選択の正解を選び続けて魔王を倒してみる
モクのすけ
第一章 出発・前進編
01 開幕
人は人生において、何度選択を繰り返すのだろうか。
そして、選択したこと、選択しなかったことを、何度後悔するのだろうか。
「コウタ、考えておいてくれたか?」
声を掛けてきたのは、会社の3つ上の先輩だった。
ニカッという笑いがよく似合う、爽やかで、周りを惹きつけるオーラを持った人だ。
オレ(タカサキ コウタ 27歳)は、IT企業に勤めて5年になるシステムエンジニアだ。
残念ながら、先輩のような雰囲気を微塵も持ち合わせていない。
考えておくように言われた事とは、IT関連のベンチャー企業を立ち上げるから一緒に来ないか、という誘いである。
「いやー、どうも踏ん切りがつかなくて…」
二度目の誘いだったが、オレは今日もお茶を濁した。
会社の起業に携われるなんて、ワクワクした気持ちはもちろんある。
だが、成功する保証はない。今の会社の安住を捨ててとなると、決断がつかない。
冒険か、安定か。
「まあ、環境も大きく変わるわけだし、お前の気持ちも分かるよ。また一週間後に返事を聞かせてくれ」
先輩は何の嫌味もなく、そう言って立ち去った。
だが、三度目の誘いは無かった。
オレの一つ下の後輩がその話を聞きつけて、自ら名乗りを上げた。それで、オレの枠はあっさり埋まってしまった。
それから半年後。
先輩が立ち上げた会社はこの半年間で、IT企業の有望株と呼ばれるまでに急成長した。
それと相反するように、オレが残った会社はこの間に業績を悪化させ、ついに今日、オレは上司から希望退職の打診を受けた。つまりは、
一人暮らしのアパートに帰ったオレは、夕食もそこそこに、たいして飲めない酒を飲んだくれている。
気を紛らすために、スマホに一か月前にダウンロードしたRPGゲームを、ただ漠然と進める。
画面では、ダンジョン内の左右の分かれ道で、選択を間違えて全滅してしまった勇者一行に、国王が話しかけている。
復活してやり直す権利を与える代わりに、相応の小言をチクチク添えて。
「おお、勇者よ。全滅してしまうとは情けない。二択で間違えているようでは、先が思いやられるぞよ」
なんだか、自分が言われているようだった。
しかし王様。選択って、そんなに簡単じゃない。
それに、怖いじゃないか。
間違った方を選んでしまったら、どうしようって。
だから、どちらかを選べないことがあったって、それは悪いことじゃないだろう?
ああ、でもうらやましい。
オレも、このゲームの主人公のように、やり直しができたら…。
そうしたら、小言の一つや二つ、聞くのはぜんぜん構わない。
その時、メールの着信音が鳴った。
あまりのタイミングだったので、あるはずもないが、ふと、このゲームの異世界からの着信かと思った。
あの王様からの小言のメールだったりして…。
だが、違った。
会社の同僚が、オレの代わりに先輩について行った後輩の近況を、頼みもしないのに知らせてきたのだ。
『あいつ、最近高級車を乗り回しちゃったりしてさ、ずいぶん羽振りがいいみたいよ。やっぱり、今をときめく〇〇会社の社員は違うね。お前の方は大丈夫かい?』
初めにオレが誘われていた経緯を知ってるヤツだったので、オレを心配しているふりをして、皮肉を言って楽しんでいるんだろう。
あー、オレが悪うござんした。
またとないチャンスを逃したオレを嘲笑う権利が、お前にはあるよ。
オレは頭を掻きむしる。
「くそーーーーー」
コップに残っていた酒を一気に飲み干した。
あの時、先輩について行っていれば…。
いや、せめてあの時、もっと真剣に考えて結論を下していたら…。
次は一生懸命考えて決断する。
「だからオレにも、もう一度チャンスをくれーーーーー」
部屋中に響く叫び声をあげると、頭に血が上ったせいか、急に酔いが回ってきた。
頭がぐるぐる回って、オレの意識はそのままどこかに飛んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
一瞬の浮遊感からの…
意識を取り戻した瞬間、オレは支えを失ったように、少しの高さから落下して、硬い石畳に尻をしこたま打ち付けた。
あててててて
とあるブラジルのサッカー選手よろしく、大げさと思えるほど一通りのたうち回った後、オレは改めて周囲を見渡した。
左右の壁も、天井も、床も、すべてが石造り。
明らかに屋内だが、石の隙間で作られた窓から太陽の光が差し込んでいて、中は薄明るい。
一見して、現代的建築でないことは分かる。
この感じは…
そう、RPG的お城だ。
この手のゲームをいくつもやってきたオレには、すぐにピンときた。
そして、その中にオレがいるという事は…
これはもう二択に絞られた。すなわち、夢か、転生か、である。
そのどちらであるかを確かめるには、これが夢だと仮定して、そうではない事を証明すれば良い。
まず、床の石畳を改めて触ってみた。
冷たい。
その冷たさが、手のひらにジンジン伝わり、そのジンジンが感覚神経を通って、オレの脳に明らかに感知されているのが分かる。
オレは、良いとも悪いとも言えぬ微妙な笑みを浮かべながら、近くの石畳を触りまくった。
幸い周囲に人影はなかったが、もし誰かにその様子を見られていたとしたら、さぞかし気味悪がられた事だろう。
それから、さきほどぶつけた尻を、もう一度触ってみた。
痛い。
この感覚も、本物のように思われた。
そして、尻をまさぐった手を、今度は両
来てるな。これは、来てる。
夢の線が、徐々に消されていく。
オレは居ても立ってもいられなくて、立ち上がった。
左の石壁に、おでこをこすり付けた。
うん。
右の石壁に、頬を摺り寄せた。
うんうん。
最後に、石畳に大の字にうつ伏せになって、全身でその冷たさを感じた。
はい。これは間違えなーーーい。
転生で確定。
オレの凡庸な脳コンピューターは、これまでの情報を分析して、転生に当確の印を押した。
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