16 盗賊たちの乱舞

銀の鉱山を魔物の手から解放し、国の管轄下に置いた。


管轄下に置いたと言っても、管理組織を常駐させるほどの人的余裕はまだ無い。


今のところ、鉱山の管理は、バラン、テヘン、ルイの三人が、農地から東の森に魔物討伐に向かう前とその帰りの1日2回、鉱山の中の様子を確認する、といった程度に留まっている。


また魔物が棲み着いても困るし、経済的価値が高いため、悪しき思惑を持った人間からも警護しなければならない。




後は、この鉱山を安定的に国の収入に繋げるには、必要なものは2つ。


採掘する人足と、流通ルートである。


それらをどうするか?




そういった検討事項を、まず留守番組のオレとアムルで叩き台を作り、その後会議にかけて正式決定する、というのが最近の手順である。




「鍵を握るのは、港町のレーベンだと思います。」


二人だけの会議で、アムルがオレに進言した。


魔物に占領されてから、レーベンが今どのような状態にあるのかは分からないが、ここが解放されれば、我が国への人口の流入も、他国との貿易も可能になるのではないか、と言うのである。




「では、レーベンに派遣隊を送るとして、その護衛はバラン、テヘン、ルイの三人で大丈夫だろうか?」




オレの問いにアムルは、


「さあ、どれだけ強い魔物がそこを守っているかに依りますので、それはなんとも…。レーベンが重要な拠点という概念は、魔物にあるんでしょうかねえ?」


と、質問返しをして来た。




二人だけではそれ以上話が進展しそうもなかったので、オレは久しぶりに屋上の展望台にアムルを誘った。


ほとんど雲がない真っ青な空が、オレたちを出迎えるように広がっていた。


「今日もいい天気ですねえ」


アムルが思いっきり伸びをする。




オレがこの世界に来てすぐに、アムルとたった二人で見下ろした景色と、見える景色はほとんど変わっていない。


だが、人も徐々に増え、国としての軌道に少しずつ乗り始めている今、あの時よりも空の色が綺麗に見えるのはオレだけだろうか。




そう思いつつアムルに視線を送ると、アムルは遠くに何かを見つけたようで背伸びをした。


「お、皆が帰って来ましたよ」


アムルの視線の先をオレも覗くと、確かに複数の人影が見えた。


「ありゃ」


アムルが変な声を出した。


「人数多くないですか?」


確かに7つの影のはずが、それよりもどうも4つ5つ多く見える。


「きっと新しい仲間が増えたんですよ」


アムルは飛び上がると、待ち切れないというように、城門の方に降りて行った。


オレもアムルを追って、城門の外で彼らの到着を待った。




「あ、王様。ちょうど良いところに」


テヘンがオレたちを見つけて、遠くから声を掛けた。


一体どんな仲間だろうか? それにしても急な展開だ。


オレは常日頃持ち歩くようにしている石板の画面を確認した。


やはり、新着メッセージは来てないようなので、新しい選択イベントでもないらしい。


だが、近付いて見ると、新しく増えた人員が仲間とは違うことが分かった。


彼らの両腕に縄が掛かっていたからである。


「こやつら、鉱山から鉱物を盗み出そうとしていた不届き者にございます」


バランが馬から降りて報告した。


盗賊、ということか。


他の者が縄を掛けられてうつむいているのに対し、先頭の男だけは背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いている。


この男が盗賊のかしらだな。


それにしても、鉱山が魔物に占拠されているうちは、近付こうともしなかったはずだ。鉱山から魔物が一掃されたことをもう嗅ぎつけるとは…


「お前たち、鉱山から魔物がいなくなったことを、どこから聞いた?」


オレは、頭の斜め前に立って尋ねた。


頭の男は、オレとは目を合わさず、前だけを見て答えた。


「私たちには独自の情報網があるのです」


抑揚のない、平坦な声だった。


「王様、私たちは何も取っておりません。鉱山の中にいただけで、こちらの御人ごじんに捕らえられたのです。どうかお許しください」


男の願い出に、バランが大声で一喝した。


「だまれ、盗みを働こうとしていたのは明白。お前たちは牢に入れられるべき人間だ」




その言葉を聞いて、頭の男が初めてこちらと目を合わせた。


「ならば、私一人が牢に入りましょう。この者らには家族がおります。皆生きていくために仕方なくこの家業に手を出している者ばかり。この者らは放免ください」


さすがは頭を張るだけある。なかなか男気があるヤツだ。


「もし私もお助け頂けるのであれば、私はこれからは王様のために働きましょう」


そう言って、両目を伏せた。




ここで石板から着信音が鳴った。


盗賊たちへの処遇を選んでください。


   ①全員を助ける      ②全員を牢に入れる


   制限時間:30分




ふむう、確かに盗みは許しがたい行為だ。


だが、この男には見どころがある。


この落ち着いたたたずまい、仲間のために自分が犠牲になる義侠心…。只者ではない。


そこで、オレはある事に気が付いた。


たしか、ジョブに盗賊ってあったよな。試しに聞いてみた。


「そなた、レベルは?」


「35でございます」


やはり、ジョブ持ちか。しかも中堅どころ。


こいつが仲間に加われば、遂に専門職だけで四人パーティーが組める。




だが、オレははやる気持ちをいったん落ち着けた。


まあ、待て。盗賊を配下に加える是非はどうか。


誰だったか忘れたが、昔中国の英雄に、様々な職種の、様々な一芸を持った配下を抱えている人物がいた。

その人物が敵地で危機に陥った時に、一番役に立たないと思われていた、犬の真似がうまい盗人と、鳥の鳴き真似しかできない男の活躍で、その危機を脱する事ができた。

その二人を配下に加えようとした時、他の配下は皆反対したが、その活躍以降、皆納得したという逸話がある。




英雄とは、様々なタイプの人間を傍らに置き、適材適所でその長所を生かす人物、ということが言えるだろう。


であれば、盗賊を配下に加えることに、何の問題もない。




「盗賊を仲間に加えるなど、あり得ないことでございます」


「盗人猛々しいとはこのことです」


気付けば、オレの周りでバランやテヘンが盛んに言上している。


まさに、その逸話と同じシチュエーションではないか。


バランたちを納得させるには、やはりこの者らに手柄が必要だ。




「勝手に鉱山に立ち入った罪は償ってもらわなければならない。そこで早速だが、お前たちにレーベンという港町の様子を探って来て欲しい。どのような魔物がいるか分からぬが、出来るか?」


「お安い御用でございます」


その返事を受けて、オレは①の全員を助ける、を選択した。


「そなたの名をまだ聞いていなかった」


「ハジクと申します」


男は恭しく頭を下げた。




盗賊たちの行動は早かった。


翌日には、港町レーベンに向かって出立し、その翌日には情報を持って帰ってきた。


「王様、レーベンは以前は魔物に占拠されていましたが、魔物の主力軍が北のタウロッソ侵攻に移ったのを機に、他国に逃れていた一部の者たちが義勇軍を結成し、奪還に成功しておりました」


「なんと」


「今は彼らだけで町の自治を行い、船も日に何度か就航するようになったそうでございます」


てっきり、魔物が巣食う状態を想定していたが、ここと時を同じくして、人間の反転攻勢が始まっているようだった。


「であれば、早急にレーベンに使者を送り、連携を深めるとしよう」


そこでハジクは、したり顔を決め込んだ。


「そうおっしゃられると思い、町の代表の者に、こちらに同行してもらいました」


ハジクが声を掛けると、小太りの男が玉座の間に小走りに入って来て、深々と一礼した。


気が利く。ハジクと言う男は、頭の切れる男だ。




急遽、その夜はレーベンの代表を歓待する宴が催された。


その男は、手土産に酒樽を持参していた。


有難く、宴の場でその酒が振る舞われる。


レンゲラン城が再興してこの方、酒が食卓に上るのは初めてである。


和やかな宴の席の中で、鉱山の流通ルートの商談もとんとん拍子に進んだ。


現実世界でも、酒を好んでたしなむ方ではなかったが、今日の酒はうまい。格別だ。




ほろ酔いですっかり上機嫌のオレの元に、ハジクが顔を出した。


「王様、我々一同は、本来このような華やかな場に居て良い人間ではありません。お先に退出をさせて頂きます」


「何を言うか。今回の一番の手柄はおぬしらぞ。主役がいなくていかがする?」


「命を助けて頂いただけで、我々には充分な恩賞でございます」


引き止めるオレを丁重に断って、彼らは退出した。


進退もわきまえている。盗賊という職種にこだわっていれば、オレは逸材を逃すところだった。




宴も盛況を呈して終わり、オレは心地よい酔いの中で、三階の自室に戻って眠りに就いた。


今日は幾重にも成果があった。


良い夢も見られそうだ…。




その夜中。


オレは、ふと目を覚ました。


いや、叩き起こされたのだ。


アムルが血相を変えて、何かを叫んでいる。


寝起きのため、まだ状況がしっかり掴めていない。


らちが明かないと思ったのか、アムルはオレを部屋の外に連れ出した。


そこで初めて異変に気付いた。




城が燃えている…。




と同時に、アムルの喚き声がようやく言葉としてオレの中に入ってきた。


「王様、火事です。一階から出火しました」


「なに、厨房の火の不始末か?」


アムルは素早く首を横に振った。


「あいつらが火を付けたのです。火が回る前に確認しましたが、一階の倉庫の鍵が破られ、中の金や食糧や道具類、すべてが持ち出されました」


そう言って、アムルは声を上げて泣いた。


この場合、泣き虫のアムルでなくても、泣いてしかるべき場面だ。


あいつらというのは、ハジクたち盗賊の一味か。


オレは頭が真っ白になった。




しばらく動かなくなったオレを、アムルが揺り動かした。


そうだ、ともかくここから逃げ出さなければならない。


階段に走ったが、一階で燃え広がった火は、既に二階をも飲み込んでいた。


炎が吹き上げて、とても下に降りられる状態ではない。


オレたちはやむなく、屋上に逃れた。




階下のあちこちで、ゴオーーという炎の音と、何かが崩れ落ちる音が聞こえていた。


「他の皆は?」


アムルは肩を落としたまま答えた。


「分かりません…」


見上げると、夜空に月が冷たく浮かんでいる。




資源も城も仲間も、一瞬にしてすべてを失った。


すまん、オレの選択ミスだ。


人を簡単に信じてしまったのが間違いだった…。




ここに来る前にかろうじて部屋から持ち出した石板を手に取った。


こうなった以上、やり直しを選択するしかない。


やり直しをしたい時は… の項目をタップする。




どの選択をやり直しますか?


という質問とともに、これまでの選択項目が発生した順番に列挙された。




オレは、一番下の「盗賊たちへの処遇を選んでください。」を選んだ。


やり直し(1回目)を実行します。よろしいですか?


   ①はい      ②いいえ




オレは力なく「はい」をタップした。




時間が瞬時に巻き戻り、オレの目の前に捕らわれたハジクの姿があった。


そのハジクが、こちらに目を合わせる。


「ならば、私一人が牢に入りましょう。この者らには家族がおります。皆生きていくために仕方なくこの家業に手を出している者ばかり。この者らは放免ください」


「もし私もお助け頂けるのであれば、私はこれからは王様のために働きましょう」




こいつ、よくも抜け抜けと。


思わず怒りがこみ上げてきた。


すべて計算ずくだったのか。それとも、この時の気持ちは本当で、城のお宝を目にした時に盗賊の本性に戻ったのか。




考えてみたら、オレはあの時、すべてを自分が思いたいように、自分の都合がいいように見ていた。


オレが愚かだったのだ。




「盗みを働くは許しがたい。全員を牢に閉じ込めよ」


オレの言葉に、バラン以下が「かしこまりました」と答えた。


「王様」


ハジクの声に背を向けて、オレは城の中へと戻った。

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