第三章 波乱・戦国編
01 異変
今日も、魔物管理所に一匹の新しい魔物が加入した。
「それが、新種の魔物らしい」
という話題で、レンゲランの町は持ち切りになった。
「新種ということは、今までに発見されたことがない魔物ということか?」
「なんでも、あの調教師のタラさんでさえ、初めて見る魔物だとか」
「どんな姿をしているのだろう?」
「かわいらしい小人の少年らしいぞ」
「なんだ、強くはないのか?」
「強いタイプではないようだな。だが、能力についてはまだよく分かっていないらしい」
町のあちこちで、そのような会話が繰り広げられていた。
翌朝。
オレが起きると、ルイが慌ただしくオレの部屋に入って来た。
「王様、朝からすみません」
「どうした?」
「それが、ムキュの様子がちょっとおかしいんです」
ルイの部屋に駆け付けてみると、ムキュが部屋の隅にうずくまって、まんじりとも動かない。
小刻みにずっと震えていた。
地震が来る予兆なのかなと思って少し待ってみたが、そんな気配はない。
「何か変な物を食べさせたとか?」
ルイが首を横に素早く振る。
病気にでもなったか。
オレは城内にいるお抱えの医者を呼んで
だが、医者は難しい顔をするばかりで、皆目見当がつかないようだった。
そこへ、調教師のタラが、血相を変えて飛び込んできた。
「王様、大変でございます」
「どうした?」
ちょうどムキュの様子に心当たりがないか聞こうとしたが、そんな隙を与えず、タラは息が整うや話し始めた。
「昨日入った新種の魔物の正体が分かりました」
「なに?」
「他国にいる知り合いの調教師からの情報によれば、そいつはその国にも最近現れたらしいのですが…」
「魔物の本性を取り戻させる能力を持っているそうなのです」
ということは、
オレもその危険に気が付いた。
「魔物管理所にいる魔物たちが目覚めてしまう、ということか」
タラは無言で頷いた。
「魔物管理所に最強パーティーを派遣してください。私も今すぐ向かいます」
タラは言うが早いか、部屋を後にした。
ムキュもその異変を感じて震えていたのか。
だが、今はそれどころではない。
オレはすぐさま、バラン、クバル、アイリン、ダモスを招集した。
四人に事の次第を伝える。
城門には、バランの愛馬ロークと、馬車が一台用意されていた。
バランが
「王様、行って参ります」
頼むぞ、という目でオレは頷いた。
開門すると、バランはロークに鞭打ち、一気に加速した。
クバル、アイリン、ダモスを乗せた馬車が、それに遅れまいとついていく。
事は一刻を争う。もし、魔物の本性を解放される前に、新種の魔物を仕留めることができれば、事無きを得るだろう。
バランは焦る気持ちを抑えながら、前方に小さく見える魔物管理所を見つめた。
長い距離が恨めしく思える。
だが、その距離を全うする必要はなかった。ちょうど中間地点で、魔物の群れと遭遇したからである。
魔物は、ゴーレム、ソードマン、シビレドラゴン、アクマヒーラーだった。どれも魔物管理所にいた魔物たちだ。
間に合わなかったか。
バランは馬上でギリリと歯ぎしりをした。
馬車からクバル、アイリン、ダモスが飛び出して、隊列を組んだ。
バラン、クバルが前列。アイリン、ダモスが後列である。
対して魔物のパーティーは、ゴーレム、ソードマンが前列。シビレドラゴン、アクマヒーラーが後列だった。
ふと、やつらの足元に何かが転がっている。よく見ると、それはタラだった。ぴくりとも動かなかったので、人間だと気付かなかったくらいだ。
「お前ら、やりやがったな」
バランが魔物たちを一喝する。戦闘が始まった。
「いいか、魔物管理所にいた中では、コイツらがダントツの最強パーティーだ。スキルを惜しむな」
バランが皆に声を掛けた。
そして有言実行。自分のターンになると、スキルを発動させた。
「
狙いは相手アタッカーのソードマンだ。アタッカーを先に潰してしまえば、敵の攻撃は怖くなくなる。
バランの突撃が決まるかと思いきや、ソードマンの前にゴーレムが立ちはだかった。
バランのスキルを、ゴーレムが身代わりになって受け止める。
ゴーレムはグググと少し後ろに押されたが、バランのスキルを受け切った。
それほどダメージを受けている様子はない。
ゴーレムは守備力は抜群だが、俊敏性は最底辺のはずだ。だから、スキル発動は大体いつもターンの最後の方になるのが普通だ。
それがこの段階でスキルを発動できているということは、ゴーレムのスキルが、戦闘が始まると同時に発動する自動スキルに昇格していることを意味する。
どうやら新種の魔物は、魔物の本性を取り戻させるのと同時に、眠っていた能力も引き出す力があるようだ。
地上の敵にはダメージは入らないと見てとったクバルは、自分のターンで、ふわりと宙に舞った。
狙いはシビレドラゴンである。
ここなら、ゴーレムの身代わりも届かないはずだ。
「
高速に回転するクバルの剣が、シビレドラゴンを襲う。
だが、空中はシビレドラゴンの得意領域。ひらりと身をかわして攻撃を避けた。
続いてターンが回ったのはアイリンだった。
アイリンは弓を引き絞ると、アクマヒーラーに向けて矢を放った。
放たれた矢は、紅蓮の指輪の効果を得て、相手にクリティカルヒットを与えた。
アクマヒーラーの体力が、半分以上削られる。
アイリンの間接攻撃には、ゴーレムのスキルも対応できないようだった。
しかし、次にゲージが溜まったアクマヒーラーが、回復魔法で自らの体力を完全に回復した。
次に、シビレドラゴンが満を持して、麻痺の息を全員に吐き掛ける。
だが、今回は誰も麻痺状態にはならなかった。
第一パーティーのメンバーもレベルを上げてきて、属性耐性もそれなりに上がっている。
続いて、ソードマンが通常攻撃でアイリンの体力を半分にし、ダモスがそれを回復した。
「コイツら、かなり手強いぞ。気を付けろ」
第一ターンが終わって、バランが珍しく、片手で額の汗を
ここにいる四体の魔物は、それぞれ別の戦闘で倒してきた。個々であれば充分対応できる相手だったが、こうして四体集まると難易度が跳ね上がる。
しかも、盾役のゴーレム、アタッカーのソードマン、状態異常付与のシビレドラゴン、回復薬のアクマヒーラーと、まさに役割分担が完璧なパーティーと言ってよかった。
「次のターンは、シビレドラゴンに攻撃を集中させるぞ」
バランの指示に、クバルとアイリンが同時に「はい」と返事をした。
こういった場合、本来は回復役を真っ先に倒すのが常套手段だが、ゴーレムの盾が待ち構えている以上、それは出来ない。回避能力の高いシビレドラゴンをターゲットにするしかなかった。
第2ターンの先手はバラン。
スキルの
続くクバルは、もう一度、
先ほどはかわされた技だったが、今回は見事命中して、シビレドラゴンに大ダメージを与えることに成功した。
これでアイリンの攻撃も当たれば、シビレドラゴンを仕留めることができるはずだ。
四対三になれば、戦況を俄然有利にできる。
次に動いたのは、そのシビレドラゴンだった。
麻痺の息を吐き掛ける。
今度は、アイリンとダモスの二人が麻痺を付与されてしまった。
まだ行動権が残っていた二人が麻痺することで、有利に傾きかけていた戦況が、魔物側に一気に振れ直した。
ソードマンがスキル発動とともに、クバルを袈裟斬りにした。
それをまともに食らって、クバルは大ダメージを受けた。
そのターンの最後に、アクマヒーラーがシビレドラゴンの体力を充分に回復した。
第3ターン。
今回も先行はバランだった。
バランの攻撃力からすれば攻め込みたいところだったが、ここは味方の状況を立て直す必要がある。
バランは、回復薬でクバルの体力を回復するか、消麻痺薬でアイリンとダモスの麻痺を解除するか迷った。
クバルの体力は、瀕死状態とはいかないまでも残り少ないように見える。普通の状況であればクバルの体力回復一択だが、もし次にシビレドラゴンに自分とクバルが麻痺を食らったら、パーティー全員が麻痺に陥ることになる。先に行動可能な人数を増やしておきたい気もした。
普段、戦闘中に道具を使うことは滅多にないだけに、バランは判断に苦慮した。だが、万一、先にソードマンにターンが回ったら、クバルの命はない。
バランは、自分の持っている回復薬3個すべてを使って、クバルの体力を全回復した。
そして、次にゲージが溜まったのは、シビレドラゴンだった。
シビレドラゴンは、ためらいなく麻痺の息を吐く。
バランはなんとか麻痺を免れたが、クバルが動けなくなった。
これで、バラン以外の3人が麻痺状態という危機的状況になった。
次にターンが回ったアクマヒーラーは、回復魔法以外に補助系の魔法もいくらか使えた。
一人に対して防御力を低下させる魔法をアイリンにかける。
そのアイリンに向かって、ソードマンがスキルを駆使して切り掛かった。
防御力を下げられ、麻痺で防御姿勢もとれないアイリンは、ソードマンの一撃によって即死した。
「アイリン!」
バランとダモスが叫んだ。
クバルはあまりに突然のことに絶句した。
第4ターン。
先行したのは今回もバランだったが、消麻痺薬でクバルとダモスの麻痺を解除するしか手段がなかった。
次にターンが回ったクバルは、怒りで身を震わせていた。
何かを
それをバランが必死に制した。
「待て、クバル。今ヤツに斬りかかっても、ゴーレムに防がれるだけだ。それにもし攻撃が当たったとしても、ヒーラーに回復される」
「それが何だって言うんですか」
普段冷静なクバルも、アイリンが目の前で殺されて、当然冷静さを欠いている。
バランが声を押し殺して言った。
「クバル、防御だ。このターンは防御しろ。次のターンでオレは馬から降りる。もう一つのスキル、
「アイリンを殺されて、防御ですって?」
クバルは雄叫びをあげた。そして、泣きながら防御姿勢をとる。
次のシビレドラゴンの息によって、ダモスが再び麻痺状態となった。
先ほどのターンと同様、アクマヒーラーがクバルの防御力を低下させ、防御姿勢による防御力上昇を相殺させた。
そこへソードマンが斬撃して、クバルは大ダメージを受ける。
体力がわずかに残ってなんとか持ちこたえたと思ったが、今回はゴーレムも攻撃に転じていた。
重い腕を振り下ろされて、クバルはアイリンの横に転がって息絶えた。
第6ターン。
攻撃の枚数はバラン一枚となった。
一撃で仕留められる可能性があるとしたら、体力・防御力とも一番低いアクマヒーラーだ。
ゴーレムがまた攻撃に転じて防御スキルを解除しているという
「
だが、無情にもゴーレムの分厚い壁に阻まれる。
そのターンの敵の集中攻撃で、今度はダモスが力尽きた。
一人残ったバランに既に勝機はなく、体力を削られ、2ターン後にバランも遂に馬上から崩れ落ちた。
「王様、大変でございます」
レンゲラン城のオレの元に、急報が届く。
「第一パーティー全滅。バラン将軍、クバル、アイリン、ダモス並びに調教師タラの失命を確認しました」
オレだけでなく、そこに居た全員が立ち上がって息をのんだ。
しばらくして、テヘンが絞り出すように叫んだ。
「第二パーティーで
「それには及ばん」
オレはテヘンを制した。
バランのいる第一パーティーで歯が立たなかった相手に、第二パーティーが勝てるとは到底思えない。
それに、あの四人を失って、なお前進する意思がオレにはなかった。
オレは石板を手元に引き寄せると、二度目の「やり直し」を選択した。
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