11 兄弟げんかの選択

翌日。


昨夜はルイの歓迎の宴で遅くなったせいか、やや寝坊した。


皆は朝食を食べ終えて、これからそれぞれの仕事に出るところだった。


ルイはさっそく、テヘンとバランと共に、魔物討伐の一員になることが、昨日の時点で決まっていた。


まだ駆け出しとはいえ、回復系魔導士が加わることにより、パーティーの安全度は高まり、討伐のペースは上がることだろう。


と同時に、ルイにとってはちょうど良い実戦経験の場となるはずだ。


たくさん経験を積んで、レベルが早く上がっていくといい。




オレが見送りに立つと、ルイが「行って参ります」と、やや緊張した面持ちで挨拶した。


隣のテヘンとは歳も近く、同じカンナバル出身の同郷ということで、既に打ち解けている雰囲気が出ている。


テヘン、あまり仲良くなり過ぎるなよ…。


そんなつもりはなかったが、オレがテヘンの顔をじっと睨んでいたようで、


「あの、王様。私に何かおっしゃりたいことでも…」


そう言われて、


「いや、ルイを頼む。無事で行って来てくれ」


慌てて誤魔化した。




夕刻前。皆が無事、帰城した。


労をねぎらおうと、オレも部屋を出て、階下に降りていく。


さすがに人数が増えたので、一階が賑やかだと思ったが、どうも様子がおかしい。


賑やかというよりは、騒々しい。


一階に降りてみると、アムルがテヘンに向かって、何かをわめいていた。


「オレは譲らないよ」


アムルが珍しく、というか初めてではないだろうか、語気を荒げている。


「オレだって、折れるつもりはない」


テヘンも負けずに立ち向かっている。


あれだけ仲の良い二人がどうしたのか?




二人の間には、仲裁に入ったルイが、二人の顔を交互に見ながら、困った様子でオロオロしている。


バランは少し距離を置いたところから、冷ややかな視線を送っていた。




これは、もしかしたら、色恋沙汰か。


ルイは、傾国の美女というやつか。


(傾国の美女とは、国王が骨抜きになって政治を投げ出したり、その女性をめぐる内輪揉めなどが起こるなどして、国に危機をもたらすほどの美人さん、という意味である)


オレはとんだ火種を自国に持ち込んでしまったのかも知れない。




と思ったが、そうではなかった。


「これこれ、どうした?」


オレが声を掛けると、二人は揃って姿勢を正したが、アムルが先にブー垂れ顔で説明した。


「テヘンが、狩ってきたオオウサギを、夕食のおかずに食べようと言うんです」


「魔物を食べるだなんて…」


と付け加えた。


対してテヘンは、


「カンナバルでは、普通に魔物の肉も売られて、食べていました。頭が固いのはアムルの方です」


と反論した。


その後も、王の面前も構わず、ギャーギャーと水掛け論を繰り返した。




その時、肌身離さず持ち歩いていた石板から、着信音が鳴った。


二人を脇目に、画面を開く。




どちらかを選択してください。


   ①アムルの味方をする      ②テヘンの味方をする


   制限時間:1時間




ちょっと驚いた。こんな選択もあるのか。


それにしても、どちらかの味方につかないといけないというのは、結構面倒くさい。


味方につかないとすねるのはアムルの方か。テヘンの方が聞き分けがいいかも知れない。


まるで兄弟げんかだな、と思った。


聞き分けのいい兄テヘンと、自分の感情をぶちまける弟アムル。親として、どちらの味方になればいいのか。


オレは、お前たちの親になった覚えはないのだが…。




しばらく考えたが、今回は正解の道筋がさっぱり分からなかった。


実は、今までで一番難しい選択じゃないだろうか。


しかも、こういう細かいところから人間関係の亀裂は生じかねないので、適当に答えを出すわけにもいかない。




そこで、オレは少し角度を変えて、問題を捉えることにした。


問題文を読み替えてみたのである。


どちらかの味方につくという論点のうちは、どちらについても、しこりが残ることになる。


だから、二人の主張である、魔物の肉を食べるのか、食べないのか。

これで考えた方が結論が出る気がした。


ただ、それもどちらがいいのかすぐには判断できないので、ひとまず情報を収集することにした。




他の皆にも意見を聞いて回ると、こうなった。


賛成派 テヘン バラン ドグム サン


反対派 アムル ルイ タニ クナ




まず、反対派の意見の骨格は、やはり感情的なものだ。


とりわけ、魔物に人一倍苦しめられてきたアムルにとって、その肉をおいしく食すというのは、考えられないことだった。


ルイは、確かにカンナバルでは周りに食べている人はいたが、自分は食べる気にならないと語った。


他の二人も、わざわざ食べるものじゃない、と顔をしかめた。


レンゲラン国は、こうなる前は魔物と縁遠い生活をしていたので、魔物食の文化が元々ない、というのも大きな要因だった。




それに対して、賛成派の意見としては、


テヘンは、オオウサギの肉と普通の兎の肉は変わらないと言うし、バランも北の山での野良生活で、何の躊躇もなく魔物の肉を食べていたと言う。バランにとっては、むしろ主食でさえあったようだ。


料理長とサンはレンゲランの出身だが、調理の研修の際に、普通に魔物を捌いて、試食もしたことがあるので、抵抗はまったく無いとのことだった。




反対派の者に、内緒でそっと食べさせてみるのは一つの手だ。


夕食の献立の兎の肉に、オオウサギの肉も秘密で混ぜ込む。


食べさせてから、ほら大丈夫でしょ、と説得する。


タマネギやニンジンが嫌いな子供に、それと分からないくらい細かく刻んで入れた料理を食べさせるのと同じ手法である。


だが、もしそれをされたら、騙されたと思う者もいるだろうなと思い、その案は保留した。




オレは、テヘンに尋ねてみた。


「どうしてカンナバルでは、伝統的に魔物食が根付いているのだろう?」


テヘンは少し考えたが、カンナバルは豊かな国で、良くも悪くも様々な物が流通しているから、その一環だろうと言った。


「それに、カンナバルでは、専門の施設で消毒をしてから卸しています。魔物は肉体が冒されているのではなく、精神が冒されているので、死んで精神から切り離された時点で、肉体はただの肉の塊になります。だから、消毒なんて本当は必要ないんですが、そこはやっぱりイメージですかねえ」


と説明してくれた。




それだ。


実際に食べた者が平気なのだから、食して問題はないのだろう。食糧が乏しい現在の我が国にとっては、その解決にも繋がる。


だが、それを実行するには準備が要る。




結論が出たオレは、一同を会議の間に集めた。


「それでは、魔物の肉をどう扱うかについて、我が国の立場を決めたいと思う」


そう言って、②のテヘンの味方をする、を選択した。




「魔物の肉を食べて問題ないことは、既に証明されているようなので、レンゲラン国としてもそれを否定するものではない。いずれはわが国でも、流通させたいと考えている」


「どうせ、王様には私の気持ちは分かりませんよ」


とむくれるアムルをなだめながら続けた。


「だが、それは、消毒施設などの準備が整ってからの話である。今は食卓に魔物の肉を上げることはない」




賛成派は自分たちの意見が通ったと捉え、反対派は給食のように無理やり食べさせられることがないと分かってほっとした。


アムルもテヘンも、それで納得してくれたようである。




一件落着。

なんとか正解を選べたようだ。




しかし、なんだか気を使ってぐったりした。


兄弟げんかの仲裁は、なかなか大変だ。


オレにも、けんかばかりしていた弟がいたが、うちの親もさぞかし気苦労をしていたのだろう。

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