06 秘密の地下室
翌日。
オレたちは早速、城の周りの空き地の一画に、畑を作った。
そこだけ土の色が黒っぽく、柔らかかった。
以前、花壇として使われていた場所を、アムルが覚えていたのだ。
オレも農作業をすると言ったら、さすがに二人に猛反対された。
しかし、そこを「誰も見ていないんだし…」と押し切って、今こうして鍬を持っている。
だが、土を耕したり、うねを作ったりする作業は基本的にアムルとテヘンが行い、オレは結局、最後の種まきだけを任された。
イモ、マメ、青菜…
アムルが、なるべく早く収穫できる品種を見繕ってくれた。
あいつは、何でも知ってるな。
あらためて、最年少従者の実力を知る。
種まきを終えて表面を整えられた畑は、神聖なもののようにすら感じた。
「何もない時代には、食糧ってまさに未来の希望なんだな…」
当たり前のように好きな物を食べて、余ったら何のためらいもなく捨ててきた現代では、到底得られない感覚だった。
「んじゃ、後は任せたよ」
いつの間にか防具に身を固めたテヘンに、アムルは笑顔で手を振った。
まるで家族を守るように、畑の前で構えるテヘンに後を託して、オレとアムルは城内に戻った。
種まきをしただけのはずなのに、既に体のあちこちが痛い。
普段使っていない筋肉を使ったせいだな…
オレは自分の部屋で少し休むことにした。
それに、そろそろあの時間だ。2日目のログインボーナスの時間…
昨日は、剣士テヘンを手に入れた。
今日はいったい何が手に入るのか、楽しみだ。
ベッドの上でゴロゴロしながら待つことしばし。
例の着信音が鳴った。
すぐに石板の画面を見る。
ログインボーナス 2日目
どちらかの現有量が2倍になります。
①金 ②食糧
制限時間:30分
※次のログインボーナスは、24時間後です。
ん-ー、ちょっとショボくない?
いや、そりゃ資源のどちらかが倍になるのは嬉しいことではあるが、昨日のボーナスに比べると、グレードが下がった感がある。
まあ、それを言っても仕方がない。もらえる物はもらっておこう。
今回の選択は…
金か食糧か。
これはもう、RPGというよりは、戦国物でよくあるストラテジーゲームだね。
セオリーで言えば、金だな。
金の方が、武器・防具・道具の購入、宿屋などの施設の利用費、配下に対する報酬など、用途が多い。
ストラテジーゲームでも、食糧がなくて困るということはあまり無いが、金は常に渇望の的である。
また、金と食糧の交換比率は、当然金の方が高いので、いざ食糧が少なくなった時は金を売って大量の食糧を調達することが出来るが、その逆は難しい。
以上のような理由から、普通に考えれば、①の金だ。
だが、今は状況が少し違う。
まず、金は配下に対する報酬以外は、使わなければ減ることはない。
もちろん、強くなっていくためには強力な装備は必要になってくるが、今はそういう場面ではない。
簡単に言えば、金は無くても生きていけるが、食糧は無ければ生きていけない。
これから人が増えていく(希望的観測)にあたって、まず確保すべきは食糧なのである。
また、いざという時に、金を食糧に交換したくても、今のレンゲラン国にそのような商業ルートはない。
つまり、何もない国の最序盤では、金よりも食糧の方が価値が高い。
というわけで、②の食糧の方を選択した。
ここが、完全なゲーム内の世界であれば、敵を倒せば金が手に入るだろうし、そもそも食糧という概念がないRPGゲームも多い。
変なところでリアルなんだよなあ。
それだけここは、ゲーム内の架空の世界ではなく、生身の人間が息づいている、れっきとした異世界ということ。
どこの世界でも、生きていくのは大変だ…。
多少感傷に浸りつつ、オレは部屋の中をあらためて見回した。
そういえば、自分の部屋をじっくり観察したことはなかったな。
王のプライベートルームは、寝室と執務室に大きく分かれていた。
さすがにゆったりとしたスペースがあり、調度品も豪華だ。
執務室には、窓際に大きな執務机があり、壁際には書棚が並んでいた。
執務机の分厚い天板の下には、中央と左右に薄い引き出しが付いている。
中央の引き出しには、万年筆や定規、文鎮などの文具が、整然と揃えて置かれていた。
右の引き出しには、懐中時計などの貴重品が、鍵もかけられずに入っていた。
左の引き出しは、ほぼ空っぽだったが、小さく折り畳まれた一枚の紙片が入っていた。
その紙片を取り上げて、開いてみる。
そこには、短いメモが記されていた。
王は民の下僕。真の王には、華やかな名などいらぬ。
んーー、難しい言葉だが、王は民のために働く存在で、本物の王に功名は必要ない、ということか。
そのような言葉を座右の銘としている前の王は、ずいぶんと立派な人物だったに違いない。
自分にその代わりができようか?
そこは考えすぎると何も出来なくなりそうだったので、あまり深く考えないようにした。
不意に、入り口の扉をノックする音が響いた。
返事をすると、アムルが中に入って来た。
「ご報告が二点ございます」
アムルが賢そうな顔で、机を挟んだ対面に立った。
オレは、頷いて椅子に深く座り直した。
「まず、一点目ですが、申し訳ありません」
アムルは開口一番謝った。
「先日、王様に城内に備蓄されている食糧をご覧頂きましたが、あの倉庫を調べ直したところ、奥にそれとほぼ同量の食糧が発見されました。以前確認した時には見当たらなかったのですが…」
うん、それはさっきのログインボーナスで、そこに出現したのだろう。お前の失態ではない。
オレは心の中で呟くと同時に、別の言葉を口にした。
「食糧が増えて困ることはなかろう」
管理不行き届きで怒られる可能性もあると思っていたのか、アムルはほっとした表情を浮かべた。
「それから二点目ですが」
アムルは、こちらが本題ですと言うように、声の調子を整えた。
「王様は、この城に地下室があるのをご存知でしたか?」
地下室…
オレが転生する前の本来の王様がご存知だったかは知らないが、少なくともオレはご存知ではない。
首を横に振ると、アムルは少し声をひそめた。
「実は、従者の間では、昔からこの城に秘密の地下室があるという噂はあったのですが、実際に誰も見た者はいませんでした。それを、私が発見してしまったのです」
アムルの話によると、一階にある先程の倉庫の奥側は、ふだんは物が置かれていなかったので近付くことはなかったという。
それが、急に食糧が現れたので、何がどれだけあるかを丹念に確認しているうちに、床にあった隠し扉を発見したというのである。
もしかしたら、オレが食糧を選んだことに付随する追加イベントが発生したのかも知れない。
地下室に何があるかは分からない。
問題なのは、果たして安全かどうか。
初めの城の地下がダンジョンだった…。そんな設定は、あり得る。
いや、むしろあった気がする。
戦闘員はテヘン一人。今の戦闘力で魔物が頻出するダンジョンを攻略するのは、かなり難しいはずだ。
「お許しをいただければ、私とテヘンで中の様子を見て参ります」
アムルが屈託のない笑顔で、許可を願い出る。
万一、ダンジョンだった場合には、すぐに引き返して来なければならない。
だが、二人で行かせた場合、を想像してみると、
仲がいい二人は、猫がじゃれ合うように地下に降りていき、能天気な彼らは怪しい雰囲気を察知することもなく、いきなり魔物と遭遇、そして全滅…。
そんな未来が目に見える。
ここは、ダンジョンであることを最大限に警戒できる人物が必要だ。
「いや、オレも行く。三人で行こう」
「王様…」
アムルは出会ってから何度目かの、ウルウルな目をした。
「テヘンを呼んで参ります」
薄暗い倉庫の一番奥の床に、目をよほど近付けなければ気付かないような細い隙間が、確かにうっすらと見える。
その隙間に薄い差し金を入れて、てこの原理で押し上げると、ギギギと音を立てて隠し扉が持ち上がった。
下へと続く石の階段があり、数段下はすぐに闇に溶けている。
初めに左手にランタン(手提げランプ)、右手に短剣を持ったアムルが中に入り、続いて左手に盾、右手に大剣を持った剣士テヘンが続き、最後に左手にランタン、右手に短剣を持ったオレが二人の後を追った。
コツコツと三人の足音が、まるで輪唱のように石段にこだました。
石段を降り切ったのだろう。その輪唱が前から一人ずつ途切れて、オレが降り立った瞬間、完全な静寂に包まれた。
その時である。
ボッと音がして、左右の壁に取り付けられた松明が灯った。
そこから細く伸びる溝に油が敷かれているのか。
走った火が、ボッボッと、先々の松明を次々と点火させていく。
目の前に続く石廊は、ランタンが必要ないほどの明るさで照らされた。
からくり仕掛けになっているのか?
なんだか、招き入れられている感じがする。
だが、まだ魔物の棲むダンジョンと決まったわけではない。
オレとアムルは、手にしていたランタンをその場に置いて、先に進むことにした。
照明役がいらなくなったことで、テヘン、オレ、アムルの順の隊列に変わった。
二人としては、オレを前後から守る隊列を組んだようだ。
オレは、腰に巻いていた道具袋から例の石板を取り出し、空いた左手でしっかり抱えた。
テヘンを先頭に、オレたち三人は四方の石壁に目を配りながら、慎重に歩を進めた。
今のところは、まだ魔物の襲来はない。
しばらく進むと、目の前の石廊が突き当たって、左に直角に曲がっていた。
この曲がり鼻が危ない。
曲がった瞬間、出合い頭に戦闘突入というやつだ。
テヘンも分かっているのか、それまで上に向けていた剣の切っ先を前方に向けて、突きを繰り出すような独特の構えを見せた。
「お前、特技を持っているのか?」
オレが後ろから声を掛けると、テヘンは前を向いたままコクリと頷いた。
「
おーー、いわゆるスキルというやつだ。
スキルには、戦闘系の特技や魔法などがあり、スキルポイントを使用して実行する。
一度しか使えないというのは、まだレベルが低い分、スキルポイントの上限も低いので、一度の技の実行でスキルポイントを使い切ってしまうということだろう。
それでも、急にテヘンの背中が大きく見えてきた。
「ですが、まだこの技を実戦で成功させたことは一度もありません。敵に極限まで近付く必要がある技ですので…」
背中越しではあるが、テヘンが顔を赤くしているのが分かるような気がした。
職種だけでなく、スキルも自分向きではないのだな。
剣士なら使い勝手の良い技なのだろうが、優しすぎるテヘンにはやはり向いていない。
じゃあ、それでオレの身を守ると言ったのは…
いや、その気持ちは有難く受け取っておこう。
大きく見えた背中は、当然また元の大きさに逆戻りした。
その背中が、曲がり角で素早く左に向きを変えた。
オレとアムルもそれに遅れまいと、左に舵を切って身構えた。
魔物の姿は見当たらなかった。
ただ石廊がまっすぐ前に伸びているだけである。
しばらく行くと、また同じように左90°に道が折れ曲がっていた。
それを何度か繰り返す。
何かの周りをぐるぐる回っているようだった。
一方通行で元の道に戻って来ているわけではないから、堂々巡りとは違う。
回りながら、この階の中心部に向かっている感覚だった。
そして、何度目かの左折の後、まっすぐ前に歩き出したテヘンが、急に立ち止まった。
テヘンにオレが、オレにアムルが追突する。
「急に止まったら危ないじゃないかあ」
アムルがオレ越しに、テヘンに文句を言う。
テヘンが静かに前を見るように促した。
まっすぐ伸びた石廊の先は、石の壁で塞がれていた。今度は、右にも左にも曲がり角はない。
行き止まり?
近付いて見ると、正面の石壁には、太陽を
その顔は、じっとこちらを見定めているようだった。
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