第71話:麦酒とリンゴ酒と少しのブドウ酒

「炎竜砂漠の主、炎竜様と話し合いができました。

 これまで通り、竜爪街道とその周辺、東西の竜山脈の三千付近なら住み続けて良いという話ですので、急いで戻ってください。

 ただし、交換条件として酒を渡さなければいけなくなりました。

 父上と母上の権力で集められるだけの酒を集めてください」


「……以前から常識外れなのは分かっていたが、それにしても限度があるだろう」


「そうよ、ディド。

 幾ら何でも伝説の炎竜と交渉するなんて、無茶過ぎるわ。

 やってしまった事は仕方がないけれど、もう二度としないでちょうだい」


「俺もやろうと思ってやったわけではありません。

 連邦に戻ろうとしたところで、炎竜が石板に書かれている時期より早起きしてしまった、逃げられなかったのです」


「逃げようとしても逃げられなかったと言うのなら、これ以上は怒れないな」


「そうね、ディドが嘘をつくはずもないし、相手は伝説の炎竜だものね」


「はい、自分一人なら戦えなく無いと思いますが、炎竜のブレスを無効にはできませんので、周囲は灼熱で焼かれてしまいます。

 竜山脈を穿った竜爪街道のような物が幾つもできてしまいます。

 連邦にいても巻き添えで死んでしまうかも知れません」


「……炎竜と戦えると言うのか?」


「あら、あら、まあ、まあ、流石ディドね。

 もう少し大きくなったら炎竜を斃せそう?」


「斃せるかどうかは分かりませんが、斃せるようになったとしても、周囲に甚大な被害を与えるのは間違いありません。

 下手に戦うよりは、ご機嫌を取って守ってもらった方がいいと思います。

 美味しい酒を大量に捧げれば、炎竜砂漠に住む事を許してくれるようです。

 ここは何としてでも酒を集めなければいけません」


「そう言う事なら、俺も本気で酒を集めなければいけないな。

 身体強化を使って近隣領にある酒を掻き集めよう」


「凶作後の厳寒期ですから、酒はとんでもなく貴重品だと思います。

 代価の食糧と燃料は十分与えてあげてください」


「心配するな、それくらいの事は分かっている」


「だったら私はゲヌキウス王国内のお酒を集めるわ。

 王都になら結構な量の酒があるはずよ。

 ディドが運べるだけの輓竜と一緒に送ってくれたら、王も有力貴族も無抵抗であるだけのお酒を譲ってくれるはずよ」


「そうですね、父上にも頑張って酒を集めていただきたいですが、連邦内よりもゲヌキウス王国内の方があると思います。

 ただ、量があれば良い訳ではなく、炎竜が美味しいと思うかどうかなのです。

 できるだけ多くのお酒を集めて欲しいのです」


「種類が多い方が良いと言うのなら、俺が無駄足になる事もないだろう。

 今直ぐ集めてくるから、パトリの事は頼んだぞ」


 幾つになっても父上は母上を大切にされる。


「母上の事はお任せください」


「ここは寒過ぎるから気をつけてね」


 母上も父上を愛し続けておられる。


「心配するな、暑さ寒さには慣れている」


 父上が極寒期の連邦を奔走してくださいます。

 幾ら身体強化魔法が使える父上でも、油断すれば魔力切れで死んでしまいます。

 心配ですが、お任せするしかありません。


 母上は、話し合った通りゲヌキウス王国の王都にお送りしました。

 三十頭少しの輓竜と一緒に送りましたので、心配はいりません。

 今のゲヌキウス王国に我が家に逆らう気概はありません。


 それに、脅して奪うのではありません。

 十分な対価を払って売ってもらうのです。

 中型肉食竜、斑竜の肉が対価なら向うの方が得をしています。


 俺は父上と母上だけ働かせるほど酷い子供ではありません。

 直ぐに炎竜に渡せる、我が家で造っている酒を持って行きました。


「炎竜殿、これが我が家で造っている麦酒とリンゴ酒、ブドウ酒は昨年から造り始めたばかりなので、まだまだ美味しとは言えないと思います」


「ほう、そこそこ量があるではないか。

 味さえよければ住む事を許してやろう」


 炎竜の前に置かれているのは、一度連邦まで運んだ我が家で造った酒樽と酒甕。

 この世界の容量を基準にしているから、リットルでもなければパイントでもない。

 まして石や斗、升で量を表す事はできない。


 だが、人間の大きさがあまり変わらないので、飲める量も食べられる量もそれほど変わらないので、普通の労働者が一日で食べる大麦の量、五百グラム程が単位です。


 ローマ軍の兵士がい父にで食べたとされるパンが八百グラムから一キロ。

 フランスブルゴーニュの漁師に至っては三キロものパンを支給されています。


 もしかしたら、支給されたパンには家族の分が含まれているのかもしれませんが、一日の内に独りで食べたとしたら、とんでもない量になります。


 話が横道にそれてしまいましたが、酒樽や酒甕は輸送も考えないといけません。

 造り酒屋で、そこから動かさないのなら、とんでもなく大きな物も使えます。

 ですが、売り物や贈答用にするなら、人が運べる重さ大きさになります。


 ワイン樽で1タン、2パイプ、3ファーキン、4ホッグスヘッド。

 6ティアス、8バレル、14ランドレット、256ガロン。

 俺の一番わかりやすい単位では、1タンが953・92リットルになります。


 これがビール樽だとホッグスヘッドからしかありません。

 1ホッグスヘッド、1・5バレル、3キルダーキン、6ファーキン。

 54イギリスガロン。

 1ホッグスヘッドが245・49リットルです。


 日本酒の酒樽だと、酒を造る樽は別にして、売り買いする大きさは4斗からです。

 1石、10斗、100升、1000合。


 1石が180リットルで、重さで言えば180キロになります。

 玄米の重さだと150キロですが、今回は酒なので180キロです。


 普通の人間に、樽の重さとは別に180キロを運べと言うのは無茶です。

 幾らこの世界の人間が力持ちでも、落として酒を駄目にしてしまいます。

 だから重くても4斗72キロと言うのは妥当な重さ大きさです。


 この世界では日本で言うマグカップは素焼きの蓋付きです。

 金属製は貴重で使えませんし、ガラス製などとんでもない話しです。

 木製も酒が漏れないように造れる職人が少ないです。


 素焼きの酒杯の容量は目算で200ミリリットル位だと思います。

 それが5杯分入るピッチャーのような素焼きの酒器があります。


 一番小さな酒樽は、1リットル前後の酒器20杯分で20キロになります。

 次の大きさの酒樽は、1リットル前後の酒器40杯分の40キロです。

 一番大きな酒樽で、1リットル前後の酒器80杯分80キロになります。


 この世界の人間なら、80キロの酒樽なら落とす心配なく運べます。

 特に地竜森林の魔樹で造った酒樽なら、少々乱暴に扱っても大丈夫です。

 炎竜の前に80キロの酒樽をずらりと並べてやりました。


「うむ、不味くはないが、美味いとも言えない。

 麦酒だから仕方がないが、酒精も弱い。

 この程度の酒ではこの地に住ませる気になれぬ」


「では次のリンゴ酒をお試しください」


「ふむ、量はそこそこあるようだが、問題は味だからな。

 うむ、ほう、これはなかなか、甘味が強いではないか。

 これは、これは、悪くはない、悪くはないぞ」


「リンゴ酒はブドウ酒よりも一年早造り始めたのですが、まだ造り手によって味と酒精が安定していないそうです。

 俺はまだ幼いので飲めないのですが、リンゴの風味と甘さと酸味が特徴で、女性に好かれているそうです。

 ただ、材料にするリンゴがここで育ったリンゴなので、ここを出て行くと二度と造れなくなるのが問題です」


「……」


「次はブドウ酒を試してみてください。

 ブドウ酒も材料となるブドウによって味が変わってしまいます。

 外のブドウでどれほどのブドウ酒が造れるのか、やってみなければ分かりません」


「……良い風味だ。

 酒精は頼りないが、ブドウの風味が鮮やかに残る甘さと酸味が引き立っている。

 ここに住まなければ同じ物が造れないのだな?」


「はい、外のブドウだと同じ味のブドウ酒にはなりません」


「ここに住ませたら、酒精の強い酒は作れるのか?!」


「炎竜様の影響を利用すれば、燃料なしに酒を蒸留できます。

 最初は何度も失敗するでしょうが、十年ほどの時間をお与えくだされば、蒸留を重ねて酒精の強い酒が造れると思います」


「……外の酒を持ってこい、今直ぐ持ってこい、それと比べて決める。

 もし不味い酒だけ選んで持ってきたら、地の果てまで追いかけて殺してやる!」

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