02 同盟国

石板の画面に羅列されている選択履歴のうち、最新のものは調教師タラの登用についてである。


調教師の登用を行いますか?


   ①登用する      ②登用しない


   制限時間:1時間


オレは、②の「登用しない」をタップした。




次の瞬間、オレは玉座の間で、片手にムチを持った全身黒ずくめのタラと対面していた。


「調教師とやら。わざわざ来訪してもらってすまぬことだが、我が国は今のところ、魔物の力を借りる心積もりがないのだ。人間の力だけで魔王を倒そうと考えておる」


それを聞いたタラはサバサバした表情で、


「さようでございましたか。それならば特に申し上げることはございません。またの機会があれば、その時はよしなに」


そう言って退席した。


タラが出て行くと、同席していたアムルが驚いた口調で言った。


「お断りになるとは思いませんでした。やはり、人間と魔物は共存できないということですよね。いやあ、王様のことを見直しました」


ということは、今までオレを見損なっていたのかい、というテンプレの突っ込みは置いておいて、オレはアムルに尋ねた。


「第一パーティーの連中は今どこにいる?」


「あーと、たしか会議の間で、最近の戦闘の反省会をしているはずです。お呼びしましょうか?」


アムルが人差し指をおでこに当てて、記憶を辿たどるように答えた。


「いや、オレが向かおう」


オレは一人、二階の会議の間に足を運んだ。




扉を開けると、バラン、クバル、アイリン、ダモスの四人が一斉にこちらを見た。


オレの思わぬ来訪に、皆目を丸くしている。


「王様、どうなされました? 何か御用がおありなら、我々を召して頂ければよろしいのに」


バランがそう言ってくれたが、オレの用は、皆の元気な顔を確認したかっただけだ。それをそのまま伝えたら気味悪がられると思ったので、


「なに、お前たちが命を懸けて魔物と戦ってくれているということに、改めて思い至ってな。一言礼を言いに来ただけだ。皆、命を大事にしてくれ」


王からそのような言葉を掛けられて、四人は、嬉しさ6割、いぶかしさ4割といった表情と声で「はい」と応えた。




それからオレは屋上の展望台に上がった。


高みからアロー砦の方に目を向けたが、当然、魔物管理所は見当たらなかった。


こうしてオレは一つ一つ、時間が巻き戻ったことを実感していく。


そして、もう一箇所、オレには行かなければならない所があった。


ルイの部屋の扉を叩くと、「あら、王様」と、ルイが出迎えた。


「今日も天気がいいぞ」


適当な挨拶を交わしつつ、部屋の中を見渡す。


やはり、ムキュの姿はなかった。


部屋の隅にあったムキュのトイレも、ちょうど部屋を半分に仕切っていた柵も、もちろん見ることはできない。


ここで初めて、オレの脚にもたれかかってくれたなあ。


ここで、オレとルイが両側から、ムキュのお腹に顔をうずめたっけ。


いないと分かっていても、思い出の場所をつい目で追ってしまう。


「王様、どうされたんですか? お疲れですか?」


ルイが下から心配そうな目でオレを覗いた。


「いや、なんでもない」


オレは思い出を振り払うように言った。


ルイは、元からムキュの存在を知らないわけだから、無邪気なものだ。


なんだか、オレだけが何かの責め苦を負っているようだ。


まだしばらくの間、オレ一人がムキュロスの喪失感を味わいながら、日々を過ごしていくことになるだろう。




そんなオレの気をらしてくれる出来事が、三日後にようやく起こった。


軍師キジが会議の席上、外交面の進展を口にした。


「内陸国ハルホルムとの同盟が成立する運びとなりました」


ハルホルムと言えば、先にその姫との婚姻が取り沙汰された国だな。婚姻を断ってしまったので、どうなったかと心配していたが、キジがうまくやったようだ。


「王様が婚儀を受けられなかったので、一時は暗礁に乗り上げていましたが、粘り強い交渉の末、話がまとまりました」


もう苦労しましたよと、それからしばらく、オレに対する皮肉交じりの苦労話を聞かされた。


「あとは、王様がかの国に赴かれ、調印の儀を行って頂くだけです」


そうか、分かった。とオレは思ったが、それを聞いてバランがいきり立った。


「我が国の王様が、かの国に赴かれるのか? それは違うだろう。向こうの王様がこちらに来るべきだ」


すると、アムルも同調する。


「そうですよ。それじゃあ、あちらが上でこちらが下ということになります。せめて、中立の場所でやって頂かないと」


いや、ぜんぜん行くけどね、とオレは心の中で思っている。


確かに現実世界でも、戦後の条約は敗戦国が戦勝国に赴いて行うのが普通だ。バランやアムルにとっては、そういう感覚なのだろうか。だが、同盟を結ぶために、わざわざ中立の地に場所を設けるというのも、面倒な話だ。


「オレはかまわぬ。ハルホルム国に赴こう」


「また王様はそんなことおっしゃって。下手したてに出たら、相手になめられてしまいますよ」


アムルが口を尖らせる。


「あるいは、王様を呼び出して、暗殺する計画かも知れません」


バランが怖い事を言い出した。


オレがキジを見つめると、キジは苛立った表情をした。


「私の交渉にケチをつけるおつもりですか?」


そう言われて、バランは口ごもった。


「そういうわけでは…」


「確かにその可能性もまったく無いとは言えませんが、わずかな可能性を気にしていたら何も事は進みません。王様にも、それぐらいの覚悟はして頂かないと…」


何もしていないのですから、と暗に言っているようだ。




「一つ確認しておきたいのだが、姫との婚姻を断ったことは、先方は気にしていないのだな?」


オレの問いにキジは頷いた。


「それはまったく気にとどめていないとの事ですので、問題ないでしょう」


オレはこれまでの話を総括して、結論を出した。


「バランやアムルの心配ももっともだが、私がハルホルムに出向こう。ともはキジ。護衛に第一パーティーの四人に随行してもらう」


「承知」


バランが軽く頭を下げる。


「私も行くのですか?」


自分の役割は終わったと思っていたキジは不満顔だったが、


「話を通したお前に来てもらわなくては困る」


と、オレに言われて、


「分かりました」とぶっきら棒に返事をした。




三日後。


同盟締結の任を果たすため、オレたち一行はハルホルム国に向けて出発した。


ハルホルムは、山々に囲まれた自然豊かな国である。


出身のダモスが良い例だが、同国の人間は総じて体格が良く、屈強な者が多かった。


文化レベルはそこまで高くないが、素朴でたくましい国、と事前にキジは評していた。


長い馬車の旅路を終えて、ハルホルムの都城に到着すると、城壁の前に数名の人間が並んで待っていた。


先頭の内政長官という男は、うやうやしくオレたちを出迎えた。


我が国でいえば、アムルと同じ立場だろう。


だが、その男も内政官というわりにはかなり大柄おおがらな体格をしていたので、もし少年のようなアムルと並んでいたら、大人と子供どころの話ではなかっただろう。


その男に先導されて、オレたちは城壁をくぐり、城内の町を通過した。


一見したところ、町の規模と活気は、レンゲランの町とほぼ同じように思われた。


城門の前に立つと、内政長官の男は、


「ここから先は、王様と軍師キジ殿、そして護衛の方お一人でお願いします」


と言った。


すかさずバランが、「では私が」と進み出る。


クバルたちをそこに残し、オレたち三人が、城の建物の中へと招き入れられた。




オレたちは迎賓の間に通された。


コの字型に席が配置されており、オレたちはその左側の席を勧められた。


オレ、キジ、バランの順で着座する。


しばらくして、三人の男が入って来た。


一番年長の男が、部屋の正面に当たる席に、一人腰を下ろした。


恰幅かっぷくがよく威厳のある、いかにも王様らしい王様である。


オレたちの対面となる右側の席には、二人の男が座った。


一人は、山と呼ぶにふさわしい筋骨隆々の男。もう一人は、この国の中では異質と思えるほど瘦せた背の高い男。


おそらくは、この国の将軍と軍師であろう。




ハルホルムの王が、おもむろに語りかける。


「レンゲラン国より遠路はるばるご苦労でござった。まずは歓待の宴をと思いましてな」


その言葉を合図に、席に酒が運び込まれた。


酒の入ったさかずきの隣には、小さな皿に何かの惣菜が添えらえている。


居酒屋でいうお通しのような物か、と思ったが、ハルホルムの王は意外な言葉を口にした。


「こんな物しかご用意できず、心苦しいが」


え、これだけ?


オレたちは思わず顔を見合わせた。


品数が多ければいいという訳ではないが、これはお世辞にも一国の代表をもてなすような品には見えない。


そういえば、先ほどからハルホルムの王は、穏やかな口調とは相反して、にこりとも笑っていない。


対面の二人の男たちにしても、仏頂面を決め込んでいた。


これはどう見ても、歓待されているようには思えない。


まさか、謀られたか。


オレたち三人に緊張が走る。


やにわに、ハルホルムの王が、パンパンと両手を二回叩いた。


それに合わせて、5つの影がコの字の席の中央に走り出る。


しまった、刺客か。


オレとキジは身構え、バランは唯一帯刀を許された脇差のつかに手をかけた。


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