第57話:舞踏会と晩餐会
「お疲れではありませんか?」
「アン姉上こそお疲れではありませんか?
無理に踊る必要などないのですよ。
適当に休まれてください」
「ご心配ありがとうございます。
ですが、父上と母上の躾に比べたらずっと楽ですわ」
俺がブロデン大公王国の半分を割譲されてから、毎日多くの侯王や公王から招待状が届くようになりました。
その中には、ブロデン大公王国に残った領地で独立を宣言している連中もいますし、俺が割譲された事になっている領地で独立を宣言している馬鹿もいます。
そんな連中の招待を受けてしまうと、独立を承認する事になりますので、絶対に受けないですし、此方の行事に招待する事もありません。
それにしても、本当に愚かな連中です。
あれだけの実力差を見せたと言うのに、俺を怒らせるような招待状を出すとは、情報収集力もなければ分析能力もありません。
俺がもっと冷酷非情で、自分の民が餓死するのも平気な性格だったら、今直ぐ皆殺しにして占領していた事でしょう。
全員殺して家臣を派遣する事もできなくはありません。
ですがそんな事をしたら、家臣達がオーバーワークになってしまいます。
それでなくても多くの負担をかけているのです。
力及ばず預かり地の民を餓死させてしまうような事になったら、家臣達の心に大きな傷を残す事になります。
俺自身も、目の前にいる人を見殺しにできる性格ではありません。
寡婦や孤児に関しては、積極的に助けの手を伸ばしています。
ですが、目の前にいない、責任のない人々が死んでも、それほど胸は痛まないので、馬鹿に好き勝ってさせておきます。
「殿下、踊っていただけないでしょうか?」
先ほど紹介された、ブランデン大公王国、エヴァ大公王家の大公王姪がダンスを申し込んできました。
遠回しでしたが、旧教を捨てて新教に宗旨替えし、俺の愛人や側室になってもいいと匂わせていましたが、遠慮させていただきます。
四歳年上は気になりませんが、欲深さと執念深さが目に表れています。
悪女であろうと、情を交わした女性を自分の手で殺すのは嫌ですから。
「喜んで踊らせていただきます」
とはいえ、露骨に嫌ってみせるほど馬鹿ではありません。
最低限の礼儀作法を守れないようでは、王侯貴族とは言えないのです。
「殿下のお考えになられた焼き菓子は最高に美味しかったですわ。
戦いに強いだけでなく、菓子作りにまで精通されておられるのですね」
俺を褒めて歓心を買おうとしているのが丸わかりです。
目に欲深さが出ていなければ、騙される人もいるでしょう。
ですが、俺には通用しませんよ。
「連続で踊っていただけませんか?」
「申し訳ありませんが、招待させてもらった令嬢が数多くおられます。
二度目はそれらの御令嬢方と踊った後になります」
「その後で結構ですので、踊ってください」
「公王家の方々との面談がなければ、よろこんで踊らせていただきます」
「ありがとうございます!」
遠回しに断っているのが分かっていて、承諾してもらったと周りにアピールするために、大げさに喜んでみせるのですね。
本当に面の皮が厚く性根も座っておられる。
並の侯王なら、これくらいの正妻がいた方が、家を保てるのかもしれません。
もう少し自分を知って、程々の侯王家嫡男を選べれば、少しは欲望を満たせたのかもしれません。
いや、欲望が大きく熱すぎて、自分だけでなく夫まで燃やしてしまうかな?
婚約者がいる身で俺を誘うくらいですから、凡庸な侯王だと殺されて家を乗っ取られるかもしれません。
「殿下、折り入って御相談があるのですが、宜しいでしょうか?」
ダンスを終えた直後に、マートンミ侯国 、ロビンソン侯王家、カルロ殿下が話しかけてこられました。
俺が侯王と務めるイングルウッド侯国の北隣にある侯国の侯王です。
何度か晩餐会に来てくださった事があります。
一応旧教徒を装っておられますが、信教よりも実利を優先する性格です。
「人に聞かれたくないお話しでしたら、あちらの個室を使いますが?」
「個室でお願いします」
「姉上を独りにはできませんので、姉上が踊り終わられたら行きましょう」
「はい、アンジェリーナ姫を守らなければいけないお立場なのに、時間を取っていただきありがとうございます」
「いえ、いえ、お気になさらず」
俺とカルロ殿下はアン姉上のダンスが終わるのを待って個室に入りました。
喉が渇いているアン姉上のために、侍女がぬるめのお茶を持ってきます。
昔から姉上に仕えていた戦闘侍女です。
お茶請けに焼メレンガが出されます。
他家、どの王侯貴族家でも出せない我が家だけの名物菓子です。
カルロ殿下が至福の表情で食べています。
汗をかいた俺とアン姉上の分には粉塩が振りかけられています。
甘辛い味付けは、まだこの世界では発見されていません。
特に菓子の分野は、甘ければ甘いほど良いとされています。
王侯貴族の社交は自家の強さ良さをアピールする場なのです。
財力を誇るためにも、貴重で高価な砂糖を多く使うのが一般的なのです。
「それで、お話しというのは何でしょうか?」
「情けない話しなのですが、国を保てる見込みがなくなりました。
今年も作物の育ちが悪く、秋の実りを得ても冬を越せない民が半数近く出るのは明白です。
他所から食糧を買いたくても、もうそのお金も残っていません」
「それは大変ですね。
俺に食糧か資金を支援して欲しいと言う話ですか?」
「いえ、違います。
今年支援していただいても、来年実りが良くなるとは限りません。
むしろ年を追うごとに悪くなっています。
これ以上悪くなる前に、侯王位を譲ろうと思っているのです」
「俺にマートンミ侯国を売ってくださるのですか?」
「はい、ロイス家の噂は聞いています。
ヴェーン家の滅びも目の当たりしました。
少しでも高く買ってもらえる間に、売りたいと思ったのです」
「単刀直入に聞きますが、幾らで売りたいのですか?」
「正直な気持ちを言わせていただけるなら、高ければ高いほどありがたいです。
二七〇〇人程度の弱小侯国でしかありませんし、ロイス家のような鉱山もありませんが、国を出る我が家が他国で生きていくには、お金しか頼る物がないのです」
「領地に残りたいのではありませんか?」
「惨めではありますが、残れるものなら残りたいです。
ですが、私も侯王の端くれです。
残して頂けない事くらいは分かります」
「そうですね、残られると統治に支障が出ますね」
「その上で、幾らいただけるでしょうか?」
「そうですね、出て行かれるロビンソン家の方は何人ですか?」
「殿下が残るのを許してくださるかは分かりませんが、従兄弟よりも縁が薄い者は残したいと思っています。
余り多いと受け入れてくれない領地が多くなりますので、総勢四七人になります」
「騎士とまでは言いませんが、連邦の兵士程度に戦える人は、徒士の身分を与えて我が家で召し抱えましょう。
もちろん、騎士の実力がある方には騎士身分を与えます。
侍女として働くだけの能力と意志がある人も召し抱えます。
その上での話ですが、カルロ殿下から見て、甥姪、姪孫、大甥大姪、従兄弟姉妹、大おじ大おば、曽姪孫、従甥従姪、従伯叔父母よりも近い方は出て行って貰います。
それでも宜しいですか?」
「ちょっと待ってください、そこまで広がられると、二百人になるか三百人になるか分かりませんが、その全員を召し抱えてくださるのですか?」
「騎士、徒士、侍従、侍女、料理人などの能力があれば喜んで召し抱えさせていただきますよ」
「正直、殿下の望まれるほどの能力が有る者が何人いるのか分かりません。
最悪の場合は、その全員を私が養わなければいけなくなります。
マートンミ侯国 、幾らで買っていただけますか?」
「そうですね、残る侯国民一人当たり金貨一枚ですね」
「そんな、その程度の金額ではとても売れません」
「そうでしょうね、弱小侯国だと、国を奪われるのを恐れて入国すら拒むかもしれませんし、入国を認める国も法外な入国税を取るでしょう」
「それが分かっていて、このような条件を出されるのは、マートンミ侯国には何の価値もないと言われるのですか?」
「そうではありません。
二百人であろうと三百人であろうと、農民になる覚悟があるのでしたら、土地を売って差し上げましょう。
小作人で良いのでしたら、税が六割になりますが、農地を貸して差し上げます。
毎年作物が実らなくなる農地ではなく、俺が開墾したばかりの豊かな農地を」
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