03 同盟の条件

席の中央に走り出た5つの影。


それは、五人の着飾った女性たちだった。


「歓迎の余興として、乙女の舞を披露しよう」


ハルホルムの王が手を叩くと、部屋の袖に控えていた琴奏者が軽やかな爪弾つまびく。それに合わせて、五人の乙女が優美な舞を舞った。


ひとまずは、刺客でなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。


これが言葉通り歓迎の舞だとすると、オレたちはこれでも歓待されているのだろうか?


ハルホルム側の三人は、相変わらずにこりともしていない。


しかし、もしかしたら、ハルホルム国では、こういった公の席上では笑わないことが礼儀なのかも知れない。


いや、それはポジティブに考えすぎだ。


この五人の女性が実は油断を誘う刺客で、舞を踊りながらだんだん近付いてきて、隠し持っていた短剣でブスリと…。


それはネガティブに考えすぎか。


様々な思考が、短時間にオレの頭を駆け巡る。




そうこうしているうちに、乙女の舞は終わり、五人の女性は横一列でこちらに向かって礼をした。


我々三人は、拍手でその舞をたたえる。


すると、ハルホルムの王が思わぬ事を言い出した。


「その五人の中の一人が、我が娘、ハルホルム国の姫だ。まあ、親の口から言うのもなんだが、我が国では絶世の美女と呼ばれているので、一目瞭然だと思うが」


オレは改めて五人を見渡す。


いや、どうひいき目に見ても、この中に絶世の美女がいるようには思えない。


よく見ると、真ん中の女性だけが、他の四人とは違う一際ひときわ格式の高い衣装をまとっているので、この女性がそうだろうか。


だが、容貌はむしろ、他の四人よりも…。


すると、その真ん中の女性がすっと前に出て、オレに向かってお辞儀をした。


あー、やっぱりこの人だったんだ。


これは、言っては何だが、親ばかフィルターが掛かって見えているようだ。




ハルホルムの姫が、酒を注ぐ片口を手に持って、オレの席の前に進み出た。


オレは入っていた酒を一口に飲み干すと、空になった杯を姫の前に差し出した。


トクトクトクと、新たな酒が注ぎ込まれる。


その背後から、ハルホルム王の声が聞こえた。


「絶世の美女たる我が娘を差し置いてご結婚されたお相手は、さぞかしお美しい方なのでしょうな。一度ぜひお目に掛かりたいものだ」


オレは心の中で、ルイの方が断然かわいいけどねと思いつつ、


「いや、幼き頃より結婚を誓い合った仲でございますれば、容姿の方はとてもとても」


と、社交辞令を述べる。


だが待てよ。あちらの王様、やっぱり婚姻を断ったことを、かなり気にしているんじゃないか。




毒は入っていないよね、と少しだけ勘繰りつつ、ハルホルムの姫から頂戴した酒を半分ほど口に入れると、今度は痩身の背の高い男が席を立って、酒を注ぎにやって来た。


「軍師のハクホと申します。以後お見知りおきを」


陰のある、何を考えているのかよく分からない表情の男だった。


どこか我が国の軍師キジと似たところがある。


この世界の軍師は皆こうなのか。


ハクホは去り際、


「我が国の姫君をめとる千載一遇の好機を逃されましたな」


そう言い残した。


やはり、そうだ。オレが姫との婚姻を断ったことを根に持っている。しかも、国を挙げて。


オレは、隣に座るキジの顔を覗き込んだ。


キジにもその事は充分伝わったはずだ。


だが、キジは素知らぬ顔で、こちらと目を合わせようとはしない。


そこで、オレはスススと椅子をキジの横に近付けて、小声で言った。


「どうやら先方は、例のことをかなり気にしているようだぞ。お前の見立てが違ったな」


さすがのキジも一言詫びて来るかと思いきや、


「私の役割は、同盟の筋道を作ることで、それは成功しております。婚姻を断ったのは王様なのですから、その責任は王様自身が取って頂かないと」


すました顔で酒を口に運んでいる。


なにをーーー


そのすまし顔を見て、オレはむしょうに腹立たしくなった。


周りから見えないように、キジの尻をつねる。


つねる指に力を加えながら、


「たまには自分の失敗を認めたらどうだ」


声をなるべく押し殺して言うと、キジも自分の思い通りとは違ってイライラしていたのか、事もあろうにオレの尻をつねり返してきた。


「私は失敗などしておりません」


あー、こらー、王の尻をつねるとは何事だー。


レンゲラン城に戻ったら、秘密の地下室で、お前の悪口を散々叫んでやるからな。




二人で隠れて小競り合いを繰り広げているところに、


「よろしいか」


と声を掛けられ、オレは「はい」と向き直った。


気付くと、山のような大男が、酒を注ぐ用意をしている。


「将軍のダンぺです。我が酒もどうぞ」


「すまぬな」


その迫力に圧倒されながら、オレはおずおずと杯を差し出す。


酒を注ぎながら、ダンぺが言った。


「同盟国となっても、これ以上我が国を侮辱することがあれば、私が許しませぬ」


それを聞いたバランが勢いよく立ち上がった。


「我が王に向かって、聞き捨てならない言葉だな」


つかつかとダンぺに歩み寄ると、凄まじい形相でダンぺを睨みつける。


それに負けじと、ダンぺもバランを睨み返す。


二人の大男が、一触即発の事態となった。


これはマズい。同盟どころか、戦争になってしまう。


オレは笑いながら、大きな声で言った。


「いやあ、貴国の姫をめとらなかったのは、我が人生最大の後悔です。ですが、もし娶っていたら、その美貌にぞっこんとなり、政治どころではなかったでありましょう。絶世の美女は私のような小者には手に余りますゆえ、ご容赦ください」


それを聞いたハルホルムの三人の強張こわばった雰囲気が、氷を解かすように急に緩んだ。


「そうであろう。私はそこまでとは思っていなかったが、貴殿がそう言われるのならそうなのであろう」


ハルホルムの王が、満面の笑みを浮かべて言う。


ハクホもダンぺも、どこに隠していたのかと思う会心の笑顔で笑った。


彼らはこの言葉をオレから聞きたかったのだ。


時に、どんなに知力を尽くした策略よりも、相手のプライドを立てることが、最大の外交になることを知った。




「これ、何をしておる。客人に次の料理をお出しせぬか」


ハルホルムの王は、フラメンコでも踊り出すのではないかと思うほど、軽やかにパンパンと両手を顔の横で叩いた。


即座に、エビとホタテをふんだんに使った炒め物が運ばれてきた。


そして、ローストビーフ、アワビの姿煮など、高級料理が次々とテーブルに並んでいく。


こんなにも対応が変わるものかと、半ば呆気にとられた。


ハルホルム王の酒も進んでいき、すっかり上機嫌となる。


その上機嫌のまま、同盟文書のレンゲランの国印の隣に、ハルホルムの国印をでんと押した。


同盟成立。


一時はどうなるかと思ったが、オレたち三人はようやく肩の荷を下ろした。




宴もたけなわとなったところで、ハルホルムの王がオレに話しかけた。


「貴国の城で留守を守っておられるおきさきに、何かお土産をご用意したい。どんな物がよろしいか。何なりとおっしゃられよ」


「いやいや、これだけの歓待を受けた上に、后にまで土産とは…」


オレは恐縮して丁重に断りかけたが、せっかくの厚意、無下むげに断るのも失礼かと思い直して、


「では、一つ所望したき物が」と告げた。


ハルホルム王は、その所望品を聞くと、


「おやすい御用だ。帰りまでにご用意しよう」


そう言って笑った。




宴の最後に、両国の軍師が、同盟文書を交互に読み上げた。


読み終えると、部屋中に拍手が鳴り響く。


オレとハルホルム王は席を立って歩み寄り、がっちりと固い握手を交わした。


こうして、無事同盟締結を果たし、オレたちは帰城の途についた。




レンゲラン城に着くと、オレは少し酔いをましてから、ルイの部屋を訪れた。


「王様、大役お疲れ様でした」


ルイが笑顔で出迎えた。


オレも笑顔を返しつつ、手に持っていた小包ほどの大きさの箱を、そっとテーブルの上に置く。


「ハルホルムの王がルイにお土産をと言うものだから、ルイが欲しそうな物を頼んでみた」


「私が欲しい物を王様が分かるんですかあ?」


ルイがちょっと意地悪な流し目をしてくる。


「だといいのだが…」


オレはそう言って、箱にかぶせてあった薄い布を引き取った。


箱の中身を見て、ルイが目をキラキラさせて歓声を上げる。


「うわー、シロウサギ」


箱の中で、まん丸くじっとしているのは、魔物のオオウサギではなく、普通のシロウサギの子供だった。


ルイの小さな手にもちょうど乗る大きさである。


ルイは、片手のてのひらにシロウサギを乗せ、もう片方の手で優しく背中を撫でた。


「かわいいーー」


目がすっかりとろけている。


「私がペットを飼いたいこと、よく分かりましたねえ」


「それぐらいは分かるさ」


オレはちょっと格好をつけてみた。時間が巻き戻っているから知っているだけの話なのだが…。


すると、例の質問が飛んできた。


「この子、名前何にします?」


ルイは、目の高さまでてのひらを持ち上げて、正面からシロウサギの顔を見る。


じっと見つめられて、シロウサギは「キュー―」と鳴いた。


「鳴き声がかわいいので、ムキュはどうだ?」


オレが提案する。


「私には、ムキュより、キューと聞こえますけどねえ」


ルイが少し首を傾げる。


「でも、キューよりムキュの方がかわいいかも。私、ムキュが気に入りました」


そうだろう。それは元々、君が付けた名前だ。


こうして二代目ムキュが、オレたちの新しい家族になった。


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