05 ちょっとした前進

ログインボーナス 1日目


   ①剣士1人     ②市民30人


   制限時間:1時間




絶望から降って湧いた希望。


そう来なくっちゃ、ユーザーはついてきませんよ。


オレは心の中で、ゲームマスターだか運営だかの神対応に、賛辞を贈った。


ユーザーは古来、運営をふだんはボロクソに言うが、自分たちに利する事をしてくれた瞬間、神のように褒め称えるものだ。




既に詰んでいるかのようなこの閉塞感の中で、このどちらかが手に入るのはデカい。


にしても、この選択はまた難しい。


どちらを選ぶかによって、今後の流れが大きく変わるだろう。


制限時間は1時間か。


まあ、自分に似合わず、じっくり考えるか。




まず、剣士1人。

「剣士」とある以上、明らかなジョブ持ちだ。


先のオオウサギとの戦闘でも明らかなように、魔物と対抗することができる人材は必須級だ。


何をやるにしても、魔物からの安全を確保することは必要になる。


喉から手が出るほど欲しい。




だが、一つ気掛かりなのは、レベルの記載が無いことだ。


同じ剣士でも、レベルによってその強さはまったく違う。


確かにレベルは経験値を積めば上がっていくが、戦闘は現状その者に任せるしかないため、ある程度の即戦力であることが求められる。




それに、魔物の出現頻度が高くなってきた場合、剣士1人ではどうにもならなくなる。


複数の魔物を相手にする場合、こちらもパーティーを組まなければ勝てない。


つまり、剣士1人を手に入れたところで、持ち腐れになる可能性もあるのだ。




これも昨日、アムルに確認したことだが、倒した魔物を金で買い取ってくれるような、いわゆるギルドは、元からこの国には存在しないようだ。


だから、剣士だけでは、金も食糧も増やすことはできない。


剣士が活躍できない状況になれば、何も得なかったのと同じになる。


剣士は魔物と対抗するためには必須級の存在なれど、ギャンブル的要素もあるということだ。




一方で、市民30人。


これも、魅力においては負けない。


市民が増えれば、それだけやれることが格段に増える。


農地を作ったり、建物を建てたり、城壁を修復したりすることが可能になる。




しかも、剣士のようなギャンブル的要素はまずない。


一人一人は特別な力は持っていないだろうが、決して期待を裏切らないこの安心感。


何をやるにしても必要なマンパワーが、確実に手に入るチャンスは逃したくない。




ただ、こちらを選んだ場合、魔物に対する抵抗力はゼロのままとなる。


だから、農地を作ったり、建物を建てたりしたとしても、魔物の襲撃を受ければ、すべてが一からのやり直しとなる。




さあ、どちらを選ぶ?


もし、今日貼り出したビラが効果を発揮して、それで市民が集まってくれれば、剣士一択でもいいだろう。


だが、正直その効果は、あまり期待できるものではなかった。


それだけに難しい…。




だがオレはここで、ふと、重要なことに気付いた。


たしか、城に備蓄してある食糧は、二人で30日分ほど。


つまり、30人の市民を一気に雇えば、食糧はわずか2日しかもたない。


当然、すぐに農地を作っても、間に合うはずがない。


金をすべて食糧に変えれば、あと10日食い繋げるかも知れないが、それを可能とする他国との交易は、今はできる状況にはない。




危ねえーー。


選択を間違えたら、我ら全員、餓死するところだった。


これで事実上、一択になった。




オレは、①の剣士を選択した。




今回は、目の前で選ばなかった方の選択肢が消える、という分かりやすさはなかったが、確かに受理されたようだ。




するとしばらくして、アムルが血相を変えて駆け込んできた。


「王様、大変でございますーー。


我々がこの城を留守にしている間に、テヘンという剣士が城を訪れておりまして…


今、玉座の間にて、王様のお越しをお待ちになっております」




「そうか」




オレは内心、運営の対応の速さに満足していたが、アムルはオレのリアクションの薄さの方に、腹の底から驚いているようだった。


「いや、王様。いきなり専門職が来たんですよ。これは凄い事ですよ」


アムルは、体中の毛穴から湯気を出したように興奮していた。




「そうだなあ。こんなことも起こるんだなあ」


オレは間違っても俳優という職業にはなれない。既に知っている事に対して驚く才能は、欠片も持ち合わせていなかった。


「何をしておる。早く玉座の間に案内せい」


それでも頑張って興奮している様子を見せると、アムルは少し納得したようだった。


「すぐにご案内いたします」


アムルは言うが早いか、速足でオレを先導した。




玉座の間に着くと、玉座の段の下で、一人の青年が片膝をついて待っていた。


オレはアムルの案内に従い、側面の階段を登って玉座に着席した。


青年はうやうやしく頭を下げる。


「待たせたな。おもてを上げよ」


そう声を掛けて、じっと青年の顔を見た。


どちらかと言うと、非戦闘員向きの優しい顔立ちをしている。どこかアムルに似た雰囲気があった。


「剣士とな」


「仰せの通り。名はテヘンと申します」


この世界の戦闘員となるジョブ持ちは、大きく3つの系統に分かれるという。戦士系、魔導士系、支援系の3つ。

戦士系には、剣士、槍使い、弓使い、武術家など、多くの種別があるが、剣士はその中でも極めてオーソドックスな職種である。


ここに来るまでに、アムルから聞いた情報だ。




「年齢は?」


「25でございます」


オレとアムルの間か。年齢としては、気力・体力ともに伸び盛りの良い時期だ。


「どこから来た?」


「南の国、カンナバルでございます」


「七つの国の中で最強国と名高いカンナバルですな。その白亜の鎧から、そうではないかと推測しておりました」


横に控えていたアムルが口を挟んだ。


なるほど。シンプルだが、洗練された形状の鎧をまとっている。


年齢・出自は◎と。なんだか、面接官になった気分だ。


面接は元の世界でも、された覚えはあるが、する側は初めてである。


それでは次は我が社の志望動機を…と聞きたくなるのをこらえて、オレは一番の関心事を早目にぶつけた。


「して、そなたのレベルは?」


テヘンはわずかに言い淀んだが、一呼吸置いて言った。


「15でございます」




15か。ふむう、この世界の相場はよく知らないが、決して高くはないだろう。


最低限のライン、ではある。


おそらく、最下級モンスターなら群れても、下級モンスターは単独なら相手にできるくらい。中級モンスターには歯が立たない、といったところではなかろうか。


自ら士官して来るくらいだから、正直もう少し高いかと思っていた。


まあ、レベルはシークレットだったので、仕方あるまい。




レベルを聞かれてから、オレが物思いにふけったので、テヘンは心配になったのかも知れない。

自分のレベルがあまり上がっていない訳を明らかにした。


「王様。実は、私は剣士に少し向いていないところがありまして…」




おっと。これは思いがけないカミングアウトタイムだ。


「魔物を斬る時、どうしてもためらいの気持ちが出てしまうのです。非生物の魔物ならまだいいのですが、生物の形をしていると、可哀そうというか…


魔物の断末魔の叫びが、剣を通して直接伝わってくるところが嫌です。あと、血もちょっと苦手です」


うん。それは君、剣士に向いてないよね。


オレは、心の中で大いに突っ込みを入れた。


戦士系の中でも、剣士って一番返り血を浴びる確率の高い職種だよね?


せめて、間接攻撃の弓使いだったら良かったのに。




だが、現実世界でも、向いていない職種で頑張らなきゃいけないのは、珍しいことではない。


オレだって、システムエンジニアが最適の職業だったかといえば、甚だ疑問だ。




優しすぎる剣士、か。




察するに、自国では士官の当てがなく、ここに流れ着いてきたのだろう。


今も採用してもらえるか、胸の中は不安でいっぱいなはず。


だが、安心せい。自慢じゃないが、我が国は贅沢を言っていられる状況ではない。


もとより、不採用という選択肢などなかった。


君は、勝ちしかない勝負に挑んでいたわけだよ。


ぶははははは。




オレの心の中のやり取りがひと段落した。


王の顔を作ってから、結論を告げる。


「君のことはよく分かった。では、最後に聞こう。君は、我が国を命に代えて守る気概があるか?」




テヘンの顔に、一気に光が差した。


「はい。お誓い申し上げます」




オレは「よろしい」と頷いてから、少し悲しい顔をした。


「だが、ご覧の通り、我が国はまだ再起を始めたばかりで、蓄えがない。俸給は奮発してやれぬぞ」


「雇っていただくだけで充分です」


テヘンは間髪入れずに答えた。


「では、今後の身のまわりの事は、そこのアムルに何かと聞くがよい」


オレは笑みをたたえながら、玉座の間を後にした。




それから一時間ほど経って、アムルとテヘンが二人揃って、オレを夕食に誘いに来た。


食事の準備も二人でしたらしく、食堂への道中でも、二人できゃっきゃっと笑い合っている。


やはり、というか、すぐに気が合ったようだ。


なんだか、アムルを取られたようで微妙な気分だったが、同じ城の下、仲がいいのは良いことである。




王が同じ食卓を囲むと知って、テヘンは初めずいぶん恐縮した。

しかし、アムルの変わらない様子に触発されて、テヘンも途中からは気兼ねなく話をするようになった。




「こうして、この城も次第に人が増えていくことだろう。今のうちに食糧を増やす方法を考えておかなければならない。何か良い方法はないか?」


オレが二人に話を向けると、アムルが口に入れたスープのジャガイモをもぐもぐさせながら答えた。


「倉庫に、非常食用の野菜の種がございます。それを植えればよろしいかと」


「ほう、どこに植えれば良い?」


「かつては、城の南を流れる川の周囲に、農地が広がっていました。そこの土は栄養があって、作物が大きく育つのです。ですが、ここから少々離れていますので、今の人員だと管理が難しいかと…」


せっかく植えても、魔物や野生の動物に荒らされるのがオチだと言う。


柵を設けたり、昼夜交代の見張りが必要ということか。


「ならば、いったんこの城の周りに植えて、準備が整ったら川辺の農地に移し替えるとしよう」


幸い、城の周囲に空き地はいっぱいある。


「それはよろしゅうございます」


アムルは同意して、


「では、その作物を守るのが、テヘンの最初の任務になりますね」


そう言って、彼の肩をぽんぽん叩いた。


鎧を脱いだテヘンの体は、剣士にしては華奢きゃしゃな方だ。


「うむ。もし、かないそうにない敵が来たら、城の中に逃げ込めばいいのだからな」


テヘンは少し照れながら笑った。


「かしこまりました」




優柔不断な王と、涙もろい従者と、優しすぎる剣士。


まだなんとも頼りない陣容だが、食糧の見通しができ、城内に笑い声が響くようになった。


初めの時よりも、これはわずかだが、前進したと言って良さそうだ。

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