第9話
▫︎◇▫︎
大鎌で炎を切って、私は足場の悪い獣道を躊躇い物なく全力疾走で直進する。
すれ違う敵兵を躊躇いもなく真っ二つにする様は、間違いなく『戦姫』よりも『死神』という言葉の方が似合いそうだ。
我ながらなかなかに上手なネーミングセンスに、乾いた笑いがこぼれる。
走って走って走った先に、私の待ち望み場所は存在しているはずだった。
けれど、実際のところ、そんなものはもう存在していなかった。
昨日まであった“奇跡”は、今日にはもう無くなっていた。
私の目の前に広がっているのは予想よりも最悪な状況であり戦況だった。
3つ、否、2つの国が戦っている。
森を、花畑を守るように戦うヴァルキリー王国と何もかもを破壊する覚悟で戦うヴィクトリア公国。
『手負の獣ほど危険なものはない』という教訓が、私の頭をこだました。
「チッ、」
ここ数日で戦況が一気に変動した理由は、ヴィクトリア公国の公王の死去によるものだった。どうやらディステニーの暗部が毒殺したらしい。
文明国家の中でもズバ抜けて最も賢く、戦場の指揮を遠隔で行っていた公王の死後、ヴィクトリア公国は見境がなくなり、まさに手負の獣と化してしまった。
私はそんな状況を楽観視していた。
大丈夫だろうと踏んでいた。
指揮者なき今、兵士には戦い抜く力がないだろうと判断していた。
でも、彼らは想定していた中で最も最悪なエンディングを選択してしまった。
何もかもを破壊して、全てを道連れにして行く道だ。
こうされてしまえば、圧倒的な技術力を持つ彼の国にディステニーにヴァルキリーもなす術もなく蹂躙されてしまって終局を迎えることになるだろう。
ーーーバーン!!
無慈悲な音と共に世界がどんどん破壊されて行く。
「っ、」
咄嗟の判断で大鎌を振るって攻撃を風圧によって切るが、どうにもならない。どんどん迫り来る攻撃は、私の体力をも削ぎ落とす。
ヴィクトリア公国の戦士はヴァルキリー王国の戦士によってどんどん殺されていっている。複雑でいて残虐な魔法は、時に文明をも超える。
正直に言って、この3カ国の中で最弱なのは肉体のみを鍛え上げる精神論などしか持ち出さないディステニー帝国だろう。
本当に情けなくなってくる。
「発射よーい!!」
ヴィクトリア公国の兵士の高らかな声と共に、今までの兵器とは見た目から明らかに違う兵器が構えられる。
頭の中にけたたましい警鐘が鳴り響く。
直感的に感じる死。
絶望的な生存確率。
私はくちびるを噛み締めて、私を覚悟する。
でも、なんとなく、それは違う気がした。
ぐっと相棒である大鎌を握りしめて、私はちゅっと口付ける。
「………もう少しだけ、一緒に戦ってくれる?」
ずっと重たくなっていた大鎌が、少しだけ軽くなった気がした。
私は大鎌をぶんと勢いよく振り回してから柄の下をぐさっと深く地面に刺し、大きな青い魔石に向かって詠唱をする。
「『風よ風。水よ水。我、我が身を守る盾を望む。激し炎を、風を、ありとあらゆる攻撃から我を守る盾となれ!!』」
ーーー詠唱が終わった瞬間、私の世界は白く染まった。
痛み、苦しみ、熱さはほんの一瞬で、私の身体は地面に倒れ込んでいた。
右手の感覚がないし、肋が筆舌し難いほどに痛い。
どくどくと命がなくなって行く感覚がする。
「フローラ!!」
大きな声と共に、ぼろぼろの青年が走ってくる。
痛む身体を叱咤して視線を動かすと、彼の後ろにはたくさんの兵士の屍があった。彼以外は、敵味方関係なく大きな攻撃を行う新兵器の攻撃を防ぎきれなかったのだろう。
本当に、彼の魔法は規格外だ。
魔法を教えてもらったからこそ分かった彼のすごさを、私はこんな死期に向かう場所で実感した。
あんな攻撃を受けてなお服がぼろぼろになりつつも平然としている彼に、驚いた。
「………あん、そにー」
けほっと口からも私の大切なものが溢れ落ちる。
今にも泣きそうな顔をしている彼は、味方を捨てて私の方に来たようだ。
本当に、味方を置いてここまで走ってきた私が言えた義理でもないが、『将軍』失格ではないだろうか。
「ーーーなにを、しに来たの、ですか。………てお、どーる・あんそ、にー・ゔぁる、きりー」
私はこの時初めて、拒絶の意味を込めて彼の本名を告げた。
ずっと前から気がついていた彼の本当のお名前。
私の母、忘れ去られたヴァルキリー王国第3王女エミーリエ・ネルケ・ヴァルキリーの甥であり、私の従兄弟にあたる敵国ヴァルキリー王国の第7王子テオドール・アンソニー・ヴァルキリー。
ぼたぼたと命がなくなっていく。
痛くて苦しくて、早く時間が経ってくれないかと身体は悲鳴をあげているのに、心は彼との逢瀬を喜んでいた。
この場所には、もう彼との思い出にものは残っていない。
でも、最期に彼に会えて、私はとても嬉しかった。
しかし、私は今、彼の敵国の将軍であり戦姫だ。
そんなことはおくびも出してはいけない。
「………フローラ」
将軍としての格好を見てなお、私の名前を愛おしいものを呼ぶ声で、表情で、雰囲気で呼ぶ彼に、私は苦笑する。
そんな気力が残っていたことに、私は我ながら驚いた。
私の今の格好は見るも無惨だろう。
多分右手はもう千切れているし、肋は折れているから、腕周りも腹回りも血だらけ。足の感覚があることすらも不思議な状態だ。
見られたくなかった。
ズボン姿の私なんて。ましてや、軍服姿の私なんて。
「………今、治すから」
そう言った彼は至極真面目な表情で、私は一瞬拍子抜けした。
「ふふっ」
「なに?」
「いい、え?………おなかは、どうなっても、いいから、て、から、なお、して?」
少し怖い顔をした彼に、私は笑った。
治せるものなら治してみるといい。こんな傷、治りっこない。どうせ死にゆく運命ならば、私は自分の手が欲しい。
「っ、そんなこと許すわけないだろ!?」
彼が魔法を使ったからか、少しだけ呼吸が楽になった。
「右手は、商売道具だから、………いるの」
「必要ない!!」
絶望のような絶叫に、私は苦笑した。
「絶対に死なせない!!」
彼の地を這うような低い怒りのこもった叫びを最後に、私のどうにか保っていた意識は、深い眠りへと落ちていった。
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