07 王の秘密

テヘンが警戒しながら、少し身をかがめて太陽の顔を覗き込んだ。


アムルが後ろから身を乗り出して、


「目の辺りを触ってみたら」とか「口の中に手を入れてみたら」と、勝手なアドバイスを送っている。


テヘンは、鎧の籠手こて越しに、言われるがままに太陽の顔をいろいろな方法で触ってみたり、「口に穴なんかないよお」と答えたりしていた。


しばらく経っても何事も起こらないので、二人の緊張感は次第に解けてきている。


オレも、よく見ようと、太陽の顔の正面に立って近付いていった。




間近まで来ると、ちょうど真横にある壁の松明が、王族の金と赤の衣装を両側から照らした。


その照り返しを受けて、太陽の顔がだいだい色に染まっていく。


そして、太陽の色に染まり切った瞬間、ゴゴゴゴゴーーと大きな石がずれ動く音が鳴り響いた。


正面の石壁が、太陽の顔を真っ二つに分けるように、左右に開いていく。


そこにまた、先へ続く新たな道ができた。




現代で言えば、顔人称システムのようなものだ。


王族だけが着ることを許される衣装に反応して、ドアのロックが解除される仕組みになっている。


オレは魅入られたように、前に足を踏み入れていった。


五・六歩歩いたところで、オレの背後で左右に開いたはずの石壁が、またもとのように閉まっていく。


それが思ったより速い動きだったので、テヘンもアムルもこちらに駆け出そうとしたが、間に合わなかった。


後ろを振り向いた時には、「王様ーーー」という二人の声と姿を一瞬残して、オレたちは巨大な石壁に分け隔てられてしまった。


あの二人のことだから、壁の向こうでオレのことを呼び叫んでいるに違いない。オレも二人の名を呼んでみたが、石壁は寸分も隙間を与えていないのか、その返事も聞こえて来なかった。




オレは、完全に一人取り残された格好になった。


この世界に来て、しばらくぶりにたった一人になってみると、急に心細さが押し寄せた。


ここで魔物に襲われたら一巻の終わり…。




だが、後ろに戻れない以上、道を前に進むしかなかった。


覚悟を決めると、四方に目を配りながら、そろそろと足を進める。


しばらく行くと、右手の壁に、先程と同じ太陽の顔の彫刻が現れた。


その口から、低い声が漏れた。


「王よ。そなたは真の王か?」


え、なに?


彫刻がしゃべったことにまず驚いたので、言葉の意味が入って来なかった。


太陽の顔は、会話は求めていないようで、自分のペースで話し続ける。


「そなたが真の王かを、今一度確認させてもらいたい。なに、簡単な質問だよ。真の王たるそなたの名を聞かせてくれ。ただし、答えは一度だけだ」


そう言い終わると、辺りが小刻みに震え始めた。


見ると、左右の壁が少しずつオレの方に迫ってきている。




なに、なに、なに。


まあ、つまり、二段階のセキュリティーシステムということだろう。


さっきのは顔人称で、今度のはパスワードだ。


それにしても、言い間違えたら壁に押し潰されるなんて、どんだけ危険なセキュリティーコードなんだ。


いや、そんな余計なことを考えている暇はない。




名前といっても、オレの本名ではダメだろう。タカサキ コウタがパスワードになっているとは到底思えない。


王としての名。


少し考えて、オレは顔から血の気が引くのを覚えた。


そういえば、オレは王としての自分の名を知らない…。


オレは一体、何王だ?


ルイ。チャールズ。ダメだ、それは現実世界の王だ。


アムルやテヘンとの会話を必死に思い出す。




いや、ダメだ。あいつらは常にオレを「王様」としか呼んでいなかった。


なんて気の利かないヤツらだ。




オレの部屋や城内に、オレの名を刻んだものはなかったか?


ダメだ、思い出せない。




せめてアムルが隣にいれば、変だと思われるのと引き換えに、自分の名前を聞けたのに。


なんでこんな時に限って、オレは一人なんだ。




気付けば、左右の壁は、肩幅のすぐ近くまで迫っていた。


そこでハッと気付いて、慌てて石板の画面を見た。


石が動いている音に搔き消されたが、着信が届いているかも知れない。


二択になっていれば、可能性はある。


だが、選択メールは届いていなかった。


こんな時こその選択だろうが…。




ならば、と選択のやり直しを一回消費して、この危機から逃れようとした瞬間、迫って来た壁に手が当たって、オレは大事な石板を落としてしまった。


慌てて足元の石板を拾って立ち上がったが、その時には狭い隙間に沿うように、横にしか向けない体勢になっていた。


左手一本では、石板を掴むのが精いっぱいで、画面の操作ができない。

右手は、左手の方に回せない状態だった。




そんな…


元に戻ってやり直すこともできない。


オレは、このまま押し潰されて死ぬのか。


まだこの世界で何もしていない、何もしていないのに…




石壁がもう目と鼻の先まで迫ったその時、


ぎりぎりのところで、左右の石の動きが止まった。


「真の王には、華やかな名などいらぬ。いいだろう」


太陽の顔がそう告げると、石壁は両側に引いていった。




どうやら、すんでのところで命は助かったようだ。


その時は訳が分からなかったが、後々になって考えてみると、あの机の中にあったメモだと分かった。


つまり、名を語らないのが正解。

無言を貫くのがパスワードだったのだ。


外見だけ王に似せた者を拒む仕組み。


オレはたまたま本当に王の名を知らなかったので、運良く難を逃れたが、知らずに王の名を口にした偽装者は、圧死する運命を辿るに違いない。




入り口を塞いでいた石壁も開放されたようで、アムルとテヘンが大声で叫びながら駆け寄ってきた。


アムルはもう泣き出していた。


「王様、ご無事で…」


まだ半ば放心状態のオレに、二人は抱きついた。




感動の再会を果たしたオレたちは、少し落ち着いてから、また元の三人縦隊を組んで前に歩き出した。


石壁の通路が途絶えて、ようやく広く開放的な空間に出た。


そこは、大きく2つの部屋に分かれていた。


1つの部屋には、机とソファがあり、壁には何枚もの絵画が飾られていた。


天井には、星々をかたどった彫刻が見える。


これは、一体誰のための物だろう?


王の別荘のようにも見える。




もう1つの部屋は、いわば宝物庫だった。


いくつもの宝箱が輝くその光景に、オレたちは思わず歓喜の声をあげた。


一つ一つ開けていくと、中から金や、回復薬などの戦闘に役立つ道具が出てきた。


回復薬は本来、店でも買えるはずだが、道具屋がまだ無いこの城においては、貴重な代物と言える。


中には、すべてのステータス異常を全回復できる万能薬というレア物もあった。


「これ、どうします?」


目を輝かせるアムルとテヘンに、オレは口角を上げて言った。


「ありがたく頂いていこう」


かしこまりました、と言うのも忘れて、二人は腰に巻いていた道具袋を広げると、夢中で宝箱の中身を入れていった。




そんな二人を横目に、オレは中でもひときわ大きな宝箱の前に立った。


この中には何が入っているのだろう?


大きな期待を胸に、宝箱の蓋を開ける。


すると、中にはおびただしい数の紙切れが入っていた。


と言っても、紙幣ではない。


紙切れには、すべて文字が書かれている。


ん、これが宝?




読んでみると、


あの分からず屋の大臣め。その古い頭をかち割ってやろうか。




オレがこれほど心を砕いてやっているのに、民どもときたら、良いことは見ずに、悪いことばかり指摘してくる。




これは、愚痴?


そうは思いたくないが、ひいき目に見ても、どうもそうだ。


これは、歴代の王が書いた愚痴の山。




おそらく、王の執務中、我慢ならないことがあったのも一度や二度ではないだろう。


そんな時、地上では王の体面を保つために言えなかったようなことを、地下のこの部屋ですべて吐き出していたのだろう。


あるいは、一人絶叫していたかも知れない。


それにしても、この愚痴の数…。


王とは、何でも自分の好きなようにできる存在だと、勝手なイメージで思っていた。


だが、実はいろいろなところに気を使って国をまとめていかなければならない、ストレスの溜まる職業だったのかも知れない。


自分がこの先、王としてやっていくことを考えると、ゾッとする思いだった。




「王様、そちらの宝箱には何が入っていました?」


アムルが無邪気に聞いてくる。


「いや、そっちと同じようなものだ。こっちはオレの袋に入れるから心配ない」


「お願いしまーす」


アムルが次の宝箱に取り掛かるのを、オレは目の端で捉えていた。


その宝箱だけ、色が違った。


あれ?と思った次の瞬間、宝箱に模した魔物がアムルに襲い掛かった。




アムルは逃げる間もなく、魔物に右腕を噛まれていた。


「しまった。擬態箱ミミックだ」


短く叫ぶと、テヘンはまっすぐアムルの救出に向かった。


まずは、擬態箱ミミックの蓋めがけて、剣を真上から思い切り振り下ろす。


硬い音で跳ね返され、ダメージはあまり与えられなかった。


ならばと、今度はアムルの腕に嚙みついている箱本体と蓋の隙間に、剣を差し入れた。


弱点を突かれて、魔物は苦しそうに喘いで、蓋を少しずつ開けていく。


噛む力が弱まったところで、アムルは箱を蹴った反動で、後ろに逃げ延びた。




すぐさまオレが駆け寄って、手に入れたばかりの回復薬の一つを、アムルに振りかけた。


アムルのダメージがみるみる回復していく。


「王様…」


アムルは、嬉しそうな申し訳なさそうな表情でこちらを見た。




その様子を見届けたテヘンは、剣を差し入れたまま、更に魔物ににじり寄り、威声をあげた。


近接超打撃ソードストライク!」


剣先にすべてのパワーを叩き込むと、擬態箱ミミックは粉々に砕け散った。




「スキルが発動した」


三人が同時に叫んだ。


「凄いじゃないか」


オレとアムルに祝福されて、テヘンは大いに照れた。


「いや、ほとんど動かない相手だったのが良かったです」


謙遜しながらも、さすがに嬉しさが隠せない様子だった。




オレたちは、大きな戦果を得て、地下室から帰還した。


大量の戦闘アイテムに、テヘンのスキル発動。


それに、むしゃくしゃした時のストレス発散の場所を手に入れた。

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