02 転生したはいいけれど

さて、そうと分かればどうしたものか。


オレは意外にも、転生という現実をあっさり受け入れられた。それは、現実世界に絶望しかけていたからかも知れない。


オレは、現実世界で死んで転生したのか?


飲酒のペースが速かったので、急性アルコール中毒の可能性はある。


それとも、ただ寝たまま転生しているのか?


それを知る術はない。




はっきりしているのは…


今のオレは、まさに自分が意識を失う前にプレイしていたRPGゲームのような異世界に、あの絶叫とともに、勇者として転生したに違いないという事だった。




それはそれで良かろう。




オレはこの事態を、まずまず肯定的に捉えていた。


恐ろしい魔物も出てくるだろう。


だが、ここ最近で溜まりに溜まった鬱憤を、魔物相手に吐き出してやる。


今のオレは、ちょっと強いぜえ(きっと)


世界でも何でも救ってやる。




歪んだ勇者魂を燃えたぎらせて、オレは両の拳にぐっと力を込める。


うん、まだ武器らしき物は持っていないようだ。


少し冷静になって、握り締めた拳を、グーパーグーパーしてみた。


ついでに確認してみると、鎧や兜といった防具の類も身に着けていなかった。


装備に関しては、まあ、まだレベル1の勇者なんだろうから、仕方ないさ。

お金が手に入ったら、町の武器屋・防具屋で、一通りの支度を整えよう。


今、魔物が出てきたらマズいけど、ここはおそらく城の中だから、大丈夫だろう。




ひとまず石廊下を前に進むと、十字路に行き当たった。


正面は、扉がない簡易的な部屋になっており、覗くとそこに無造作に宝箱が一つ置かれていた。鍵は掛かっていないようで、蓋が半開きになっていた。


お、いきなりアイテムゲットか。


宝箱に化けたモンスターだったっていうオチは、初手ではないよね?


独り言をつぶやきながら、腰が引けた格好で、恐る恐る宝箱の蓋を開ける。


中には、石板のような物が入っていた。

大きさは、現代のタブレットぐらい。それに比べて、さすがに厚みは少しあった。


手に取ると、石板の表面が透明になり、そこに薄い水色の文字が現れた。




まずは、転生おめでとうございます!


この世界のルールは2つだけ。


① クリア条件 魔王デスゲイロの討伐

     →クリア条件を満たすと、現実世界に戻れます(^^)/


② 選択のやり直しは3回まで可能


     選択のやり直しをしたい時は、


※なお、現代的アイテムは、これ以降出現しなくなります。


それでは、健闘を祈ります。




これ、本当にタブレットだったんか。


簡潔なご説明、ありがとうございます。


オレは、居るか分からないゲームマスターに、心の中で社交的な礼を述べた。


にしても、選択って何を?




しかし、それ以上の説明はないようだったので、オレは石板を小脇に抱えて、十字路に戻った。


これは、肌身離さず持っていた方が良さそうだ。


もし、何か新しい情報が入るとしても、ここに入ってくるのだろう。




それから次に、十字路の右に行ってみた。


廊下の左右にいくつか小さな部屋があったが、今回は特に収穫はなかった。


そこを抜けると、廊下の幅が一気に広くなった。


これは何かあるな、と思っていると、正面にバカでかい立派な扉が現れた。

その見事さ、荘厳さからいって、扉の向こうは、


玉座の間、に違いなかった。


という事は、いよいよこの城の王とご対面か…




そういえば、まだこの城に入って、誰とも会っていない事に思い当たった。


扉を守っていて良さそうな衛兵の姿も、どこにも見当たらない。


そもそも、この扉、開くのかな?


半信半疑で腰を落として両腕に力を込めると、扉は重い音を立てて、一人の力でもなんとか押し開いた。




まず目に飛び込んできたのが、正面に幅広く敷き詰められた赤毛のじゅうたん。


その先が三段高くなっており、そこにまばゆいばかりの金色の大小の玉座が鎮座していた。


しかしそこにも、玉座の主たる、王と王妃の姿はなかった。広い部屋を見渡しても、やはり人影はない。




王が常にここにいるとは限らないからな。にしても…


無人の城、の可能性もあるわいな。




オレは思案に暮れながらも、赤いじゅうたんの真ん中をずかずかと歩いて、玉座の段に上った。


間近で見ると、金の玉座は、とても繊細な装飾が、脚にも肘掛けにも施されていた。


これは、王様が座る物以外の何物でもない。


いい仕事してますねえ。




こんな時のお決まりの台詞を呟きながら、オレは玉座の背面の壁に取り付けられた鏡を見た。


玉座の背面に曲者が潜んでいないかを確かめるために設置されたのかはさておき、オレは鏡の中の自分をマジマジと見る。


顔かたちは、現実世界とほぼ変わっていなかった。


顔は少し疲れているかなあ。


いや、それよりもだ。


鏡の中の自分の容姿を改めて見てみると、赤と金の刺繍でゴージャスに織られた着衣が、やたらと目を引く。それは、王族の物にしか見えなかった。




こりゃ、勇者というより、王様だ。




そう思った瞬間、芽生えたその考えは、ジャックと豆の木のように、ぐんぐん伸びて伸びて、一気に大きな葉を茂らせた。




考えてみたら、転生おめでとうとは言われたが、「勇者として」とは一言も言われてなかった。


オレがただ勝手に、直前にプレイしていたゲーム内の勇者に転生したと、思い込んでいただけに過ぎない。


思えば、その根拠は何一つない。




しかし、だからといって、王様て。




皆の羨望と期待を集めて魔王討伐に向かう側ではなくて、それを見送る側。


「勇者よ。そなたの活躍、期待しておるぞ」

と言われる側ではなく、言う側。




いやいやいや、思ってたのと違うんですけど。




オレは、畏れ多いが、玉座に座ってみる事にした。


オーダーメイドで作られたかと思うような、このフィット感。

黄金でできているからクッション性皆無のはずなのに、椅子が自分の体形に合わせてくるこの感じ。


あれーーーーーー


これ、オレの椅子ですか?




もし、オレが王様だったら、王様に出会わない事にも納得がいく。


今すぐ、誰かに聞いて確認したい。


オレはまた、居ても立ってもいられなくなった。


開きっ放しだった扉から、勢いよく外に飛び出した。

周囲に誰かいないか見回す。


すると、廊下の向こうに、小さな扉の付いた部屋があった。

先程の玉座の間は別格として、扉がある部屋は初めてだった。


駆け寄ると、木製の扉である。


その時、ゴリゴリと中から物音がしたように感じた。

空耳かどうか微妙だったが、期待と不安が入り混じった気持ちで、扉をそっと開けてみた。




中は予想に反して、真っ暗だった。

部屋の奥の方だけ松明か何かに照らされて、赤く、ほの明るくなっている。


奥に誰かいるのか?


近付こうとすると、ぺきっと何かを踏む音がした。


その瞬間、




グアーーーーーーーーーー




物凄い雄叫びが部屋の中に響き渡った。


オレは、身の毛が総立ちになるほどの恐怖にかられて、腰を抜かして動けなくなった。


思考が停止しそうになるのを、なんとか頭を振って正気を保った。


しゃがみ込んだまま、目を必死に凝らして、相手の姿形を捉えようとする。


すると、急速に目が慣れて、部屋の奥でうごめく輪郭が浮かび上がった。




人型の魔物か。

大きさは、オレよりも一回り大きい。


頭も、両手も、胴も、両脚も、包帯がぐるぐる巻かれていた。


ミイラか、アンデッドか。


更によく見ると、そいつの両手両足から、鎖のような物が伸びていた。


繋がれている?


そのせいで、あいつもこっちに来れないのか?




その時、ピーーンと、高い着信音が鳴った。




グエーーーーーーーーーー




聞き慣れない音がしたからか、魔物は更にいきり声を上げる。




オレはすぐさま、小脇に抱えていた例の石板を見た。


画面左上に、水色の着信マークが点滅している。


そして、こうあった。




テーブルの上のアイテム、どちらを選ぶ?


   ①短剣      ②手錠の鍵




これが、さっき言ってた「選択」か。


第一の選択が、ついに来た。

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