06 奇襲作戦 前編
ガルガート国。
世界の北西に位置するこの国は、その対角にある世界の南東に属するレンゲラン国とは、当然国境を接していない。
だが、レンゲランが同盟を結んでいる内陸国ハルホルムとは、西側で隣接していた。
だから、ハルホルムを経由すれば、ガルガート国を急襲するルートは確保できる。
だが、一つ難題があった。
ハルホルムからガルガート国に入るには、二つの丘陵に挟まれた狭い谷道を通っていく他ないが、そこに堅牢な関所が設けられていたのである。
人呼んで、難攻不落のハドウ関。
ここに百人の守兵を置けば、万の大軍も抜けないという難所である。
今回、軍師キジは、ここをレンゲランの少数部隊で攻略しようと言うのである。
「私の調べによれば、現在ハドウ関には約50名の兵が駐屯しています。戦時であれば抜くことは叶わないかと思いますが、警戒心がまだ薄い今であれば、付け入る隙があります。関内に入れば、充分勝機はあります」
「関内に入れれば、ということだろう? それが至難なのではないか」
バラン将軍が鼻で笑うように言った。
「それについては、策を用意してあります」
キジが意に介さずといった様子で返す。
「ハドウ関を抜けば、そこから先、ガルガート本城まではさしたる障壁はありません。そうなれば、ハルホルム軍がガルガート本城攻略に動く、という
オレの「やり直し」の権利はもう残っていない。これからは起ったことすべてをそのまま受け入れていかなくてはならない。ここからが本当の勝負だ。
「分かった。皆、何があっても無事に帰って来てくれ」
オレは拳を握り締めつつ、キジの献策を了承した。
こうして、魔軍と共闘しようとする勢力を削ぐべく、ガルガート国ハドウ関に向けて、奇襲作戦が発動した。
作戦部隊の要員は、バラン、クバル、アイリン、ダモス、テヘン、ハジクの六人の戦闘員と、作戦立案者の軍師キジの計七人だった。相手の油断を誘うため、人数は必要最低限とした。
戦闘員の六人は、誰も鎧や兜を身に
彼らは、石工職人の一団に扮し、馬車三台でレンゲラン城を出発した。
そして、いったんハルホルム城へと入った。
キジは、ハルホルム国軍師ハクホと、将軍ダンぺに面会した。
二人とも、まだ戦の身支度ではない。見渡したところ、兵の姿も見当たらない。
「そちらの準備はまだこれからですかな?」
キジの問いに、ハクホが笑いを作って答えた。
「ガルガート国に近い我が国が、下手に動いて作戦を悟られてはいけないと思いましてな。なに、貴公たちがハドウ関を抜いて頂ければ、すぐにでも出兵する用意はあります」
確かにそれは一理ある。
だが、あの難攻不落のハドウ関がわずかな手勢で落ちるとは半信半疑、いや半分以上信じていないというのが本音だろう、とキジは見てとった。
これは是が非でも、自分たちの力だけでハドウ関を落さねばなるまい。
「それは心強い。しかと頼みましたぞ」
キジもハクホに作り笑いを向けた。
キジはハルホルム城に残り、そこからは実行部隊六人だけで進むことになる。
キジには、ハドウ関攻略の
今回、石工職人の棟梁役を務めるのは、盗賊のハジク。口も達者で、こういった謀計の任務は彼の得意とするところである。
キジ、ハクホと共に見送りに出たダンぺ将軍が、入念に出発に向けての最終確認を行っている石工
「本当にこの六人だけでハドウ関に赴くのか」
図らずも思ったことが言葉に出ていた。
ダンぺにしてみれば、ハドウ関に大軍を幾度となく弾き返された経験があり、その堅牢さは誰よりも身に染みていた。
それだけに、ふざけているのか、とさえ思えるのが正直なところだった。
準備が万端整い、六人は二つの馬車に分乗した。
ハジクが「では、行って参ります」と、見送りの三人に
難攻不落の関所を破るにはあまりにも
国境を越えてガルガート領内に入ると、左右の山肌が徐々に高さを増していき、
そこをしばらく進むと、眼前に高くそびえるハドウ関が見えてきた。
30メートルの高さまで積み上げられた石壁が行く手のすべてを遮り、左右の断崖絶壁と合わせると、まさにここで進む道が途絶えた感がある。
なるほど、どれだけの大軍が押し寄せようと、この関所を抜く様子は想像すらできない。
難攻不落というのも十二分に頷ける。
「おい、お前たち、何者だ?」
ハドウ関の前に馬車が停まると、早速関の上から声が掛かった。
棟梁役のハジクが馬車から降り、上を見上げる。
関上の要所要所から、兵士が構えた弓がこちらを狙っている。
まあ、当然の出迎えである。
「私たちは、石工職人でございます。この度は、ガルガート国王の命により、ハドウ関の城壁修復に参りました」
普段はしわがれたような声を出すハジクだが、ここぞという時の声はよく通る。
「城壁の修復? そんな話は聞いておらんぞ」
関上からの声は、少し戸惑っているようだった。
「そんなことはありませんでしょう?」
ハジクがとぼける。もちろん、口からの出まかせだが、そこにためらいの色は微塵もない。
決して褒められることではないが、ハジクには人を騙し続けてきた経験がある。
「お前たちはどこから来た?」
兵士は、ハジクたちがガルガート国内側からではなく、国外側から来たことを怪しんでいるようだった。
「我々はカンナバルの石工衆です。先は、レンゲラン城の城壁修復も、手前どもでやらせて頂きました」
レンゲラン城の大規模な城壁修復の話は、兵士も聞き及んでいた。
それだけの大工事を任されるということは、石工職人の中ではさぞかし名の通った者たちなのだろう。国外からの発注があってもおかしくない。そう思わせることには成功した。
「だがな、こちらに話が来ていない以上、許可するわけにはいかぬなあ」
そこでハジクが、声を一重大きく張り上げた。
「それは、そちらの手違いでしょう。我々は、ガルガート国王より、近く戦争が起こるかも知れないので、二日のうちに城壁の修復をするよう依頼を受けました。もし、二日の期限を守れなかった場合、私たちは罰せられてしまいます」
それは、兵士の同情を買おうとしたわけではない。
城壁の修復が期限通り間に合わなかったら、自分たちも罰せられるが、あなたたちも罰せられますよ、と暗に伝えたのである。
そのことは、ものの見事に意図通り兵士に伝わった。
「ま、待て。守将に確認してみる。お前たちは何人だ?」
「六名でございます」
兵士が慌てた様子を隠しもせずに、ドタバタと階下に降りていく音が聞こえた。
ハドウ関の守将の名はカグマ。泣く子も黙る猛将だが、頭が切れる方ではないと、軍師キジから聞いていた。
やがて、再び関上から兵士の声が落ちてきた。
「修復は、城壁の外側、内側どちらだ?」
「両方でございます」
「分かった。許可しよう。迅速に取り掛かるがよい」
作業の許可が下りた。さしずめ、相手が六人なら、監視をしていればいざという事があっても問題あるまい、という話にでもなったのだろう。
「かしこまりました。では早速、外側の城壁から始めまする」
ハジクが下を向いてニヤリと笑う。馬車から他の五人が姿を現した。
本来なら外側の城壁は関係ないのだが、怪しまれないように、いかにも作業をしている雰囲気を
「棟梁、ここに隙間が見えます」
「おう、これは思ったよりも大きな隙間だなあ。間に小石を敷き詰め、水で溶いた石灰を流し込んで固めよう」
「棟梁、こちらに小さな穴がありますが、どうしましょう?」
「うん、このような小さな穴も見逃すと大事になる。蟻の一穴というやつだ。抜かりなく手を入れよう」
六人は、城壁の上で監視している兵士たちに、聞こえよがしに声を張った。
昼も過ぎ、そろそろ頃合いと、ハジクが上に向かって声を掛ける。
「外側の修復が完了しました。続いて、内側の作業に入りたいと存じます」
「おう、そうか」
初めこそハジクたちの動きを上から真面目に監視していた兵士たちだったが、似たような作業の繰り返しに次第に飽きてきて、少し気が緩みかけていた。
そんな時、急に声を掛けられたので、兵士の一人は関上から慌ててひょっこり顔を出して、返事をする。
「分かった。開門する」
ギギギと重い音を立てて、鉄の門が内側に開く。
三台の馬車が、その門を通過して、遂にハドウ関の内側に入った。
六人が馬車から降りると、守兵が10人ほど待ち構えていた。その先頭の部隊長らしき男が、ハジクに向かって近付いてくる。
「お前が棟梁か」
「はっ、サカンと申します。お勤めご苦労様です」
ハジクは念のため、偽名を使って低頭した。
部隊長は頷きながらも、ハジクの様子をジロジロと物色する。そして、視線が隣のテヘンに移った。
「ほお、こちらは若い男だな」
「へえ。今年から加わった期待の新人でございます」
ハジクが舌も滑らかに紹介をする。
「これはまた、絵に描いたような美男美女ではないか」
部隊長が、クバルとアイリンを見て口を丸くする。
「ありがとうございます。うちの副棟梁のもとに、器量良しの女房が嫁いでくれましてな。まあ、二人とも働き者で助かっております」
その言葉に合わせて、クバルとアイリンが軽く会釈をした。
「さて、この男は良き体格よのう」
部隊長がダモスを指差した。
「力仕事がこやつの役目でございますれば」
ハジクがそれらしいことを言う。
部隊長は一人一人の相貌を見定めながら、最後にバランの前に立った。
バランは背筋を伸ばしたまま、まっすぐ部隊長を見返す。
バランにそんなつもりはなかったが、その眼光は獲物を射抜くが如く鋭かった。
「この男は…」
思わず部隊長の動きが止まり、顔が険しくなっていく。
さすがのハジクも、これは想定外で焦った。
おいおい、将軍の雰囲気がだだ洩れじゃないか。
ハジクはバランの顔を見ながら、目をしばたいて、笑って笑ってと合図を送る。
だが、バランには一向に通じる気配がない。
ハジクは仕方なく実力行使に出た。
バランのうなじを掴むと、ぐいぐいと押さえつけて、無理に頭を下げさせた。
「こやつは、昔は名うてのゴロツキでしてなあ。いまだに目付きが悪くて困ります。ご容赦ください」
「ほら、部隊長様にご挨拶せんか」と、頭を下げさせたまま言った。
バランはぐいと首を捻って顔だけ上に向けると、凄い形相でハジクを睨みつける。
そんな目をしちゃダメ、とハジクは必死に念を送った。
バランもようやく自分のするべきことが分かって、
「本日はお日柄もよく…」
と、的外れな挨拶を始めた。
それを聞いた部隊長の顔がようやく緩む。その珍妙さに、遂に
その笑い声を聞いて、ハジクも「ガハハハハ」と笑いを合わせた。
ふう、なんとか無事に収まりそうだ。今まで生きてきた中で、こんなに焦ったのは初めてだ。
ハジクは、服の下に一気に汗が噴き出したのを感じた。
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