05 王の資質

「王妃様がお亡くなりになられました」


その場に崩れ落ちるアムルの横をすり抜けて、オレはルイの部屋に駆け込んだ。


全身を布で完全防備した専属医が、慌ててオレを部屋から出て行くよう促す。


だが、オレは無言でそれを押しのけて、ルイが横たわっているベッドの脇に立つ。


ルイは、綺麗な顔で眠っていた。


その頬に、ムキュが必死に体をすり寄せている。


それでもぴくりとも体を動かさないことに、ルイが本当に死んでしまったことを、オレは思い知らされた。




オレは呆然としたまま、自分の部屋に戻った。


そして、石板を手元に引き寄せる。


無論、やり直しを実行するためだ。


これが三回目、最後のやり直しとなる。


この先、どんな危険や失敗があっても、もう元に戻ることはできない。


それでも、ルイを失ったこの世界で生きていくことは、オレにはとても考えられなかった。


だが、ふとオレの手が止まった。


三人の市民が流行り病で亡くなった時、オレはやり直しをしようとしただろうか?


いや、考えもしなかった。


もし、そこでやり直しをするかどうかの選択を迫られたとしても、貴重な最後の切り札を選ばなかったかも知れない。


いや、それを選択で迫られなかったということは、オレの中でやり直しを選ばないと決まっていたはずだ。


それが、身近な一人が亡くなった途端、実行しようとしている。


オレは、本当に国民のことを大事に思っているのか?


オレは、本当にこの国の王でいていい人間なのか?


だが、今回だけは許して欲しい。一国の王としては、わがままで身勝手な判断だが、それでもやり直しをさせて欲しい。




石板の画面には、


やり直し(3回目)を実行します。よろしいですか?


※実行すると、これ以降はやり直しが出来なくなります。


   ①はい      ②いいえ


という文字が浮かんでいる。


「すまぬ」


オレは皆に謝りながら、①をタップした。




オレはベッドに仰向けになりながら、新着の選択を確認していた。


港町レーベンならびに国境の封鎖を行いますか?


   ①はい      ②いいえ


   制限時間:7日間




制限時間が7日間になっている。時間が巻き戻った証拠だ。


オレはすぐさま、ルイの部屋の扉を開けた。


さっき出て行ったばかりのオレが、また部屋に舞い戻ってきたので、ルイとムキュが同時にぽかんとした丸い目を向けた。


ルイがおずおずと尋ねる。


「王様、どうされました? なんだか怖い顔をして…」


元気なルイの顔を見た途端、涙が溢れ出しそうになったので、


「いや、何でもない」


と言って、オレはまた勢いよく部屋の扉を閉めた。


部屋の中で、ルイが「王様、変ですねー」と、ムキュに話しかけている。


本当に良かった。




部屋に戻ったオレは、①の「はい」をタップして、港町レーベンならびに国境の封鎖を即座に行った。


突然の処置に、レンゲラン国内は大騒ぎになったが、王の権限で断行した。


しばらくして、ハルホルムを発祥とした流行り病の知らせが届く。


港町と国境の封鎖によって、病の国内流入を未然に防いだことが知れ渡った。


レンゲラン国内は、王の英断に対する賞賛で湧いた。


特にアムルは、わざわざオレの執務室にまで来て、


「いやあ、さすがは王様」


その言葉を皮切りに、オレを褒めちぎった。


「前からお伝えしたかったのですが、王様以上に、王様にふさわしい王様はいないと思います」


アムルは胸を張ったが、オレは王様と言われる度に、ふさわしいと言われるほどに、胸が締め付けられた。


アムルよ、オレはとても誇れるような王ではないのだ。


王の格好をして、そのじつは、民のことよりも自分のことの方を優先させてしまうような男だ。


オレに王の資質はない。


前の冗談ではないが、お前に王の座を譲ってしまいたいくらいだ。


思い詰めた目でオレに見つめられているのに気付いて、アムルは不思議顔をこちらに向けていた。


「アムル、もうそれ以上オレを褒めるのは勘弁してくれ」


その真意が伝わるはずもなく、アムルは持って来た勢いを削がれて、しょんぼりと肩を落としながら部屋を出て行った。




それから一週間後。


流行り病は終息に向かい、レーベンと国境の封鎖は解除され、国内外に日常が戻った。


その日の午後、定例の会議が開かれた。


「ようやく諸国の情勢が正確に掴めました」


軍師キジが話を始めた。


だが、一週間経っても、オレが王でよいのかという迷いは、自分の中で消えていなかった。


「という情勢であります。王様…」



繰り返し呼びかけられて、オレはようやく我に返る。


「まったく王様、私の話を聞いておられましたか?」


キジがあからさまに不機嫌な声を出した。


「最近の王は、覇気がないですぞ」


皆の面前も構わず、王を叱責する。


「情けないことだ、すまぬ」


オレは何のためらいもなく、臣下に謝った。


心の中で謝り続けていたせいか、謝る癖がついてしまったようだ。


「情けないことははなから分かっております。情けないなら情けないなりに頑張ってもらわねば困ります」


「おい軍師、言葉が過ぎるぞ」


バランがキジに対して声を荒げた。


だが、キジの言う通りだ。


オレが情けない王であることは、分かる者は分かっている。


ならば、今さらしょげることもないかも知れない。


情けないところもすべてさらけ出して、もがいていくしかない。


「いや、いいのだ。軍師の言う通りだ」


オレがあまりにも素直に認めたものだから、さすがのキジもばつの悪そうな顔をした。




「王様のために、もう一度説明しましょう」


一つ溜め息をつくと、話を再開した。


キジの横には、この世界を描いた大きな地図が掲げられている。


「まず、魔軍と対抗する勢力が、我が国レンゲランと、同盟国のハルホルムです」


キジはそう言って、地図の二つの国を指差した。


「対して、魔軍と共闘しようとする勢力が、ガルガートとアルサリアの二国」


また別の二国を指し示す。


だが、オレは頭がついていかなかった。


魔軍と共闘?


それはつまり、魔軍と協力するということか?


オレの表情から察したキジは、「そこから聞いておられなかったのですね」と頷いた。


「そうです。残念ながら世界は、魔軍対人間という単純な構造をしておりません。かの二国は、魔軍の勢力をも利用して、この機に他国を攻め取ろうとしているのです」


この人類存亡の危機にあっても、人間は一枚岩になれないのか。


「まったく、人間は何をしているんですかねえ」


アムルが同じ思いを口にした。


「そして、カンナバルとセセンの二国は中立を保っており、態度を保留しております」


「つまり、魔軍側と対魔軍側で、勢力は互角ということか?」


オレの質問にキジは首を横に振った。


「いいえ。魔軍がほぼ占拠しているタウロッソ国は、実質魔軍側ですから、魔軍対抗勢力が二か国、魔軍共闘勢力が三か国ですので、現状劣勢です」


なんと、世界の情勢はそのようなことになっていたのか。


「この状況を打破するために重要になってくるのが、やはりカンナバルとセセンの中立国です。この二か国をどちらの勢力が味方に引き入れるかで、情勢は大きく変わるでしょう」


そこでキジは一つ天を見上げた。


「ですが、中立国というのは、情勢が有利な方につきやすいものです。ゆえに、今のままではまずい」


そしてオレたちの方に向き直る。


「そこで、中立国との外交交渉を有利に運ぶためにも、ここは敵対勢力に対してこちらから奇襲を仕掛けます」


「だが、我々の軍隊はまだ小さく、他国を攻略する力には欠けると思うが…」


バランが懸念を口にする。


「ですから、奇襲を仕掛けるのです。しかも、狙いは我々に一番攻められると思っていない国」


そう言って、キジは地図でレンゲラン国から一番遠い国をバンと叩いた。


「標的はガルガートです」

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