03 第一の選択
テーブルの上のアイテム、どちらを選ぶ?
①短剣 ②手錠の鍵
制限時間:5分
画面を見た瞬間から、タイムカウントが始まった。
5分で決断しろと…
いや、迷っている時間が勿体ない。
えーと、手錠の鍵という事は、一つの選択肢はアイツの手錠を外して、正々堂々と戦えという事か。
2つのアイテムのうち、1つしか選べないのだから、鍵を選択した時は素手でアイツと戦う事になる。
勝てる見込みはと…
アンデッドって、どうやって倒すんだ?
そもそも、通常の攻撃は効くんか?
急所を突けば、何とかなるか?
急所はやっぱり、心臓か?
であれば、やっぱり短剣は欲しい。
残り4分。
身動きできない敵に対して、短剣で急所を突けば、今のオレでもたぶん勝てる。
初戦からいきなり卑怯な気もするが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
冷静になって考えてみたら、毎日室内業務で、体をろくに鍛えてこなかったひょろひょろのオレが、あんな化物と取っ組み合って、勝てるわけがない。
アドレナリンのせいで、無謀な戦いを挑むところだったぜ。
オレの考えは、徐々に「短剣」に傾いていった。
残り3分。
だが、待て待て待て。
RPGにおいて、鍵は大体取るものだ。
それを取らなければ、話が進まないという説もある。
この選択肢。
よく考えたら、手錠の鍵を取るべき状況なのじゃないか?
これで短剣を選べ、というのはあまりに安直すぎる。
問題として成立しない、というやつだ。
日頃からRPGゲームを嗜好してきたオレにとっては、この状況は手錠の鍵一択のように思えてきた。
そもそも、魔物と決めつけてきたあいつは、本当に魔物なのか?
顔も体も、包帯でぐるぐる巻きになっていて、その中身は見えていない。
ひょっとしたら、あの中身は人間なんじゃないか。
そうだ! あの中には、本物のこの城の王が入っているのでは?
捕らわれた王を助け出す事から物語が始まる。
オレはやっぱり、この世界を救うために舞い降りた勇者なのだ。
来たな。うん、これは来ている。
残り2分。
閃光のようなひらめきによって、オレの考えは「手錠の鍵」でほぼ固まった。
しかし、いざそちらを選ぼうとすると、怖くて指が動かない。
待て。もう一度よく考えるんだ。
今までゲーム世界という前提で話を進めてきたが、本当にそうだろうか?
リアルな異世界という事もある。
そこがまだ、はっきり判断がついていない。
だとしたら、ゲーム世界の常識なんて、まったく当てにならない。
オレは凶暴な敵をみずから解き放つという、最大で致命的な愚行を犯す事になる。
そして、そこに待つのは、おのれの死。
選択のやり直しは3回まで可能、と書いてあった。
だが、確認する時間は今はないが、おそらくそれは、石板のあの画面をタップして初めて成立する。
その前に死んでしまったら、いきなりのゲームオーバー。
元の世界にも戻れず、この世界でも活躍できないまま、リアルな死を迎えるという事になりかねない。
ここに至って、オレの考えは振り出しに戻った。
残り1分。
どうしよう?
ダメだ、時間がない。
今までのオレだったら、すべてを投げ捨ててこの場から逃げ出したかったが、次に選択する時があったら、決断すると決めたんだ。
オレは、自分の直感を信じる事にした。
それが正しいかどうかなんて、これ以上考えている余裕はない。
もし、手錠を外して、あいつが魔物の本性を剝き出しにして襲ってきたら、その瞬間にやり直しをタップしよう。
オレは、石板の画面をスライドさせて、「選択のやり直しをしたい時は、ここをタップ」の項目の存在を再確認した。
残り30秒。
急いで選択の画面に戻す。
「オレの選択は、こっちだーーーーー」
勢いよく、右の「手錠の鍵」のボタンを押した。
タップ音と同時に、テーブルから短剣が消えた。
もう後戻りはできない。
オレは手錠の鍵を掴むと、ジリジリと相手ににじり寄っていった。
「キエーーーーーーーーーーーーー」
敵は、オレが近付く気配を感じて、今まで一番大きな金切り声をあげた。
暴れるほどに四本の鎖が擦れ合い、地面に叩きつけられて、ガチャガチャと凄まじい音を立てる。
オレは、四肢に繋いだ鎖が一箇所に地面に留められている大きな錠を目掛けて、鍵を差し出した。
四本の鎖が波打つのと、自分の手が震えるのとで、何度か鍵は穴の周辺を差した。
四度目か五度目で、ようやく鍵穴を捉えた。
カシャン、と音がして錠が外れるやいなや…
魔物は四肢が急に自由になったのに驚いて、飛び上がった。
オレは、命の綱である石板だけは手離さないように、体ごとがっちり抱えながら、三歩後ずさんだ。
「選択のやり直しをしたい時は」の上に指をかざしながら、相手の様子を鋭く見る。
相手は混乱しているようだった。すぐに襲い掛かってくるという雰囲気ではない。
「お前は魔物か、人間か」
短く問うと、何かを考えている素振りを見せた。
「アワワワ、アワワワワーーーーー」
明らかに今までとは違う叫び方をした。
オレと話したがっている?
「オレはお前を襲わない。いいな、お前も暴れるな。その巻き付いた包帯を取ってやる」
ふーーー、ふーーー
一歩一歩近づいていくと、恐怖を押し殺そうとするような鼻息が聞こえてきた。
こいつも怖かったんだ。
小刻みに震えながらも身を委ねようとする相手に少し安堵しながら、オレは一番に顔の包帯を取っていった。
まず出て来たのは、少し茶色が混じった落ち着いた黒髪。
そして、引きつってはいたが、無事人間の顔が出てきた。
まだ若い男の顔。
オレは御年27歳だが、オレよりは若く見える。二十歳そこそこといったところか。
それから全身の包帯を、丹念にほどいていった。
包帯で着ぶくれしていたようで、実際の身長はオレとほとんど同じだった。
これが本物の王様?
若い男は、まだ緊張で体を強張らせていて、すぐに声が出ない様子だった。
「しゃべれるか?」
自分でもびっくりするような優しい声で話しかけた。
その男は、久しぶりに声を出すのに準備が必要だというように、少しの間あえいでから、初めて人間の言葉を発した。
「そのお召し物は…、王様」
そう言ったきり、恍惚とした表情でオレを見る。
あれーーー、オレはやっぱり王様だったのねーーー
自分が勇者ではないかという淡い最後の希望は、あっけなく打ち砕かれた。
それからオレは、壁の燭台すべてに火を灯して回った。
部屋全体が明るくなってみると、そこは従者か誰かの控室といった造りだった。
若い男を椅子に座らせ、自分も向かい合った椅子に腰を下ろすと、この世界の事をいろいろと聞き出した。
その男の名はアムル。二十二歳。
王に仕えていた一番若い従者だという。
ここは、レンゲランの国。
この世界にある七つの国のうち、魔王デスゲイロの最初の標的になったらしい。
デスゲイロと魔物一族は、この国のあらゆる物を、跡形もないほどに焼き尽くした。
後に残ったのは、広大な平地と一部の森、それとデスゲイロが居城として使ったこの城だけである。
デスゲイロと主だった魔物は、今は北に隣接するタウロッソの国に侵攻していて、ここにはいない。
だが、残された手下の魔物たちは、今もこの国の至る所に、我が物顔でのさばっている事だろう。
自分はデスゲイロがこの城を発つ時に、ここに軟禁された。
それ以来、城で物音一つ聞く事がなかったので、てっきり王も亡き者にされたかと思っていたら、こうして元気な姿にお目にかかれるとは…
アムルはそう言って泣いた。
血色が戻ってみると、アムルは童顔で、実際の年齢よりも若く、十代の少年のように見えた。
それにしても、このような事を改めてお聞きになられるとは…。
王様もさぞかし怖い思いをされて、記憶の一部を無くされてしまわれたのですね。
おいたわしい。
そう言って、またひとしきり泣きじゃくった。
「でも、王様。だいぶ雰囲気が若くなられましたね」
目をゴシゴシしながら、純粋な瞳をこちらに向けてくる。
やはり、そうか。王にしては私の顔も若すぎるのではないかと思っていた。
前の王はどんな姿をしていたのだろう?
さすがに白髪のお爺ちゃんなら、私を同じ王と認識するはずはないのだが…
痛い所を突かれたせいで、オレは少し焦った。
「それは、オレも人知れず努力してきたのだ。アンチエイジングっていうやつ」
「あんち…?」
思わず禁句の現代用語を使ってしまった事に、軽くパニックに陥る。
「いや、その、あっちでエイっとやって来たのよ」
これは恥ずかしい。
取り繕おうと焦ったとはいえ、自分の言葉に顔から火が出る寸前だ。
もし、「選択をやり直す」を無限に使えるとしたら、今の言葉をすぐにでも回収したい。
「さようでございますか」
アムルは張り付いた笑顔でほほ笑んだ。
『いや、君。絶対意味分かってないっしょ』
心の中で突っ込みを入れつつ、オレはほろりと笑ってしまった。
王と従者という特殊な関係ではある。そして、それが良い事だけではないのも事実だ。
だが、人の言葉を一切否定せずに受け入れる、この国の人間の心の純粋さに、新鮮さと愛おしさを感じた。
『オレはこんなにも、人を肯定して生きた事があるだろうか』
現代世界では、自分にも他人にも、まず否定ありきだった気がする。
「城の外の様子が見える場所に案内してくれぬか」
オレとしては、かなり王様っぽい口調で言ったつもりだったが、
「くれぬか、とは王様…。お命じなさいませ」
アムルは、嬉しいような、くすぐったいような様子で、子供っぽい顔を少し赤らめた。
「では、お越しください」
この国の都城であるこの城は、国名を冠してレンゲラン城と呼ばれる。
石造りの三階建ての大きな城で、一階は厨房や、衛兵・使用人のための部屋があり、二階は大広間、玉座の間、会食の間などの公的な場として使われ、三階は王族・貴族の生活空間となっていた。
アムルの案内で二階から三階に上がり、更に狭い石段を登っていくと屋上に出た。
この城で一番高い塔の周りが、ぐるりと歩いて一周できる展望台となっている。
オレはそこから、城の周囲を見渡した。
城を大きく囲むように、城壁の残骸が巡っている。
魔物たちに破壊されたのだろう。
一部は低く崩れ、一部は完全に瓦礫と化している。
城壁とこの城の間に空いたスペースには、かつて店や住居が立ち並び、活気のある町があったという。
今はその痕跡もない、空しい空間だけが横たわっている。
城壁の外に目をやっても、ただただ広大な土地が続くばかりで、何もない。
これが、今のオレの国…。
気付けば、
「風が冷たくなって参りました。そろそろ中にお入りください」
城内に戻ると、アムルはその足で、小さな部屋にオレを案内した。
一見物置きのように見えたが、アムルが手際よく手前の荷物をどけていくと、奥に金と食糧が隠されていた。
「魔物たちから守れたのは、このごくわずかではありますが…」
アムルが申し訳なさそうに言った。
食糧は、米・豆・芋などで、ざっと見、二人で一か月もつほどの量に思われた。
金の貨幣価値を尋ねると、同じ量の食糧ならあと5回買えるくらいの量、との事だった。
その後、アムルはその限られた食材で、精いっぱいの料理を作って振る舞ってくれた。
「王様にこんな物しかお出しできませんが…」
そう言って、また涙ぐんだ。
オレは感謝の意を述べつつ、アムル自身もたくさん食べるように促した。
食事後、オレは王の寝室まで案内された。
「私は隣の部屋にいますので、何かありましたら、いつでもお声掛けください」
「すまぬな」
「王様ったら、またそんな事おっしゃって。私が大臣の部屋に泊まれるなんて、夢のようですよ」
アムルは弾けるような笑顔で、オレのはからいに感謝すると、ぺこりと頭を下げた。
身の丈にあり余る、ふわふわなベッドに埋もれながら、オレは今日の出来事を振り返った。
まず思ったのは、第一の選択の事。
ビビッて焦った挙句だったが、オレは相手が魔物ではなく、人間である事を最終的に見抜けた。
もっとも、人間の中身については見当違いだったが…。
自分の選択に少し自信が持てた気がした。
このままいけば、オレは、この世界で王様無双できるかも知れない。
今は、この世界の事をほとんど知らない無知の王と、涙もろい従者の二人だけだが、一気に国を復興させ、勇者を招き入れ、魔王を滅ぼしてみせる。
すぐに調子に乗るのは、オレの昔からの悪い癖だ。
この先、いくつもの難問が待ち構えている事も知らずに、オレは眠りについた。
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