第二章 飛躍・成長編

01 軍師登場

ハジクら盗賊一味は、城を燃やすという蛮行を犯し、オレから貴重な「やり直し」の権利を一回奪ったが、一つだけ収穫があったとしたら、港町レーベンに関する情報である。


ハジクらの偵察によると、レーベンは魔物による占拠から解放されて、自治が敷かれている状況だという。


もちろん、そこから既に作り話で、連れて来た町の代表者も仕込みだった可能性もある。


だが、魔物たちに占拠されているはずという否定的観測ではなく、「とりあえず様子を見に行ってみよう」と、レーベンへのコンタクトを後押しする効果はあった。




そこで早速、テヘン、バラン、ルイの三人が、レンゲラン城の使者として、レーベンに赴く事になった。


「もし魔物が支配しているようなら、無理をせず、引き返して来るのだぞ」


一つだけ注意点を与えて、オレは三人を送り出した。




翌日。三人は、町の代表者を連れて帰って来た。


小太りでせわせわと動く、あの時と同じ男だ。


盗賊たちもそこまで騙していたわけではないようだ。




そして、あの時と同じように、その者が持参した酒を供して酒宴が開かれた。


やはり、鉱山の流通ルートの商談は、順調にまとまった。


だが、オレは酒を飲んでいるフリをして、一滴も口にしなかった。


今回は盗賊たちが噛んでいないので安全なはずだが、どうしても酔って無防備になる気は起らなかった。


そんなオレの気を知らないで、ぐでぐでに酔ったアムルが絡んでくる。


「王様ーー、こんなめでたい夜に、なに難しい顔してるんですかあ。お酒が足らないんじゃないですかあ?」


そう言って、充分入っているオレの盃に、なおも酒を注ぎ足そうとする。


まるで骨のないイカのように巻き付いてくるアムルを、なんとか両手で押しのけた。


何もないところから一緒に出発したアムルにとっても、今夜は嬉しい限りなのだ。


あんな事さえなければ、オレも一緒に酔いたかった…。




宴が終わり、寝床に着いても、やはり眠りに落ちることは出来なかった。


目を閉じると、燃え盛る城の光景が、デジャブのように思い出される。


ほとんどしっかり眠れないまま、翌日の朝を迎えた。


無事だったか…


眠い目をこすりながら、噛み締めるようにつぶやいた。




ともあれ、鉱山の流通ルートが開かれ、金の安定的供給の道筋が確立した。


食糧と金の安定供給が見込めるようになったということは、国の運営が軌道に乗ったことを意味する。


これは、本当に喜ばしいことだ。




と同時に、港町レーベンや、その先の他国から、人や物がレンゲラン城内に流入するようになった。


オレは、何よりもまず先に、城壁の修復を指示した。


鉱山で得た収入で、石と人手を買い取り、魔物に破壊される前の城壁を再現していった。


潤沢な資金で充分な人手を雇えたため、城壁は日に日に長さを増していき、わずか半月余りで完成を見た。


そして、その城壁の内側では、町の再興計画も動き出していた。


アムルが指揮をして、レンゲラン城と城壁の間の土地を細かく区画整理して、安価で売り出した。


仕事を求めて出稼ぎに来ていた農夫、鉱夫、土工の需要を狙って、また今後の町の人口増加を期待して、すぐにいくつかの土地が売れて、宿屋や食事処の建設ラッシュが始まった。


町には木材が次々と運び込まれ、大工の威勢のいい声と、賑やかな槌音があちらこちらで響いた。


そんな喧騒と活況の中、ある男が町に姿を現した。




「王様、いかがいたしましょう?」


アムルがオレの執務室にせわしなく入って来て、出し抜けに言った。


「町に不審者が現れたので捕らえたのですが、その者がどうしても王様にお目通りをしたいと言って聞かないのです」


「不審者?」


オレの問いに、アムルは眉間の皺を深めながら、


「いや、実際に何かをしでかしたわけではないのですが、身なりがそうとしか見えなかったもので…」


その男の着衣は、どこを引きずり回されて来たのかと思うほど、至るところが土で汚れていて、手足の両袖は擦り切れていて、糸がほつれているらしい。


清新な雰囲気が漂っている町の中になって、その姿は異様そのものだという。


「その者がオレに何の用だろう?」


「士官を求めております」


「士官? 専門職か?」


「それが、よく分からないのです…」


アムルが首を斜めに傾けたまま、


「本人は、軍師と名乗っております」




「軍師…」


そんなジョブは、確かに聞いたことがない。


軍師とは本来、その軍が戦いに勝利するために、作戦・軍略を立案する者のことで、時には将軍や王をも手駒として、軍を統率する。


先に挙げた諸葛亮孔明がその代表格で、日本では、黒田官兵衛や山本勘助が有名である。


その者の知略によって勝敗が決定すると言っても過言ではない。


だが、それは人と人が争う戦国の世の話であって、魔物との戦いで軍師って…。


それに、それは自ら名乗るようなものでもない。




「お会いになられますか?」


アムルが尋ねた瞬間、石板から着信音が聞こえた。




軍師キジの処遇をどうしますか?


   ①登用する      ②追い払う


   制限時間:1時間




「仕官して来た以上、どのような人物か見てみたい。会おう」


アムルは一瞬、意外というような顔をしたが、


「かしこまりました。玉座の間にて待たせておきます」


そう言って、素早く退席した。




10分ほどしてから、オレはおもむろに玉座の間に入り、いつもの如く玉座に鎮座した。


その男は、片膝を突くでもなく、どっかりと足を開いて椅子に腰かけたまま、まるで「遅い」と言わんばかりに、オレを睨みつけた。


ふむう、確かにテヘンやルイの時とは、まるで様子が違う。


「待たせたな」


オレのその言葉には身じろぎもせず、次の


「名は?」


という問いに対して、間髪入れずに即答した。


「キジと申します」


報告の通り、その衣服はボロボロに汚れていた。およそ仕官に来る人間の着衣ではない。

髪は後ろで短く結わえてあり、さすがに聡明そうな顔立ちはしていたが、顎のラインに沿って無精髭も目立った。


一応、敬語は使っているが、無駄なことは一切排除したいという意思が、対応から見てとれる。




こちらが服や髭をじろじろと見ていることが気に障ったのか、発言を許可される前に、向こうから声を掛けてきた。


「王様、一言よろしいでしょうか? そこのお付きの若い方が、何もしていない私をまるで罪人のように扱ったのですが、人を見てくれで判断する、それがこの国の作法ですか?」


「それは…」


アムルが言い掛けたのを手で制して、ひとまずは謝った。


「それは当方の者が、たいへん失礼をした。申し訳ない」


これは、本で読んだか、どこかで知っているシチュエーションだ。


知恵ある者が仕える主君を選ぶ時、わざと汚い身なりをして現れ、その対応を見て主君の器量を測るという。


おそらくこの者も、わざと衣服を破り汚して、近付いて来たに違いない。


まあ、面倒くさいヤツではある。




「今は我が城にも、見知らぬ者が数多く訪ねて来るゆえ、この者の警戒心も上がっておったのだ。許してはくれぬか」


オレはアムルを指差して、再度詫びた。




キジは「分かりました」と言う代わりに押し黙った。


「では、歳を聞こうか」


「27でございます」


なに、同い年か。

無精髭など生やしているから、オレよりもだいぶ年上かと思っていた。


「出身は?」


「それは私の登用に関して、必要な情報でしょうか? 私にはそうは思えませんが。まあ、どうしてもとおっしゃるなら、お答えしますが」


ああ、面倒くさい、面倒くさい。


一言地名を答えれば済むものを…。


だが、こちらも面接のテンプレとして聞いていただけで、確かにどうしても知りたい情報ではない。


聞きたいことだけ聞けばいいのだから、考えてみればこちらとしても楽というものだ。


「分かった。では、本題に入ろう。おぬしは自らを軍師と称しているそうだが、それは専門職か?」


剣士や魔導士といった専門職にはレベルがあり、レベルが上がるとステータスも上がり、次第にスキルも身に着けていく。それが専門職=ジョブ持ちである。


一方、王や従者というのは一般職(一般人の職業)で、レベルもスキルも無い。


そのどちらであるかを問うたのである。


「専門職ではありません。軍師という専門職を聞いたことがありますか?」


じゃあ、一般職というわけね。オレもだんだんイライラしてきた。


だが、そのような心の動きは一切顔には出さずに、


「では、そなたは何が出来るというのか?」




核心の質問に、さすがのキジも少しだけ間を置いた。


「作戦を立案し、策を献上します。それが軍師たる私の役割です」


「では、そなたの作戦に従えば、魔物との戦いも連戦連勝できると?」


その問いに対して、キジは声を上げて笑った。


「私の作戦通りに事が運べば、勝てる見込みは高いでしょう。しかし、戦いには勝ちも負けも付き物。全ての戦いに勝てるか、というのは愚問です」


回りくどい言い方だが、要は自分の逃げ道を作ったということだろう。




この目の前の男を登用すべきか否か。


人材は多いに越したことはないはずだ。だが、コイツを仲間に引き入れて大丈夫だろうか?


オレは結論を出せずに、しばらく黙り込んだ。




沈黙を破って声を掛けて来たのは、またキジの方だった。


「王様、一つ話し合わなければいけないことを忘れておられます。毎月の俸給額の話です。私の希望としましては…」


何を言い出すかと思ったら金の話か。


「なんですと?」


キジから提示された金額を聞いて、アムルが驚きの声を上げた。


金額を聞いてもピンと来てないオレに、声をひそめて伝えてきた。


「バラン将軍の2倍の額です」


「バランの2倍とな」


オレも思わず声を上げていた。バランのこの国への貢献度は計り知れないものがある。


「お前にそれだけの働きができるというのか?」


「それを私に聞かれても困ります。それを判断されるのが王様の役割かと」


キジはそう言って小さく笑った。


その顔に、オレを騙した盗賊ハジクの顔が重なった。




あの件があって以来、オレは人を信じるのが怖くなっている。


だが、これで人を信じなくなってしまったら、あの出来事はきっとマイナスにしかならない。


オレが盗賊たちの罠にまんまとはまってしまったという事実は変えられないが、できればあの出来事をプラスにしたい。


あれから学んだことは、人をたやすく信じるな、ということではない。


自分の都合のいいように全てを見るな、客観的に物事を見ろ、ということである。




オレは改めて、キジの接触の方法や、この面談でのやり取り等、彼の言動を思い起こしていた。


計算高い面はある。そして、何より口が悪い。


だが、ハジクのような影の部分は無い気がした。


行動は計算高いが、自分の思ったことを忖度そんたくなく、相手が王であろうとはっきり言い切るのは、素直といえば素直だ。


力量はまったくの未知数だが、ひとまず登用しても良いのではないかと思った。


それで期待外れだったら、俸給額の高さを理由に解雇しよう。


オレは、①の「登用する」をタップした。


「分かった。その条件で登用しよう」




「王様」


とアムルが言う隙を与えずに、キジが胸の前で、自分の左拳を右のてのひらで押さえて、


「ありがたき幸せ」


と叫んだ。


こうして、口の悪い軍師が、新たに仲間に加わった。




と、その時である。


テヘンが勢い余って転がり込むように、玉座の間に入って来た。


「お、王様。た、大変でございます」


口がうまく回っていないテヘンの様子に、オレとアムルは顔を見合わせて笑った。


こっちは今、大変な選択を終えたばかりだ。これ以上に大変なことなどあろうか。


だが、次の言葉を聞いた瞬間、オレとアムルは立ち上がった。


「魔物の軍勢が大挙して、この城に迫っております」


「なにーー」


オレたちは、屋上の展望台に向かって、一目散に駆け出した。

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