12 至宝

オレとルイの結婚の報は、瞬く間に城の内外へと広まった。


これは城内の挨拶ラッシュが始まるなと思い、オレはルイを自分の部屋に呼んだ。


案の定、噂を聞きつけた仲間たちが、朝から部屋の扉を叩いた。




まず最初に駆け付けたのは、軍師キジだった。


「せっかく良い話を持って来てもらったのに、すまんな」


オレは開口一番、謝った。


キジは、これも織り込み済みといったような顔で、


「外交的には損失ですが、まあ、仕方ありませんな。先方には、お二人が以前から愛を育まれていたことを私が承知していなかった、と伝えておきます」


「すまん」


オレは再度、キジに手を合わせた。ルイも隣でぺこりと頭を下げた。




それからやって来たのは、アムルとテヘンの仲良しコンビだった。


「王様、ルイ王妃、この度はおめでとうございます」


二人は声を合わせて祝辞を述べた。


硬い挨拶はこれくらいにして、とアムルがいつもの調子に戻った。


「王様がこんなに急に結婚されるとは、思いませんでしたあ」


言いながら、オレとルイの顔を交互に見てニヤニヤする。それから、テヘンの方に向き直った。


「王様に先に取られちゃったね」


それを聞いたテヘンが驚いて飛び上がった。


「何を言い出すんだ。アムル、朝から酔っぱらってるんじゃないか」


「酔ってなんかないよー。だって…」


更に何かを言い出そうとするアムルの口を、テヘンが両手で押さえた。


「テヘン、分かった、分かったから」


アムルが手足をジタバタさせて、なんとかそれを振りほどくと、


「二人が親しくなったのはいつなんです?」「プロポーズの言葉は?」と、芸能リポーターばりに、今度はこちらに絡んできた。


そのアムルを、テヘンが後ろから羽交い締めにしながら、


「これからまだ他の人も挨拶に来るだろうし、今日はお二人はお忙しい。そういった話はまた今度お聞きしよう」


そう言って、アムルを引きずって出て行った。


そのドタバタ劇を見て、オレとルイは顔を見合わせて笑った。




だが、オレは一つ気になっていたことをルイに聞いた。


「テヘンとは、その、何もなかったというか…」


ルイは目を丸くして、頬を膨らませた。


もともととがりのない癒し系の顔が、より曲線調になる。


「まあ、王様ったら、私をそんな目移りする女のように見てたんですかあ」


「いや、そうではなくて、ルイはそう思っていなくても、テヘンの方は可能性があるかなと…」


オレは焦って言いつくろった。


「そんな素振りはなかったように私は思いますが、そういうことなら、テヘンさんの方に聞いてください」


ルイはプイッとした顔を作ったが、その後、ちょっと意地悪な表情になった。


「そんなことをおっしゃるなら、王様の方こそ、アイリンさんと随分仲が良さそうだったじゃないですか」


「え、それはー、アイリンがああいう性格だからな。その、距離が近かったのを勘違いされたのかなあ。まあ、クバルと婚約していたのは知ってたし…」


しどろもどろの返事になったので、なんだか見透かされているような気がする。


「本当ですかあ」


ルイが丸かった両目をじーっと細めてきた。




土俵際に追い詰められたオレが、この話はこの辺でと、無理に切り上げようとした時、扉をノックする音が聞こえた。


ふー、これは天の助けだ。


入って来たのは、クバルとアイリンだった。


これは、天の助けなどではなかった。


ルイが変なことをほじくらないか心配していたが、その辺りはわきまえているようで、何も余計なことは聞かなかった。


「まさかお二人もお付き合いされているとは、気付きませんでした」


クバルが爽やかな声で言った。


いや、ちゃんとしたお付き合いを経たわけではなく、かなりの急展開だったのだが、その辺りの内情は明かすものでもなく、オレとルイは苦笑いをして誤魔化した。




その後も、バラン、ダモスや、衛兵の代表、厨房のドグム料理長やサンら、城の住人が次々と祝賀に訪れて、驚きの声やお祝いの声を届けてくれた。




それから一週間後、二人の結婚とルイ王妃即位を兼ねたセレモニーが行われることになった。


だが、大袈裟なことはせず、なるべく簡素にやりたいというルイのたっての希望を汲んで、二人で話し合った結果、王妃即位の儀と、展望台からのお披露目だけを行うことにした。




玉座の間に、レンゲラン城内の主要メンバー、国内外の来賓、ルイの親族など、限られた者だけが招かれた。


彼らが左右に列席する。


そして、その中央の赤じゅうたんを、オレは赤と金の王族の正装を身に着け、ルイは純白のウェディングドレスをまとって、歩調を合わせてゆっくりと歩いた。


オレはまっすぐ前を向いたまま、ルイは幾分伏し目がちに歩を進めた。


そして、玉座へと続く階段を登ると、参列者の方に向き直った。


そこで、ルイがオレに向かって、静かに片膝をつき身をかがめる。


オレは、ルイの頭に王妃のティアラをそっと乗せた。


ルイが要望した通り、サイズは小さめで、王妃の物としてはかなり控えめである。


だが、それがルイにはよく似合った。


ルイが立ち上がると、オレとルイは二つの金色こんじきの椅子の前に立った。


オレが王の椅子に、ルイが隣の王妃の椅子に、同時に腰かけた。


盛大な拍手が場内に響いた。




「それではここで、ルイ王妃からお言葉を頂きます」


司会役のアムルが言葉を掛けた。ルイがすっと立ち上がった。


「今日は、私から皆様に一つだけお願いがあります。それは、今までとまったく同じとはいかないかも知れませんが、なるべくこれまでと変わらぬ態度で私と接して欲しいということです」


そして、オレの方に目をやった。


「我が国の王様は、皆と距離が近い王様です。他人ひとにあまり気を使わせないので、皆も王様を変に敬い過ぎることはありません。あら?」


言い回しが少し妙になったことを、ルイは自分でも気付いた。


「ははは。王様はみんなからあまり尊敬されていないみたいですよ」


アムルがすかさず突っ込みを入れる。


場内が笑いに包まれた。


ルイも目尻を下げながら、


「でも、そういうところが王様の魅力だと思います。私も王様と同じくらい、できれば王様以上に、皆と近い存在で居続けたい。それが私の何よりの願いです」


「ルイ王妃、オッケー」


アムルが掛けた言葉に、ルイは今日一番の嬉しそうな顔をした。


それから、ルイは親族と、オレは仲間たちとしばし歓談をした。


確かに、これだけ距離の近い主従関係もなかなかないだろう。


だが、それがオレの誇りだ。




「そろそろお時間ですので、上へお願いします」


アムルに先導されて、オレたちは屋上の展望台に登った。


城の前には、レンゲランの町の人々が、総出でオレたちを待ち構えていた。


オレとルイが屋上に姿を現すと、大きな歓声が沸いた。


「王様、万歳ーー」


「王妃様、万歳ーー」


同時に、城壁の周囲から花火が次々と上がる。




歓声に応えて、オレとルイは皆に笑顔で手を振った。


隣でまだ不慣れな手つきで手を振り続けているルイをオレは見た。


ルイの背景には、真っ青に澄んだ空に、真っ白な雲が浮かんでいる。


その雲にも負けないくらい純白のルイが、あまりにもまぶしく、いとおしかった。


一生を通して守り抜くべき、至宝のような存在を目の前にして、振っていた手を思わず握り締めてしまう自分がいた。


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