第10話
▫︎◇▫︎
僕、テオドール・アンソニー・ヴァルキリーの世界はモノクロだった。
美しい花を見てもなにも感じず、怪我をしても痛みを感じない。
ただただ惰性的に過ごす日々はあっという間に終わって行く。麒麟児と言われて、王太子に邪魔者として戦場に送られても、結局僕はなにも感じなかった。
“あの日”までは、僕はただのお人形だった。
「先客ですか?」
いつもの場所に向かった“あの日”、彼女を見た瞬間に僕の視界のの中に色というものが現れた。
白銀の長く下ろされた真っ直ぐの艶やかな髪に、ガーネットの瞳。
この世のものとは思えないほどに美しく整った容姿は、まるで花畑に突如現れた女神のようであった。
憂いを帯びた表情はとても美しく、僕の頬は柄にもなく緩んでしまう。
だからだろうか、僕はルールを破ってでも彼女に近づきたいと願い、そして実際に近づいた。
「………えぇ。あなたもここに?」
凛とした真っ直ぐな声は、とても美しい。
国で聞いた有名なオーケストラよりもずっとずっと美しい声に、僕の胸は震えた。
彼女の隣に腰掛けると、彼女ふっと目を見開いた。
「………魔法使い」
そう言った彼女はおそらく僕がヴァルキリーの人間であることに気がついているだろう。
だって、剣を見ればディステニー、銃を見ればヴィクトリア、杖を見ればヴァルキリーというのがこの世界の常識だからだ。
「はい。僕は魔法使いです。お姉さんは剣士さんですか?」
「えぇ」
遠くのお花を見つめながらそっけなく答える彼女は、とても美しい。薔薇のように孤高で、それでいて高潔だ。
仲良くなることは危険だと理解している。
僕はいずれ、彼女を殺さないといけなくなる。
こんなに美しい女性騎士は、あの国には1人しかいないはずだからだ。
ディステニー帝国第4皇女『戦姫』ワルキューレ・ディステニー。
純白に青い貴石の嵌め込まれた大鎌を振るう圧倒的強者。
残虐で冷酷無慈悲なほどの強さと美しさを誇る、ディステニーの最上のカードであり駒だ。
でも、僕はそんなことをおくびも出さずににっこりと笑って彼女に話しかけ続ける。
「お姉さんはよくここに来るのですか?」
「いいえ」
「じゃあ、お姉さんはここに初めて来たのですか」
「えぇ」
「お姉さんは戦場に来て何年目ですか?」
「………6年」
「お姉さんは武器を握ることが好きですか?」
「えぇ」
「姉さんは、戦争がお好きですか」
「ーーー好きよ」
僅かな逡巡と一瞬にして達観に変わった表情を、僕は見逃さなかった。
微笑みを深めて、僕は彼女に断言する。
「嘘ですね。お姉さんは戦争がお嫌いです』
「そう」
「お姉さんは自分のことに無関心なのですね」
「いいえ」
他の質問よりも早く、そして力強く断言されたことに、僕は少しだけ驚いた。でも、僕はこてんと首を傾げて彼女に向かって問いかけ続ける。
「そうですか?私には、お姉さんが自分のことを大事にしていないように思えます」
「そう」
やっぱり、僕には彼女が自分に無関心であるようにしか思えない。
「お姉さんはお花が好きですか?」
「えぇ」
「お花、綺麗ですよね」
「そうね」
とても優しく、そして寂しそうな顔をする彼女に、花はとてもぴったりだ。
「お姉さんは何のお花が好きですか?」
「特には」
「そうですか。じゃあ、この中でだったら、お姉さんはどのお花が好きですか?」
きょろきょろと見回す仕草すら愛らしくて、僕の頬は緩みっぱなしだ。
ある一点で辺りを見回すのをやめた彼女は、すっと細くて美しい指を青紫の花へと向けた。
「カンパニュラですね」
花の名前についても一通り全てを頭に叩き込んでいるおかげで、僕は彼女に教えることができた。
「?」
小さく首を傾げる仕草が幼げで愛らしくて、僕は思わず少しだけ笑ってしまった。
「“小さな鐘”という意味を持つ花です」
「そう」
「可愛いですよね。お姉さんみたいです」
「………そう」
少し言い淀む彼女が愛らしくて、僕は拗ねた様子の彼女にわざと言葉を重ねる。
「嬉しそうじゃないですね?」
「………小花だと言われたのは初めて」
「そうですか」
じっと見つめて、そして真っ先に思い立った花の名を僕は口にしてみた。
「………普段は薔薇とかですか?」
「えぇ」
「なるほどなるほど」
ガーネットの美しい瞳は、確かに彼女を形容するに相応しいだろう。
と呟きながら頷いた。
「薔薇はお嫌いですか?」
「えぇ」
「薔薇は、作られたものですからね」
「そうね」
彼女の言葉に、僕は親近感を持った。
僕は作り上げられた人間だ。
並はずれた魔法適正を持つように、並はずれた魔力を持つように、並はずれた頭脳を持つように。
そう、遺伝子が組まれるようにして結婚した両親から生まれた。
ーーーかあー、かあー、
僕の頭上を漆黒の鳥が飛ぶ。
いつのまにか橙に染まった空を見上げて、僕は時間が進む速さに落胆した。
「私はもう失礼するわ」
彼女の言葉に、僕は落胆を隠せない。
だから、正直に話す。
「そうですか、残念です」
「………敬語、使わなくて結構よ」
彼女は僕より先に立ち上がって立ち上がって、草を払ってこの区画を出るために歩き始める。
「ばいばい!お姉さん!!」
大きな声で言ってから彼女に向けてぶんぶんと手を振ると、彼女はくすっと不覚にも笑ってくれた。本当に愛らしい。
立ち止まって僕の方をまっすぐ向いてくれた彼女はその愛らしい赤いくちびるをゆっくりと開いた。
「お姉さんは似合わないから、そうね………フローラとでも呼んでちょうだい」
それだけを話すと、彼女はくるっと進むべき道を見据えてまっすぐと歩く。
遠くから離されたのに、彼女の声は僕の耳元で話したかのようにはっきりと聞こえた。
「フローラ」
可愛らしい偽名である彼女のお名前を呟きながらくすっと笑いが溢れた。
でも、なんだかとても気になった。
『フローラ』と名乗った時の彼女の表情は、なんだか寂しげで懐かしげだったからだろう。
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