第73話:脅迫行脚

「うっわ、汚いですねぇ。

 幾ら炎竜様が怖いとは言っても、一国の王が失禁脱糞してはいけないでしょう」


 なかなか王家用の酒を持ってこない事に激怒した炎竜が、俺の許可を貰ってから威嚇の咆哮を放ったのですが、その結果はとてもおぞましいものでした。


 失禁脱糞したのは王だけではなく、重臣以下の多くの家臣使用人が粗相をしてしまい、王城内はとんでもない状態になっています。


「陛下、王城内の酒は全部炎竜様に捧げていただきますよ。

 我が家だけが酒を捧げるのは不公平過ぎますから。

 それと、王国中の王侯貴族に酒を捧げるように命じてください。

 今この場で陛下直筆の書状を書いてください。

 あ、サインと印章も忘れないでくださいね。

 宰相、貴男も何時までも腰を抜かしてないで、さっさと書いてください」


 失禁脱糞した臭い連中が群れている場所にいるのは嫌ですが、しかたりません。

 これをやっておかないと、王国中から酒を強制徴発するのが、俺の責任になってしまいます。


 俺だって遣りたくてやっている訳ではありません。

 炎竜の脅威から人族を守る為にやっているのです。

 俺や我が家だけが大きな負担を背負わなければいけない理由などありません。


「少しはましだが、まだ渋くて酸っぱいぞ!

 王家の酒でもこの程度なのか?!」


「そうですか、それほど味に違いがありますか。

 では仕方ありません、国中を巡って美味しい酒を探しましょう」


 王家王国の兵士や使用人に、王城内はもちろん王都中の酒を集めてもらいました。

 二日ほどかかりましたが、仕方ありません。

 その間炎竜は、不味いと言いながらも酒を浴びるほど飲んでいました。


 炎竜の身体が小山のように大きいのが問題でした。

 一度に飲む酒の量が多過ぎますし、満足するまでの量も多過ぎます。

 一国の王都内にある酒の半数が、たった二日の間に飲み干されてしまいました。


「このお酒を全部飲んでしまったら、来年までお酒は飲めませんよ」


「なんだと、これっぽっちの量で酒が無くなると言うのか?!」


「偉大な炎竜様と卑小な人間では身体の大きさが違い過ぎます。

 何度も言いましたが、ここは王都なのですよ。

 ここに一番良い酒が一番沢山集められているのですよ。

 その半分を飲んでいしまっているのですから、無くなるに決まっているでしょう」


「だが麦酒なら一年も待たないで造れるではないか」


 ちっ、酒を醸造するのに必要な日時を知っていたのですね。

 

「確かに麦酒なら三カ月ほどで造れるでしょう。

 ですが、その麦をどこから集めてくるのですか?

 炎竜砂漠で話しましたよね?

 この周囲の国が不作と凶作だと。

 先に造っている酒を奪うだけでも、卑小な人間が沢山飢えるのです。

 炎竜様は人族から食用の麦を奪って餓死させたいのですか?!」


「ふん、そう言えば余が人間の食糧を奪わないと思っているのだろう?」


「はい、偉大な存在である炎竜様が、人族のような卑小な存在の食糧を奪い、大量に餓死させるとは思っていませんから」


「ちっ、仕方がない、餓死するまで酒を造れとは言わん。

 だが、お前が最初に口にしていた、国中の酒を飲み比べてみろと言った言葉は果たしてもらうからな」


「分かっています、国中の王侯貴族から酒を徴発して回りましょう」


 最初は王都周辺の貴族領や騎士領を周って酒を集めました。

 小さな騎士領では集められる酒の量が少なかったです。


 中には隠して渡そうとしない領主もいて、何度か炎竜が咆哮を放って脅かさなければいけなかったです。


 そんな領主は全員失禁脱糞してしまったので、領民の前で大恥をかいてしまい、忠誠心も威厳も地に落ちていました。


「俺の姿と声を領都中に届けてください。

 ツー・フォーシブリィ・デリバー・ワァンズ・アピアランス・アンド・ボイス」


 最初に王都に使った映像拡声魔術ですが、一度使った事で前段階の言葉を全部省いても、魔法を発動できるようになりました。


「怖がらなくていいです。

 ここに居られるのは伝説の炎竜様ですが、話し合いに応じてくださいました。

 必死で説得して、お酒を捧げれば人間を滅ぼさないと約束してくださいました。

 国王陛下からも、王国中の酒を炎竜様に捧げるように勅命をいただきました。

 王家王国も我が家も全てのお酒を捧げました。

 酒を隠しているのが分かれば、王侯貴族であろうと平民であろうと殺されます。

 今直ぐ家にある酒を全部外に出してください」


 何度か上位貴族の領都で酒の供出を命じて思い知りました。

 酒好きのお酒に対する執着は俺の想像をはるかに超えていました。

 炎竜に喰われると脅されているのに隠そうとするのです。


「くっ、まずい、不味すぎる!

 なぜこれほど不味い酒を平気で造れるのだ?!」


「だから最初から何度も言っているではありませんか。

 我が家の麦や果物は、魔法の力で美味しくしたと。

 美味しい酒が飲みたいのなら、我が家を守って酒造りに専念できるようにしなければいけません」


「お前達が酒造りに専念できるようにすれば、もっと多くの酒を飲めるのだな?」


「最初に言っておきますが、炎竜様に満足していただけるほどの量は無理ですよ。

 東竜山脈にある畑や果樹園は狭くて、人間が生きていくのに必要な量を確保した後で、残りを酒造りにするのです。

 どうしても量に限りがありますから」


「だったら余が必要な食糧を全部集めて来てやるから、畑の麦や果樹園の果物を全部酒造りに回せ!」


「全部は無理ですよ、全部は。

 人間は肉ばかり食べていては死んでしまいます。

 麦や野菜、果物も食べないと酒造りができません」


「ちっ、仕方がない、最低限だぞ、少しだけ食べさせてやる」


 こいつ、本当に偉そうだな。


「分かりました、絶対に守ってくださいよ。

 肉も確保してくださいよ」


「何度も言うな、余は誇り高き炎竜様だぞ、約束した事は必ず守る」


 などと言い争いながら、九十日もかけて国中を巡りました。

 領都だけでなく、全ての都市と村を周ってあるだけの酒を集めるには、どうしてもそれくらいかかってしまったのです。


 その間の一度連邦に避難させていた家臣領民を東竜山脈の村に戻しました。

 これで初冬に撒いた麦の収穫を諦めないですみました。


 俺なら魔力に任せて無理矢理促成栽培する事ができます。

 酒も促成醸造できるでしょう

 ですが、俺だけしかできない事を、当たり前だと思われる訳にはいきません。


 最悪の場合は、炎竜のご機嫌を取るためにやる覚悟はしていましたが、想像していた以上に気の好い奴でしたので、やらなくてすみました。

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