05 剣士の決闘
テヘンとクバルの一騎打ちが決まった翌朝。
オレの執務室に、アムルが走り込んできた。
「王様、テヘンが決闘するというのは本当ですか?」
オレが黙ったまま頷くと、
「王様はそれを許可されたわけですか?」
立て続けに聞いてきた。
オレは困った顔で、
「大丈夫だ。何も殺し合いをするわけではない」
と、なんとか答えた。だが、アムルは首を横に何度も振った。
「そういうことをお聞きしているわけではないんです。テヘンは対人の戦闘が一番苦手です。それを承知でお認めになったかをお聞きしているんです」
オレが答えられないでいると、アムルの両目がウルウルし出した。
だが、いつものように涙ぐむ代わりに、キッとした目でこちらを見た。
「王様はテヘンの性格をよくご存知のはずなのに!」
そう言って、お辞儀もせずにプイッと部屋を出ていってしまった。
オレは、これを心配していた。
今まであんなに仲良くやってきた関係が、音を立てて崩れていく気がした。
一瞬、「やり直し」をしようかとも思った。
第一パーティーの選択で、テヘンではなくクバルを選んでいれば、このような展開にはならなかったはずだ。
しかし、一回目のやり直しのようなどうにもならない事態が、今後も一・二回はあるだろうと思うと、この場でやり直しを消費することは出来なかった。
だが、アムルやテヘンとの関係が、どうしてもこじれて修復できなくなってしまったら、その時は迷わずやり直そう。
決闘前日。
オレはテヘンのことが心配でたまらなくなって、密かに会いに行った。
テヘンは一階の武芸の練習場で、一人汗を流していた。
オレが訪ねて来たのを見ると、テヘンは驚いた様子で、
「王様、いかがなされました?」
いつもと変わらない声で近付いてきた。
「テヘン、すまんな」
オレは、開口一番謝った。
「いやですねえ、王様。それじゃあ、私が負けることが決まっているみたいじゃないですかあ」
「いや、そういうつもりでは…」
オレは焦って、次の言葉が出てこなかった。
「私は負けるつもりはありませんよ。もちろん、対人の戦闘は苦手中の苦手です。ですが、いつまでもそれを苦手にしているわけにもいきません。これは王様が、私が苦手を克服するチャンスを与えてくれたのだと思っています」
屈託のない笑顔で、テヘンはそう言った。
オレは思わず涙ぐみそうになり、慌てて下を向いた。これでは、涙もろい王様になってしまう。
だが、ここで涙を落としたら、テヘンに対して失礼だ。
オレは顔を上げると、精一杯の笑顔を作った。
「明日、オレは立場上、テヘンの応援ばかりはできない。だが、心の中ではお前を応援しておるぞ」
テヘンは周りに誰かいないか見回してから、
「王様がそのようなお気持ちでいられることは、言葉になさらずとも、私には分かっております」
一番の笑顔を見せて、稽古に戻った。
昨日と今日、アムルには城内で一度ずつ出会った。
さすがに王を無視することはなかったが、小さなお辞儀をするのみで、アムルにいつものような弾ける笑顔は見られなかった。
決闘当日。
いよいよ、この日がやって来た。
決闘の場は、城内では建物を破壊する可能性があるので、北の城門を出て少し行った平地に定められた。
城壁側にオレとキジの席が設けられたので、オレは椅子にそわそわと腰掛けた。
その後ろには、噂を聞きつけた町の人々がずらりと並び、
「あの新入り、かなり出来るらしいぞ」
「じゃあ、テヘンさん、不利なのか」
等と、口々に予想を立てながら、成り行きを見守っている。
その視線の先に、二人の剣士が姿を現した。
全身に白亜の鎧・兜を装着したテヘンと、純白にライトブルーの装飾をあしらった鎧・兜を身にまとったクバルである。
そこから少し離れた場所には、テヘン側にアムルとルイが、クバル側にアイリンとダモスが声援を送っている。
ルイとダモスは、本来は怪我の治療にあたる救護班だが、それぞれのセコンドのように両側に分かれている。
まるで、旧勢力と新勢力の対決のようでもあった。
そして、テヘンとクバルの間に、一人の男が歩み寄る。
バランだった。彼はこの試合の立会人を務める。現代で言うと、格闘技のレフリーみたいなものだ。
バランは二人に注意事項の最終確認を行った。
「よいか。目突き、金的、心臓への攻撃は禁止だ。故意に行った場合は反則負けとなる。スキルの開放は認めるが、これは殺し合いではない。重傷を負わせても、とどめを刺してはいけない。万一、相手を殺したら、当然殺人罪に問われる。試合続行が不可能と判断した場合は、オレが勝敗を宣告することがある。何か質問は?」
二人は同時に「ありません」と答えた。
「では、正々堂々と戦え」
バランは言い渡すと、二人から距離を置いた。
テヘンがぐっと前傾姿勢で身構える。
クバルは直立不動のまま、前に剣を構えた。
じりじりと距離が縮まり、最初に動いたのはクバルだった。
力みのない剣さばきで、右から斬り掛かったと思うと、次の瞬間には左から剣が襲い掛かった。
右に左に交互に繰り出される剣撃は、次第に速さを増していく。
テヘンはそのすべてを何とか剣で受け止めるが、だんだん体勢が崩れてきて、最後は後ろにどっと倒れた。
その勢いのままテヘンは後転し、素早く起き上がって体勢を整えた。
だが、剣技では明らかにテヘンが押されている。
もう一度二人の距離が縮まっていき、殺傷圏内に入った。
だが、テヘンからは手が出せない。再び、クバルの猛攻が始まる。
今回もテヘンは防戦一方になり、徐々に体勢が崩れてきた。そして、先ほどと同じように倒れ掛かる。
今度はその隙を狙って、クバルが距離を詰めた。
だが、その倒れ掛かったのは、テヘンの演技だった。
転びそうに見せかけた足を踏ん張って、クバルの胴目掛けて、思い切り剣を横に薙ぎ払った。
虚を突かれたクバルは、何とか剣を縦に構えてその剣撃をかわしたが、少し後ろによろめいた。
「テヘン先輩、そんなこともするんですか?」
クバルが口角を上げて皮肉を言った。
テヘンは小さく笑った。
「剣の速さも技も君の方が上のようだから、オレは勝つためにできることはすべてやる。オレにもプライドはあるし、何より、王様やアムルと少しでも近くで暮らしていたいんだ」
「それが出来るのは、実力のある者だけです」
クバルは言うが早いか、先ほどよりも更に速さを増した剣さばきで襲い掛かった。
だが、テヘンはその速さに次第に慣れていった。これが、テヘンが実戦で培った対応力だ。
今度は、体勢を崩すことなく、すべての剣撃を受け止めた。
「ほお、思ったよりもしぶといですね」
クバルは少し驚いたような表情を浮かべた。
「ですが、私の剣は速さだけではありません。ここに更に重さを増したら、あなたは受け止めることができないでしょう」
クバルはそう言って、剣を振り下ろした。
先ほどと同じ速さに見えた剣撃だが、その重さは段違いだった。
テヘンはグッと声を漏らして、何とか受け止めた。
プロ野球のピッチャーが常人では考えられないスピードでボールを投げることが出来るのは、洗練された体重移動の妙だ。
それと同じく、クバルも滑らかな体重移動によって、重さを増した一撃一撃を見舞ってくる。
数合受け止めたテヘンだったが、遂には止めにいったその剣をはじき返された。
がら空きになった胴に、今度はクバルが横一閃、剣を薙ぎ払った。
硬いはずのテヘンの白亜の鎧は、見事なまでに横にぱっくりと裂かれた。
群衆から「おーー」とどよめきが起こる。
払ったクバルの剣は、刃こぼれさえしていない。
テヘンは、腹の薄皮一枚斬られたが、何とか致命傷は免れた。
その剣撃の
だが、受けていれば勝ち目がないことがこれで分かった。テヘンは覚悟を決めた。
速く重いクバルの剣撃を受け止めつつ、テヘンは前に出た。
危険を承知で、相手との距離を詰めようとする。
テヘンの動きが変わったことに一瞬戸惑ったクバルだが、すぐに「ははん」と頷いた。
お互いどんなスキルを持っているかは、事前に情報を公開している。
テヘンがスキルの発動を狙っているのは明らかだった。
「さすがにあの技を直接受けたらマズいですからねえ」
クバルはそう言って、華麗なステップでテヘンの突進をかわす。
テヘンはクバルにかわされ続けながらも、チャンスを待った。とあるタイミングで、突進すると見せかけて、突然斜めに切り掛かった。
クバルは、かわそうとしていた体を慌ててひねって剣を合わせる。
今度は、斜めに切り掛かると見せて、距離を詰めた。
テヘンはフェイントを織り交ぜながら、じりじりとクバルとの距離を縮めた。
ついに、テヘンのスキルが発動できる間合いに入ると、クバルは初めて焦りを見せた。
追い払おうと反撃に出た剣の振りが、やや大きかった。
テヘンはその一振りをかわすと、更に距離を詰めて、剣先をクバルに向けて水平に寝かせた。
クバルの顔が一気に青ざめた。
テヘンもその表情を見てとった。
だが、それでわずかにスキルの発動が遅れた。
「
テヘンの声より一瞬速く、クバルは両足でテヘンの体を蹴ると、その反動で斜め後方に飛び
テヘンのスキルの波動は、誰もいない正面に突き抜けた。
「危なかった」
起き上がったクバルが、引きつっていた表情をようやく緩めた。
「では次は、私のスキルをお見せしよう」
クバルは、自分の正面で∞の字を描くように、剣を右に左にゆっくり振り回し始めた。
そのスピードがだんだん増していく。
しまいには、目の残像によって∞の字が消えない状態まで加速して、そのままテヘン目掛けて突っ込んできた。
「
テヘンは、高速で回転する剣に巻き込まれないように、自分の剣を柱のように立てて、両腕に精一杯の力を込めて受け止めた。
テヘンの剣にクバルの剣が、カンカンカンカンと何度も音を立ててぶつかる。
その突破力に、テヘンは体ごと後ろに押された。
だが、必死に両腕に力を込めて踏ん張ると、クバルの剣の勢いは次第に衰え、ついには動きが止まった。
「防いだ」
テヘンが安堵した瞬間だった。
「残念。私はスキル2つ持ちだ」
クバルがしゃがみ込み、テヘンの視界から一瞬消えると、剣に光をまとった突きを繰り出した。
「
テヘンの腹部の鎧の裂け目に、寸分
「ぐはあ」
テヘンは吐血して、
「勝負あり」
バランがすぐに試合を止めた。
アムルとルイが、テヘンの元に駆け寄る。
バランがそっと剣を引き抜いた。
ルイが回復魔法を連発する。
出血が止まり、テヘンは
「テヘン、もう無理をしないで」
ルイが叫んだ。
アムルが泣きながらテヘンを抱き締めた。
オレも駆け寄ろうとして腰を浮かしたが、「王の立場でそれは出来ない」と思い直して、腰を再び椅子につけた。
だが、両膝がプルプルと震え出して、それを止めることができなかった。
次の瞬間、オレはテヘンの元に走り出していた。
目の前で友が死にかけたのに、王の立場も何もあるか!
オレが手を握ると、それに気付いたテヘンが、まだ
「また、こんな姿になっちゃいました。私も強くなりたいなあ」
「テヘン、よく頑張ったぞ」
気の利いた言葉が思い付かず、オレはそんなありきたりの言葉しか掛けてやれなかった。
少しして、軍師のキジが歩いて来て、淡々とした口調で言った。
「ではテヘン、落ち着いたら、荷物をまとめて部屋を空けなさい」
「はい」
テヘンはまだ力のこもらない声で返事をした。
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