第72話:飲み比べ
父上と母上に奔走してもらっていたのに、それが全て無駄になってしまいました。
酒に狂った炎竜に何を言っても無駄でした。
ですが、どうしても受け入れてもらわなければいけない条件がありました。
受け入れてもらえないになら、命懸けで戦うしかありません。
「炎竜様、どうしてもこの砂漠の外に出ると言われるのでしたら、身体から発しておられる灼熱の炎を何とかしてください。
そのまま外に出られたら、人の世界が滅びるだけでなく、全ての生き物が焼き殺されてしまいます」
「おお、そうか、そうだったな。
炎気を抑えなければ地上を滅ぼしてしまうのであったな。
それくらいの事なら容易い事だ」
炎竜はそう言うと、これまで放っていた炎気を一瞬で抑えました。
やれるのなら最初から抑えてください!
炎竜の巨体でソニックブームを起こされると、地上への被害が大き過ぎるので、しかたなくゲートを開いてゲヌキウス王国の王都にまで行きました。
言い訳などしなくても、炎竜がやったと思ってくれるでしょう。
「ウワァアアアア!」
「りゅ、りゅ、りゅ、りゅうだぁあああああ!」
「りゅうが、りゅうがでたぞぉおおおおお!」
「でかい、でかすぎる、王城がひと飲みにされてしまうぞ!」
ゲヌキウス王国の王都がパニックになっています。
中型亜竜や大型亜竜が小指の先ほどに感じてしまう巨大な竜が相手です。
そう思っても仕方がないですが、王城をひと飲みは大げさです。
「俺の姿を上空に映し出してください。
地上からよく見える高さに映し出してください。
城砦都市のどこからでも見えるようにしてください。
声も聞こえるようにしてください。
魔力の半分まで使って構いません。
俺の姿と声を王都中に届けてください。
ツー・フォーシブリィ・デリバー・ワァンズ・アピアランス・アンド・ボイス」
必死で想像しながら魔法を使うと、思い描いていた通りの巨大スクリーンが生み出されました。
王と城壁の少し外側に八面の巨大スクリーンが創り出されています。
野球場にあるスクリーンの更に大きい物が、野球場をぐるりと覆っていると考えてくださればいいでしょう。
「怖がらなくていいです。
ここに居られるのは伝説の炎竜様ですが、話し合いに応じてくださいました。
必死で説得して、お酒を捧げれば人間を滅ぼさないと約束してくださいました。
国王陛下、母上が酒を売ってくださいと交渉に来たはずです。
もう売ってくださいと言う段階は過ぎてしまいました。
我が家で出せる酒は全部出しました。
陛下も出せるだけの酒を出してください。
それが炎竜様の気に入らなければ国が焼き滅ぼされると思ってください。
酒を隠しているのが分かれば、王侯貴族であろうと平民であろうと殺されます。
今直ぐ家にある酒を全部外に出してください」
俺は一気に話しました。
内心少し焦っていたので、早口になってしまいました。
二度三度と同じ事を話すうちに、王都の各場所で酒が運び出されました。
ですが、狭い路地の中にある酒場ばかりです。
肝心の王城は全然酒を出そうとしません。
このままでは炎竜が王都平民町を踏み潰して酒を飲もうとするかもしれません。
「炎竜様、か弱く従順な平民を踏み潰さないでください。
炎竜様が降りても大丈夫な、王城の中庭に降りてください。
あそこで人間を殺さない程度に吠えてくだされば、いえ、口を開けてくださるだけでいいです」
「余を頭の弱い亜竜と一緒にするな!
酒が飲みたいからと言って、人間を踏み潰したりせん!」
そう言う事は、口から垂れるよだれを止めてから言ってください。
鼻はひくひくしていますし、目も路地の酒に釘付けになっています。
それでも俺の言う事を聞いて、路地にはいかず王城の中庭に降りてくれました。
「もう諦めてください。
必死で頼みましたが、一向に酒を出さない陛下に炎竜様が激怒されています。
王家が滅ぶのは陛下が愚かだからです」
「ウワァアアアア」
「にげろ、逃げるんだ!」
「くわれる、喰われてしまう」
「酒だ、何をしている、今直ぐ酒蔵から酒を運び出せ!」
王城内は混乱を極めていました。
未だに惰弱で忠誠心の欠片もない者が多いのか、王を守ろうとする者も、酒を運び出そうとする者も少なく、大半は王城から逃げ出すばかりです。
「ここだ、ここが酒蔵だ。
炎竜様、ここの酒を好きなだけ飲んでいただいて構いません。
ですから陛下を喰い殺すのだけはお止めください!」
姿形から、王家に仕える高位の騎士なのがひと目で分かる男が、必死で注意を引こうと飛び跳ねています。
少なくとも一人は忠義の騎士がいたのが救いです。
「炎竜様、あちらに酒があるようです。
俺が運び出しますので、味見してください。
それで家の酒と味が変わらないのなら、王家に命じられた方が沢山酒が飲めます。
我が家のような辺境の弱小貴族では限界がありますから」
「そうか、惰弱な人間の王では大して期待できないが、王以下の領主よりは力があるだろうから、その方が良いだろう。
分かったからさっさと酒を運んでこい。
運ばねばそこを壊して飲むぞ」
もう我慢できなくなったのか、酒蔵の屋根を今にも破壊しそうだった。
「そこの騎士、この酒が不味ければ炎竜様が大暴れされる。
酒蔵にしまわれる程度の酒ではなく、城の奥に仕舞われる酒も持ってこい。
俺が抑えられるのはここまでだぞ!」
「分かった、直ぐに王家秘蔵の酒を持ってくる。
だからここの酒が不味いからと暴れるのは止めてくれ」
「約束はできんが努力はする、急げ」
「頼んだぞ!」
「不味い、なんて不味い酒だ!
渋いは酸っぱいは甘くないわ、全然美味しくない!
こんなものを酒だと言うのか?!」
「これは王家に仕える家臣が飲む酒なので、それほど不味くないはずです。
国王が自分や寵臣のために取ってある酒はもう少し美味しいと思いますが、大昔の酒もこの程度だったのではありませんか?」
「はぁ、そんな昔の事など覚えていない!
さっきお前が捧げた酒よりも不味い、それだけだ!」
「ですから、我が家の酒が一番美味しいと言ったではありませんか。
材料になる麦やリンゴ、ブドウが特別だと言ったではありませんか」
「それがどうした、同じ物をここで育てればいいだろう」
「炎竜様が卑小で下劣だと言う人間に、自然に逆らう力などありません」
俺だけはあるけれど、そんな例外を認めたら、後々もっと無理難題を言われるから、今は魔法で品種改良ができない事にしておこう。
そもそも、東竜山脈に適応した品種改良をした果樹は、平均的なゲヌキウス王国領で育つか分からないし、育ったとしても果実が甘くなるかも分からない。
「くっ、お前の家と同じ酒を造れるところはないのか?!」
「私は子供で酒を飲みませんから、家と他所の違いははっきり分かりません。
ですが、家族や家臣の話では、無いと言っています。
ただ、王家や有力貴族が、自分のために特別な酒を隠しているかもしれません。
だから直接交渉しなければ、無いとは断言できません」
「だったらその特別な酒を直ぐに持ってこい!
ここの酒はどれも不味い!
臭いでさっき飲んだのと同じ渋くて酸っぱいのが分かる」
「急ぐのでしたら、先ほどの騎士が向かった方に顔を向けて言ってください。
酒はまだかと」
「酒はまだか!」
炎竜の怒りの声が王城ばかりか王都中に鳴り響きました。
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