。




守将カグマの寝室は、宿舎の一番奥にあるであろうことは想定できた。


クバル、アイリン、テヘン、ダモスの四人は、他の兵士が起き出してきた時の抑えとして、廊下の左右に分かれて配置についた。


ハジクとバランの二人が、一路廊下の奥を目指す。


突き当たりの一番大きな部屋の前に着くと、バランは勢いよく扉を開いた。


守将カグマは眠りについていたが、その殺気に目を見開く。


すぐに刺客の存在に気付いたが、彼の得物の薙刀なぎなたは寝床から少し離れた所に立てかけてある。


「バラン将軍、今ならたやすく討ち取れます」


ハジクが叫んだ。


だが、バランは槍を握り締めたまま、すぐに動こうとはしない。薙刀を指差して言った。


「それがおぬしの得物えものだな。取るがよい」


カグマははっとして、素早く起き上がると、急いで薙刀を手に取る。


バランはそれを見届けてから宣言する。


「我はレンゲランの騎士バラン。尋常に勝負せよ」


カグマは薙刀を構えながら応えた。


「我はガルガートの戦士カグマ。受けて立とう」


バランはじりじりと距離を詰めつつ、相手の薙刀と低い天井とを交互に見た。


「その得物では、この狭い場所では不利か?」


相手の薙刀は振り回す武器、こちらの槍は突き出す武器。その優劣を気遣ったのである。


だが、カグマは笑って答える。


「騎士ということは、そなたも本来は馬上で戦うのであろう。それであいこだ」


バランもにやりと笑った。


「そうか。ならば遠慮なくいかせてもらうぞ」


そう言うが早いか、スキルを繰り出す。


高速三段突きトリプルスラスト!」


目にも止まらぬ三段突きがカグマを襲う。だが、カグマは三つの突きすべてを、カンカンカンと薙刀で受け止める。


そして、返す刀でスキルを発動した。


地平横一閃フラッシュホライズン!」


カグマが薙刀を両手で持って、渾身の力で横に払う。


光をまとった薙刀の軌道が、バランの腹部ギリギリの所を通過する。その風圧で、バランはぐっと後ろに押される。


二人とも鎧・兜を身に着けていないため、一撃で勝負がつく可能性がある。


「なかなかやりおるな」


「ぬしも」


二人は極限の一騎打ちを楽しんでいるようでもあった。


だが、ハジクは気が気でない。


「敵将を発見したら即座に討ち取れと、軍師に命じられていましたのに…。時間が経てば、こちらが逆に取り囲まれる恐れがあります」


ハジクの心配をよそに、


「お前は黙っておれ」


そう言い捨てると、バランはカグマに槍を突き出した。それを受け流すと同時に、今度はカグマが斬り掛かる。


激しく数合が交わされたが、実力はほぼ互角で、容易に勝負はつかない。




そうしている間に、ハジクの心配が現実のものとなってきた。


騒ぎを聞きつけて、守兵たちが起き出したのである。


配置されていた四人では、持ちこたえられなくなってきた。


「こちらはもうそろそろ限界です。そちらはまだ終わりませんか?」


クバルが苦しそうな声をあげる。


それを聞いたハジクが舌打ちをした。


「くそ、時間が掛かりすぎた。将軍、ここはもう無理です。撤収します」


見切りをつけたハジクは、すぐさま撤退した。だが、勝負に集中していたバランは、すぐには行動に移せなかった。


バランは宿舎の奥で、大勢の守兵に一人取り囲まれる形となった。


バランの背後に回った守兵たちがじりじりとにじり寄り、襲い掛かろうとした時だった。


カグマの大声が響く。


「多勢で一人を襲うとは卑怯である。道を開けよ」


「しかし、襲撃してきたのはこやつらです」


剣を振りかざした守兵が反論したが、カグマの気迫を見て、おとなしく身を引いた。


「先ほどのことを恩義と感じたか。すまぬな」


バランが言うと、カグマが笑った。


「これであいこだ」




宿舎の入り口で敵を跳ね返しつつ、バランの到着を待っていた五人は、こちらに駆け付けてくるバランの姿を見てひとまず安堵した。


城門までの道をクバルが先頭で剣を振り回しつつ切り開く。


しんがりはバランが務めて時間を稼いだ。


城門の外には、アムルが馬車をすぐ横づけしていた。


六人が急いでそこに乗り込む。


ハルホルム領へと引き揚げる馬車を追って、ハドウ関より騎馬が10騎ほど出陣した。


その先頭には、カグマが薙刀を閃かせている。


客車を引く馬車の馬と、騎馬隊の馬では速度が違う。


その差は徐々に詰められていく。


クバルが後ろを振り返り、次第に大きくなってくるカグマの姿を見て唇を噛んだ。


その時、馬車を操っていたアムルが叫び声をあげる。


行く手に武装した部隊が見える。こちらに気付くと突進してきた。


挟み撃ちか。


万事休すと覚悟を決めた七人だったが、その兵たちは彼らを避けるように素通りしていく。


それは、ハルホルムの将軍ダンぺが率いる部隊だった。


追手として出陣したカグマに逆に襲い掛かる。


だが、それを見てとったカグマの行動も速かった。


一合も切り結ぶことなく、さっと引き揚げると、ハドウ関の門を固く閉ざした。


これでまた、難攻不落のハドウ関となる。


ダンぺ隊も七人を救出して、ハルホルム城へ引き返した。




ハルホルム城で軍師キジが出迎えた。


「失敗だったか?」


「面目次第もございません」


ハジクが頭を下げた。


悔しそうな表情をにじますキジに、ハルホルム軍師ハクホが言った。


「彼らは頑張ったというべきでしょう。もともと作戦自体に無理があったと存ずる」


キジは奥歯を噛み締めながら、救出軍を出してくれたことに対して形だけの礼を述べると、七人と共に朝を待たずにレンゲラン城へ帰城した。

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