08 弟との面会
やった、魔女を倒したぞ。
大役を果たした充実感に満たされたアイリンだったが、いつまでも感慨に浸っているわけにもいかない。
魔女を倒すことよりも、その後にこの城から脱出することの方が難しいかもしれないからだ。
ひとまず周りに誰もいないことを改めて確認すると、着ていた上下の白装束を脱ぎ、代わりに足元の黒い服と緑の首飾りを身に着けた。
これで、あの薄暗い通路だったら、なんとか敵の目を誤魔化せるかも知れない。
まあ、あの魔女と見間違えられるのは、ショックと言えばショックなのだが…。
アイリンは大きな扉を静かに開けると、首だけを出して外の様子を見渡した。
幸い、魔物の影は見当たらなかった。
アイリンはすっと通路に出ると、音が立たない程度の速足で入り口に向かった。
この城にどれだけの魔物が残っているかは知らないが、少なくとも四体のダークソルジャーはいるはずだ。
もし、この通路で中級の魔物四体と交戦になったら、アイリンに勝ち目はない。
今は見つからないことを願うだけだ。
なんとか入り口に到着した。
そこには、魔女の部屋まで案内した魔導士系の魔物がいた。
「女王様…」
相手は驚いている様子だったが、なんとかアイリンを魔女と認識しているようだった。
この一体なら倒せなくもないはずだが、門を開けてもらう必要がある。
アイリンは少し距離を置いたところで、魔女の声を思い出しながら、早口でぼそりと言った。
「門を開けよ」
「女王様が外に出られるのですか?」
今までになかったことなので、さすがに魔物は伺うような目でそろそろと近付いてきた。
マズい。これ以上近付かれたらバレてしまう。
アイリンはとっさに怒声を浴びせた。
「早くせんか。それともお前は我が魔法を受けたいのか」
そう言って、人差し指を立てた右手を、はったりで天にかざしてみる。
魔物は飛び上がらんばかりに驚いて、
「申し訳ございません」
言うが早いか、開門作業に入った。
門が開くと、外で門番をしていた二体のボーンソルジャーも、驚いた様子でアイリンを見た。
いや、骸骨だから表情はないのだが、それでも驚いている様子は見てとれた。
だが、アイリンはそんなことにかまってはいない。
城への架け橋を渡ると、そこからは一目散に駆け出す。
それを不審に思ったボーンソルジャーの一体が、後を追ってきた。
アイリンは振り返って顔を少ししかめた。
ボーンソルジャーは初級の魔物なので、得意の弓矢があれば何てことはないのだが、短剣で近接戦得意のソルジャー系と戦うとなると、やや
手が届くところまで詰め寄られて、アイリンが仕方なく短剣を
ロマーリの玉乗り用の玉だ。
ボーンソルジャーは弾かれて、大きくよろめいた。
そこをアイリンが七宝の短剣で、魔女の時と同様、一振りで首を
「その衣装を身に着けているということは、やってくれたな」
ロマーリが会心の笑みで、アイリンの元に駆け付けた。
「これであの婆さんのつまらない執着のために、
「この剣のおかげです」
アイリンが、七宝の短剣をぐっと前に突き出し、ロマーリに返却した。
「それはそうと逃げなきゃ」
城の方を見ると、もう一体のボーンソルジャーの姿がない。
城の中に応援を呼びに行っているに違いなかった。
アイリンが城壁の方に駆け出すと、ロマーリが並走した。
「本当になんと礼を言ったらいいか。城壁の門はすぐ開けるように指示は出してある」
町の中心を過ぎた辺りで、地面が大きく揺れたように感じた。
振り返ると、遠くに四体のダークソルジャーが、城を飛び出してきたのが分かる。
彼らは巨体に似合わず、脚が速かった。
ドンドンと地響きを立てながら、ダークソルジャーたちが追って来る。
アイリンとロマーリは、全力疾走した。
城壁が見えてくると、ロマーリが片手を上げて合図を出した。
アイリンのために、城壁の門が開かれる。
城壁の手前で、ロマーリは横に
「無事で」
アイリンの背中に声を掛ける。
アイリンが城壁を抜けて、少しも経たぬうちにダークソルジャーたちが同じ場所を通過した。
先頭のダークソルジャーが、アイリンを捕まえようと腕を伸ばす。
アイリンのなびく髪に、魔物の太い指が触れようとした瞬間だった。
ダークソルジャーの斜め前方から、騎馬が激突した。
バラン将軍とその愛馬ロークである。
先頭のダークソルジャーが突き飛ばされて尻もちをつくと、他の三体の突進も止まった。
バランの横に、クバルが並んだ。
二人の後ろに逃げ込んだアイリンに、ルイが笑顔で弓矢を差し出す。
肩で大きく息をしながら、アイリンも笑顔でそれを受け取った。
四人の隊列が整ったのを見ると、バランが声を張り上げる。
「今度は余計な邪魔は入らぬ。四対四で尋常に勝負だ」
ダークソルジャーは攻撃力は高いが、ルイが的確に回復するので問題ない。
攻撃陣3人が通常攻撃で少しずつ相手の体力を削り、バランとクバルのスキルで一体ずつを葬った。
残る二体は通常攻撃の蓄積で、あっさりと打ち倒した。
四人はその勢いのまま、リンバーグ城に乗り込んだ。
残っていた魔物は、中級が数体と、あとは初級だったので、苦もなく殲滅に成功した。
こうしてリンバーグ城は、魔物の手から久しぶりに解放された。
ここは、レンゲラン城。
留守を預かるオレのもとに、アイリンを始め、戦闘員たちが凱旋してきた。
オレとアムル、キジ、テヘン、ダモスの五人は、町の人々とともに、城門まで彼らを出迎えた。
先頭を切って歩いて来るのは、今回の一番の功労者であるアイリンだった。
人々の拍手と歓声がアイリンを包む。
「アイリン、この度の活躍、誠に見事であった」
観衆の面前で王に褒められたアイリンは、飛び跳ねて喜んだ。
アイリンが、その笑顔のまま報告した。
「王様、リンバーグ城の魔物を殲滅するとともに、弟
それまで気付かなかったが、アイリンたちが乗ってきた馬車の後ろに、この国の物ではない馬車が一台停まっていた。
その扉が開いて、中から大柄な男が「兄上」と叫んで出てきた。
顔を見られてはマズい。
オレはめまいに襲われたフリをして、顔を隠すようにその場にうずくまった。
「王様、どうされたのですか?」
隣にいたアムルが、心配してかがみ込む。
「うん、その、あれだ、急にめまいが。ひとまず、寝室へ」
オレは顔を腕で隠しながら、アムルとテヘンに両脇を支えられて、城内に引き揚げた。
寝室で自分のベッドに寝かされる。
部屋の中には、アムルとルイがいた。ルイが仮病のオレに回復魔法を唱えた。
「これで具合が良くなるはずですが」
アムルが横になっているオレの顔を、上から見つめる。
いや、そういうんじゃないんで…。
オレがまだ顔をしかめているのを見て、アムルが言葉を続けた。
「弟
うん、それそれ。
オレは表情でそうだと伝えた。
その時、軍師キジが部屋の中に入ってきた。
「王様、ご無事で何より。弟
そう言って出て行った。
オレは慌てて布団をかぶった。
キジのヤツ、いつもは気を利かせたりしないのに、こんな時に限って…。
オレは布団の中で奥歯を噛んだ。
「兄上、大丈夫でございますか?」
代わりにロマーリが入ってきて、オレのベッドのすぐ横に座った。
「兄上、お会いしとうございました」
オレは布団をすっぽりとかぶったまま、声のする方に顔を向けた。
「弟よ。オレも会いたかったぞ。懐かしいなあ」
しばしの沈黙…。
「兄上、どうかお顔を見せてください」
「いや、何か分からぬ病気のようでな。大事なおぬしにうつしてはいかん」
「病気?」
アムルは首を傾げながら、ルイにもう一度回復魔法を使うように指示した。
「王様、もう一度回復魔法を唱えますので、どうか布団から出て来て下さい」
オレは布団の中で、やだー、と首を横に振った。
「子供じゃないんですから、王様」
ルイが無理に布団を引き剝がそうとするのを、オレは必死に押さえて抵抗した。
無礼者、王に向かって何をするか。
だが、所詮は
ふははは。ワシの勝利じゃ。
そんなドタバタを、ロマーリはさぞかし呆然と見ていることだろう。
「弟よ、すまぬな。今日はこのような事態で顔を合わせること叶わぬが、病が
ロマーリは、「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。
「せめて今日は握手をしよう」
オレは布団の中から片手を差し出した。
ロマーリは言われるままに握手をしながら、
「おや、兄上はこんなに綺麗な手をされてましたかな?」
オレが一瞬、返答に困っていると、アムルが口を出した。
「それは、あっちでエイジングっていう努力を王様がされているんです」
「あっちでエイ…」
いや、それはオレの黒歴史だ。アムルよ、蒸し返してはいかん。
「それは、その、ははは。お前と握手をするために綺麗にしていたのだよ」
「そういえば、兄上の声も、ずいぶん若々しくなりましたな」
「それは、お前とこうして楽しく会話するためだよ」
なんだか、赤ずきんの狼になったような気分だ。
オレは雰囲気を変えるために一つ咳払いをして、大事なことを伝えた。
「ロマーリよ。ここで改めておぬしをリンバーグ城の城主に任命する。以前と同様、この国の南部を治めてくれるな」
それを聞いたロマーリの様子も変わった。
「兄上、私にそのような望みはありません」
声がぐっと低くなった。
「私の望みは、この国の半分などではなく、この国すべてです」
「え、なに?」
頭の整理が追い着かなかった。オレは半身を起こすと、そっと布団から目だけを出した。
グハハハハハーーー
ロマーリは急に立ち上がると、甲高い笑い声とともに、黒い影のような魔物に変身した。
「ま、魔物?」
アムルが声を裏返した。
「じゃあ、本物の弟
ロマーリに化けていた魔物は、冷たい口調で言った。
「ああ、あの男か。あいつなら、女王に殺されたよ」
「殺された?」
「なーに、長らくリンバーグの町の支配を任されていたのに、それに満足せずに、いらぬ欲をかいたのさ。」
黒い影は、炎のような目と口を揺らめかせた。
「このレンゲラン城を襲撃した魔軍が、人間の手によって壊滅させられたことを知ると、あいつの方から話を持ち掛けてきやがった。兄であるお前に罠を仕掛けることができるから、我々の軍勢を貸して欲しいと」
「猜疑心に駆られた女王は、話に乗る代わりにあいつを殺した。まさしく自業自得というやつさ。まったく、人間の欲望とは計り知れない」
聞きたくなかった真実だった。
それから黒い影は、乾いた笑いをした。
「まあ、人間も魔物も、欲の深さは同じか。オレも、仕えていた女王が邪魔になったから、人間に殺させた。そして、次はお前を殺してレンゲラン城を支配して、それを手土産にデスゲイロ様の側近になろうとしているのだからな」
魔物は、黒い影のオーラを強めて、隠し持っていた七宝の短剣の
ギラリと短い刀身が光る。
「女王の首を一刀のもとに落としたというその切れ味を、オレも味わわせてもらうぞ。レンゲラン国王よ、死ねい」
魔物が短剣を横に振りかぶった。
「王様、危ない!」
とっさにルイが、自分の身を盾にして、オレの前に立ちはだかった。
「ルイ!」
オレの叫びとともに、ドスッという鈍い音がした。
恐る恐る目を開けてみると、ルイ越しに見える黒い影の胸に、一本の矢が突き刺さっていた。
矢が放たれた先を追っていくと、そこには凛々しく弓を構えたアイリンがいた。
黒い影は苦しそうにもがきながら、声を発した。
「おまえ、まさか気付いていたのか」
アイリンは「ええ」と頷いた。
「私も初めはすっかり騙されていたけど、城から戻って来た時に、アンタは魔女を婆さんと決めつけていた。見たことがないと言っていたのに、すっかり見知っているような口調で。私は魔女に会う前は、若い魔女を想像していたわ」
「そうか、もう少しだったのに」
そう声を絞り出すと、魔物は短剣を手から滑り落として、絶命した。
魔物が消え去ると同時に、ルイがオレの腕の中で脱力した。
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