03 町の復興
魔軍を撃退してから数日後。
オレたちは、会議の間で頭を突き合わせて考えていた。
「オレたち」というのは、オレとアムル、テヘン、バラン、ルイの五人。
「あの男はまた欠席ですか」
バランが吐き捨てるように言った。
「あの男」というのは、軍師キジのこと。「また」というのは、前回の会議も欠席していたからである。
「軍師殿は、今日も寝不足のため、やむを得ず欠席するとのことです」
アムルが報告すると、
「寝不足って、夜中に一体何をしているのかしら?」
ルイが真面目に気にかけた。
それを受けて、アムルとテヘンが加わって、ああじゃない? いや、こうじゃない? と、三人で噂好きの奥様談義のような詮索が始まった。
バランが苦虫を嚙み潰したような顔で、それを見つめている。
バランよ、気持ちは分かるぞ。
確かに、先日の魔軍撃退は、明らかにキジの作戦の功で、我々はヤツの働きによって助けられた。
こちらはまったく負傷者を出さずに撃退したその見事さに、オレもその時はキジを激賞し、バランの2倍の額という俸給金とは別に、ボーナスのような特別報酬まで与えた。
だが、それで調子に乗ってしまったのかも知れない。
歴史上の軍師には、その智謀に加えて、人格者として名を馳せている者も多い。
しかるに我が国の軍師は、頭は切れるが、それ以外がどうもいけない。
オレは一つ大きな咳払いをして、三人のワチャワチャを止めた。
「議題に戻るぞ」
今日の議題というのは、少々難題である。
城壁の建設以降、港町レーベンや他国から、人々が流入してきた。町に建物が建ち始め、活気も呈してきた。このまま右肩上がりで人口が増えていくものと思っていた。
だがその勢いは、あっと言う間に停滞してしまった。ここ数日に至っては、ほぼ横ばいである。
やはり、先日の魔軍襲来が影響している、というのが、ここにいる皆の一致した見立てだ。
「首尾よく撃退しましたが、それよりも百体の魔物に襲撃された町、というイメージの方が広まっているようです」
アムルが口をへの字にしたまま言った。
「魔軍に襲われるような町に、誰も好んで住みたいと思わないですからね」
ルイが苦笑いをする。
このままではマズい。町や国として発展していかないということもあるが、直近の課題として、予想される魔軍襲撃の第二波に対して、迎撃態勢を作っておかなければならない。
それには、ジョブ持ちの戦闘員がもっと欲しいし、軍隊も必要だ。いくら魔物でも、そう何度も落とし穴のような奇策が通じるほど甘くはないだろう。
だから、何につけても、人が入って来てくれなくては困るのだ。
「やはり、国内から魔物を一掃するしかありませんな」
バランが渋い顔で言った。が、それにはまだまだ時間が掛かる。それに…、
「魔軍が魔王の直属軍であれば、今魔王の本拠地となっているタウロッソの国から派兵されているはずです。そうであれば、レンゲラン国内から魔物を駆逐できたとしても、襲撃を
テヘンが、オレの懸念を先に口にした。
オレたちはすっかり行き詰まり、皆で頭を抱えてしまった。
「アムル、キジを叩き起こして、ここに連れて参れ」
仕方ない。気が進まぬが、こうなってはあの男に頼るしかない。
待つことしばし。
アムルが半分おどけたような顔で、会議の間に入ってきた。続いて、頭はボサボサ、明らかに眠り足りない目をしたキジが席に着いた。
「軍師、すまんな。我々だけではどうにも良い案が浮かばぬのだ」
オレはそう言って、暗礁に乗り上げている課題を説明した。
キジはくすりとも笑わずに、不機嫌そうな声で言った。
「やはりそんなことでしたか。そのぐらいのことはここの面々で解決してもらいたいものですな」
バランが怒鳴り出すより先に、オレは言葉を足した。
「いやはや面目ない。どうか軍師の知恵を貸してくれ」
「まあ先日、思いがけぬ報酬も頂いたことですし、そのご恩には報いておきましょう」
キジの目に少し力が宿った。
「人がここに移り住むということは、他の国からわざわざこの国に来るということです」
キジが当たり前の話から始めた。
「そうして欲しいのならば、この国に他の国にはない魅力が必要、ということは言うまでもないでしょう」
言いたいことは分かるが、話の道筋がまだ見えてこない。
「このレンゲラン国にあって、他の国にない物は何ですか?」
いきなりそう問われて、オレたちは困った。
「んー、鉱山ですかね?」
アムルが絞り出したが、
「鉱山なら他の国にもある」と言われて撃沈した。
そもそもレンゲラン国は、魔王の軍勢に破壊の限りを尽くされたので、ほとんど何も残っていない。
「王様がしたためた書」
「バラン将軍の鉄仮面」
「この国の土」
その後も、やけくそでいろいろ言ってみたが、キジが溜め息をつくだけだった。
「では、ヒントを出しましょう。先ほど、他の国にはないと言いましたが、タウロッソの国にはあります。この二国にはあり、他の五国には決してない物」
「ははは、それは魔物しかないですよ」
テヘンが冗談半分に言ったが、キジが「それだ」と言うように指を差した。
「えーー、今は人を引き付ける物の話をしているんじゃないですかあ? 軍師ずるーい」
アムルが両脚をバタバタさせながら、鼻息を荒くした。
「しかし、領土内に魔物が棲んでいる。魔物が襲撃して来ることがある。魔物と遭遇する経験ができるのが、今のレンゲラン国の最大の特徴です」
こいつ、まさか魔物見学ツアーでもおっ始めるのか、と思ったが、それはいくら何でも無理だ。
「それゆえ、人が来なくて困っているのだ」
さすがのオレも、少し落胆混じりの声で言った。が、それを聞いたキジが、得意の高笑いをした。
「物は見方しだいです。弱点だと思っていた物も、実は一番の特徴であることが多い。それは、見方を変えれば強みです」
つまり、つまり、何が言いたいの?
「つまり、魔物がいることで、仕事が得られる人たちがいるではありませんか」
そこで初めてオレは、キジの真意を理解した。
そうか、ジョブ持ちの戦闘員か。確かに、剣士や魔導士と言っても、魔物がいてこそのジョブだ。
テヘンも同時に理解に至ったようだ。
「なるほど。専門職の戦闘員を雇うチャンスというわけですね」
そう言われて、他の三人も一斉に頷いた。
「上級以上の専門職は、さすがに各国の軍隊に組み込まれていると思いますが、中級以下の専門職であれば、普段は代わりの仕事で糧を得ている者も多いはずです。彼らを狙うのです」
キジの舌も滑らかになってきた。
「幸いにも、我が国には中級以下の魔物しかいません。いや、もしかしたら上級の魔物がいるかも知れないし、これから襲来する可能性もある。だが、今までの事実なのだから、堂々と宣伝すればよい。危険な目に遭わずにレベルが上げられるということを、謳い文句にするとよいでしょう」
「それともう一つ」と言って、キジは人差し指を立てた。
「平和な国の中では、専門職でありながら、実戦経験のない者も少なからずいます。そんな彼らに、安全な場所で実戦経験ができる機会を与え、俸給も出すと言えば、心動く者も一人・二人ではないはずです」
「専門職だけではないですよー」
アムルが調子に乗って、キジの口ぶりを真似ながら、追加案を出した。
「特殊なスキルを持っていない一般職でも、力を持て余している者はいるはずです。少し俸給をはずめば、我が国の軍隊に入隊を希望する者もいるでしょう」
今までの停滞が嘘のように、解決策がまとまった。
バランはさすがに、嬉しいような悔しいような微妙な顔をしていた。
ルイは、パチパチパチと音こそ出さないが、胸の前で空拍手をしている。
「さすがは軍師殿」
アムルがそう言って、キジに絡もうと近付いていく。
それを面倒と思ったのか、
「では、私はこれにて」
大きなあくびを一つすると、キジは会議の間を後にした。
残った我々で、それらを早速実行に移した。
各国の新聞に広告を出すと共に、受け入れ態勢を整えた。
専門職で即戦力になる者は、バラン、ルイとパーティーを組み、森の奥に分け入って魔物討伐に参加した。
攻撃力抜群のバランと、回復役のルイがいるので、謳い文句通り、大きな危険なく魔物を倒すことができた。
実戦経験がなかったり、レベルがまだ低い専門職は、テヘンが指導員となり、森の手前の草地で、下級モンスターを相手にした。
時には、事前に生け捕りにしておいた下級モンスターをターゲットに、戦闘練習をさせたりもした。
言ってみれば、上級者コースと初心者コースに、それぞれの担当指導員が付いたサバイバル教室のようなものである。
しかもこの教室、レベルが上がるうえに、参加するのにお金が掛かるどころか、反対にお金がもらえるという至れり尽くせりであった。
新しく入国した者の住まいの
国を挙げての町おこし政策により、レンゲランの人口は一気に増えた。
新加入したジョブ持ちの多くは、レベルがまだ1桁台だったが、サッカーの下部組織のように、ここから将来、国の戦力として活躍する者が出て来るはずだ。
入国した一般職もそれなりにいたので、小規模ながら軍隊を創設することも出来た。
町には、宿屋、食堂、住居の他、武器屋、防具屋、道具屋、娯楽施設などができた。
区画整理して売り出した土地は、その半分近くが埋まった。
行き交う人の数も増え、町全体が賑やかになった。
これは、町の体裁を取り戻したと言っていい。
何もなかったこの国に、城壁ができ、ようやく町ができた。
この町と人を魔物の手から守り抜くことが、国王たるオレの使命だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます