13 恩赦
祝賀ムード一色のレンゲラン城内にあって、ただ一箇所、その活気から取り残された場所があった。
一階の片隅にある牢獄である。
二人の看守は、耳に届く花火の音を聞いて、舌打ちをした。
「こいつらさえいなければ、オレたちも花火と美しい新王妃の姿を拝めたのにな」
一人がぼそり言う。
その視線の先には、薄暗い牢に閉じ込められた、ハジクら盗賊一味の姿があった。
王妃即位の翌日。
軍師キジが二つの用件を持って、オレの部屋を訪れた。
用件の一つ目は、第一パーティーの編成と、三階の部屋割りについてである。
「ルイ様が王妃となられたからには、いつまでも戦場を駆け回るというわけにはいきますまい。王妃様には別の面で王様を支えるという大事な役割がございます」
キジの言葉に、オレはもっともだと頷いた。
「ですので、ルイ様の代わりに、同じ回復魔導士のダモスを第一パーティーに昇格させたいと思います」
「異論はない」
「それに伴い、三階の部屋割りは、王様のお部屋を中央に、その左隣がルイ王妃、更に私キジ、アムル。右隣に、バラン将軍、クバル、アイリン、ダモスの部屋。このようにさせて頂きたいと思います」
「了解した」
ここまでは何ら問題はない。続いて、用件の二つ目。
「王様、昨今は国内平定、ご結婚と、大変めでたい事柄が続いております。ここは
恩赦。考えもしなかったワードが出てきた。だが、言葉の意味は知っている。
恩赦とは、国家にとってめでたい事があった時に、国家全体でその恩恵を享受するという意味で、受刑者の刑が軽減される、いわば救済措置である。
古めかしい言葉のようだが、実は現代でも、天皇の即位や成婚の機にたびたび行われている。
オレも現実世界にいた時に、その恩赦の対象から再犯率の高い性犯罪者を除外するべき、というニュースを見て、恩赦が有名無実の過去の遺物ではないことを、その時初めて知った。
「今、投獄されているのは、銀鉱山に無断で立ち入った盗賊たちと聞いております。実際に盗掘したわけではなく、未遂で終わったのであれば、これを機に釈放してもよろしいのではないかと存じます」
確かに、それだけの罪であれば、キジの意見は正論だ。
だが、オレが「やり直し」をしたおかげで、この世界ではやっていないことになっているが、ヤツらは倉庫の資材を奪うために、この城に火をかけたのだ。
そのことをキジが知る由もない。
その罪を考えに入れれば、ヤツらをおいそれと放免するわけにはいかない。
オレが難色を示しているのに、キジは少し意外だという顔をした。
「特に首領のハジクは、牢獄でかなり反省している様子を見せているとのことでございます。ご足労ですが、王様には一度牢に足をお運び頂き、ご決裁をお願いしとうございます」
ふん、それはアイツ得意の演技だろう。
オレもそれにまんまと引っ掛かったのだ。
この晴れやかな気分を害されたくはなかったが、牢獄もその中の罪人も、紛れもなくレンゲラン城の一部であり、レンゲラン国の一部なのだ。
目を背け続けるわけにもいかない。
「分かった」
と、オレはキジに返事をした。
同時に、石板の着信音が鳴る。
盗賊たちへの対応をどうしますか?
①釈放する ②投獄を続ける
制限時間:2時間
オレは一人、牢獄を訪れた。
暗く湿った空気が、肌に
昨日の玉座の間や展望台で見た、あの華やかで美しい光景と、同じ城という空間であるとは到底思えない。
昨日舌打ちをしてやさぐれていた看守たちも、今日はぴしりと背筋を伸ばしている。
投獄者は五人だけだったので、それぞれが個室の牢に入っていた。
通路を進んでいくと、盗賊たちが鉄格子の向こうから、伺うような目でこちらを見てくる。
首領のハジクは、一番奥の牢にいた。
何をするでもなく、こちらに向かって、冷たい石の床に直接座り込んでいた。
伸びた髪をそのまま前に垂らしていたので、表情は
あれから数か月しか経っていないはずだが、白髪が目立つようになり、やつれているようにも見えた。
だがこれも、同情を引くための演出だろう。
そう思いつつ、オレはハジクに声を掛けた。
「久しぶりだな」
ハジクは座ったまま、額が床に触れるかと思うほど、深々と頭を下げた。
「国が独立し、
「このたびは、幾重にもおめでとうございます」
声も以前より、しわがれたように聞こえた。
「その恩赦として、お前たちを釈放したらどうかという意見が上がっているが、お前はどう思う?」
オレはいきなり意地悪な質問をした。
自分たちの釈放を反対するわけにもいかないし、かと言って表立って賛成したら、厚かましいヤツと思われ兼ねない。
さすがのハジクもどう答えていいか戸惑っているところへ、オレは言葉を継いだ。
「お前たちの罪が盗掘未遂だけなら、オレも喜んで恩赦を実施していただろう。だがな、お前たちがこの城に最初に連れて来られた時に、オレがその罪を許していたなら、お前たちはこの城に対して何をしていた? それもお前たちの罪と言っていいのではないか?」
思い当たる節があったようで、ハジクは先ほどよりも更に低く平伏した。
「王様のおっしゃられる通り、私たちが自由の身になっていたら、おそらく城の財物に手をかけ、火を放っていたことでしょう」
ほう、それは素直に自白するのか。だが、その程度ではオレはお前を信用しない。
「お前の目を見せてみろ」
しばらくして、オレはそう声を掛けた。
ハジクは言われた通り、前髪を掻き上げて、じっとこちらを見た。
その両目には、以前のような何かを含んだ光は見えないような気がした。
ずいぶん素朴な目になったものだ。
オレは、手元にある石板の画面に目を移した。
釈放か、投獄を続けるか。
以前は、オレはコイツを信じたいと思うあまり、そのような目で見て判断を誤った。
だが今は、コイツを信じられないという目で見ているが、それでも信じてもいいのではないかという思いが沸いてきた。
これは、以前との大きな違いだ。
しかし、信じてまた騙されたら、またすべてを奪われたら…。
それはもう、何万回「愚」という言葉を使っても表し切れないほどの愚か者だ。
しかも、以前よりもオレには奪われたくないものが増えた。
オレは一つ大きな息をついてから、再びハジクに顔を向けた。
「城に火をかけるということは、私も含めてその城の住人を亡き者にせんとする行為だ。これは、極刑に相当する大罪である。仮に極刑を免れても、一生牢から出ることは叶わないであろう」
ハジクの目が見開かれていく。
「では、最初の質問に戻ろう。そのような大罪をもってしても、釈放が妥当とお前は思うか?」
ハジクの口からうめき声が聞こえた。
長い間、苦悶している様子だったが、やがて絞り出すような声で言った。
「私たちは、ここで一生罪を償うことが相当と、存じます」
それを聞いていた仲間の盗賊たちから、溜め息が漏れた。
オレはその場にしゃがんで、ハジクに顔を近づけた。
「自らの罪をそこまで受け入れるというのならば、今のお前は信じられるのかも知れない。」
ハジクは、はっと顔を上げた。
「お前の放ったであろう火によって、オレは死んでいたかも知れない。だが、それでも、オレはお前を信じることに決めた。決死の覚悟で信じるということを、お前に伝えておこう」
ハジクの両目から、涙が流れ落ちた。
オレは、静かに①の「釈放する」をタップした。
その涙が本物の涙なのか、それとも嘘の涙なのかは、後の歴史が証明するだろう。
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