15 白銀の洞窟 後編
ラスボスの部屋の前で、オレたちは最終確認を行った。
バラン 馬を失った騎士 レベル51 スキル使用可能回数2回
テヘン 剣士 レベル17 スキル使用可能回数1回
ルイ 回復魔導士 レベル13 魔法使用可能回数1回
王様 道具使い(自称) レベル無し スキル無し
残る道具は、
回復薬 6
消麻痺薬 4
万能薬 1
石板 1
虎の紋章 1
道具は、オレが回復薬6、消麻痺薬1、万能薬1、石板1、虎の紋章1を持ち、残りの消麻痺薬3をルイが持つことにした。
これでいよいよ、最終決戦に臨む準備が整った。
オレたち四人は、バランを先頭に、白い光を放つ祭壇に近付いていった。
祭壇の四隅には、四つの大きな炎がボッボッと揺らめいている。
祭壇に入ると、空気がビリビリと震えて、耳が痛いようだった。
その中央まで来た時、
ウオオオオオオオーーー
というけたたましい雄叫びとともに、戦闘に突入した。
ラスボス:サーベルキング
現れたのは、サーベルタイガーよりも二回りも大きな、精悍な魔獣だった。
二本の牙は大きく鋭く、両腕もアンバランスなほど肥大していた。
全身を総毛立てて、こちらを威嚇してくる。
まさに、ラスボスと呼ぶにふさわしい迫力だ。
第1ターン
まず先手を取ったのは、サーベルキングだった。
太い右腕から鋭い爪を覗かせ、バランに襲い掛かった。
バランはその攻撃をよけ切れず、まともに食らった。
そして、その直後、身動き一つしなくなった。
一瞬、即死かと思ったが、まだ体力は半分近く残っている。
サーベルキングの爪には、麻痺付与の特性もあるようだった。
オレたちは、初手からつまずいた。
バランの攻撃は麻痺によってキャンセルされ、ルイの消麻痺薬1と、オレの回復薬1を消費した。
こちらの攻めとしては、テヘンの通常攻撃がわずかに当たっただけだった。
「手強いですね」
テヘンが誰に言うともなく呟いた。
第2ターン
今度は先制したのはバランだった。
これが恐らく最後のバトルになるので、スキルを温存しておく必要はない。
また麻痺を食らって動けなくなる前に、バランはスキルを発動させた。
「
高速で繰り出される槍の突きを受けて、サーベルキングは後ろにのけぞったが、四本の足に力を込めて踏ん張った。
次にサーベルキングの標的になったのはオレだった。
左手一閃で、大ダメージと麻痺を食らう。
ここでも、ルイの消麻痺薬1と、オレの回復薬2を消費させられた。
テヘンが通常攻撃で一矢報いた。
第3ターン
今回も先制はバラン。
惜しみなく、最後のスキルを見舞う。
サーベルキングは今度は踏ん張れず、後ろに吹き飛んで地面に叩きつけられたが、身を翻してすぐに起き上がった。
起き上がった反動を利用して、サーベルキングはバランに飛び掛かり、その胴体を捕らえる。
鋭い牙が鎧を貫通して、体に食い込んでいるようだった。
さすがのバランも大ダメージを負う。
更に牙の攻撃は、麻痺と毒の効果を同時に付与した。
オレが万能薬で両方のステータス異常を一気に消し去り、ルイの魔法で体力を回復した。
バランのスキル二回と、テヘンの通常攻撃三回を受けても、サーベルキングはまだ瀕死状態になる素振りもなかった。
バランのスキルも、ルイの回復魔法も使い果たした。
残るは、テヘンのスキルのみ。
前回、
第4ターン
バランが先行した。
だが、スキルはもう使い果たしている。槍を繰り出し、通常攻撃を与えた。
続いてゲージが溜まったのは、テヘンだった。テヘンのゲージの溜まり具合は、他の人よりランダム要素が大きいようだ。
そして、テヘンはこのタイミングを待っていた。
バランの攻撃のすぐ後に、自分の攻撃権が来るこのタイミングを。
テヘンは、バランの背後についた。
そして、バランが引くと同時に、バランの攻撃を受けてまだ体勢が不充分なサーベルキングとの距離を一気に詰めた。
テヘンも戦いを重ねていく中で、距離の詰め方が上手くなっている。
剣の切っ先をサーベルキングの喉元に定めると、更に相手に向かって踏み込んで、スキルを発動した。
「
だが、命の危機を感じたサーベルキングも、己のすべての力を一瞬の瞬発力に代えて身を翻した。
テヘンのスキルの衝撃波は、半分はサーベルキングを捉え、半分は空を切って後ろの石壁に当たった。
与えられたダメージは半分。
相手が受け止めた衝撃と抜けた衝撃があったため、テヘンはスキルを撃った後、大きくバランスを崩して転倒した。
サーベルキングは額から血を流しながら、怒り狂ったように反撃に出た。
地に伏しているテヘン目掛けて、その凶暴な顎を全開にして襲い掛かる。
テヘンの体を鎧ごと
「ぐはぁ」
放り出されたテヘンは、瀕死の重傷を負うとともに、麻痺と毒のステータス異常を受けた。
ルイが消麻痺薬を使い、オレが回復薬2個を使用した。毒は解除できないが、仕方あるまい。
これで、パーティー全員のスキルを使い果たした。あと出来るのは通常攻撃だけである。
残ったアイテムも、オレが持つ回復薬1、消麻痺薬1、石板1、虎の紋章1のみとなった。
ここで考えなければいけないのは、相手をあと何ターンで倒せるか、ということである。
サーベルキングの様子を見ると、出血はしているものの、瀕死状態の手前である、肩で息をする、脚を引きずるといった予兆はまだ見られない。
バランとテヘンの通常攻撃だけなら、少なくとも次のターンで仕留めることは無理だろう。良くてその次のターン。
だが、それ以上長引くようであれば、体力回復も麻痺解除も手段がなくなり、こちらに勝ち目はない。
あと2ターンで決めなければ負ける。
オレとしては、石板の「やり直し」を使うタイミングも判断しなければならない。
どの道具をいつ誰に使うのか、オレの判断が勝敗を分けるだろう。
第5ターン
今度の先制は、サーベルキングだった。
跳躍力を活かして宙に舞い上がり、巨大な右手を振り下ろした先はオレだった。
防御力の高い鎧のおかげで即死は免れたが、オレは大ダメージと麻痺を食らった。
なんとか助かった…。
けど、あれ、消麻痺薬を持ってるのはオレだけだろ?
ってことは、この麻痺、誰も解除できないじゃないか。
その状況は、他の三人にも分かっていた。
ゲージが溜まったバランもテヘンも、オレを救う手段は持ち合わせていない。
バランとテヘンが順番に、全力で通常攻撃を行った。
この大事な最終局面で、オレは何も出来なくなった。
そして、そう、石板の「やり直し」も出来なくなった。万一の場合の救済手段もなくなった。
ルイのゲージが溜まった。
ルイは悲しそうな顔でオレを見た。だが、その顔に少し笑みが浮かんだ。
右手をかざすと、魔法を唱えた。
え、まだスキルポイント残ってたんか?
次の瞬間、オレの麻痺が解除されていた。
何がどうしたのか、状況が掴めないオレに、ルイは戦場とは思えないルンルンした口調で言った。
「実は、さっきのレベルアップで私、新しい魔法を覚えたようなんです。一人のステータス異常を解除する魔法。回復魔法よりスキルポイントが少なくて済むので、使えちゃいました」
おー、かわいいだけじゃなくて、頼りになるじゃないかーー。
ここで、オレのゲージが溜まった。
麻痺が解除された後に溜まったので、行動ができる。
石板の着信音が鳴った。
このターンで、どのアイテムを使う?
①回復薬 ②石板 ③虎の紋章
制限時間:2分
お、初の三択か。
オレの手元に残ったアイテムのうち、どれを使うかの選択だ。
制限時間2分は短すぎるが、今はリアルタイムバトルの最中だ。これでも時間を取ってくれた方だろう。
選択肢を順に見ていく。
まず回復薬。オレは麻痺を解除してもらったとはいえ、体力はほとんど残っていない。これを自分に使うのが普通の考えだ。
石板は、この戦闘に勝ち目がないと考え、やり直しを選択することになる。
最後の虎の紋章は、どんな効果があるかが不明だが、攻撃系のバフ(数値上昇)であることに賭け、勝負に出る。
先ほども考えたが、次のターンで勝負を決めないと、かなり危うい。
例えば回復薬を自分に使ったとする。だが、回復薬1つでは、オレの体力は全快には届かない。ここで回復薬を使っても、オレがあと一撃で殺られる危険は変わらないということになる。
であれば、回復薬を使っても意味はないか。
残り1分
そうなると、石板か、虎の紋章か。
安全を取るか、勝負に出るか、である。
オレは改めて目の前のサーベルキングを睨みつける。
サーベルキングは小刻みに四肢を動かしながら、ゲージが溜まるのを待っている。
その右の後ろ脚を引きずっていることに気付いた。
アイツの体力も、後もう少しのところまで追い込んでいる。
勝負に出てマズイことになるのは、サーベルキングに攻撃権が回った時に、オレが標的になった場合である。
そうなったら、今のオレの体力では、サーベルキングの通常攻撃でも受け止めることはできないだろう。
だが、サーベルキングに全体攻撃は無さそうなので、オレが標的になるのは確率論的には1/4である。
それに、虎の紋章のバフを受けたバランが、先行して仕留めてくれる可能性も少なからずある。
オレ以外の誰かが大ダメージと麻痺を食らったら、その時に石板を使うという判断をしても遅くはない。
これは、勝算の高い賭けだ。
残り10秒。
オレは腹を決めた。③の虎の紋章をタップした。
画面に「誰に使いますか?」と表示された。
①バラン ②テヘン ③ルイ ④王様
味方が対象ということは、やはり攻撃系バフの可能性が高い。
オレは迷わず①バランを選択した。
虎の紋章が光を放って浮かび上がり、勝手にバランの頭上へと移動していく。
バランの全身がその光に包まれた。
オレはすぐに、石板の道具一覧の画面を呼び出した。
使用したアイテムの効果が表示されているはずだ。
虎の紋章の欄に、今までになかったリンクが貼られていた。
それをタップすると、詳細画面に飛んだ。
虎の紋章:味方一人の1ターンの攻撃力を2倍にします。
来たーーー。バランの2倍の通常攻撃なら、きっとサーベルキングを仕留められる。
第6ターン
さあ来い、バラン。先制してヤツを仕留めよ。
オレは心の中で念じていた。
そして、真っ先に動いたのは…
サーベルキングだった。
くっ、まあいい。オレ以外の仲間だったら、なんとか受け止められるはずだ。
サーベルキングが咆哮しながら飛び掛かった先は、オレだった。
え、それだけはマズい。
確率論は、しょせん確率論だった。
オレは1/4の外れくじを、見事に引き当ててしまった。
サーベルキングの恐ろしい形相が、スローモーションのように間近まで迫ってくる。
これはもう、防ぐ手段が何もない。
サーベルキングが、自分の顔の倍はあろうかという、巨大な右手を振りかざした。
鋭い5本の爪が、斜め頭上から降り注ぐ。
終わった。オレの人生…
観念して目を閉じた。
ガスッ
硬い物が当たる音がした。
オレのすぐ前で。
え、と思って目を開いた。
白い鎧が、オレの目の前にあった。
そのまま白い鎧の主が、ぐったりとオレにもたれかかる。
テヘンだった。
「へへへ、王様。剣士が防御すると、一定の確率で味方への攻撃を身代わりできるんです」
そう言い残すと、テヘンは支えようとしたオレの手から滑り落ちるように、地面に倒れた。
「テヘン!」
オレとバランが同時に叫んだ。ルイは胸の前で両手をぐっと握り締めた。
バランのゲージが溜まった。
「この野郎ーー」
サーベルキングの背中に、バランは渾身の力を込めて、槍を突き立てた。
虎の紋章によって倍増されたバランの攻撃力に、サーベルキングは耐えられなかった。
断末魔の悲鳴を上げてひれ伏すと、霧のように消え去った。
オレたちは、すぐにテヘンの生死を確認した。
わずかに息があった。
オレは最後の回復薬をテヘンに振りかけた。
「王様…」
意識を取り戻したテヘンを、オレは強く抱き締めた。
ギリギリの戦いの末、
資金源となる銀の鉱山を手に入れた。
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