14 魔物管理所
レンゲラン国を平定したオレたちは、反転攻勢に出ることにした。
現在の魔物の供給地となっているタウロッソ国との国境に、軍事拠点となる砦の建設を開始した。
ここから積極的に魔物討伐の兵を出していこうというのである。
そして、その間に、レンゲラン城に即戦力のジョブ持ち戦闘員が来訪した。
「王様、新しい戦闘員が士官に参りました」
アムルが報告に来て、にやりと笑顔を決めた。
「しかも、けっこうレアな職種です」
「ほお、何という職種だ」
アムルは充分間を溜めてから言った。
「調教師です」
調教師! 現実世界に生きてきたオレにとっては、その言葉で思い浮かべるのは、競馬の調教師か、アルファベット二文字で表現される世界の女王様的な調教師だ。
(まあ、後者は調教師と呼んでいいのかは微妙ではある)
だが、この世界における調教師は、まず間違いなく魔物の調教師だろう。
例によって、玉座の間で待たせていますと、アムルは付け加えた。
そこで、いつもの石板の着信音。
調教師の登用を行いますか?
①登用する ②登用しない
制限時間:1時間
オレはすぐさま玉座の間に足を運び、着座した。
そこで待っていたのは、全身黒ずくめで片手にムチを持った女だった。
おお、それであの蝶々のような大きな仮面を付けたら、完全に女王様的調教師やないか。
と、オレは使ったことのない関西弁で、心中突っ込みを入れる。
「では、名前とレベルを教えてください」
アムルが女に声を掛けた。
「名はタラ、レベルは40です」
ほお、レベルは思ったよりも高いな。
「すみませんが、年齢は非公開です」
タラは、聞かれる前に予防線を張ってきた。
髪は長めのストレート。ルイやアイリンとはまた違ったタイプで、お姉様的存在だ。
見た感じは30代前半といったところだが、そう言ってくるということは、実際はもう少し上なのかも知れない。
「では王様、ご質問をお願いします」
聞かずもがなと思ったが、オレはまず念のために聞いてみることにした。
万一、「王様の…」とか言われた日には、オレにも心の準備が必要だからだ。
「調教師とな。何の調教師か?」
タラは、初めて聞かれた質問に半ば呆然としながらも答えた。
「魔物のです」
明らかに「魔物のですが他に何が?」の語尾を飲み込んだ顔をしている。
ですよね。まあ、それは分かっていましたよと。
「では、そなたがパーティーに加われば、倒した魔物たちが仲間になるというわけか」
ようやくいつもの問答のパターンに戻ったようで、タラは淀みなく答えた。
「一定の確率ではありますが、私の場合、仲間にできる確率は他の調教師と比べても高水準だと思います。それに、私はこれまで、二つの国で魔物の収集を行い、魔物管理所の運営も任されてきました」
魔物管理所とは、言葉の意味からして、仲間にした魔物を待機させておく施設ということだろう。
なるほど、実績は充分で、魔物を捕らえた後のノウハウも持っているということか。
採用しない理由は見当たらない。
魔物が味方になれば、戦闘員不足も解消され、いくつもパーティーを組むことができるようになる。
「分かった。では、存分に我が国のために働いてくれ」
オレは、①の「登用する」をタップした。
「はい」
タラは胸を張って返事をした。
翌日の会議の席上で、魔物管理所がレンゲラン城とタウロッソ国境の砦の中間地点に建設されることが決まった。
どれだけの魔物が集まるか分からなかったが、タラの指導のもと、かなり広い敷地が確保された。
砦と並行して、急ピッチで建設作業が進められた。
タウロッソ国境の砦が完成し、魔物に向けて放たれる矢という意味で、アロー砦と名付けた。
そこを拠点として、タウロッソ領内に侵攻するための2つのパーティーが編成された。
第一パーティーは、バラン(騎士)、クバル(剣士)、タラ(調教師)、ダモス(回復魔導士)。
第二パーティーは、テヘン(剣士)、ハジク(盗賊)、アイリン(弓使い)、ルイ(回復魔導士)である。
もちろん、ルイがパーティーに加わるのをオレは反対したが、ルイ自身が参加すると言い出して聞かなかった。
「第二パーティーにも、回復魔導士は必要です」
「そうは言っても、王妃という立場で戦闘に加わるのはなあ。人にはそれぞれ立場と役割というものがある」
「そんなことを言ったら王様だって、王様というお立場で、
う、それを言われると、返す言葉がない。
ルイはこう見えてけっこう芯が強いところがあると、結婚してから分かった。
第一パーティーは、最前線に出て、領土の開拓と魔物の収集を積極的に行う。第二パーティーは、ある程度安全が確保された後方の土地で、レベルアップを主に目指して戦う。
第二パーティーが最前線に出ないというのなら、まだいいか。
それでも、ルイが無事に戦闘から帰って来るたびに、胸を撫で下ろす日々が続いた。
タウロッソ国の魔物は、敵の本拠地に近いということもあって、レンゲラン国の魔物とは比較にならないほど強かった。
だが、それだけに、戦闘員たちのレベルも日に日に上がっていった。
そして、調教師タラによって仲間に引き入れられた魔物も、次第に増えていった。
管理所に新しい魔物が加入した日は、それが必ず町じゅうの話題になった。次はどんな魔物が入って来るかということが、常に人々の大きな関心事になっていた。
戦闘は毎日切れ目なく行われるわけではなく、三日に一度ほど、休暇日が設けられた。
その休暇日に合わせて、魔物管理所への視察が行われることになった。
参加者は、オレとアムルとキジの非戦闘員勢と、第二パーティーのテヘン、ハジク、アイリン、ルイの計7名である。
第一パーティーのメンバーは、まさに魔物が捕獲される現場を見ているし、魔物を管理所に送り届ける際に同行していることが多いので、今さら視察をする必要はなかった。
魔物管理所の建設に関しては、主要メンバーは概ね肯定的だった。
それもあってか、現地に集まった参加者は、まるで動物園かテーマパークに来たような雰囲気である。
アイリンとルイなどは、きゃっきゃっと女子トークに花を咲かせている。
普段であれば、それに負けじと、きゃっきゃっとはしゃぐアムルとテヘンだったが、この中にあってアムルだけが魔物管理所の建設に否定派だった。
やはり、アムルの中では、魔物を仲間にするなんて、という気持ちがあるようだ。
それで先ほどから、一人しかめ
無理に来なくてもいいのだぞ、と事前に言っておいたのだが、「王様が行かれる所でしたら、私も行きます」と意地を張った。
また、軍師キジは、魔物管理所に対しては中立派だった。
「魔物を味方にする有効性は間違いないですが、安全性に関しては私にはまだ確証はありません。既に先例はいくつもあるので、問題ないとは思いますが」
そう言葉を濁した。
背の高い門の前に、今日の案内役の調教師タラが待っていた。
「では、こちらからお入り頂きます」
タラは旅行ガイドのように、片手を高く掲げて、皆を引率した。
魔物管理所の周囲は、ぐるりと高い塀に囲まれている。所々は石の柱になっているが、それ以外は基本的に木の板で囲っている。
入口の門をくぐりながら、アムルが心配そうに言った。
「こんな木の塀で大丈夫なんですかあ?」
タラが笑って言った。
「ここにいる魔物たちは皆、魔性を抜いてありますので、おとなしいものです。それに、もし城壁のようにすべて石で作ってあっても、力の強い魔物がその気になったら、それらだって破壊されてしまいます。この塀は、魔物を閉じ込めるためというよりも、人間が魔物の姿を見て怖がらないように、目隠し的な役割の方が強いのです」
中は、だだっ広い空間に、何頭もの魔物たちが野放しにされていた。
まず目を引くのは、やはり大型の魔物たちである。
「うわあ、ゴーレムだ」
テヘンが声を漏らして近付いていく。
「近付いても大丈夫なんですか?」
アムルがまた危惧する。
「はい。触れても大丈夫です。ただし、飛びついて重みで倒れて下敷きになる、というような不可抗力の事故はやめて下さいね」
タラが、ガイドさんジョークを一つ挟んだ。
ゴーレムの隣には、銀色の甲冑を全身に
その芸術作品のような姿を、アイリンが時々角度を変えながら、じっと見入っている。
中空には、戦闘であれば麻痺特性の息を吐いてくる難敵のシビレドラゴンが、悠々と浮かんでいる。
それを、軍師キジと盗賊ハジクが、お互い言葉も発さず、しげしげと見つめていた。
気付くと、アムルがゴーレムの前で、筋肉ムキムキのポーズを決めていた。テヘンがそれを見て、腹を押さえて笑っている。
いるよなあ。イベントの前はあまり気乗りしない顔をしているくせに、いざ始まってみると一番はしゃぐタイプの子供が。
オレとルイは、王と王妃という立場もあってか、大型の魔物に引き寄せられている他の皆を残して、タラに付いて、すべての魔物を見て回った。
「うわー、真っ白でかわいい」
ルイが思わず声を上げた視線の先に、すました顔でこちらを見ているオオウサギがいた。
ルイは、イノシシ大のその大きさに恐れる様子もなく、モフモフした白い毛をなでると、そこに顔を
オレも動物は嫌いではないが、この世界に転生して間もない頃、オオウサギには追いかけ回された記憶があるので、それがトラウマで触わる気にはなれない。
すると、ルイがとんでもない事を言い出した。
「王様、私、この子飼いたいです」
時々、このような突拍子もないことを言い出すのも、最近分かってきたルイの特徴だ。
「いやあ、それはさすがに無理ではないかなあ」
オレはタラに救いを求める視線を送る。タラは頷きながら答える。
「ええ、ええ。王族や富豪の方の中には、ペットとして飼われている方も時々いらっしゃいますよ」
ダメだ。頷いていたのはルイの言葉に対してだった。
ルイが「ほらあ」という顔で見てくる。
オレは、ルイに撫でられて気持ち良さそうな顔をしているオオウサギをあらためて見た。
オレを追いかけ回していたオオウサギは、燃えるような怒った目をしていたが、確かにこのオオウサギは、同じ赤でも優しい、かわいい目をしている。
オレはルイとは反対側から近付くと、柔らかい毛並みの後頭部をそっと撫でてみた。
オレとルイの両方から撫でられて興奮したのか、オオウサギはムキュウと前触れもなく鳴いた。
オレたちは思わず顔を見合わせた。
オオウサギって、こんな声で鳴くんか。
「王様、いいですよね?」
ルイに懇願されて、オレには断る選択はもうなかった。
笑って頷くと、ルイは白いモフモフをぎゅっと抱き締めた。
「王様、名前は何にしましょう?」
「え、もう決めるの?」
オレが質問返しをすると、ルイは当然というように言った。
「だって、一刻も早く名前で呼んであげたいんですもの」
その時、オオウサギがもう一度、ムキュウと鳴き声を上げた。
「この子、鳴き声がかわいいので、ムキュにしましょう」
あー、自分で聞いておいて、自分で解決するパターンね。
それにしても、ネーミングセンスは微妙だな。
だが、ルイはもう決まったという表情をしているので、オレは頷くしかなかった。
こうして、思わぬお土産を持って、オレたちは城に引き返すことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます