02 魔軍襲来

屋上の展望台には、既に防具を着用したバランとルイが待っていた。


オレはテヘンに導かれるまま、展望台の一番先まで走った。


息つく間もなく見下ろすと、四方を取り囲む城壁の北の一辺に、百体近くもの魔物の群れが、びっしりと押し寄せている。


完成したばかりの城壁を、今にも壊し出しそうな勢いだった。


「いったいどこから湧いてきた?」


オレはただ目を見開いて、状況を受け入れるのが精一杯だった。




「たしか、最近、魔物に占拠された鉱山を解放したばかりでしたな」


遅れて屋上に上がってきたキジが、オレのすぐ後ろに来て声をかけた。


オレが前を見据えたまま、振り向かずに頷くと、


「そこで倒した魔物やボスは、言わば魔王軍の将兵です。そこらで半分野生化した魔物を倒したのとは訳が違う。魔王軍を面と向かって叩いたわけですから、そこから反撃があるのは至極当然。むしろ、その備えを怠ったのであれば、お粗末と言うより他ございません」


そう言って、キジは高笑いした。




この高慢な小汚い男は誰だ、と言わんばかりに、バランがキジを睨みつけた。


険悪な空気を察知してオレは振り返り、キジに皆を、皆にキジを紹介した。


「この男は、今しがた我が国が登用した、軍師のキジだ」


「軍師ですと?」


バランは驚きのあまり、変なところから声を発した。


軍師といえば、将軍である自分よりも統率権が上だ。この降って湧いた、いけ好かない男が、だ。


バランの睨みが更に厳しさを増したこともどこ吹く風で、キジは微笑ほほえんだ。


「ほう、軍師と認めて頂いたのであれば、私に軍の指揮権を委ねられるということですね」


オレは一瞬、石板の着信を待った。だが、着信音は鳴らなかった。


同じ選択でも、強制される時と強制されない時があるが、その違いがだんだん分かってきた。


強制されない時は、大体自分の心の中で答えがほぼ決まっている時だ。




実際、今のオレには、この状況をどうくつがえしていいか分からなかった。


先日と同じ四人パーティーを組んで、魔物を倒していけばいいのか?


だが、ダンジョンと違って、既に城壁の前に押し寄せているあの百体近い魔物たちが、行儀よく順番を待って攻めて来るようには見えなかった。


であれば、自ら軍師と名乗って我が国に乗り込んできたこの男の知略とやらを、今まさに発揮してもらおうではないか。


図らずも、この男の真偽が問われる場面が来たのだ。


「良かろう。そなたに軍の全権を委ねる。見事、この状況を打破してみせよ」


そう言われたキジは、また一つ高笑いした。


「まあ、軍と言えるほどの戦力ではありませんが…」


「なにを!」


キジの小馬鹿にしたような物言いに、バランが食いついたが、


「この作戦は時間が勝負です。今はあなたと言い争っている暇はありません」


キジの方から遮った。そして、すぐに作戦の伝達に入った。


「テヘン」


最初に呼ばれたテヘンは、「はい」と素直に応じた。


「そなたは、すぐに城内の人手を一人でも多く集めてくれ」


「ですが、城内の者は皆、非戦闘員です」


「無論、分かっている。人が集まったら…」


キジは、作戦の核心部分を耳打ちした。


「では、早速」


テヘンは、言うが早いか、階下に姿を消した。




「アムル」


「あ、え、はい」


非戦闘員である自分の名前が次に呼ばれると思っていなかったアムルは、間の抜けた返事をした。


「そなたには用意してもらいたい物がある。城内に在庫はあるな?」


耳打ちされたその物について、アムルは即答した。


「それなら、農具用ということで、処分されずに残っています。20本ほど。でもそれは、武器として使うんですかあ?」


「いや、本来の目的としてだ」


アムルは少し首を傾げたが、一刻の猶予もないことはアムルにも分かっていたので、


「では、準備してきます」と言い残して、その場を去った。




「最後に、バラン将軍」


「なんだ」


バランがとげのある返事をした。


「将軍には、城外に打って出て頂きます」


「単騎でか?」


バランは呆れ笑いのような表情を作ったが、目も口も、それぞれのパーツはまったく笑っていなかった。


「はい。その通りで」


キジの返事を聞いて、バランは一応笑いを模していたその顔を、みるみる険しくした。


「おまえ、オレを殺す気か」


バランがキジの胸ぐらを掴みそうな勢いだったので、オレはさすがに中に入った。


「キジ、いや軍師。バランの武力をもってしても、さすがに百体近くの魔物に一騎では、勝負になるまい」


オレの言葉を、キジは一笑に付した。


「誰も、戦えとは命じていません。将軍には、精一杯逃げて頂きます」


それを聞いて、バランの怒りが爆発した。


「逃げるだとお。はなから逃げるくらいなら、一体でも多くの魔物と、倒れるまで斬り違えてやるわ」


バランの武骨ある言葉にも、キジは一歩も引かなかった。


「いいえ、将軍には是非とも逃げて頂かなくてはなりません。この作戦には、時間が必要なのです。その時間を作り出すことが出来るのは、武力と機動力を兼ね備えたあなただけです。」


そして、最後にこう付け加えた。


「あなたには、その能力を活かして、国を守る責任がある」




バランはキジを改めて見据えた。


「口の減らないヤツだ。国を守る責任を持ち出されては、何も言えぬわ」


命に従う意思を見せたバランに対して、キジは作戦の詳細を伝えた。


「将軍は、東の門より出て頂き、まず右辺の敵を引き付けてもらいます。それから敵を引き連れ、左辺に移動します。左辺で敵を引き付けたら右辺へ。右辺で敵を引き付けたら左辺へ。これを繰り返して、可能な限り時間を稼いで下さい。そして、最後に…」


キジは作戦の最終部分を耳打ちした。


「作戦については了解した。だが、もしお前の机上の空論が失敗に終わって、オレとおまえがまた相まみえる機会があったとしたら、王様が許しても、オレがただではおかんぞ」


迫力のある言葉に、キジは小さく肩をすぼめる素振りを見せた。




バランが階下に降りると、残されたルイがキジに声を掛けた。


「あの、私は何をすればよろしいのでしょうか?」


キジがルイに顔を向けた。


「あなたは回復系の魔導士でしたな。残念ながら、今回の戦いに回復魔法は必要ないのですよ。誰も負傷する予定はありませんもので」


そう言って、高らかに笑った。


「そうですねえ、やることがないのであれば、私の疲れでも癒してもらいましょうか、二人きりで…」


「なんだと」


ルイの代わりにオレが応じた。


「ははは、冗談ですよ。何もそんなにムキになることはありますまい、王様」


心中を見透かされたようで、オレは何も言えなくなった。


自分が安全な場所にいるからといって、こんな非常時に緊張感のないヤツだ。


この作戦が失敗したら、バランでなくても、オレが黙っていない。


まあ、文句が言える状況であってくれればの話だが。


作戦が失敗した時には、この城は再び魔物によって占拠され、再興したばかりのこの国は、また滅亡の憂き目にあうことだろう。




「では、ルイ殿は、初めにテヘンの手伝いをして下さい。それから男手を五人ほど連れて、アムルの所に行って下さい。そこから先、何をすれば良いかは、二人に聞けば分かるでしょう」


「はい、分かりました」


ルイは優等生のような返事をして、急いでテヘンの元に向かった。




「オレの役割は?」


二人きりになった屋上で、オレはキジに尋ねた。


「王様には、これから起こることをしっかりと見て頂きましょう。あ、そういえば一つ、王様にお願いしたいことがございます」




その時、東門よりバランの掛け声が聞こえた。


「開門!」


と同時に、愛馬ロークに騎乗したバランが、ただ一人城外に駆け出した。


バランは、北の城壁の右辺にいる魔物の群れに向かって突っ込んで行き、二・三太刀交わした後、身を翻して城門から離れるように東へ東へ逃げ出した。


城壁に押し寄せていた魔軍の右半分が、一つの塊となってバランを追いかけ始めた。


バランは敵軍が自分に引き寄せられたのを確認すると、ロークを駆って、左辺に大きく迂回していく。


時折、馬の脚にも追い着いてくる獣系の魔物がいたが、バランは後ろを振り向くと、馬上から槍を大きく振りかぶって薙ぎ払った。


左辺に達すると、今度は残っていた左半分の魔物の群れがバランを迎え撃った。


正面と背後に魔物の二つの塊が迫り、挟まれた格好になった。


バランはロークに鞭打つと、二つの塊の隙間を縫って、一転右辺に駆け出す。


追いすがる魔物の手を振り払いながら、バランは塊に飲み込まれる間一髪のところで抜け出した。


そのままロークの背に沿うように身を低くして、疾風の如く大地を駆け抜ける。




城内では、何かの作業が始まっていた。


男たちの威勢のいい掛け声が、テンポよく聞こえてくる。




右辺に逃げたバランを、一つの大きな塊となった魔軍が捕えようと襲い掛かる。


だが、ギリギリまで引き付けてから、それらをあざ笑うように、バランはまた反対方向にするりと駆け出した。


屋上から見ていると、一匹の孤高の魚を、魚群が一つの生命体のようになりながら、時に形を変えつつ追跡しているように映る。


だが、敵が一つの塊にまとまったことで、逆にバランは対処しやすくなったように見えた。


いくつかの小さなまとまりに分かれて取り囲めばいいだろうに。


「お気づきになられましたか?」


キジが後ろから声を掛けた。


「魔物の中には、当然知性のある者もいます。ですが、それはごく少数派です。多くはああして、目の前の敵をひたすら追いかけようとする。そして、いったん集団としてそのような動きになったら、それを変更することはなかなか出来ません。バラン将軍があの魔物たちに捕らわれる心配は、もうないでしょう」


キジが言うように、バランは危なげなく左辺と右辺を往復し、魔軍を翻弄していった。

あとはロークの体力がもつまで、これを繰り返すのみである。


「さて、私は階下の様子を少し見て参ります」


キジはそう言って、屋上にオレだけを残して、下に降りていった。




しばらくしてから、キジが戻ってきた。


「王様、準備が整いました。バラン将軍に合図を」


オレはかねての指示通り、用意していた国の旗を両腕で掲げると、左右に大きく揺らした。


ロークの体力が限界に近付いていたバランは、それを見るや、北の城門に向かって突進した。


それまで城壁の右端から左端まで充分な距離を使って逃げていたのが、その道のりが半分になったためか、魔軍との距離がぐっと縮まったように見えた。


ロークの脚力も間違いなく落ちている。


魔軍がここぞとばかりにバランの背後に殺到する。


キジが北の城門に、開門の指示を与えた。


快活なひづめの音が次第に近付き、北の城門をくぐった。


だが、門を閉ざす間もなく、後続の魔軍もバランと共に城内になだれ込んだ。


旗を振るタイミングが遅かったせいか、魔物との距離が近付きすぎていたのだ。これは計算外だろう。作戦失敗…。


オレはキジの顔を見た。




バランは細長い道を通過して、その道が終わったところでロークの脚を止め、後ろを振り返った。


大きな掛け声がかかり、その道が外された。道に見えたのは、長い敷き板だったのだ。


バランを追ってきた魔物たちが、ドオオオーーーという音と共に、巨大な落とし穴に陥落していく。


後から来る魔物たちも、突進の勢いを急に止めることはできず、次から次へとその落とし穴に落ちた。


遂には、襲来した魔物が一匹残らず穴に収まった。


穴の周りに立った男たちが、一斉に中に油をまく。


テヘンがその中央に、狙い定めて火矢を撃ち込んだ。


穴は一気に火の海となり、中にいた魔物をことごとく焼き尽くした。


魔物たちは断末魔の叫びを残して、雲散霧消した。


後には、アムルが用意したスコップで、皆が急ごしらえで作った巨大な穴が、ぽっかりと口を開けているのみである。


勝利の雄叫びが、城内にこだました。




「見事だ」


オレがキジに声を掛けた。と同時に、


「軍師、すごーい」


駆け上がってきたアムルが、手を叩いて喜んだ。


キジは小さく笑った。


「いえ、他愛のないことです。それでは、私の部屋に案内して頂けますかな」


キジは、急に馴れ馴れしくなったアムルに絡まれながら、城内へと消えた。




階下では、掘った土を穴に戻す作業が始まっていた。勝利の後のせいか、皆疲れていたはずだが、キビキビとした動きである。


今回の魔物は、死と同時に消え去った。ダンジョン内の魔物もそうだった。


どうやら、魔王の息が掛かっている魔物、つまり魔王の魔力が残っている魔物は、いわば純粋な魔物で、そういった物は死して魔力を失うと同時に消え去るようだ。


一方、少し前に「魔物の肉」として話題になったオオウサギなどは、野生化して魔王の力の及ばなくなった物で、それらはいわば半魔物で、死して肉体として残る。


ということは、今回の敵はキジが言ったように、魔王直属の魔物ということである。魔王デスゲイロが、このレンゲラン城に兵をよこしたと言っていい。


今後は、魔王軍の襲来にも、充分備えをしていかなければならない。


オレは改めて気を引き締めた。


それにしても、落とし穴とは、作戦としては初歩的で単純だが、こうもうまくはまるとは…。


魔物に対しての軍師、一般職でありながら、実は最強かも知れない。

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