09 国としての胎動
翌日。
また、バランに会いに行くと言ったオレに、アムルは口を尖らせた。
「王様が二度も臣下の元に足を運ぶ必要はありません。私が説得してここに連れて参ります」
「できるのか?」
オレは少し意地悪く質問した。
昨日の様子では、それは到底できない相談だ。
アムルもぐっと言葉に詰まって、黙ってしまった。
アムルにとっても、バランはちょっと苦手なタイプらしい。
王様が二度も臣下の元に足を運ぶ、か。
その言葉を聞いて、オレはある事を思い出した。
オレは生前、いや転生前、いろいろなゲームを遊んできたが、三国志のキャラを扱うゲームは多かった。
何事もその世界観にどっぷり浸かることが好きなオレは、ゲームきっかけで三国志の世界にけっこう詳しくなった。
三顧の礼、という言葉がある。
君主の劉備が、名軍師の諸葛亮孔明を臣下に招き入れる時の話。
まだ若く何の実績もない孔明の自宅を、劉備自らが三度に渡って訪問し、その誠実さに感激した孔明が、後に軍師として大活躍するという、超有名なエピソードである。
オレは、これをやる。
既に一回は訪問したから、あと二回足を運べば、「王様自らそこまで…」と、あの感情を出さない男も感激して、幕下に入るという寸法だ。
わめくアムルをなだめて、道中の護衛にテヘンも伴って、三人でまた北の山を目指した。
再び面会したバランは、相変わらずの無表情だった。
「心は決まりましたか?」
オレの問いに対して、バランは黙って首を横に振った。
「そうですか。ではまた来ます」
あまりにあっけなく引き下がるオレを、アムルとテヘンが両側から見た。いや、睨んだ。
いいのだ。今回は消化試合。次が本番だ。
バランの方も、あの手この手で説得されると思っていたのか、丸い目をしてオレを見た。
感情が動いている。
「あなたが首を縦に振るまで、何度でも訪れましょう」
うん、これは決まった。このセリフは相手に刺さった感触がある。
次は確定枠だな。
短くはない道のりを何度も歩かされて、ぶーぶー文句を言うアムルの言動も、オレはまったく気にならなかった。
なにせ、明日にはまた新しい戦力が仲間になる。しかも、かなり強い。
翌日。
三顧の礼の本番当日。
オレはウキウキで、アムルとテヘンと共に、三度バランと対面した。
「私には、あなたの力がどうしても必要だ。心を決めてくれ」
バランは、オレの顔と王族の衣装を交互にじっと見つめていたが、やがて重い口を開いた。
「あなたはオレの知っている王とはまるで違う。王族にもお前のような者はいなかった。いったい何者だ?」
予想外のバランの態度に、オレは言葉を失った。
だが、この反応が本来は普通なのかも知れない。
「王様に向かって、その態度はさすがに行き過ぎでしょう」
立ち上がったアムルに、バランは冷静な口調で言った。
「お前が言う王様の顔をよく見てみろ。オレたちが仕えてきた王様とは別人だろ? それとも、オレたちが知らない間に王位継承がされたのか?
小僧、お前はこの男に騙されているのだ」
アムルが改めて、オレの顔をじっと見る。
まずい。オレが本物の王でないことがバレる。
というか、それだけ顔形が違うなら、なぜアムルはオレを王と認めたのか?
オレの顔を凝視した挙げ句、アムルはバランに向き直った。
「このお方は、我々の王様です。」
バランが口を挟もうとするより前に、アムルは続けた。
「確かに、風貌は少し変わられましたが、このお方は、魔物に捉われていた私の手錠を外して、私を助けてくださいました。自分が襲われるかも知れないのに、です」
「それに、この国を再興するために、私がいなければ困ると言ってくださいました。王様は常に、自分の身を顧みず、共に戦ってくださった。私には分かります。この方は本気でこの国の再興を望んでいるのだと」
「それは、お前にとっての王様、ということだろう? 国王は、誰か一人の国王ではなく、皆のための国王でなければならない」
アムルは軽く頷いた。
「では、あなたに食糧を届けていたサンという女性が、今どこに住んでいるかご存知ですか?」
バランは少し不思議そうな顔をした。
「レンゲラン城の三階の部屋です。そこがどんな場所かは、あなたならお分かりでしょう。そう、本来は、王族か、国を代表する大臣級の方しか泊まれない場所です」
バランは一点を凝視して、アムルの話を聞いていた。
「一階の衛兵室をあてがおうとした私を叱って、三階に住まわせる命を出されたのはこの方です。そのような方が国王にふさわしくないとお思いですか? もし、そう思われるなら、それはそれで構いません。あなたは一人でこの山で生きていけばよろしい」
しばらく沈黙が続いた。
バランが初めて、フッと短く笑った。
「その話はすべて誠だな?」
「はい」と頷くアムル。
バランがオレの目の前に来て、片膝をついた。
「王様、これまでの非礼、お許しください。このバラン、身命に代えてお仕えいたします」
そう言って、深々と頭を下げた。
オレは、バランの手を握った。
ずいぶんと持ち上げられて、こそばゆい気分この上ないが、無事強力な味方を手に入れることが出来た。
アムルよ、いつも助けられているのは、オレの方だ。
その夜は、昨日から二夜連続の歓迎の宴となった。
北の悪魔と呼んでいた側と呼ばれていた側が、同じ食卓を囲んだ。
「まったく旦那も人が悪い。一言声を掛けてもらえれば、お互い協力もできたでしょうに…」
「仮面を付けていた理由が、人と話すのが苦手だったからとは…」
バランは「すまん」と頭を掻くばかりだった。
確かにコミュニケーションが取れていれば、いらぬ悪名を付けられずに済んだはずだ。
我が国二人目のジョブ持ちは、戦闘力抜群のレベル50の騎士であり、コミュ障の(コミュニケーションが苦手な)騎士でもあった。
宴の翌日。
オレとアムルとテヘンとバランの四人は、二階の会議の間に集った。
これからは、国の施策や方針は、ここで合議の末、決めていくことにしたのだ。
まあ、合議といっても、アムルとテヘンは相変わらずきゃっきゃっとじゃれ合っているし、それをバランが遠目で何も言わずに見ているといった様子で、意見を戦わせるといったようなものではなかった。
会議のお題は、バランの戦闘力を今後どう生かしていくかということ。
北の山もかつては魔物が
だから、たまに山の麓から魔物が上がって来ることはあるが、基本的には北の山はバランの制圧下にあって、平和な領域となっていた。
それと同じように、東の森も西の森も南の平野も、そこから魔物を追い出し、国土の安全を確保していこう、という話になった。
まず手始めに、バランとテヘンが組んで南の平野を見て回り、何頭かの下級モンスターを倒して、あっという間に平定した。
それを受けて、南の平野の旧農地の開墾を、アムルが提案した。
川の滋養をふんだんに含んだその土地は、農地として最適で、規模も今の仮の農地と比べればはるかに大きい。
収穫量が飛躍的にアップするはずである。
以前の人員では時期尚早と判断した案件だが、今なら可能と言うのである。
農作業要員のタニとクナに加えて、料理長のドグムとサンも農作業を手伝うことになった。
朝、ドグムとサンは朝食と一緒に、昼用の簡単な弁当を六人分作る。
朝食を食べた後に、その弁当を持ち、四人と護衛のバランとテヘンが、南の平野の農地に一斉に赴く。
そこから、四人は農作業、バランとテヘンは東の森に魔物の討伐に向かう。
日が傾き始めた頃、再びバランとテヘンの護衛により、皆城に戻る。
城に戻ってからは、ドグムとサンは夕食の準備。タニとクナは城下の農地の世話を行う。
一気にやれることが増えて、皆大忙しだった。
アムルは城の雑務を一手に引き受けて、これもまた忙しそうに朝から晩まで動き回っている。
オレだけが一人、手持ち無沙汰になった。
今までは人がいなかったので、オレ自身もほとんどすべての行動に関わっていた。
しかし、これが本来の王の役割なのかも知れない。
やることが無いというのは、案外苦痛なものだな。
だが、それよりも、国の土台を作る歯車が、ようやく回転を始めたように思えて嬉しい。
そういえば、もう一つ会議で決まったことがあった。
それは、バランの呼び方である。
「どうお呼びしたらいいのでしょう?」と、アムルが言い出した。
呼び捨てはできないし、バランさん、バラン殿も違う。
以前はどう呼んでいたか聞くと、バラン騎兵長と。
「ですが、今は騎兵隊は編成されていません。騎兵隊がないのに騎兵長はおかしいのでは」
と首を傾げるのである。
当のバランは、そういう話題の中心にいるのがいかにも苦手だというように、落ち着かない素振りをしている。
細かいことのようだが、まあ確かに呼び方は大事だ。
オレ自身も、立場的には当然、バランと呼び捨てにして一向構わないのだが、年上で
前の会社でも、タメ口で気やすく話せる先輩と、絶対それは出来ない先輩とがいた。バランは完全に後者の方である。
オレも気の利いた呼び方が欲しい。
そう考えて、けっこうあっさり思い付いた。
「将軍、で良いのでは…」
意外にも、この世界では将軍という呼称は使われていなかったようだ。
「将軍。バラン将軍」
アムルは、それだと言わんばかりに両手を打った。
テヘンも、いいですねとしきりに頷く。
「テヘンはまだまだ将軍という感じではないね」
アムルが吹き出しながら言った。
確かに、テヘンにはまだ馴染まない言葉だ。
「いつかそう呼べる日が来るのかなあ」
アムルは、テヘン将軍、テヘン将軍と、わざと言ってからかった。
そんなやり取りを見ながら、オレは少し胸が熱くなった。
優柔不断な王と、涙もろい従者で始まったこの国に、優しすぎる剣士と、コミュ障の騎士が加わった。
いや、必死に決断している王と、純粋で情熱的な従者と、味方思いの剣士と、独断力のある騎士、である。
まだ胎動を始めたばかりだが、この先、もっと豊かで人材あふれる国にしてみせる。
改めてそう心に誓った。
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