06 リンバーグ城

その日の夕方。


テヘンが自分の荷物を整理して、三階の部屋を出た。


オレとアムル、バラン、ルイが見送りに立った。


アムルは初め声を押し殺していたが、ついには声を上げて泣き出した。


疲れ切った顔をしていたテヘンも、それを見て笑顔になった。


「ははは、アムル。今生こんじょうの別れじゃないんだから」


アムルにかかっては哀切な別離のようなこのシーンも、テヘンの引っ越し先は城の一階だ。会おうと思えばすぐにでもまた会える。


アムルだけが泣いて、皆が笑った。




「またこの部屋に戻って来れるように精進します」


テヘンが、窓から差し込んでくる夕日の光を浴びて言った。


「待ってるわ」


ルイが明るい声で返す。


「待ってるぞ」


オレも続いた。


「おう」


バランがぶっきら棒に答えた。


アムルはぐじゅぐじゅの目でテヘンを見つめた。




翌日からはまた、レンゲラン城に日常が戻った。


戦闘力が増した第一パーティーは、森の魔物を次々と倒し、レンゲラン国の領土の北半分から、すべての魔物を駆逐した。残るは南半分である。


テヘンは変わらず、初級コースの戦闘員の面倒をよく見た。テヘンの指導は丁寧で分かりやすかったので、駆け出しの戦闘員からの評判はすこぶる良かった。中にはテヘンを兄と慕う者もいた。


人口が増え、事務方のやるべき事も増えたので、アムルの元にも三名の非戦闘員が配属された。

アムルは三名の部下に指示を出しながら、内政業務を遂行していった。




数日後、オレは会議を招集した。


メンバーは、オレ、キジ、アムルと、第一パーティーのバラン、クバル、アイリン、ルイ。


議題は、レンゲラン国南部の平定についてである。


アムルも南方の現状に関しては分からないとのことだったので、事前に騎馬の斥候隊を送り、様子を探らせていた。


今日はその結果を基に検討を行う。


まず、斥候隊を指揮したバランからの報告があった。


「南方を調査した結果、概ね平地が延々と続き、時折森が散在するといった土地柄でした。平地が多いだけあって、魔物密度は高くはありません。北部の平地よりはやや多めですが、北部の森と比べると少ないといった印象です」


ふむふむ。まあ妥当な調査結果と言っていい。


「ですが、一つ驚くべき発見がありました」


バランは一呼吸置いて言った。


「リンバーグの城が現存していたのです」


「何ですって」


一番驚きの声を上げたのはアムルだった。


レンゲラン国には、元々3つの城と8つの町があったという。3つの城の中にそれぞれ城下町があり、それ以外で5つの町があった。


デスゲイロ率いる魔軍によって、レンゲラン城以外は灰燼かいじんに帰したと思われていたが、港町レーベンに続いて、南部の城リンバーグも生き残っていたというのである。




「王様、リンバーグ城があったということは…」


アムルがキラキラした目でこちらを見てきたが、オレにはその理由が分からない。


オレが冴えない顔をしているのを見て、アムルの目が急に曇った。


「王様、まさかリンバーグの城主のこともお忘れになったわけではありませんよね?」


「いやー、その辺りの記憶がどうにも…」


オレが頭を搔くと、アムルはへの字口のままわめいた。


「それはあんまりです。弟ぎみのことまでお忘れになるなんて」


弟! この世界にもオレに弟がいたのか。


だが、もしめでたく面会となったら、それはそれで困るなあ。


さすがに血の繋がった兄弟なら、前の王と別人だということを誤魔化しきれないだろう。




そんな物思いにふけっているオレをよそに、アムルが質問を連発した。


「弟君はご無事なんですか? というか、リンバーグ城を支配しているのは、人ですか?魔物ですか? リンバーグの町は健在ですか?」


問われたバランは、まあまあと両手を前に出して、なだめるような仕草をしてから、


「その辺りの、城壁の中のことについてはまだ分からん。だが、城の周辺には、人の姿も魔物の姿も見られた」


どちらの姿もあったということは、人が支配した城の近くにたまたま魔物がいたか、魔物が支配した城の近くにたまたま人がいたか、のどちらかだろう。


「魔物が支配していると考えて、手を打つべきですな」


キジが進言し、早速、第一パーティーの派遣が決まった。




翌日。


バラン、クバル、アイリン、ルイの第一パーティーが、リンバーグ城に向かった。


移動距離が長いため、騎士のバラン以外は馬車での移動となった。


リンバーグ城の近くに馬車を置き、四人で辺りを警戒しながら、城に近付いていく。


ひとまず、城壁の上や周辺には、何かの影は見られなかった。


なおも近付いていこうとすると、やにわに城門が開いた。


中からダークソルジャーという兵士系の魔物が四体出てきて、交戦となった。




ダークソルジャーは、中級レベルの魔物だったが、バランとクバルが前線で敵の攻撃を受け止めつつ、反撃を行う。


後方から、アイリンが弓矢による間接攻撃を仕掛け、傷ついたメンバーにはルイが回復魔法をかける。


見事な連携で、優位に戦闘を進めた。


と、その時、前線のバランとクバル目掛けて、城壁の上から弓矢が降り注いだ。


それに気付いたバランが、


「クバル、上だ」


と、声を掛け、二人は矢の雨を回避した。


「弓矢を使う魔物か」


クバルが舌打ちをしながら城壁の上を仰ぎ見ると、矢を放っていたのは魔物ではない。人だった。


「なに?」


四人は混乱した。人が魔物を助けて、人を攻撃している。


「どういうことです?」


応射しようと城壁に向かって弓を構えたアイリンだったが、ためらって構えを解いた。


人を射るわけにはいかない。


バランが、よく通る大きな声で呼びかけた。


「我々は、レンゲラン城の者だ。お前たちを魔物の手から助けに来た」


その声は充分届いているはずだが、城壁の射手たちは、なおも矢をつがえて攻撃の手を止めない。


バランも状況の理解が出来なかったが、人が相手である以上、これ以上戦うことも出来ない。レンゲラン城への一時退却を決めた。




第一パーティーの予想外の早い帰還に、レンゲラン城内はざわついた。


前回と同じメンバーで、すぐさま会議が開かれる。


「なんだと? 人と魔物が共同して攻めて来る?」


報告を受けたオレとアムルが顔を見合わせる。


「軍師、これはどういうことだ?」


さすがのキジも、オレの質問に即答できず、黙り込んだ。


やがて、


「おそらくは、魔物によって人が支配されているということでしょう」


重い口を開いた。


「ですが、あまりにも情報が不足していて策も立てられませぬ。ここは誰かが城内に潜入して、情報を集める必要がありますな」


そして、バランに尋ねた。


「城の近くに農場はありましたかな?」


「あったはずだ」


「であれば、農作業に出た町の住人に紛れて、城内に潜入しましょう」




では、誰がその役を務めるか、という話である。


何かあった時のために、やはり戦闘員が良いということになり、第一パーティーの四人に絞られた。


その中では、バランは体格が良すぎて目立つから除外。ルイはおっとりし過ぎていて向かないので、候補から外れた。


かくして、リンバーグ潜入作戦は、農場に出てきた住人が、男性が多ければクバル、女性が多ければアイリンが担当することが決まった。




作戦当日。


柔らかな日差しが降り注ぐ、農作業日和びよりである。


農場のすぐ脇には、農具置き場となっている掘っ立て小屋があった。


クバルとアイリンは、朝からその物陰に身を隠して、時を待った。




日が高くなってきた頃、リンバーグ城から10人余りの人手が出て、農作業が始まった。


物陰からそっと見ると、今日は収穫が主なようで、全員女性だった。


アイリンがクバルの目を見て頷いた。


タイミングを計って、しれっと収穫の輪の中に紛れる。


アイリンも含めて、皆日よけの帽子を被っていたこともあり、まったく怪しまれることなく作業は進んだ。


小一時間の後、用意していたかごが野菜でいっぱいになったところで、収穫作業は終わった。


アイリンは帽子を目深まぶかにして、帰城の列の最後尾についていく。




城壁に近付くと、リンバーグ城の城門が、音を立てて開いた。


門の内側には、左右に二人の門番がいて、じろじろとこちらを見ている。


人数を数えられていたら終わりだと思った。


かすかな抵抗として、なるべく気配を殺して通過しようとする。


その時、門番の一人が声を掛けた。


「おい、最後の女」


前を歩いていた女性たちも、立ち止まって一斉にこちらを見る。


アイリンの鼓動が一気に高まった。


門番がずかずかと歩いて来て、籠の中身を覗き込みながら言った。


「お前が持っているトマトは格別大きいな。ちょっと小腹が空いてしまった。一つ恵んでくれ」


アイリンはほっとして、差し出された男のてのひらに、ちょこんとトマトを乗っけた。軽く会釈すると、早足になるのを必死にこらえて、門を通り抜けた。




それからしばらくも歩かないうちに、女たちは再び立ち止まった。


町の入り口の集荷所のような場所で収穫物を下ろすと、そこで解散となった。


アイリンは、誰にも話しかけられないうちに、急いでその場を離れた。




誰かにつけられていないかを軽く確認した後で、アイリンは帽子を取った。


目の前に賑やかな町並みが続いている。


ぐるりと見渡してみた感じでは、町の大きさは、本来の規模の半分である今のレンゲランの町より少し大きいくらいのようだった。


街道の左右には、様々な店が立ち並んでいる。


店の主人も、商品を物色している客も、行き交う人々も、皆笑顔で生活を謳歌しているように見える。


とても魔物に支配されている町のようには思えなかった。


そもそも、町には魔物の影すら見えない。




町の中心部を抜けて、リンバーグ本城に向かって更に歩いていくと、正面に架け橋があって、その先に城の大きな門が見えてきた。


その門の左右に立っている門番は、町の門番とは違って、人ではなかった。


先日交戦したダークソルジャーの下位に当たる、ボーンソルジャーという骸骨兵士だった。


なるほど。町は人の領域、城は魔物の領域と住み分けているのか、とアイリンは思った。


町にはこうして潜り込めたが、城内に潜入する手立てはあるのだろうか。


ここらで聞き込みに入るか。




事前に軍師キジからは、三つのことを探るように指示されていた。


①町および城内の様子

②人と魔物が共存している場合は、それぞれの目的

③本来の城の主である王弟の安否




誰に話しかけようか辺りを見回していると、広場のような場所で音楽を流しながら、一人の曲芸師が玉乗りの見せ物をしていた。


ピエロのような化粧と衣装で、大きな玉に乗りながら、三つの小さな玉を交互に投げてお手玉をしている。


それを見物している客がまばらにいた。


その中に、気の良さそうな初老の男性がいた。


よし、ここなら周りに人も少ないし、音楽で会話も聞かれづらい。


思い切って「あの」と声を掛けた。


「今日も穏やかな一日ですね。こうして暮らせるのも、今の城主様のおかげでしょうか?」


急に話しかけられた白髪の男は、一瞬目を丸くしたが、すぐに元の優しい垂れた目に戻った。


「ほんに。初めは魔物の女王が支配するとなってどうなることかと思ったが、税金が一切取られなくなって、生活が楽になったわ。人の王の世では、なかなかに大変じゃったて」


そう言って、ワハハとひとしきり笑った。


そうか。人が魔物の支配を受け入れている理由は、税金がないということか。確かに、魔物に金はいらない。


そして、人の王とは、ここではこのリンバーグ城の王ということだろう。つまり、王弟のことだ。


「その人の王は、どうなったのでしたっけ?」


問われた男は小首をかしげた。


「さあ、魔物の女王と入れ替わるように見なくなってしまったんで、食われたか、良くても地下牢に閉じ込められているってとこだろうよ」




アイリンは続いて、城内に立ち入る手立てがないかを探ることにした。


「それはそうと…」と言い掛けて、


「おい、そこの女」


背中から声を掛けられてぎくりとした。


振り向くと、自分と同い年くらいの若い男が、卑しい笑いを浮かべて近付いてきた。


「あんた、この町のもんじゃないね」


いきなり核心を突かれてうろたえかけたが、無理してしらを切る。


「いいえ、私は前から…」


だが、若い男はアイリンの言葉を遮って言った。


「いいや、オレはこの町の女はすべて見て知っている。ましてや、あんたのような美人さんを見逃すはずはねえ」


アイリンは返す言葉を失った。


「どうする? ここで騒いで、あんたを不法侵入で捕まえてもらってもいいが。オレの言うことを聞けば、見逃してやってもいいぜ」


なおも男に詰め寄られ、アイリンは窮地に立たされた。

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