08 北の悪魔

昨日、いろいろなことがあったので、今日は寝起きから何をするでもなく、うだうだと時間を過ごした。


充電というか、メリハリが必要なタイプだ。


王がそんな体たらくの間、テヘンは昨日に続き、農地の警備に当たり、アムルは昨日手に入れたアイテムを、倉庫に整理する作業を行っていたようだ。


働き者の臣下を持って、余は幸せである。




さて、そろそろログインボーナスの時間だ。


初日に剣士テヘンをゲットしたが、二日目は資源のバフ(強化)にとどまった。今日もあまり期待はしていなかったが…、




ログインボーナス 3日目


次のどちらかのアイテムが手に入ります。


   ①獅子の紋章      ②虎の紋章


   制限時間:30分


※次のログインボーナスは、7日後です。




ついに、訳の分からないアイテムだけになってしまった。

何に使えるかの情報は一切ない。

どちらも猛獣だから、戦闘アイテムだとしたら、攻撃力のバフに関係する物だろうか?

だが、ライオンとトラなら、たいした差はあるまい。


しかも、次のログインボーナスは7日後と来た。


ボーナスの間隔も、今後ますます長くなっていくことだろう。

最初だけ奮発するパターンね。

ログインボーナスはもう、あてにしない方がいいかも…。


初日に神とあがめし運営を、今はケチ扱いしている自分がいる。




まったく情報が無い以上、これはもう自分の好みでしかない。


ライオンは百獣の王と言われているが、オレの中では怠惰なイメージ(特にオス)しかない。

それに小さい頃読んだ動物の本には、もし一対一で戦ったらライオンよりもトラの方が強い、といった記述があったのを覚えている。


それ以来、オレはトラ派(そんな派閥は無いと思うが…)なのである。


以上のような理由から、オレは右の虎の紋章を手に入れた。




しかし、その日。

ログインボーナスとは違う形で、オレは新たな味方を手に入れることになる。




前触れもなく、城門に四人の民が現れた。


アムルがオレの指示を仰ぎ、早速開門して、彼らを中に招き入れた。


四人は男女二人ずつで、男の一人はかつてこの城内で料理人をやっていたという。

残りの三人は、この城下町がまだ繁栄していた頃の町の住人だった。


四人は前王が出した隣国への避難命令にも、他国へ渡る気がどうしても起こらず、この国に残る決断をした。

北の山の麓の小さな洞窟で、今まで魔物の目を避けながら協力して暮らしきたらしい。


それが先日の貼り紙を目にして、急いでこの城に戻って来たというのだ。




命懸けで貼り紙をした甲斐があった。


ログインボーナスなどに頼らずとも、した努力は報われる。


何でもやってみるものだなと、オレは心の中で思った。




オレたちはその場で話し合い、料理人だった男と一人の女を調理担当に、残りの男女には農作業を担当してもらうことにした。




その夜、新たな仲間の歓迎会が、ささやかながら開かれた。


自分の歓迎会の料理をいきおい作る羽目になった男は、


「また料理が作れるなんて、嬉しいかぎりです」


と言って、快く引き受けてくれた。


農地を警備していたはずのテヘンが、少し足を伸ばして、野生のイノシシを数頭狩って来てくれたので、料理が格段に豪華になった。




城の大食堂で、王と一緒に食事をすると聞いた時には、さすがに四人は目を丸くしていた。


だが、人間は慣れる生き物だ。


テヘンの時と同様、初めこそ恐縮し切りだった四人も、途中からは笑いながら食事をとるようになった。


こちらとしても、食事は楽しい方がいいに決まっている。


それに、王と言ったって、中身は職を失ってやけを起こしていた情けない男だ。何も苦しゅうはない。




それにしても、美味い。


アムルの料理も心が籠っていて有り難かったが、そこはプロとアマの腕の違いだ。


しかも二日ぶりの肉料理だったので、自然とテンションが上がる。




「お前たち以外にも、この辺りにまだレンゲランの民は身を隠しているのだろうか?」


食卓を囲みながら、オレが尋ねてみた。


四人は一斉に首を横に振る。


「私たち以外に人を見かけたことはございません」




であれば、このまま待てば自然と人口が増えていく、というウマい話ではなさそうだ。


アムルが、残念と言うように、わざとらしい溜め息をつく。




「そういえばもう一人、我々が暮らしていた洞窟よりも高い、北の山の中腹に、鉄仮面の騎士がいました」


「いや、あれは魔物ではないか。人ではない」


「ですが、私は魔物に襲われている時に、その者から助けられました」


「魔物が共に争うことだってあるだろうさ」


「オレもそいつに出会ったことがあるが、人の言葉を話せもしないし、理解している様子もなかった」


「人か魔物か分からない不気味な存在だったので、私たちは北の悪魔と呼んでいました」




それまで一様の態度だった四人が、その話になると途端に意見が分かれた。


「魔物か英雄か」


アムルが少しおどけて言った。




確かに、人型の魔物などいくらでもいる。


魔物だったら、他の魔物を倒すぐらいだから中級以上か。どうも手強そうだ。


でも人間だったら、強力な戦力になるかも知れない。


もう少し情報を集めたら、探りに行ってみよう。




宴もたけなわとなったところで、アムルが、


「今日はこの辺りで…」


と、仕切りに入る。


オレが頷くのを見ると、四人の方に向き直った。


「それでは皆さんの寝室は、城内の一階にご用意してあります。元は衛兵の詰所だったところですが、今は個室待遇で使い放題です。町が復興されるまで、そちらをお使いください」


四人は内心気掛かりだったのだろうが、城内で寝れると聞いて安堵の表情を浮かべた。


アムルも満足そうな笑みを湛えたが、オレは合点がいかなかった。


「三階の部屋がまだ空いておろう」


それを聞いて、アムルが焦った。


「いや、しかし、そこは本来、王族かそれに準ずる地位の者しか泊まれない場所でございます」




しかし、オレが勧めたからではあるが、アムルとテヘンはオレの左右の部屋に寝泊まりしている。

二人と彼らの差はどこにあるのか、と問いただした。


「それは…、私は王直属の従者、テヘンは専門職の戦闘員ですから…」


「職業で区別するというのなら、本来の決まり通り、お前たちも一階に寝泊まりするがよい。オレは、お前たちが王直属の従者、専門職の戦闘員だから三階に泊めている訳ではないのだぞ。」


オレは初めて、アムルに厳しい口調で言った。


アムルは返す言葉もなく、すっかりしょんぼりしてしまった。


「かしこまりました。彼らを三階の部屋に案内いたします」


少し可哀想なことをしたなと思いつつ、オレは小さく頷いた。




それから数日間は、平穏な日々が続いた。


皆、それぞれの役割が身に着いてきて、国(と言っても、まだ城内とその周辺だけだが)としての日常といったものが、少しずつ形作られているような気がした。


そんな中、アムルだけが一人、朝から珍しくイライラしていた。


それは、数日前にオレから叱責を受けたから、ではない。


「どうした?」と聞くと、


「食糧が、ここ最近毎日、一人分ずつ余計に減っているんです」と答えた。


食糧の管理は、アムルの役割だ。




「調理で多めに作っているんじゃないか?」


とオレは呑気に推測したが、毎回の調理の前に、アムルが人数分の食材を計って倉庫から運び出しているそうで、それはないということだった。


たった一人分の食糧で気を使わせるとは…


まだまだオレの甲斐性が足りなくて申し訳ない。


金や食糧の資源のことで、心配することのない国に早くしたいものだ。




その場にいてもオレに出来ることは無さそうなので、


「まあ、そんなに気にするな」


気休めにならない言葉を掛けて立ち去った。




その夜。


オレがかわやに起きて、自分の部屋を出ると、夜中のはずなのに、アムルとテヘンが何かを見張っている。


テヘンに至っては、兜こそまだ横に置いていたが、それ以外の防具はフル装備だ。


「どうした?」


と声を掛けようとするのを、慌てて制された。


「王様。起こしてしまい、申し訳ありません」


アムルが声をひそめて耳元で言った。




改めて状況を聞く間もなく、三階の一室の扉がそろりと開いた。


出て来たのは、調理担当となった、サンという女だ。


サンは、さっと辺りを見回すと、足音を忍ばせて階段を降りていった。


一階の倉庫に向かったのを確認すると、オレたちも静かに一階に降り、手頃な空き部屋の中に入って待機した(その間に、オレは本来の用を足して来た)。




待つことしばし。


ちょうど一人分の食材が入っているであろう袋を抱えて、サンが出て来た。


そのまま、城門に向かう。


いや、女手一つで城門を開けることなんて無理っしょ、と思っていると、


サンは抱えた袋をいったん下ろし、太いかんぬきの下にすっと何かを垂らした。


油か。

調理用の油を少し拝借して来たに違いない。


かんぬきを時間をかけて押し込んで、片側の扉の分まで抜くと、その扉の下にも油をまいた。


全体重をかけて少しずつ少しずつ押していき、わずかな隙間ができると、そこからするりと外に出た。




その手際の良さに、オレたちはただただ呆気に取られていたが、我に返ってその後を追う。


人間、やる気になれば何でもできるものだな。


不謹慎ではあるが、オレは心の中で感心していた。




それにしても、この辺りの魔物の数は減っているとはいえ、夜活動する魔物もいるだろう。

また、野生の動物に出会っても、危険に陥るはずだった。


そんな危険を顧みず、サンは脇目も振らずただ前に走っていく。




門のところで「王様はお残りください」と二人に言われたが、サンがどこに向かうかの予測は、おそらく二人と同じだ。


であれば、オレも是非とも同行したい。




サンは、北の山の麓を抜け、中腹まで一気に走り抜いた。


山道が少し平坦になった先に、大きな洞窟があった。


洞窟の奥が松明で灯されている。




サンは、洞窟の中には入らず、その入り口に持って来た芋や野菜を並べると、


「命を助けて頂いたご恩は忘れません。一生かけて報いて参ります」


そう小声でつぶやくと、引き返そうとして、オレたちの姿を見つけた。




「気持ちは分からないでもないですが、それは私たちみんなの食糧です。あなただけの物ではありません」


アムルが先頭に立って声を掛けた。


サンは、「すみません、すみません」とただ小声で繰り返した。


「あなたに危険な目をさせてまで食糧を運ばせるなど、やはりこの中にいるのは魔物ですか?」


「そんな…。これは私が勝手にしていることです」


二人のやり取りに緊張感が増す。




そんな外の騒ぎを聞きつけて、洞窟の中で馬が一声いなないた。


次の瞬間、洞窟からぬっと黒い影が飛び出して来た。


黒毛の馬にまたがり、鉄仮面と漆黒の鎧を身に着けたその姿は、まさに異形だ。


松明の逆光と月明りに照らされて、夜の闇の中でもその黒さは際立っている。




身の危険を感じて、テヘンが身構えた。


白亜の鎧と漆黒の鎧が対峙したと思ったのは一瞬だった。


手にした槍の切っ先が月明りに閃いたと思うや、次にはテヘンのすぐ間近まで黒い影は迫っていた。


槍の斬撃はかろうじて剣で受け止めたものの、その突進でテヘンは10メートルも後ろに吹き飛ばされた。




強い…。相手になっていない。




次に、鉄仮面の視線はアムルに向けられた。


ほぼ丸腰のアムルなら、ただの一撃でやられてしまうぞ。


「アムル、逃げるんだ」


オレは、声の限りに叫んだ。


だが、アムルは足がすくんでしまったのか、身動き一つしない。




オレは、この時になってようやく、自分の大失態に気付いた。


例の石板を持って来ていない…。


そもそも寝起きからの流れで来ているので、白い寝間着のままだった。




やり直しが効かない。




鉄仮面が槍を頭上に高く振り上げた瞬間、アムルが優しい言葉を口にした。


「ずいぶん大きくなったね。キミだったか、ローク。私を覚えているかい?」




子供扱い?


オレは、アムルが頭がおかしくなったとしか思えなかった。


大きくなったにしても、これはいかつくなり過ぎだろう。




アムルが言葉を掛けた相手は、馬上ではなく、黒毛の馬だった。


その声とロークという名前に反応して、今まであれだけいきり立っていた馬が、甘えたようにアムルに顔を摺り寄せる。


アムルも嬉しそうに顔を撫でながら、「私が世話をしていたのを覚えていたんだね」と続けた。




「ということは、あなたはバラン騎兵長ですね?」


馬上の男はそう言われて、仮面を脱いだ。


中から、強面こわおもての顔が姿を現す。仮面を付けていた時よりも、かえって凄味が増した気がする。


「小僧か」


今度は言い返されて、アムルが少しすねた声を出した。


「小僧はもうやめてください。私には、アムルというれっきとした名前があるんですから」


笑いを誘ったつもりだったのだろうが、馬上の男はぴくりとも笑わなかった。




吹き飛ばされたテヘンが、頭を振りながらこちらに戻って来た。


アムルはオレたち二人に、その男の略歴を紹介してくれた。




バラン騎兵長。年齢は30台半ばらしい。


レンゲラン国の強騎兵は有名だったようだが、その騎兵隊を束ねる四人の騎兵長の一人。


攻撃の素早さは、その四人の中でも随一だったようだ。


レンゲラン国の軍が崩壊してからは、他国に移らず、北の山に籠って単独行動をして来たらしい。




「我が国の幕僚であったのであれば、これからは是非とも、レンゲラン国の再興に力を貸してください」


「貼り紙を見ませんでしたか?」


そう付け加えてもみたが、バランは寝間着のままのオレを、いぶかしげに見るだけで返事をしなかった。


アムルと正反対で、極端に言葉と表情が少ない男だ。




まあ、仕方がないか。


オレも恥ずかしかったし、寝間着の男に言われるような話でもなかろう。




「今日はこれで引き返します。明るい時にまた来ますので、その時返事を頂ければ」


そう言い残して、オレたち三人はいったん下山した。

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