04 何もない国

「おはようございます」


朝から元気なアムルの声が響いた。


自分では朝のつもりで起きたのだが、どうやら疲れて寝坊したらしく、もう昼前だという。


「お食事になさいますか?」


起きたばかりで腹も空いていなかったので、「いや、いい」と答えた。


現実世界の時から、独り身という事もあり、不規則な生活をしていた。


しかし、自分が食べない事で、アムルも食事にありつけないのだとしたら、無理にでも「食べる」といった方が良かったか、と後になってから気付いた。




さて、国王としての執務第一日目。


「いったい、何から始めたら良いものか。まずは人を集めなければな」


二階の執務室でアムルと二人。思わず、考えた事が声に漏れていた。




それに対して、アムルの元気な声が反応した。


「王様、私に二つ、ご提案があります」


「申してみよ」


「この城の四隅は、物見櫓ものみやぐらも兼ねた塔になっております。そこに、我が国の旗を掲げましょう。

魔物に占拠されてからは、取りやめておりましたが、城に掲げられた旗を見る者がいれば、国王がまた統治を始めた事が分かるはずです」


頷くオレに気分を良くしたのか、アムルは立て続けに二つ目の提案を口にした。


「それからもっと直接的に、国民募集の紙を、この辺りの木や岩など、目の付く所に貼り出すのです」


ビラ作戦か。紙による広告は、現代でも有効な集客手段だ。


「ただ、人型の魔物の中には、文字を読める者もいます。かえって魔物を引き寄せてしまう危険性はあるかと…」




確かにその通りだ。そのリスクは充分ある。


アムルの提案を受け入れるべきか否か。オレは少し考えた。


だが、何もしなければ、文字通り何も進まない。


それに、昨日上から見た限りでは、魔物がうごめいているという状況ではなさそうだ。


主力が他国に侵攻していると言っていたので、おそらく強力な魔物はこの国に残っていない。


下級モンスターなら、仮に攻めて来たとしても、籠城すればこの城門を破る事ができないのではないか。




そこまで考えて、オレはある事に思い当たった。


慌てて、傍らに置いてあった石板を引き寄せて、その画面を見つめる。


特に新しいメッセージは無かった。




『すべての選択を、クエストのように迫られるわけではないのか』


少し不思議なような気がしたが、強制されないのは別に悪い事ではない。




「分かった。どちらも実行しよう」


アムルはそれを聞くと、満面の笑みで、さっそく立ち上がった。


「それでは、私は旗を掲げて参ります。その間に王様は、国民募集の書をおしたため下さい」


言うが早いか、すぐに紙と硯を持ってきた。


仕事が速い。


思えば、この若さで国王直近の従者に選ばれているのだ。

実は相当、優秀なヤツなのかも知れない。




ところで、書道か。

小学校以来で、久しぶりすぎる。


マジックとかあれば、そっちの方が書き慣れているんだけど、この世界にはそんな物はないか。


書道は、かなり苦手な方だ。

特に「はらい」はいけない。


あんなお手本のように綺麗な形にはらえるのは稀で、実施確率90%以上は、野太いただの折れ曲がった線になるか、カスカスになるかのどちらかである。


しかし、贅沢は言っていられない。




アムルが部屋から出ていくと、オレは額に汗を浮かべながら、自分なりに頑張って書を記した。




ここに、レンゲラン国を復興させる。


国民よ。我がレンゲラン城に集え。




オレが十数枚を書き終える頃に、アムルが旗の掲揚を終えて帰ってきた。


オレの書を見ると、少し間があったが、


「王様、素晴らしい書にございます」


いつもより、やや大きめな声で言った。


「さっそく、城の周辺に貼り出して参ります」




素早く書を集めて部屋を飛び出そうとするアムルを、オレは慌てて引き止めた。


「待て」


アムルは不思議そうな顔をこちらに向ける。




「魔物に遭遇したら、一人でいかがする? 我も行く」


「とんでもございません」


アムルは今までの中で一番取り乱した。


「国王がそのような危険な事をされるのは、もってのほかです。王様にもしもの事があったらどうなさいます?」




オレは正面からアムルを見返した。


「オレにもしもの事があったら確かにマズいが、お前はこの国でたった一人の国民だ。お前にもしもの事があっても、同じくらいにマズい」




「王様…」


アムルは、いつものウルウルな目をした。




アムルによると、武器と防具の類は、以前は城の倉庫にいくらでも備えがあったようだが、魔王デスゲイロの命令により、すべて処分させられたらしい。


刀狩りかよ…




「今はこんな物しかありません」


そう言って倉庫から引っ張り出して来たのは、狩猟用の小太刀こだち2本だった。


無いよりはマシか。

まあ、魔物を討伐しに行くのではない。魔物が出なさそうな場所に行くわけだし。




オレは小太刀を片手に、もしもの時のための例の石板を入れた道具袋を腰に巻き付けた。


アムルは小太刀を片手に、オレの達筆の書を丸めて入れた筒と、金槌やくぎ等の大工道具を入れた道具袋を腰に巻き付けた。


似たような身支度で城門に立った。




開門!




そう言って、二人で力を合わせて大きなかんぬきを引き抜き、重たい門を左右からぜいぜい言いながら押し開いた。


城の住人はオレたちだけなので、すべての事を二人だけでやらなければならない。


門はしばらく開けたままになり、なんとも不用心だが仕方あるまい。




オレにとっては、この世界の大地を踏む第一歩だ。


こんな荒野、現代世界でも当然歩いた事は一度もない。




二人は、進行方向に対してそれぞれ左右180°を索敵の担当として、辺りを見回しながら慎重に歩を進めた。


一つ誤算だったのは、オレが身に着けている着衣の金の刺繍部分が、太陽の光を浴びて、惜しげもなく周りに光をばらまいている事である。


目立つこと、この上ない。


これは、最初に魔物に発見されるのは、間違いなくオレの方だわ…




しかしアムルは、その事に気付いていないのか、そこは気を利かすテリトリーではないのか、着衣交換の提案まではして来なかった。




普段は、過剰なくらい、気を利かすのに…


そう思いながら、隣で真剣な顔で索敵しているアムルの顔を見たら、思わず笑いそうになった。


いつ魔物に襲われるか分からない… 一人だったら泣き出しそうな状況かも知れないのに、こいつといるとなんだか調子が狂う。




オレたちは、ひとまず無事に東の森の入り口に着いた。


さすがに森の中には入っていかない。


森は、魔物がその身を隠すのにうってつけの場所だからだ。




魔物との遭遇頻度が高まったこのエリアからは、一刻も早く離脱したい。


適当な間隔で三本の木を見繕うと、素早く木の幹に国民募集の書を打ち付けていった。




続いて、北の山に向かった。


山のふもとで、足元に石がごろごろと転がり出した所で、大きめの石の下にいくつか書を挟み込んだ。




ここまでは順調と。


思った以上に、我が国の魔物密度は、薄まっているのかも知れないな。




それから、西の森を目指した。


ここでも、森の入り口で作業に入る。

油断していたわけではないのだが、最初の森の時よりも少しだけ時間が掛かった。


その時、ガサリと手前の茂みで音がした。


突如、二人に緊張が走る。


アムルは、両手で小太刀を持ち、体の正面に構えた。

さすがに、引きつった顔をしている。出会った時以来の怖い顔だ。


オレは、小太刀を構えるよりも先に、道具袋から石板を取り出した。

オレとアムルのどちらかが身の危険に晒された時、やり直しをして、前の選択の場面に戻る。




アムルがオレの様子をちらりと見て、短く言った。


「王様、それは盾ですか? 盾にしては小さすぎるかと」




説明は後だ。いや、これは後でも説明できないが…。




茂みが割れると同時に、奇声を上げて大きなウサギが飛び出してきた。


「オオウサギ!」


アムルがその魔物の名前を叫んだ。


大きさは、現実世界のイノシシぐらいか。イノシシと同じく、その脚力でこちらに向かって突っ込んで来る。


容姿は思っていた恐ろしいものとは違ったが、その突撃と巨大な牙は要注意だ。




オレは横に飛んで、最初の突進をかわした。


行き過ぎたオオウサギは、取って返すと、オレの着衣の金か赤に引き寄せられるように、再びオレに向かって突撃を開始した。


今度は少し足がもつれかけて、すんでのところでその巨体をかわす。


がら空きとなったオオウサギの背中を、アムルが後ろから小太刀で切りつけた。




確かにダメージを与えた様子はあったが、突進力にまだ陰りはなかった。


切りつけたアムルを無視して、白い塊は三度オレに襲い掛かった。


オレは途中で小太刀を投げ出して、石板をラグビーボールのように抱えながら、逃げる事だけに専念した。


オレが逃げて、アムルが切りつける。


それを十回近く繰り返しただろうか。


何度も背中を切りつけられて、オオウサギはようやく、オレたちの目の前で動かなくなった。


逃げていたオレも、刀を振り続けたアムルも、肩で息をしながらその場に座り込んだ。




危ねえーー。


一人だったら、やられてたな。


見るからに最下級のモンスター一匹に対して、二人掛かりでこれである。


「戦士などの戦闘の専門職であれば、一刀のもとに切り捨てられる相手ですが、非戦闘員の私たちにとってはこれが限界です」


なるほど。ジョブ持ちと一般人との差っていうやつか。




まあ、それはともかく、モンスターが一匹出現したという事は、同じ場所にいれば続けて遭遇する可能性が高い。


オレたちは、重くなった脚に鞭打って、全力でレンゲラン城に引き返した。




城に戻ると、オレは昨日登った屋上の展望台に、今日も登った。


そんなにすぐに誰かが訪ねて来てくれるはずはない、と分かっていても、城門を一望できる場所で待ちたかったのである。

それに、魔物が足跡や臭いをたどって、襲って来ないかも心配だった。




アムルが気を利かせて、木製の小さな折り畳み式の椅子を持って来てくれた。


それに腰掛けて、存分に足を伸ばしながら、アムルも一緒に休むよう促した。


しかしアムルは、留守にしていた間に何者かが忍び込んでいないか、城内を一通り見て回ります、と言って階段を降りていった。


出来たヤツだ。


オレは感心しながらも、さすがにそれを手伝う元気はなく、一人ぼんやりと城の周囲の様子を見下ろしていた。




「怖かった…」


人は本当に寒い思いをしている時は、それを言葉に出さずに、暖かな建物の中に入った瞬間に「寒い」と言う、という話を聞いた事がある。


城に無事帰還して、当座の身の安全を確保できたからこそ、オレも今、その言葉が口から漏れたのかも知れない。


しかし、考えてみれば、アムルはオレより何倍も、魔物の恐ろしさを体験して来た事だろう。


恐怖に震える自分を見せたくなくて、一緒に休みもせずに、城の見回りにいそしむ事で、その恐怖を紛らわしているのかも知れなかった。




それにしても…

本当にこんなので人が集まるんだろうか?


不意に、当然とも言える疑念が、オレの心をよぎった。


昨日の夕食の折、アムルから聞いた話によれば、このレンゲラン城が魔物侵攻の標的となったと知るや、当時の王は町に住む一般人を、いち早く隣国に避難させたという。


そして、城に残ったジョブ持ちの戦闘員と衛兵は、城の防衛戦でそのほとんどが命を落としたらしい。




もう、この国に残っている人間など、いないのではないか。




そもそも、国と言っているが、まともな国のていをなしてなどいない。


人は二人しかいない。


ジョブ持ちの戦闘員は誰もいない。


金や食糧などの資源も、ほとんど無い。


何も無い国…。




こりゃ、前の会社よりも悲惨だ。


どうすれば事態が打開できるかなんて、考える事もできない。


そうか。オレが今まで何も決めて来なかったのは、本気で考えようとすると、必ずしんどい物と向き合わなきゃならなくなるからなんだ。


もう何も考えたくない…。




バンバン


転生する前のネガティブなオレを自分から叩き出すように、両頬を自分の手のひらで叩いた。


「オレはこの国の王だ。オレが諦めたら、すべてが終わっちまう」




その時、ピーーーンという、しばらく聞かなかった着信音が響いた。


このタイミングで、選択?




すぐさま、石板の画面を見た。


新着の水色のランプが点滅している。




ログインより1日が経過しましたので、ログインボーナスを差し上げます。


どちらかをお選び下さい。


   ①剣士1人     ②市民30人


   制限時間 1時間


※次のログインボーナスは、24時間後です。




これは願ってもない天の助け。


ありがたい。でも、どちらにする?


どっちも欲しいーーー

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