第56話:緑化11と蕪料理

「ディド、無理をする事はないのよ。

 もう貴男は十分以上の事をやってくれているわ」


「いえ、別に無理をしている訳ではありません。

 これくらいの魔力なら、使った事も分からないくらいです」


 鉱山村の周囲に果樹園を作っている俺を心配した母上が、声をかけてくれます。

 もう敵に襲われる心配がないので、村と村の間を長くする必要が無くなりました。

 敵が補給できないように、井戸や畑を作らない方針を完全撤廃したのです。


 下に村がない、まだ利用していなかった地下水脈で果樹を育てます。

 接ぎ木の台木には地下深くまで根を伸ばす固有種を使います。

 更に魔術で品種改良して、葉に塩分を含むようにしてあります。


 もちろん実には普通の桃や柿、林檎や梨が実ります。

 塩の葉と甘い果実が実る、現実離れしたハイブリッド果樹です。


 他にも植えたい木、品種改良に使いたい木が有りました。

 塩の木とも呼ばれるヌルデ、白膠木を探してもらっていたのですが、残念ながら見つからなかったのです。


 ヌルデは房状の実の成る木なのですが、干からびると白い粉状のもの、リンゴ酸カルシウムが表面に現れるのです。


 リンゴ酸カルシウムは吸収されやすいカルシウムなのですが、塩辛いのに塩分が含まれていないのです。


 大量の塩を作れるようになった我が領では、以前の塩欠乏時代の反動もあって、塩分を摂取し過ぎる傾向があるのです。


 そこで、塩分を含まないのに塩辛い実が成るヌルデを探させていたのです。

 もし実の塩辛さが塩の代用に受け入れならなかったとしても、蝋の材料になるので手に入れたかったのです。


 他にも使い道があって、鉄漿に使う事はありませんが、薬や染料に使えますし、給水しにくい性質の材木は、色々な用途に使えます。


 他にも探させている草木は沢山ありますが、手元にない物を嘆いていても仕方がないので、今手に入っている草木を使って品種改良をするしかありません。


 普通に考えると、一番効率的直は、美味しい葉物野菜と根菜を組み合わせる方法なのですが、これが意外と難しいのです。


 令和平成の日本人常識で測ると大きな間違いを犯します。

 現代では食べていなかった根菜の葉は、昭和の中頃までは食べていたのです。


 蕪や大根、人参の葉は普通に美味しく食べられます。

 塩が大量に手に入るようになったので、塩漬けにして保存食にできます。


 この世界の野菜は、品種改良された日本の野菜より苦みやえぐみがありますが、この世界の人達にとってはそれが普通で、とても美味しくいただけるのです。


 ただし、野菜の中には葉や茎に毒を含む物があります。

 よく知られている代表がジャガイモですね。

 ジャガイモの芽に毒が含まれているのを知っている人は多いでしょう。


 同じように、ナス、トマト、ピーマン、パプリカは毒を含んでいます。

 そうなのです、ナス科の植物は毒を含む事が多いのです。

 それで大失敗をしてしまっていたのです。


 トマトの葉や茎に毒を含んでいる事を知らずに、塩葉を作ってしまったのです。

 最初に危険がないか家畜で試してよかったです。

 一部の家畜だけでしたが、食中毒を起こしたのです。


 それからは塩トマトは塩害駆除にだけ使いました。

 葉や茎は地竜森林か東竜山脈の魔境に捨てる事にしました。


 魔獣や亜竜なら少々の毒でも大丈夫でしょう。

 少し魔獣や亜竜を狩り過ぎている気がするので、少しでも餌が多い方が良いかもしれません。


 品種改良前に、葉や茎に毒を持つ野菜がないか試作しました。

 もちろん最初に人間に食べさせたりしません。

 山羊や羊などの家畜に食べさせて試しました。


 ピーマン、パプリカ、ナスに毒が有る事が分かりました。

 お陰で無駄な魔力を品種改良に使わなくてすみました。


「今日はディドが料理をしてくれるのね。

 最近ディドの料理が食べられなかったからうれしいわ」


 品種改良に成功した新蕪と以前のままの旧蕪。

 どちらが美味しいか食べ比べしてもらおうと料理をしたのですが、こんな風に母上に喜んでもらえると、少し胸が痛みます。


「申し訳ありません」


「連邦にいる事が多くなってしまいましたから、仕方がないわ。

 でも、毎日品種改良や調教に戻っているのですから、料理はしなくてもいいので、顔だけは見せて欲しいわ」


「毎日という訳にはいきませんが、できるだけ顔を出すようにします」


 そう言う話をしながら、自分の手で料理を作り振るまいました。

 最初に食べてもらったのは、蕪の葉と鳥のスープです。


 最近は畑の野菜や穀物、果樹の実を狙って鳥がやって来るようになりました。

 以前は全く見なかった渡り鳥や小鳥が結構な数やってくるのです。


 害鳥なので狩らなければいけませんが、どうせ狩るのなら美味しく食べる方が良いと、焼鳥やフライドチキンで食べて美味しいか、試作と試食を繰り返していました。


 今回は鳩くらいの大きさの害鳥を使いました。

 内臓は抜いて奇麗に洗っていますから、灰汁は少ないです。

 骨付きのまま使っていますから、それなりの出汁がでています。


1:内臓を取って奇麗に洗った鳥をぶつ切りにして鍋に入れる。

2:食べやすい大きさに切った茸と蕪の葉と水を加えて強火で煮る。

3:好みの香草を加え、塩胡椒で味を調えて完成です。


「10人分材料」

蕪の葉  :500g

鳩サイズ鳥:2羽

茸    :10個

香草   :適量

塩    :適量

水    :1500ml


「ディドのためになる事だから、正直に言うわね。

 どちらも美味しいけれど、私は昔のままの蕪の方が美味しいわ。

 独特の風味、苦みがないと物足らないのよ」


「えええええ、私は新しい方が好きよ」


「ファニ!

 何度言ったらちゃんと話せるようになるの!」


「あ、ごめんなさい。

 でも、母上が苦い方が好きだなんて言うから驚いてしまったの。

 父上だって驚いたでしょう?」


「ふむ、俺も苦い方が美味しいと思うぞ」


「えええええ、嘘でしょう?

 あ、父上は母上が怖くて嘘をついているのでしょう!」


「ファニ!」


「あ、ごめんなさい、でも、嘘をつく父上が悪いのよ」


「ファニ!

 今度マナーの悪い言動をしたら食事抜きですからね!」


「ごめんなさ、ごめんなさい、ごめんなさい、食事抜きだけは許して。

 フェルディナンド殿下の料理だけは最後まで食べさせて、お願い!」


 ファニ姉上が可哀想だから、助け船を出してあげましょう。


「貴重なご意見ありがとうございます。

 多くの人に話を聞いて、どれくらいの割合にするか決めます」


「そうしてちょうだいね。

 幼い子、子供達は苦みがない方が好きだと思いますから」


「はい、ありがとうございます。

 次の料理も食べ比べてもらえますか?」


 俺が次に出した料理は鹿肉と蕪の塩香草炒めです。


1:脂身の多い鹿バラ肉と蕪を食べやすい大きさの薄切りにする。

2:蕪の葉はざく切りにする。

3:香草をみじん切りにする。

4:中火で熱したフライパンに鹿脂を敷きます。

5:先に蕪を入れて良い色がつくまで炒めます。

6:鹿バラ肉を入れて塩を振り炒めます。

7:蕪の葉と香草を加えてしんなりするまで炒めて完成です。


「10人前材料」

鹿バラ肉:1000g

蕪   :大10個

香草  :適量

塩   :適量


「これもとても美味しいわ。

 此方の方も品種改良前の蕪の方が好きだわ」


「私、母上と違って品種改良後の蕪の方が食べやすくて好きですわ」


 ファニ姉上が丁寧な言葉遣いで反対意見を言いだしました。

 しっぺ返しに行儀作法の勉強をさせられても知りませんよ。


「子供にこの美味しさは分からんよ、なあ、パトリ」


「そうですわね、ファニは行儀作法も満足にできないお子様だから、大人の味が分からなくても仕方がないわ」


 そんな悔しそうな顔をするなら、最初から喧嘩を売らなければいいのに。

 反抗期なのかもしれませんが、父上と母上に勝てる訳がないでしょう。


 それにしても、塩と香草だけでは味の再現に限界があります。

 オイスターソースは無理でも、大豆醤油か肉醤油は再現したいですね。


 塩と砂糖で甘辛い料理を再現したいとは思いませんが、砂糖と醤油を使った甘辛さを再現したいです。


 鹿肉と蕪の塩香草炒めも、最後の仕上げに砂糖醤油を使えたら、鹿肉と蕪の甘辛炒めという、全く違う料理にできたはずです。


 美味しくなるかどうかは分かりませんが、メイプルシロップと塩で甘辛炒めにしたら、全く新しい美味しい料理が完成するのでしょうか?

 時間がないし、試食するのが怖いから、料理人に頑張ってもらいましょう。

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